魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第22話 失った姫の権威

 明けの明星様はわたくしに仰いました。

「皆が平等に幸せになるためには、皆が空腹やったらアカンわなだめだろう
 例えばお前が一日生きるためになんぼどれほどの食料がいると思う?
 それが家族単位、村、国と規模が大きくなったら、それはもう倍々ゲームどころの騒ぎやないどじゃないぞ。それに対して食料は有限の物や。肉も野菜も水すらも。
 わかるか? 食料ですら生きとし生ける者を平等に分け与えることなんかできんのや。誰かを間引きして入力と出力のバランスを整える必要がある。」
なんでなぜ人が物を奪うかわかるか? なんで土地を奪い合うかわかるか? なんで人を騙すかわかるか?
 なんで人を殺すかわかるか?」
「足りんからや。この世の中の全てが。」

ようようよくよく考えよ。戦争が起こって人が殺しあう理由を。
 人が争わないと生きていけないのは当然の話や。何故なら、人を裏切り、奪い、殺した方が効率よく物資を確保できて幸せになれるからや。
 ラーマ。お前は考えなアカンかんがえなさい。幸せを求めるという事は有限の資源を自分たちで独占しないといけないというごうを背負うという事を。」
「幸せを手に入れるというのならば、その幸せを手に入れられる数に限界があり、間引きしなければいかんと言う事を知れっ!!
 お前はこの国をどうしたいんや? 幸せにしたいんか? ならば敵を殺せ。
 奴らに幸せを奪わせるな。この国の富はお前の領民のためにある。」

 魔王様はそう仰ると、再び地図の前に立ち、細かな作戦を家臣たちに話されました。
 ですが、私には納得できません。
 ・・・わかりません。私には魔王様の仰っておられる事。

「ですが・・・。明けの明星様。殺さずとも説得で・・・・・・。」

 と、私がそこまで言ったところで、魔王様は拳槌けんついでテーブルを叩き壊したかと思うと、お姉様を肩に担いで部屋から出て行ってしまわれました。そして、それに合わせて家臣団も部屋から退室していきました。残されたのはヴァレリオ男爵と私のみ・・・。

「・・・見捨てられてしまいました・・・。」

 家臣団の怒りはもっともです。王が味方ではなくて敵の命を救おうとしているのですから。
 ですがヴァレリオ男爵は言いました。

「姫。このヴァレリオは見捨てません。
 私がこのいくさの指揮の全権を引き受けます。私には幾分いくぶんか自分の采配でできることがあります。
 だから、一度だけ最後のチャンスを作ります。」

「チャンス?」
 
 私は希望のある言葉を聞いて思わずヴァレリオの顔をのぞき込みました。その時、顔が近すぎたのか、ヴァレリオは二、三歩フラフラと後退したのち、咳ばらいをしながら言いました。

「あ、あ~。つ、つまりですな。
 明けの明星様は仰いました。まず最初にラーマ様に突撃させると。
 その時に交渉をなさいませ。それが最初で最後のチャンスでしょう。
 ご安心ください。姫の安全は明けの明星様と魔神・・・あ~、アンナ・ラー様が絶対に貴方を傷つけさせないでしょう。」

「・・・・・・ステキ。
 良いですわねっ!! ヴァレリオっ!! その作戦、ステキですわっ!!」

 私は嬉しくなってヴァレリオ男爵の手を握って飛び上がりました。一緒になってピョンピョン飛び跳ねていると、ヴァレリオの目が私の揺れるお胸にしか行って無い事に気が付いて、すぐに止まりました。

「・・・・・・いやらしいっ!!」

「ああっ!! い、いやぁ。姫様っ、これは男の条件反射と申しますか・・・いや・・・ははは・・は」

 せっかく、最高の気分でしたのに、最悪の展開です。

 う~っ!! 男ってなんでいっつもいやらしい事ばっかり考えちゃうんですのっ!!



