魔王〜明けの明星〜

黒神譚

文字の大きさ
38 / 102
第2章 新国家「エデン」

第37話 フェデリコという男

 わたくしは明けの明星様が以前仰ったように和平交渉のために相手の感情に訴えるのではなく、私どもが十分な賠償を支払うという事をちらつかせることでフェデリコの興味を引く作戦に出ました。それはアンドレア様やヴァレリオ男爵が反対したやり方でしたが、もはや敗戦は濃厚。これより他に道はないと思いました。

「フェデリコ将軍。私どもはそちらが当国に寄贈し受けた被害金額に加えて家畜300頭、絹300反を用意します。
 いかがですか?」

 私はまず、支払えるうちで現実的な額を提示しました。ここから上げるか下げるかは交渉次第というわけです。
 しかし、フェデリコは首を横に振るのでした。

「折角のお申し出でございますが、我々はこの度の戦闘で既に2000名を大きく超える被害を出しております。
 その被害は今も増え続けており、詳しくは把握できませんが、ざっと見積もっても姫様が仰った賠償は少なすぎてお話になりませんな。そして、なによりも本命の姫様の処遇をお聞かせいただかねばなりませんな。」

 最初の戦闘でスパーダ軍は無理な力押しによって多大な被害を受け、更にヴァレリオ男爵の奇策によって被害を受け、そのうえ明けの明星様の暗示じみた一言のせいで現在は詳しい被害人数をフェデリコ自身が把握できない状況にあり、その賠償額はかなりの額になるという見立てです。さらにフェデリコは私の処遇についても言及します。

「事の発端をお忘れではありますまいな?
 もとはといえば 姫様の結婚外交が戦争の引き金。
 となれば、賠償の対象が姫様であることは最低限保証としていただかねば、私どもも交渉の余地がございません。」

 つまり、私の輿入こしいれが最低条件だというのです。
 フェデリコは、そういうと明けの明星様をチラリと見てから言葉を続けます。

「姫様の思われ人が何処のどなたかはもう、語りません。
 ただし、何処のどちら様がお相手であっても、和平交渉を進めたいのであれば、姫様の方からそちらにはご縁がないとハッキリとお固割になられませ。
 そして、我らの王の側室になっていただきましょう。」

 その言葉はつまり、私に明けの明星様との婚姻関係を解消しろと言っているのです。それは私から言い出さないと自分たちが明けの明星様の怒りを買う事を知った上での発言でした。
 私はフェデリコの言葉に納得しながらも、その要求を拒否します。

「フェデリコ将軍。申し出の内容。もっともですが、私と明けの明星様の関係を切ることは全くの不可能です。
 語るに値せぬお話と言っても差し支えありませんね。
 何故なら、明けの明星様との契約は私に選択権はなく、全ては明けの明星様の御心次第。
 私の処遇がお気に召さないと仰るのなら、どうぞ、好きにご自身の御言葉で明けの明星様に御伺いを立てなさい。」

 私はフェデリコの言い分をはねのけます。そしてそれはフェデリコにとって痛い部分でもありました。何故ならフェデリコにとって明けの明星様は、” 意思の疎通ができているか怪しい存在 ”という認識だからです。明けの明星様が「OK」だとお答えになったとしてもそれが本当にOKなのかフェデリコには計り知れないからなのです。それはつまり私を国に連れて帰るという行為の危険性を意味していました。フェデリコはそのリスクを自分が背負いたくはなかったのです。出来れば私の手によって明けの明星様との縁を切りたい。なのに私はそれを拒否した。フェデリコにとって私を国に連れ帰るという選択肢はなくなってしまったのです。

 フェデリコは「ふ~っ」と、ため息をつくと顔を上げて私を睨みました。

「姫様は何もお分かりになられておられぬご様子。これでは交渉事になりませんな。
 我らの軍勢は確かに大損害を受けてはおりますが、それでもこのまま戦争を続ければ我らの勝利はゆるぎないものと心得ます。
 我らは和平交渉に応じる必要がないのです。」

 フェデリコはそう言うとそれ以上は何も言わずにじっと私を見据えて返答を待ちました。交渉を進めるにあたり明けの明星様に関わらない内容にかじ取りをしようと言う上手いやり方です。あくまでもエデンとスパーダとの戦争に関する話題に絞らせるつもりです。しかし、そうは問屋が卸しません。

