A hero from the darkness of chaos. Its name is Kirk

黒神譚

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第19話 同盟者

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 カーランド王の本来の性別を見抜いて婚約を申し出た赤の死神は、身につけていた短剣をカーランド王に差し出した。
「婚約の証にこれを持って帰れ。これは、我が剣の師匠にして、我が心の父にして、我が最愛の人の形見の品。これと俺が腰に帯びた大剣は、の品。お互いが遠く離れても心は、そばに居ると言う意味を込めて、お前に受け取って欲しい。」
「そして、もしお前の臣下の者が停戦をいぶかしがったら、この短剣を見せてお前が俺の婚約者であることの証拠として見せろ。」

 赤の死神は、短剣を渡すと優しい瞳でジッとカーランド王の見つめた。短剣を両手で受け取ったカーランド王は、その優しい眼差しと美しい緑の瞳に心がとろけるのを感じていた。だから、それを悟らせないように両手で短剣を抱きしめるようにして胸の高鳴りを押さるのだった。

 カーランド王は、3日後にリトリ=ラ=ド=アクラに帰国した。
 そして王の帰還を待っていた諸侯たちは、まずカーランド王の姿を見て唖然あぜんとした。

 カーランド王は女性用のドレスを身にまとっていたからだ。唖然とする諸侯に対して、この度の停戦交渉でカーランド王とともにマルティス・デ・コスタに出かけて行った4人の臣下は事情を説明した。

・カーランド王は、世継ぎ不足のために男装をしていた姫君であったこと。
・皆が敗戦のショックでうろたえていた中、いかにカーランド王が戦況を冷静に判断していたか。
・すでに赤の死神の軍勢がリトリ=ラ=ド=アクラの残存勢力を超える軍勢に膨れ上がっていること。
・赤の死神は、人知を超えた火龍として成長していること。
・赤の死神と停戦協定をする際にカーランド王がどれほど見事に条件の負荷を軽減させたか?
・赤の死神が毒龍が攻めてくることを教えてくれたこと。
・カーランド王が赤の死神に掛け合いって、毒龍の魔の手から赤の死神にリトリ=ラ=ド=アクラを守らせる約束を取り付けたこと。

 4人の臣下が懸命に事情を説明し終えた後、カーランド王は重い口を開いた。

「そして、わたくしは、赤の死神。あの火龍のきさきとなる約束をしたのです。」
「これがその証拠の短剣です。」

 その声は小鳥が歌うような透き通った可愛らしい声だった。カーランド王は、これまで風の精霊の魔法の呪具を用いてその可愛らしい声を男性の声に変換させていたので、諸侯はその声を聴くのが初めてだったが、耳当たりの良い声だった。
 カーランド王が諸侯をジッと見つめていると、徹底抗戦派の代表であるマグリノス王が椅子から静かに立ち上がり、諸侯の方を向いて言った。

「諸侯。どうであろう? 私は、今回のカーランド王の振る舞い見事であると思う。」
「我々が敗戦のショックで感情的な議論しかできずにいた最中、王だけが冷静に敗戦の理由の分析と今後の方針を決めておられた。」
「また、圧倒的な兵力を誇る火龍相手におくせず立派に立ち回って交渉した事も見事であると敬服する。」
「ここにいる誰が、カーランド王のようにふるまえるのか?」
「王が女であるなどと問題ではない。王は我々よりも優れている。諸侯は、これについてどうお思いか?」

 その言葉を聞いた諸侯は、声も上げずに同じタイミングで静かに席を立ち、膝を地につけて剣を差し出してカーランド王への臣従を誓った。
 腐っても鯛という言葉がある様に、己の私利私欲にまみれた時期があるとはいえ、諸侯は、やはり為政者いせいしゃだった。優れた人間が誰であるか? いま、誰が真の王にふさわしいのか? そのことを正しく認識し、おのれらずを素直に認めて、カーランド王への忠誠を示したのである。

 これで名実ともにカーランド王は、お飾りの王ではなく、本当の意味で統一国家リトリ=ラ=ド=アクラの王として君臨したのであった。
 しかし、マグリノス王は不思議だった。カーランド王の説明の中には、一つ肝心の部分が抜け落ちていたからだ。マグリノス王は尋ねた。

「しかし、赤の死神は何故、急に婚約を言い出したのでしょう? 
 お話の中には、赤の死神が王へ恋心を抱いた動機が語られておりませんが?」

 痛いところを突かれたカーランド王は、真っ赤な顔で少し口ごもりながら答えた。

「あの男が・・・私の薄い胸を侮辱しましたから、思いっきり引っ叩いてやりましたの・・・」
「そうしたら・・・あの男は、私のことを愉快だと笑って・・・・・・」
「・・・それで・・・何故かこういう話に・・・。」
 
 あの恐ろしい赤の死神を・・・そんな理由でひっぱたいた・・・?

