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谷真守 編
記憶を失った親友
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その後、なんとかシゲを学校まで背負って行った私は、校門に着くなり、「誰かー!!」と声を上げた。
たまたま通りかかった担任がシゲの姿を見ると、すぐに救急車を呼んでくれた。
息はあったのでAEDは使わなかったが、その間、私はひたすらシゲに呼びかけた。
しかし、彼は目覚めることなく、病院で手当てを受けた後、そのまま入院した。
さらにそこからも起きることなく眠り続けた。
その間、点滴がポタポタと垂れていく様子を眺めながら、私はシゲの横で祈ることしかできなかった。
シゲの両親は毎日お見舞いに来る私に礼を言ったが、なぜこうなったのか知っている私は、むしろ申し訳なさを感じ、懺悔したい気持ちで一杯だった。
そんな長過ぎる日々を送っていたが、ついにシゲが目を覚ます。
それはシゲが入院してから28日目のことだった。
毎日お見舞いに行っていたから気遣ってくれたのか、お母さんから連絡を貰った私は、家を飛び出して病院に向かった。
『茂森義明』
そう書かれたプレートの病室の前に着くと、鼓動が速くなる。
なんて話しかければいいのかわからない。
ーーーごめん。
なぜ謝るのかわからないか。
ーーー良かった。
私が言えた義理か?
ーーー心配したよ。
他人事かよ。
第一声、どう声をかけていいものか、迷ってしまう。
1分ほど悩んだが、もうなるようになれと、扉を開けた。
(シゲ……!)
ベッドからこちらを見つめるシゲ。
瞬間、違和感。
何かが違う。
かなり痩せてしまっているが、シゲであることは間違いない。
でも、そこにいたのは、シゲであって、シゲでない人だった。
「義明、まだ記憶が曖昧みたいで……」
側に寄り添うお母さんが、私を見つめながら不安そうな声を上げた。
「えっ……」
シゲは、こちらを少し見たが、すぐに目線を元に戻した。
(記憶が曖昧って……?)
お母さんは少しずつ今のシゲの状態を話してくれた。
聞くと、記憶が曖昧どころの騒ぎではなかった。
医者が言うには『解離性健忘』という状態とのことで、ショックな出来事や過度なストレスが掛かると稀に発症する記憶障害らしい。
多くは部分的な記憶障害が起こるというが、シゲの場合は家族のこと、友達のこと、自分の名前、年齢などの基本情報まで、全て抜け落ちてしまっているらしい。
会話はできるので、日本語だけは覚えているようだったが、自分の性格を忘れてしまっているので喋り方もぎこちなく、明るかったシゲは見る影も無い。
まるで生まれたての赤ちゃんか、作られたばかりのロボットがシゲの体に入っているような錯覚を覚えた。
「お腹、すいた………」
1ヶ月近く点滴だけだったからか、ごろごろごろとお腹を鳴らしながらシゲが言った。
「義明、今、看護師さんがお粥を持ってきてくれるから少し待って……」
お母さんによると朝、昼とすでにお粥を食べたそうだが、体は今までの分を取り返すかのように栄養を求めているようだった。
「シ、シゲ。ボクがわかる?」
まだ食事が来ないようだったので、私は恐る恐る話しかけた。
シゲはこちらを向いてポツリと言った。
「………わからない」
その声を聞いた瞬間、涙が溢れそうになる。
(シゲだ……。シゲの声だ……)
答えは「わからない」だったが、私はシゲが生きているというだけで心の底から嬉しかった。
「谷くん……。義明ったら谷くんのことも忘れて……。ごめんなさいね……」
お母さんが申し訳なさそうに呟く。
「いえ、そんな……。わた……ボクの方こそシゲと一緒にいたのに、守れなくて……」
お母さんはこちらを気遣うように弱々しく首を振った。