「フェデリコ。それは浅慮せんりょというものです。(※浅慮とは浅はかな考えの事。)
 私の国は言ってみれば明けの明星様の国でもあります。現に嫁取合戦に勝利したのは明けの明星様。ならば、この国の王は明けの明星様と言うことになります。
 フェデリコ、あなたはいかようにして戦争に勝ち、明けの明星様の国から賠償を奪おうというのですか?
 それよりも明けの明星様とではなく、直接、私との交渉に応じた方がよろしくなくて?」

 私の言葉にフェデリコは「ううむっ!!」と唇をかみしめて唸りました。私の交渉術が効いている証拠です。
 明けの明星様は確かに私たち下等な生命の争いごとには関与されないと仰いましたが、それはフェデリコの立場からすると、信用できない言葉です。ならば、その不信用。私が交渉に利用させていただきましょう。フェデリコの猜疑心さいぎしんを利用して、あたかもこの国の資源を奪う事は明けの明星様から物を奪おうとするに等しいと思わせることで、私の提示した内容を受け入れた方が安全だと思わせることができるのです。フェデリコがそう思うように仕向けたのです。

 フェデリコは大粒の汗を流しながら考え込んでしまいました。
 このまま戦争を続ける危険性と明けの明星様の真意を信じる危険性を天秤にかけなければ、この和平交渉の主導権を握れないばかりか、この戦争自体を引き上げなければ明けの明星様の怒りを買って滅ぼされるのではないか・・・? きっとフェデリコはそんなことを悩んでいるのでしょう。それこそが私の狙い。ならば、フェデリコは私との交渉に応じざるを得ない。それが私の立てた作戦でした。

 ところが思い詰めたフェデリコは意外な行動に出たのでした。彼は自分の腰元の短剣をスラリと鞘から抜くと、むき出しの刃を自分の首元に押し当てて明けの明星様に質問したのですっ!!

「高貴なお方にお尋ねいたしますっ!
 御身は私達の交渉事にご関与なされませんとおっしゃいましたが、それは御身の名にかけてのお言葉でござりましょうかっ!?」

 フェデリコは、自身の質問が明けの明星様の怒りを買ってしまうというリスクを自分が命で償う意思を見せて明けの明星様の真意を確かめようとしているのです。
 
 勿論、そのような態度に出たからと言って明けの明星様が動揺するはずもなく、ただ軽蔑するかのような視線をフェデリコに向けるのでした。

「お前のその態度を俺が殊勝な心がけと褒めると思うか?
 わきまえんかい。お前は俺を疑ったんやぞ?
 それをどう償うつもりや? あん?」

 明けの明星様はあからさまに不機嫌なお顔でそう仰りながら、右手の指をすり合わせてパチリと鳴らします。するとフェデリコの手にしたナイフから青い炎が燃え上がりフェデリコは悲鳴を上げてナイフを手放しました。

「今度、俺を試す真似をしたら許さんぞ。
 我が尊敬する父上が試されることを嫌悪したように俺も試す真似は許さん。」
「俺が関与せんと言うたら、関与せん。
 わかったら話を続けろ。」

 明けの明星様から確約を受けたフェデリコは炎に焦げた手の痛みに耐えながらも勝者の笑みを私に向けるのでした。

「お聞きになられたか? 姫様。
 明けの明星様が関与なされない以上、脅しは通用しない。私の勝利です。我が軍は姫様の和平交渉には応じられませんな。我らにとっては交渉で得られる賠償など意味がないのです。」
「姫様にはお判りになられないでしょうが、戦争に参加した兵士には国の目的や野望などどうでもよいのです。
 好みの女や男を手に入れたり、奴隷や家財を売り払ったり自分のものにしたりしなければ戦争に参加させられた不満を押さえられないのです。」
「このたびは多くの兵士が死んだ。兵士たちの不満は相当なもの。
 これを無視することは出来ないのです。暴動が起きかねませんからな。兵士たちの心を満足させるためにも我々は奪うことをやめられないのです。」
「それからエデンは敗戦後には属国として厳しい税や強制労働が待ち構えていると思いなさい。
 わかりましたか? あなた方エデンがこの先に支払う生き地獄以上の対価を差し出さない限り、我々は止まらないし、止められないのですよ。」

