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第12話 実行
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アイザックによく似た顔立ちの美しいお母様は、元々たおやかで線の細い方だということですが……特に最愛の夫を亡くしてからは、床に伏せがちでいらっしゃるとのことでした。
そんな繊細な方にとって、自宅同然の居城に他人を入れるなどお辛いのではないかと危惧していたのですが……。「夫との思い出の眠るこの城を、守ることができるなら」と、意外にも二つ返事で了承して頂けたのです。
義母の了承を取り付けて、私たちはさっそくアイデアを練りはじめました。
初めは今いる使用人たちで料理やベッドメイクに十分対応できる範囲として、一日数組限定から始めることに決めた私たちは、次にホテルの特色づくりを考え始めました。このエルスターの地は主に農産業で成り立っていて、黙っていても観光客を呼べるような特色はないのです。
私はアイザックと共に、城に残る古い蔵や物置部屋などを徹底的に調べてゆきました。すると無銘ながら古い絵画や置物、アンティークな家具だけでなく、錆びついた甲冑や古い武具など、次々と面白そうなものが見つかったのです。
特に私の興味を引いたのは、まだ名実共に上級貴族の暮らしをしていた先々代の奥様がコレクションしていたのだという、数多くのアンティークデザインのドレスたちでした。どれも上質なもの、かつ丁寧に保管されていたおかげで、古くともまだまだ十分着られるものばかりです。
「そうだ、この城にご宿泊のお客様には、伯爵が客人をご招待したという体でご滞在いただくというのはどうかしら。到着したら好きなお衣装を選んでいただいて、昔の貴族のように休暇を過ごして頂くのよ」
「そんな貴族が昔を懐かしむようなもの、果たして受けるかな? 確か君の想定する主なターゲットは、資本家のご婦人方なんだろう?」
「リースデンに通っていた資本家のご令嬢たちの多くは、表向きは貴族のことをお金もないのに体面ばかり気にしているとバカにしていらしたけれど……それは貴族文化への憧れの裏返しに感じることも多かったの。旧い貴族の文化を仮想で体験できる場所をつくれば、きっと楽しんでもらえるわ」
胸元で手を打ち合わせて笑う私に、彼は申し訳なさそうな顔をして言いました。
「生まれたときから家族と、そして使用人たちと過ごしたこの城には……本当に皆の大事な思い出がいっぱいに詰まってる。それを僕の代で手放して……多くの打ち捨てられた城のように、寂しい廃墟にはしたくないんだ」
「アイザック……」
「僕の我儘に君を付き合わせてしまってすまない。城や土地を手放して首都に小さな屋敷でも買えば、今よりもずっと楽な暮らしをさせてあげられるのに」
「でも、貴方はこのお城にずっと住んでいたいんでしょう?」
彼はどこか泣きそうな顔をすると、黙ったまま小さくうなずきました。私はちょっとだけ背伸びをして彼の灰茶色の頭を撫でると、満面の笑みを浮かべて言いました。
「大丈夫。きっと上手くいくわ!」
*****
それから私たちは、お客様を呼ぶために様々な企画を用意しました。
中世の格好をした楽士たちによる室内楽の提供に、ドレスのまま馬車で城下の旧市街を巡ることができるツアー。さらに結婚式の披露宴にパーティールームを貸し出すなど、小規模から始めた経営は、口コミで徐々に広がっていきました。
メインターゲットの女性客だけでなく、お連れ様である男性客にも楽しんでもらうため、磨き直した中世の武器防具の展示や、甲冑を試着するサービスも始めました。さらに祖母が王女であったという義母を女王陛下に見立て、宿泊客に中世さながらの騎士叙勲の儀式を行うというイベントは、男性客の人気をも博することとなったのです。
荘厳な衣装を身に纏った義母の姿はどこまでも美しく、そして気高いもので……もうあの病がちだった姿は想像もできないほどでした。
新しい生きがいができたという義母と、母の元気な姿を久しぶりに見ることができたという夫。二人の新しい家族が喜ぶ姿を見て、私は心からこの地に嫁いで良かったと思えたのでした。
そんな繊細な方にとって、自宅同然の居城に他人を入れるなどお辛いのではないかと危惧していたのですが……。「夫との思い出の眠るこの城を、守ることができるなら」と、意外にも二つ返事で了承して頂けたのです。
義母の了承を取り付けて、私たちはさっそくアイデアを練りはじめました。
初めは今いる使用人たちで料理やベッドメイクに十分対応できる範囲として、一日数組限定から始めることに決めた私たちは、次にホテルの特色づくりを考え始めました。このエルスターの地は主に農産業で成り立っていて、黙っていても観光客を呼べるような特色はないのです。
私はアイザックと共に、城に残る古い蔵や物置部屋などを徹底的に調べてゆきました。すると無銘ながら古い絵画や置物、アンティークな家具だけでなく、錆びついた甲冑や古い武具など、次々と面白そうなものが見つかったのです。
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「そうだ、この城にご宿泊のお客様には、伯爵が客人をご招待したという体でご滞在いただくというのはどうかしら。到着したら好きなお衣装を選んでいただいて、昔の貴族のように休暇を過ごして頂くのよ」
「そんな貴族が昔を懐かしむようなもの、果たして受けるかな? 確か君の想定する主なターゲットは、資本家のご婦人方なんだろう?」
「リースデンに通っていた資本家のご令嬢たちの多くは、表向きは貴族のことをお金もないのに体面ばかり気にしているとバカにしていらしたけれど……それは貴族文化への憧れの裏返しに感じることも多かったの。旧い貴族の文化を仮想で体験できる場所をつくれば、きっと楽しんでもらえるわ」
胸元で手を打ち合わせて笑う私に、彼は申し訳なさそうな顔をして言いました。
「生まれたときから家族と、そして使用人たちと過ごしたこの城には……本当に皆の大事な思い出がいっぱいに詰まってる。それを僕の代で手放して……多くの打ち捨てられた城のように、寂しい廃墟にはしたくないんだ」
「アイザック……」
「僕の我儘に君を付き合わせてしまってすまない。城や土地を手放して首都に小さな屋敷でも買えば、今よりもずっと楽な暮らしをさせてあげられるのに」
「でも、貴方はこのお城にずっと住んでいたいんでしょう?」
彼はどこか泣きそうな顔をすると、黙ったまま小さくうなずきました。私はちょっとだけ背伸びをして彼の灰茶色の頭を撫でると、満面の笑みを浮かべて言いました。
「大丈夫。きっと上手くいくわ!」
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それから私たちは、お客様を呼ぶために様々な企画を用意しました。
中世の格好をした楽士たちによる室内楽の提供に、ドレスのまま馬車で城下の旧市街を巡ることができるツアー。さらに結婚式の披露宴にパーティールームを貸し出すなど、小規模から始めた経営は、口コミで徐々に広がっていきました。
メインターゲットの女性客だけでなく、お連れ様である男性客にも楽しんでもらうため、磨き直した中世の武器防具の展示や、甲冑を試着するサービスも始めました。さらに祖母が王女であったという義母を女王陛下に見立て、宿泊客に中世さながらの騎士叙勲の儀式を行うというイベントは、男性客の人気をも博することとなったのです。
荘厳な衣装を身に纏った義母の姿はどこまでも美しく、そして気高いもので……もうあの病がちだった姿は想像もできないほどでした。
新しい生きがいができたという義母と、母の元気な姿を久しぶりに見ることができたという夫。二人の新しい家族が喜ぶ姿を見て、私は心からこの地に嫁いで良かったと思えたのでした。
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