 か弱そうにうつむいて床を見つめながら、随分と恐ろしいことを口走るので、諸侯はもちろん、そこまでは聞かされてなかった同行した4名もあんぐりと口を開けて固まってしまった。
 全員が固まっている中、マグリノス王が肩を揺らしながら、愉快そうに一言「ははっ! それは、さぞかし痛快な一撃だったのでしょうな!」と言ったので、会議の場からは「もっともだ」と、大きな笑い声が響き渡った。


 その会議の後。旅で疲れた体を休めるために一人、湯につかるカーランド王の頭の中は、上から目線で一方的で図々しい美少年のことで一杯だった。

(なんなんですの!?)
(なんなんですの!? なんなんですの!? あの男は!?)
(年下のくせに!!
 素性を聞く限り、絶対にわたくしよりも3つか4つは年下のくせに!!)

 バシャバシャと両手で湯舟のお湯を叩きながら、赤の死神のことを思い出して苛立ちをごまかす。
 加えてカーランド王は、赤の死神の行動理念が理解できないので困惑もしていた。

 カーランド王は生まれてすぐに母親が亡くなった。没落王家のところへ嫁ぎに来てくれる王族はいない。後妻が来ないであろう、と世継ぎをあきらめた父親から性別を偽るように命令されて生きてきた。彼女自身王家の責任として納得していた。

 だから男性らしい服装と男性らしい口ぶりや振る舞いをして、王子であるようにふるまった。お飾りの王家だったことが幸いして、誰もリトリ=ラ=ド=アクラの王の子の性別まで気にしていなかったので、途中で性別を偽っても誰も気が付かなかった。

 それでもカーランド王は、どこかに乙女心を捨てきれずにいた。美しい騎士を見れば心がときめいたし、図書室にある恋愛ものの本を読んでは、どこかの王子に見初められて恋に落ちる懸想けそうにふけった。旅の吟遊詩人が語る恋物語を聞くたびに理想の男性と恋に落ちる夢を見ていた。
 そんな恋に恋するカーランド王だったのに、赤の死神との婚約成立は、あまりにも喜劇的だったのである。

「もっと素敵な恋をしてから結婚するのだと思っていましたわ・・・」

 湯船につかりながら、天を見上げるカーランド王は、呟いた。
 それもそうだろう。相手は自分の薄い胸を侮辱した相手なのだから。
 
(それでも、それでも・・・結婚すれば、あの男はこの体に触れて、愛をささやくのだろうか?)

 赤の死神のことを思い出しながら、そう思った。
 初めて見た時、城門から赤の死神が出てきたとき、思わず「きれい」と言ってしまった。あの赤い髪が。あの緑の瞳が。あの整った鼻筋が。あの優しそうな唇が。あの長身の肉体が。あの筋骨隆々ではなくて、細身だがしなやかな筋肉に包まれた肉体が・・・この体に触れる日が来るのか・・・。
 
 (きゃー--------っっ!!)

 頭ごと湯船につかって、思わず叫んだ。無理もない。カーランド王は、21歳になる今まで男性との恋愛なく育った。
 恋に無縁のまま空想の恋の中だけ経験値が増えていった。そんな21歳に破廉恥はれんちな想像は、心臓が口から飛び出るほど刺激的なものだった。
 要するに彼女は初心うぶだったのだ。
 今世風いまふうに言うと彼女はチョロい女だったのだ。


 
 カーランド王が湯船で身もだえしていたころ、かつてミノス王と呼ばれた美少年は、スカートを両手でまくり上げて赤の死神のベッドの前に立っていた。

(あの敗戦の後、この男に全てを奪われた。全てを失った。)
(その張本人である赤の死神を死ぬほど恨んでいるのに
 死ぬほど恐怖しているのに。
 狂おしいほど愛してしまった・・・)

 その愛のせいでミノス王は、かつての生き方を捨ててジルという女の名前を与えられた端女はしためとして生きることを望んだ。それがジルにとって最も幸せな生き方だった。
 
「あの肉のくさびと屈辱の夜が忘れられないの・・・お願いします。
 あの夜のようにわたくしを可愛がってください。ご主人様。」
  
  と、うっとりとした表情で赤の死神の耳元でささやくと、赤の死神はジルを優しく抱き寄せてベッドに押しつぶした。
 ジルは舐めるように悩ましく己の体を這う赤の死神の手の動きに、小さな悲鳴を上げながらも、一つ尋ねる。

