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姉から全て奪う妹
しおりを挟む─幼い頃は愛されていたと思う。いつもお母様とお父様が私に構ってくれていた。欲しいものは何でも買ってくれたし、何か小さな事でも出来れば凄く誉めてくれた。
それが無くなったのは、妹が産まれてからだった─
「まあ、お姉様の婚約者の方?とっても素敵ね、私この方と結婚したいわ」
何言ってるの?バカなの?こほん、申し訳ありませんわ。公爵家の令嬢としてあり得ない言葉遣いですわね。
皆様ごきげんよう、私はリンク公爵家長女シャーロット十二歳ですわ。
そして、先程のお馬鹿発言の妹がエリーゼ九歳。
淑女教育の先生は私と同じですのに、何故こんな風に育ってしまったのでしょうか?原因は分かっておりますけれども。
全く嘆かわしいですわ。
私が三歳の時に妹であるエリーゼが産まれましたが、その頃から私の両親の愛情がエリーゼのみに注がれました。
私も姉ですからね、多少の我慢はいたしましたわ。
ですが物心つく頃には私のあれが欲しいこれが欲しいとねだって、それを叶えなければ泣き喚く。それを聞き付けた両親が集合し、私を攻めるのです。
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
これを何度言われた事か……まあ、本当に大事なものは彼女の目に触れないようにちゃんと仕舞ってあるのであまり気にしたことはありませんでしたが。
しかし、これは一体何なのでしょうね?婚約者まで欲しがるとは……彼女は人の物を奪わないと幸福を感じないのでしようか?
隣の婚約者を見れば……あらまあ、一目惚れってこう言うことですのね。私初めて見ましたわ。
婚約者どのは同じ公爵家でも次男の方。リンク公爵家の入り婿となる予定でしたのに。
その日の夜にお父様に執務室に呼ばれた。
「いやーその、申し訳ないのだが婚約者をエリーゼに譲ってあげてはくれないか?」
申し訳なさそうに言ってくるのを見ると、お父様もこれはダメなことだとは理解してはいるらしい。止めることはしないみたいだけど。
「婚約者を譲るなんて……ものではないのですよ?」
「分かっている。しかしなー婚約者であるオリバー殿もエリーゼとの婚姻を望まれててな……」
「ああ、成る程。私が邪魔だということですか」
「申し訳ない……」
「しかし、オリバー様は入婿という事でしたよね?」
「その事なんだかな……家を継ぐのをエリーゼに代えようかと」
「そんな!!私が今までどれ程頑張ってきたかご存知ですよね?エリーゼが物を強請ったときも跡取りになるのだからと我慢をさせられてきましたのに!!この仕打ちですか?」
「分かっておる申し訳ない。しかしエリーゼが可愛いのだ。分かってほしい……」
お父様が頭を下げられるけれど、そんな事で私の今までの努力も我慢も報われることはない。
でもお父様に言ってもどうしようもない事も分かっている。
仕方なく執務室を後にすればニヤニヤ笑うエリーゼが居た。
「お姉様、申し訳ありませんわ」
申し訳ないと思ってる人はニヤニヤ笑うことはしないのよ。
「でもオリバー様と私は一目で恋に落ちたの、お姉様はもっと他の良い方がいらっしゃると……うーんいらっしゃればいいなって思っておりますわ」
「お気遣いありがとう、オリバー様とお幸せにね」
エリーゼは私が悔しがる顔が見たかったんでしょうけど、無理ね……オリバー様に全く引かれるところなんて無かったんですもの。むしろ良かったとも思っているわ。
それに私が婿をもらって家を継いだとしても妹第一主義の両親は私の足を引っ張ると思うのよね。両親が大好きなエリーゼが継いだ方が憂いは少ないわ。きっと。
嫁ぎ先を早く探さなければ、そう思っていたのだけれどこれは一体どう言うことかしらね?
「王家より婚約の申し込み……と言うより王命だな。王太子との婚約だ。頑張りなさい」
王太子……えっ本当に?
面倒な領主教育をしなくてよくなったと思ったら王太子妃教育の始まり?嘘でしょう?
「王命ということは拒否権はないということですわね」
「名誉なことだと思って頑張ってほしい」
「かしこまりました」
ええー、正直嫌だと言いたかったですわ。
だってこれ。またエリーゼに何かにつけて文句を言われるって分かっていますでしょう?