 最後に気分は最低になりましたが、それでも希望の光が見えてきました。
 敵とは言え、無惨に大量に殺すのはいけません。何とか回避しなくては・・・。
 
 私がそう心に決めてから、2日後の事でございました。私たちの軍は、スパーダ軍にさきんじるために一斉に進撃を開始したのです。魔王様に言わせると『兵は神速をたっとぶ』と申すそうです。我が軍はその言葉に従って、まずは装備を軽くした先遣隊を派遣して狙った場所に陣を形成。その後、兵站や装備品を送りつけるという方法を取りました。そうするとたった3日で敵の喉元近くに進軍することができました。私たちの誰もが自分のしたことだというのに驚きを隠せませんでした。
 そして十分な休息を終えた2日後。私を先頭にスパーダ軍が陣を構える場所への奇襲攻撃が決行されたのでした。


 正午の事でした。鏑矢かぶらやが放たれて私を先頭部隊にして敵陣営に強襲を仕掛けたのです。(※鏑矢。戦場で味方に命令を送る信号弾。高い音や鈍い音など様々で、それによって命令を伝えた。)

 この襲撃は本気の物ではありませんが、戦争である以上、命懸けです。私も家臣団も必死になって突撃を果たし、敵の陣地深くまで入り込むことができました。いかに2万の兵とはいえ、一点突破の3千の兵を圧倒することは出来ません。そうして奇襲に慌てるばかりの敵の心胆寒かしめたとき、ヴァレリオ男爵が放った撤退の鏑矢の音が私の耳にも届きました。

「姫っ!! 撤退でございまするっ!!」

 家臣が私にそう伝えた時、私の目には一人の立派な身なりの武将が目に入りました。
 『この男だっ!! 彼こそ兜首かぶとくびっ!!』。私はそう確信するとスラリとレイピアを抜き、その切っ先をその男に向けて構えると馬上の上から叫びました。

「我が名はラーマ・シュー。そなたらが追う者であるっ!!
 その方らに交渉の覚悟があれば、我が話を聞けっ!!」

 私の発言を聞いて家臣は「姫様っ!! 何をっ!?」と慌てふためきましたが、その慌て方からその男は私を本物と見抜いたのでしょう。右手を高く上げて「者共っ!! 攻撃、やめ~~~っ!!」と、号令を下したのです。たちまち敵兵は攻撃をやめ、その様子に我が軍も驚き、その場が戦場だというのに一気に静まり返りました。

「そのお美しいご尊顔っ!! 小鳥のさえずりのようにうるわしいお声っ!!
 貴方は噂にたがわぬ美しさですなっ!! ラーマ様っ!!
 我が名はフェデリコ・ダヴィデっ!! この度の戦の指揮を任された将軍でございますっ!!」

 やはり、大将でしたか。私は彼が話し合いに応じてくれそうなのでホッとして口上を続けます。

「この度の戦、こちらに非があることは認めましょうっ!!
 ですから、交渉しましょうっ!! 我らにはその準備がありますっ!!」

「ご準備ですとっ!? 交渉ですとっ!?
 姫は戦争をご存じないと心得ますなっ!!
 交渉とは、交渉する力を見せた者のみが手に入れられる権利でございますれば、戦う前に負けることを考えておられる姫と我らが何の交渉をする必要がありましょうや?
 我らにあるのは、姫様を母国に連れ帰ることと、当国を沈めることのみっ!!
 それ以外のことは不承知ふしょうちぞんそうらえば、姫様っ!! お覚悟めされいっ!! 」

 フェデリコは私の交渉には応じるつもりがないばかりか、我が国を沈める。すなわち滅ぼし占領するつもりなのだと答えました。そうして自分の部下たちに再び攻撃命令を下したのです。
 ああっ!! なんてことなのっ!?

「おやめなさいっ!!! フェデリコ将軍っ!!
 戦えばあなた達は全滅いたしますっ!! 我々には、あなた方を滅ぼす作戦があるのですっ!!
 お願いっ、話を聞いてっ!! 無駄死にしないでっ!!」

 しかし、話はここまででした。
 私は馬の手綱を家臣に奪われて連れさらわれ、私と言う獲物を前にしていきり立った敵軍は追撃を始めたのです。

「お願いっ!! 話を・・・話を聞いてえええええーーっ!!」

 私の魂の願いは虚しくも戦場の音にかき消されていくのでした。


 それからの撤退てったい戦は勝手知ったる自分の領地。地の利に勝る我が軍は神風のように撤退し、敵の追手に後ろ髪さえ掴ませることなく一気に待ち伏せ場所まで逃げ切るのでした。
 ただ、そのあと、私は家臣から猛抗議を受けたのでした。