「どうして、あの短剣をお渡しになられましたの? あれはご主人様にとって何よりも大切なものでは?」

 赤の死神は、少し黙ってから「お前は幸せ者だな。与えられる者がこうして、すぐに与えてくれるのだから。」と、答えた。そして、それ以上は何も言わずに抱きしめたジルを攻め立てるように激しく狂わせた。

 甘ったるい声を上げて鳴くジル。赤の死神にとって、それはかつての自分の姿を見るようだった。今でもギースを求めて自分を慰める夜があった。だが、それでは足りない。満たされない思いがあった。その思いをジルに重ねて、自分を満たそうとしているのだった。

 あの日あの時、ギースがしてくれたことを反芻はんすうすることで己を満たすのだ。
 しかし、それは麻薬の禁断症状を回避するために麻薬を摂取するようなもので、より深く、より悲しく赤の死神を苦しめるのだった。

 だが・・・あの女。彼女こそが自分を解き放つ者だと確信していた。
 ギースの短剣は彼女にこそふさわしく、彼女以外に自分の后にはふさわしくないのだと赤の死神は思うのだった。


 さて、夜がけ行ったとき日本では「丑三つ時うしみつどき」と呼び、霊界の存在が現世に姿を現すとされる。ちょうどその時間の事だった。
 赤の死神は異変を感じ取ってベッドから起き出すとギースの大剣を手にする。
 ・・・次の瞬間、疲れ果てて失神していたジルが飛び起きるほどの雷鳴が部屋に響いた。
 そして部屋の壁に亀裂が入ったかと思うと、その亀裂から恐ろしいほどの魔力があふれ出してきて空間を歪めて次元の扉が開いた。

 その扉の中から、恐ろしく均整の取れた肉づきをした女性とみどりの髪をした細身の美男がゆっくりと歩み出てきた。
 それが何者かジルはわからなかったが、この世の者とは思えないほど美しく怪しい魔力に危険を察して、自分のご主人様である赤の死神の前に立って守ろうとした。が、すぐに赤の死神に払いのけられてベッドに投げ捨てられてしまう。

「すっこんでろ! ばかめ!
 !!」

 赤の死神は扉から出てきた二人が何者か察知していた。それ故にジルに隠れるように言ったのだが、反対にジルは赤の死神の態度から緊急事態であることを悟って、声を上げて衛兵を呼ぶのであった。

 その対応に赤の死神は「バカがっ!」と、ほとほと呆れたようにジルを叱責しっせきする。
 すると恐ろしいほど美しい女性が豊満すぎる乳房を揺らしながら「あら、そんなに怒ったら可哀そうよ」といいながら進み出てきた。

「初めまして。貴方が新しい火龍ね? 」
「本当に美しい子ね。抱いてあげても良くってよ?」

 自分の美貌に絶対の自信を感じるそのセリフを赤の死神はせせら笑う。

「悪いなお嬢さん。今、俺の好みの女は、貧相な胸に貧相な腰回りをした、可愛いんだか生意気なんだかわからない性格をした良い娘なんでね。」

 それを聞いた美しい女性は、「あら、残念ね。」と、言いながら握手を求めるように右手を差し出しながら、さらに赤の死神に近づいてきた。
 その時、地の底をうような声がした。

「それ以上、近づくな。淫売いんばいのスー・スー・シュン!」

 声の主は土精霊の貴族バー・バー・バーンだった。
 バー・バー・バーンは両腕を組んだ姿勢で土から浮き上がってきたかと思うと、大きな青い瞳でスー・スー・シュンをにらみつける。
 まるで威嚇いかくする大型肉食獣のような険しい表情に赤の死神は驚いた。

(この女は、バー・バー・バーンが、これほど警戒するほどの大物か・・・やはり、水精霊の貴族なのだろうな・・・)

 赤の死神がそう思って警戒を強めていると、赤の死神に正体は毒龍であろうと断定された男が「待て」と、その場の者達を制止した。

「今日は話し合いに来ただけだ。」

 毒龍である男は、そう言ってから自己紹介を始めた。

「俺の名は毒龍のファッバーだ。 なりそこないの火龍よ。俺の目的は知っているな?」

 赤の死神は答えた。

「俺に名は無い。好きなように呼ぶがいい。」
「お前のくだらない目的ならば、もちろん知っている。」
「知っているからこそ忠告しよう。さっさとクソ溜めのようなお前の住処すみかに帰るがいい。」
「毒龍よ、お前の侵攻を俺は許しはしない。」