「お姉様!!ずるいですわ!!」
ほらやっぱり。
「我がリンク公爵家に王命があったのだ。仕方がなかろう。それに婚約者が今居ないのは長女のシャーロットだけだ」
お父様のご説明。
端的で分かりやすいですわ。
「ずるいわ!!お姉様。私がオリバー様との婚約をしなければ私に来ていた話かもしれないのですよ?私が可哀想だと思われないのですか?」
「そうね、オリバー様と婚約しなければエリーゼに話が来たかもしれないわね」
「それなら!!」
「でももう私との婚約が成立しているのですよ」
「ですからまた婚約解消をなさればいいじゃないですか。そしてオリバー様とまた婚約なさればよろしいわ」
え?何それ自分でオリバー様が良いって駄々こねて私から奪ったんだから最後まで面倒を見なさいな。
「婚約解消だなんてあまり無いことなのよ?それに、また元の婚約者ととなんて絶対にあり得ないことよ」
「そうだ、エリーゼ。それにこれは王命でもある。その婚約を解消となれば反逆ととられても仕方ない。わかるか?」
小さい子を嗜めるようにお父様が諭す。
あら?少しだけお父様も変わられたのかしら。
「それとな……二人に話があるのだが。お前達の母、マゼンダが妊娠した。妹か弟ができるのだ!!エリーゼも姉になるんだ。少しは我慢も覚えるように」
姉になるという言葉に嫌な予感がするのは私だけなのだろうか。
エリーゼは婚約の話を忘れて、今から楽しみだとはしゃいでいる。
弟ができたら当主とか色々問題が出てくると何故気が付かないのかしら。
私に新しく妹が出来た。名はマリーベル。妹と言うのに全く良い印象が無いので、出来れば関わりを少なくしたい。
そう思っていたのだけれど、王太子との婚約とはかなり時間を取られるものらしい。
王太子妃教育はとても厳しくて正直知らない方が良かったって思うこともいくつかあったし、これはエリーゼには絶対に無理だとも思った。
家から王宮の行き来だけでも時間を減らすべく、王宮に私の部屋が用意されたときに思ったのだ。
これでやっとエリーゼに物を取られない生活が始まると。
歓喜に震えた私を家族と離れて寂しがっていると勘違いした王太子がかいがいしく世話や様子見と言って交流を増やして下さったのは嬉しい誤算だったし、今では良好な関係を築けている。
そして、今。
結婚式を二週間後に控えて、実家に帰ってきている。
まあ、昼に来て夕方には王宮に帰るのだけれど。
この数年間で両親が私に面会に来たのは一度も無かった。不振に思った王太子に家庭の事情を話すはめになってしまったのだ。
当然、彼は激怒。
交流もなかった私の家族に対する好感度もゼロからマイナスに変わってしまった。
謝らないけど。
式の最終確認というか、家族との親密な顔合わせももう取れないからという帰宅だったのだけれど。
父に伝えていたはずが外出中。
母は……妹にべったりなんじゃないかしら。
エリーゼは……分からないわ。思考回路が私とは全く違うから、理解しようとしても無理なのよね。
下の妹……マリーベル?は……まだハイハイが出来だした頃しか記憶にないし。
というわけで私、客間にひとりですの。
こんなに家族って薄っぺらい物だったのね。
出された紅茶とお茶菓子をいただいていると扉の外が騒がしい。
バーン!!と淑女としてあり得ない扉の開け方をして入ってきたのは妹だった。
「お姉様、聞いてくださいませ!!マリーが私の大事なネックレスを欲しがるのですわ!!」
妹…エリーゼが私に泣きついてくる。
「あらあら、大変ね」
数年ぶりの再会なのに挨拶もせずにこの子はちゃんと領主教育をしているのかしら。
それにそのネックレスは元々は私の物ですのに……
「お姉様!!ちゃんと聞いていらっしゃるの?マリーを叱って下さいませ!!」
帰ってきて、挨拶の前に良く知りもしない下の妹を叱れと?
「エリーゼ、貴女はマリーの姉なんですからそれは譲ってさしあげなさい」
「そんなっ私の物ですのよ?」
そこにお母様を連れたマリーベルがやってくる。
あら、ハイハイしてた子がこんなにも大きくなってるのですね。五歳位かしら。妹というカテゴリー自体に嫌悪感があるから可愛いとは思えないけれど。
「エリーゼ、マリーを泣かせたのですって?」
「違いますわ、私は悪くありませんのよ。マリーが私の物を嫌だと言ってるのに欲しがるのですわ!!」
まあ、何だか見たことある光景ですわ。
「妹を泣かせるなんてどんな理由があれいけないことです。それに欲しいと言っているのですから差し上げなさい」
「嫌ですわ。これは私の物ですわ」
「エリーゼ!!いい加減になさい。貴女はマリーの姉よ?我慢しなさい。それに貴女はこの家を継ぐのです。何も持たないマリーが可哀想だと思わないのですか?」
「お姉様、助けてください」
エリーゼが涙目で私にすがってくる。私を巻き込むのは止めてほしい。
「エリーゼ、貴女が私の物を欲しがった時には差し上げたでしょう?姉というのは妹には何でもあげるのよ。ねえ?お母様」
「ええ、そうです。シャーロットはちゃんと分かっているわ。エリーゼ、シャーロットを見習ってマリーの姉としてしっかりなさい」
「そんな……何でもあげていたら私の物が無くなってしまうではないですか……」
「エリーゼ、大丈夫よ」
「お姉様……」
「何も無くなっても私がどうにか出来ていたのですもの。貴女に出来ない筈がないわ」
「っ……お姉様!!ごめんなさい!!私お姉様から取った物、全部お返ししますから!!だからマリーを!!」
「全部?婚約者も、跡取りも?」
「ええ、全部です!!」
「ふふっ結構よ。二週間後には結婚式が控えているし、私は今の状況に満足しているわ。それに、それは全て貴女が欲しがって私が譲ったものよ。姉である私が妹である貴女に。だから、マリーに全て奪われたとしてもそれは……貴女が姉なんだから我慢なさったら?」
エリーゼがその場に崩れ落ちた。
助けてなんてあげないわ。因果応報、貴女が私にしたことが全て返ってきただけですもの。
それに、十も年下の妹相手に言い負かされているようじゃ社交界でもやっていけないわ。
良いお勉強になると思って頑張ればよろしいのに。
応援ありがとうございます!
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