「姫様っ!! 此度こたびのこと、我らに対する裏切り行為と言っても差し支え御座いませんぞっ!!」
「その通りっ!! あの場であのような発言は、敵に待ち伏せ作戦があると知らせたも同然っ!!」
「これでもし、敗れるようなことあらば、責任問題では済みませぬぞっ!!」
「いかにお考えかっ!! 姫様っ!!」

 家臣団は私を取り囲んで足を踏み鳴らすわ、テーブルは叩きつけるわして、大声で私に向かって怒鳴りつけました。その様子は怒りからだけで来るものではないこと、私にはわかっていました。
 彼らが仕えているのは私ではなく魔王様とお姉様なのです。私は相変わらずお飾りのお姫様。敬意などとっくの昔に失われているのでした。
 それでも、そんな家臣団の中でもヴァレリオ男爵だけは私の味方となって、皆から私をかばってくださいました。

各々方おのおのがたっ!! 落ち着きなさりませっ!!
 あのような口上だけで何が敵に伝わりましょうや!?
 それに敵地での待ち伏せ作戦は常套手段じょうとうしゅだん。敵は姫様の言葉が無くても常に待ち伏せ攻撃に対して注意しておりますっ!!」

 ヴァレリオ男爵の必死の説得の甲斐もあって、陣営内は一応の落ち着きを取り戻すことに成功しましたが、それでも私には今回の逸脱行為いつだつこういの罰則として、自分で操れる部隊を30名までに減らされてしまいました。こうしておけば私が暴走しないと踏んだのです。
 情けないみじめな私・・・。お父様がご健在の頃から私はお飾りの姫でしたが、ここまで落ちぶれるとは・・・。
 私はさすがに情けなくなって、作戦会議の途中だというのに抜け出して遠征用の自分の天蓋テントに走り込むと、ベッドに倒れ込み枕を濡らすほどにすすり泣いてしまいました。

「あらあら・・・。ラーマ。仕方のない子だこと。」

 私がすすり泣いていると、音もなくお姉様が私の部屋に入って来てベッドに腰を下ろすと、泣いている私の頭を撫でてくれました。

「ラーマ。人払いを済ませてあります。泣きたいのなら、泣きたいだけ泣いていいのですよ?」

「ううっ、お姉様ぁ~~~っ」

 お姉様のお優しい言葉に私は甘えることしかできません。強がる心なんてもうみじんも残されていなかったのです、お姉様の胸に飛び込み、子供のようにアンアン声を上げて泣きました。そんな私をお姉様はずっと慰めてくださったのです。


 翌朝。私たちの陣地には凄まじい太鼓の音が鳴り響き、寝ていた者もすべて跳ね起きるほどの大きな太鼓の音でした。
 それはスパーダ軍の進軍を知らせる太鼓でした。太鼓の音は山々に響き渡り、谷間の我が陣営の天蓋を揺らさんばかりに響き渡ったのです。その太鼓の音から私たちは敵の数が2万で済まないことを悟ったのです。

「こ、これのどこが2万の兵だっ!! 少なく見積もっても2万5千はいるではないかっ!!」
 
 冷静なヴァレリオ男爵さえも声を上げて驚きました。そう、敵は増援を受けたのか、それとも最初の報告の数がそもそも間違っていたのかはわかりませんが、明らかに2万以上いたのです。私たちは顔から血の気が引くのを感じました。これほどの軍勢と戦う場合、今の私たちの矢数、兵数で間に合うのかと考えると、全滅も覚悟しなくてはいけなかったからです。

「なに。コケ脅しでございます。姫様。ご安心ください。」

 怯えて震える私の肩に手を置いてヴァレリオ男爵が励ましてくださいましたが、事実は目の前にあるのです。
 私たちは陣地の中からいま若干じゃっかん遠い位置にいる敵軍を見て己の死を間近に感じていたのでした・・・。
 
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