(お母さんのためにもシゲの記憶を戻さないと。……私はシゲが元通りになるまで一生かけて償っていく)
私は決意を新たに、拳をギュッと握った。
たまたま通りかかった担任がシゲの姿を見ると、すぐに救急車を呼んでくれた。
息はあったのでAEDは使わなかったが、その間、私はひたすらシゲに呼びかけた。
しかし、彼は目覚めることなく、病院で手当てを受けた後、そのまま入院した。
さらにそこからも起きることなく眠り続けた。
その間、点滴がポタポタと垂れていく様子を眺めながら、私はシゲの横で祈ることしかできなかった。
シゲの両親は毎日お見舞いに来る私に礼を言ったが、なぜこうなったのか知っている私は、むしろ申し訳なさを感じ、懺悔したい気持ちで一杯だった。
そんな長過ぎる日々を送っていたが、ついにシゲが目を覚ます。
それはシゲが入院してから28日目のことだった。
毎日お見舞いに行っていたから気遣ってくれたのか、お母さんから連絡を貰った私は、家を飛び出して病院に向かった。
『茂森義明』
そう書かれたプレートの病室の前に着くと、鼓動が速くなる。
なんて話しかければいいのかわからない。
ーーーごめん。
なぜ謝るのかわからないか。
ーーー良かった。
私が言えた義理か?
ーーー心配したよ。
他人事かよ。
第一声、どう声をかけていいものか、迷ってしまう。
1分ほど悩んだが、もうなるようになれと、扉を開けた。
(シゲ……!)
ベッドからこちらを見つめるシゲ。
瞬間、違和感。
何かが違う。
かなり痩せてしまっているが、シゲであることは間違いない。
でも、そこにいたのは、シゲであって、シゲでない人だった。
「義明、まだ記憶が曖昧みたいで……」
側に寄り添うお母さんが、私を見つめながら不安そうな声を上げた。
「えっ……」
シゲは、こちらを少し見たが、すぐに目線を元に戻した。
(記憶が曖昧って……?)
お母さんは少しずつ今のシゲの状態を話してくれた。
聞くと、記憶が曖昧どころの騒ぎではなかった。
医者が言うには『解離性健忘』という状態とのことで、ショックな出来事や過度なストレスが掛かると稀に発症する記憶障害らしい。
多くは部分的な記憶障害が起こるというが、シゲの場合は家族のこと、友達のこと、自分の名前、年齢などの基本情報まで、全て抜け落ちてしまっているらしい。
会話はできるので、日本語だけは覚えているようだったが、自分の性格を忘れてしまっているので喋り方もぎこちなく、明るかったシゲは見る影も無い。
まるで生まれたての赤ちゃんか、作られたばかりのロボットがシゲの体に入っているような錯覚を覚えた。
「お腹、すいた………」
1ヶ月近く点滴だけだったからか、ごろごろごろとお腹を鳴らしながらシゲが言った。
「義明、今、看護師さんがお粥を持ってきてくれるから少し待って……」
お母さんによると朝、昼とすでにお粥を食べたそうだが、体は今までの分を取り返すかのように栄養を求めているようだった。
「シ、シゲ。ボクがわかる?」
まだ食事が来ないようだったので、私は恐る恐る話しかけた。
シゲはこちらを向いてポツリと言った。
「………わからない」
その声を聞いた瞬間、涙が溢れそうになる。
(シゲだ……。シゲの声だ……)
答えは「わからない」だったが、私はシゲが生きているというだけで心の底から嬉しかった。
「谷くん……。義明ったら谷くんのことも忘れて……。ごめんなさいね……」
お母さんが申し訳なさそうに呟く。
「いえ、そんな……。わた……ボクの方こそシゲと一緒にいたのに、守れなくて……」
お母さんはこちらを気遣うように弱々しく首を振った。
(お母さんのためにもシゲの記憶を戻さないと。……私はシゲが元通りになるまで一生かけて償っていく)
私は決意を新たに、拳をギュッと握った。
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