 あまりにもわかりやすいほどの売り口上こうじょうに毒龍の美しい細眉ほそいまゆが吊り上がる。

「お前は人間の味方をするのか? なりそこないめ!」
「貴様も龍の端くれならば、ドノヴァン様との条約を破った人間を粛清しゅくせいせねばならん立場のはずだ!!」

 毒龍がそう言って怒鳴り声を上げた時、衛兵のリザードマン達が部屋に入ってきた。
 リザードマンたちは、本能で侵入者が毒龍であると察した。だから侵入者であるはずの毒龍に跪いて平伏するのだった。彼らリザードマンにとって龍は王であり、神である。戦うことなどありえないのだ。
 だから、毒龍もとくに彼らを責めることはしない。ただ、彼らの装備品の手槍を受け取って構える火龍にいらだっていた。

「貴様・・・・・・貴様のような半端者でも、そのような武器が我々龍族には通じないことは知っているだろう?」

 赤の死神は、つばを吐き捨てるという。

「腰抜けの毒龍には、喧嘩が始まるタイミングもわからないらしいな?」

 もはや、問答無用と赤の死神は言いたいのだ。

「あああんっ! 可愛い子っ!!」

 赤の死神の好戦的な態度を見てスー・スー・シュンが悩ましい声を上げて歓喜した。そして水魔法で赤の死神を襲おうと企んだ時、一瞬早くバー・バー・バーンの土魔法がスー・スー・シュンの肉体を岩の塊の中に押し込めた!!

「ちくしょう! 出せっ!!
 この干上ひあがったクソジジィめ!!」

 スー・スー・シュンは岩の中で悪態をついたが、バー・バー・バーンは赤の死神に「あと少しの間だけなら押さえていられる」とささやいた。
 赤の死神はコクリと頷くと、槍を手にしたまま毒龍へ向かって飛び込んだ。

「馬鹿め! 身の程を教えてくれるわ! 
 この出来損ないがっ!」

 毒龍のファッバーは大きく息を吸い込んでから毒の息を吐き掛けるが、火龍ならば、それを炎の息で焼き切るのは当然のことだった。
 次の瞬間、部屋中に両者の息の爆風が吹き荒れる。それを煙幕変わりに身を隠して槍と大剣で赤の死神は毒龍に向って奇襲を仕掛ける。しかし、毒龍はそれを徒手空拳で迎え撃つ。

 赤の死神の槍の一突きと毒龍のパンチが交差した。
 次の瞬間、毒龍に当たった赤の死神の槍は、むなしくはじけるように砕けたが、毒龍のパンチは赤の死神の頬を襲った。
 赤の死神は動物的な勘で首をひねってパンチをかわしながら、毒龍の足を足払いで薙ぎ払う。
 足を払われた毒龍の体が宙を舞うように回転する。赤の死神にとって最高の好機だった。
 だが、毒龍はその宙に浮かされた体勢からでも激しい蹴りを放ってきた。
 赤の死神は危険を察知して右腕で蹴りを防御するのだが、蹴りの威力はすさまじく体ごと1メートルほど吹っ飛ばされてしまった。

 足払いで床に転ばされた毒龍は、その様子を見てせせら笑った。

「俺の蹴りを片腕でガードできると思うとは、貴様は徒手空拳の素人しろうとらしいな。いや、龍同士の闘争について無知すぎるぞ!!」

 赤の死神は、蹴られた己の右腕が若干しびれていることを感じると、(この男は、なにやら特殊な徒手空拳の体術を身につけている。)と察知した。

 通常、徒手空拳と剣とでは絶望的なほど、徒手空拳には勝ち目がない。
 しかし、それが剣の通じない肉体の持ち主が相手だった場合は、むしろ逆になる。役にも立たない棒切れを振り回すよりも、徒手空拳のほうが明らかに早く正確に急所に攻撃を打ち込めるからだ。

 赤の死神は、その不利を知ったうえで体を大きく捻じってギースの大剣を後方に引き下げて構えなおす。
 それを見た毒龍のファッバーは、馬鹿にしたように両掌を見せるジェスチャーをする。
 赤の死神のとった構えが、速度で自分に勝る敵に対しては圧倒的に不利な構えだったからだ。そこで毒龍ファッバーは赤の死神は武術の本質を理解していないと考えたのだ。
 
 しかし、赤の死神を馬鹿にしていた毒龍ファッバーは、すぐに違和感に気が付き表情がきつくなる。

「貴様・・・なにを企んでいる?」

 ファッバーは警戒した。
 赤の死神の躍動感みなぎるしなやかな筋肉が生み出す曲線美は危険な香りがしたし、手にした大剣に込められた魔力量が尋常ではなかったからだ。

 両者が警戒し睨みあう時間が過ぎる中、バー・バー・バーンの大岩の魔法を打ち破って中から閉じ込められたスー・スー・シュンが飛び出してきた!!