 そういって笑みを浮かべるフェデリコを見て私はあることに気が付き、怒りで髪が逆立ちそうになりました。

「あなたはっ・・・!! 兵士たちの怒りを掻き立てやすいようにワザと初戦で大損害を出させたのですねっ!?
 そうすれば、兵士たちの乱暴取りの欲求が強く成り、兵士たちも戦争を進める意志が強く成る。
 戦争に勝つために、兵士のやる気を引き出すために、ワザと被害を出したのねっ!?」

 フェデリコは大やけどを負った私に右手を見せながら「その対価に見合った勝利を手にしました。」と言って笑ったのです。痛み耐え、吹き出す脂汗を見せながらも、フェデリコの顔は晴れ晴れとしていました。フェデリコにとって勝利こそが目的。勝利こそが将軍の誇りと感じていることを私に見せつけるための態度です。
 私たちは考えが甘かった。ヴァレリオ男爵をはじめ多くの重臣たちは敵に痛い思いをさせれば戦争で勝利するよりも和平交渉に応じた方が被害が少なくていいと敵に思わせることができると考えていたのです。ですが、それは通常の将軍が相手だった場合の話です。我々が敵に回したフェデリコと言う男は、戦争に勝利するためならば、むしろ味方の損害さえも望む狂気も持ち合わせた怪物だったのです。家臣に対して温情があるように見えて、その反面、兵士たちを容赦なく地獄へ送り届ける、毒と薬が混在するような男だったのです。

 私たちは考えが甘かった。この男は、敵に回すには強敵過ぎたのです。

 もう、私の頭にはフェデリコを侮辱するために必要な言葉はいくらでも浮かんでくるというのに、彼を止める手立ては思い浮かばなかったのです。
 私が交渉に破れたと自覚してしまったことは、傍目はために見ても分かりやすかったのでしょう。フェデリコが明けの明星様に「交渉決裂です。戦争の再会を希望いたします。」と進言できるほどでした。

 そして、フェデリコの進言を受けた明けの明星様は私を見て「ふっ」と呆れたように笑うと、戦争再会をお認めになったのです。

「ええやろうっ!! ラーマ。俺はお前の負けを認めようっ!!
 フェデリコよ、好きにするがいい。兵士たちにかけた暗示も今、解こう。
 フェデリコよ。お前の勝利やっ!!」

 明けの明星様がそう言って指を擦り鳴らすと、混乱していた戦場は急に静かになり、敵味方問わずに殺しあっていた兵士たちは我に返ったのでした。
 それをみたフェデリコ将軍は叫びました。

「エデン国の将軍、ヴァレリオ男爵を打ち取り、ラーマ姫を捕虜として手に入れたっ!!
 我らの勝利だっ!!
 兵士諸君っ!! 勝鬨かちどきを上げよっ!! そして、敵から全てを奪いされいっ!!」

 その一言と同時にスパーダ軍の兵士たちは口々に「俺達の勝利だっ!!」と叫び、エデンの兵士たちはチリジリになって戦場から逃げだすのでした。
 残されたのは私と戦場で死んだ者達の遺体のみ・・・。もう、抵抗の余地などなかったのです。

 ですが、フェデリコは最後の最後にミスを犯したのです。それは勝利に酔いしれたその時に私に向かってこう言ってしまったことです。

「もう、お判りでしょう。私達を止めたければ、私たちに敗北を認めさせる以外の道はなかったという事を・・・。」

 その一言が、私に最高の奇策を思いつかせ、私の勝利を確定させることになろうとはフェデリコはおろか明けの明星様ですら夢にも思わなかったでしょう・・・。
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『床下に札束を隠す金髪悪女は、毎朝赤いマットの上で黒の下着姿で股を開く』〜ストレッチが、私の金脈〜

まさき
恋愛
毎朝六時。 黒の下着姿で、赤いヨガマットの上に脚を開く。 それが橘麗奈、二十八歳の朝の儀式。 ストレッチが終わったら、絨毯をめくる。 床下収納を開けて、封筒の束を確認する。 まだある。今日も、負けていない。 儚く見える目と、計算された貧しさで男の「守りたい」を引き出し、感情を売らずに金だけを回収してきた。 愛は演技。体は商売道具。金は成果。 ブリーチで傷んだ金髪も、柔らかく整えた体も、全部武器だ。 完璧だったはずの計算が、同じマンションに住む地味な男——青木奏の登場で、狂い始める。 奢らない。 触れない。 欲しがらない。 それでも、去らない。 武器が全部外れる相手に、麗奈は初めて「演じない自分」を見られてしまう。 赤いマットの上で、もう脚を開けなくなる朝が来るまでの話。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。