「あーん! もう、何それ。つまんなーい!!」
「さっさと殺しあいなさいよ! ダメな男たちね!」

 物騒な言葉を言い放つスー・スー・シュンに毒龍のファッバーは苦笑した。
 しかも、スー・スー・シュンの言葉ですっかりやる気がえてしまったらしい。
 毒龍は苦笑いを浮かべながら、「今日はここまでだ。だが1か月後に俺はこの大陸の者どもを粛清しゅくせいする。」と告げるときびすを返して次元の扉から自分の世界へと帰っていった。(※きびすとは、かかとの古い言い回し。古語)

「おい! ジジィ!
 てめぇ、次は絶対に殺してやるからな!」

 スー・スー・シュンは美しい顔に似合わない過激な言葉を残して水の中に消えていった。
 それっきり赤の死神の寝室は静かになった。
 いや、赤の死神と毒龍の戦いを目の当たりにして震えるジルが鳴らす歯の音だけはガチガチと鳴っていたのだが。
 おびえるジルを優しく抱き寄せて慰めてやり、優しくベッドに寝かしつけてから、赤の死神は次元の扉があった方をにらみつけながら言った。

「何の作戦もないただのハッタリ剣法だったが、上手くだませたようだ。」
「あれが毒龍ファッバーか。さすがに俺より高位な龍だな。」
おきな。どうかな?
 俺はあの化物に勝てるかな?」

 バー・バー・バーンは、力強く答えた。

「どっちが勝つかなんか、やってみなきゃわからんわ!」
「だが、お前は勝たねばならん! しかし、ただ勝つだけではだめだぞ?」
「忘れるな? お前には守るべき者たちがいるのだろう?」
「お前が愛するその子も。そして、お前の希望の光であるあの娘もな。」

 バー・バー・バーンの大きく見開かれた目をみて、全てを見透かされていると悟った赤の死神は苦笑しながらいった。

「そうだな。できれば俺も ” あの手段 ” は使いたくない。誰も助からない・・・・・・・からな」
「と、なると・・・もう一つの手段に賭けるか。」

 赤の死神が遠い目をしてそう言うと、バー・バー・バーンはその答えに満足したのか満面の笑みを浮かべて床の中に消えていった。
 そして赤の死神の寝室に本当の静寂が訪れるのだった。

 

 それから3日後。カーランド王が立派なドレスに身を包んだ姿で、契約していた家畜牛を引き連れて、約束通りマルティス・デ・コスタを訪れた。 
 赤の死神は、初めて見るカーランド王の女性らしいドレス姿に興奮して、出会うなりいきなり抱きしめてその薄い胸に顔をうずめた。

「きゃああああああっ! な、なにをなさいますのっ!!」

「お前は良い香りがする上に悲鳴まで可愛い」と赤の死神は喜んだが、すぐに表情を変えて重要な要件を伝えた。

「3日前。俺は毒龍のファッバーと戦った。」

「えええっ!!? だ、大丈夫でしたの?」

 カーランド王は髪が逆立つほど驚いたが、赤の死神は気にせずに言葉をつづける。

「俺は大丈夫だ。俺一人ならば、大丈夫だ。」
「だが、奴と戦ってお前たちが生き残れる可能性はとても低い。」
「加勢が必要だ。それも人間ではない。俺と同じく人外の存在の加勢が。」
 
 真面目な話をしているというのに、赤の死神はカーランド王の旨に頭をうずめながら、気持ちよさそうに臭いをかぐのだった。
 そんな赤の死神に対して呆れたようにカーランド王は「わたくしは結婚までは純潔じゅんけつを守りますので!」と、胸に押し付けられた赤の死神の頭を押しのけてから尋ねた。

「一体、どなたの加勢が必要ですの?」

「この町の女神。マルティスだ。」
「彼女は、いま、精神の悪い神に監禁されている。それを救い出して助勢をう!」

 衝撃的な言葉にカーランド王の瞳は、大きく見開かれたのだった。
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