魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第52話 仕事の心得

「そ、そんなっ!! 私たちから学ぶことなどっ!!!」

 と、ジュリアは反射的に魔神シェーン・シェーン・クー様に返答してしまいました。そしてそれがどれほど無礼な行いかジュリアは言葉を発してから気が付いて我に返るのでした。
 彼女が今しゃべったことは言ってみれば、魔神シェーン・シェーン・クー様の御言葉を否定する言葉です。彼女は私というエデン国女王が自分たちから学ぶという言葉に恐れおののいて反射的に答えてしまっただけで、特別、魔神シェーン・シェーン・クー様へ反意はんいがあったわけではありません。
 ですが、通常ならば彼女たち賤民せんみんには許されない行為だったので、ジュリアは生きた心地がしない程、青ざめた顔をしていました。いえ、そもそも神に意見申し上げるのは我々王侯貴族でも命懸けの部分はあるのですが・・・。

「あ・・・ああ・・・。」

 体から一気に血の気が引き、めまいすら起こしているジュリアの脳内にはきっと「自分の命に代えてお詫びしますので、部下4名の命だけは御勘弁くださいませ」と言う言葉が駆け巡っている事でしょう。ですが、恐れおののき過ぎてその言葉は出てこず、ただうわごとのように「ああ・・・」と言うだけでした。

 それもそのはずです。そもそも神と言う存在は滅多に人前に御姿をお現しになられません。アンナお姉様だって、私たちは神殿こそ構えて信仰していましたが、我が国の民はその御姿を拝見したのは明けの明星様の騒動が始まって以降の事。普通は神をお会いする栄誉などそうそうあることではないのです。
 私は少し特殊過ぎる環境に身を置き過ぎたので、彼女のように我を失うほど恐れ敬うことはないのですが・・・(決していいことでは御座いませんが・・・)・・・本来はジュリアの反応が自然なのです。

 そして、その怯える姿を見るに見かねた私がジュリアをかばって発言いたします。

「恐れ多くもかしこくも魔神シェーン・シェーン・クー様に申し上げ奉りますっ!!。
 神よっ!! どうか、この者の無礼。お許しくださりませ。
 お怒りは重々承知でございまするが、何卒、何卒、寛大なご処置をお願い奉り申し上げますっ!!」

 私はジュリアたちをかばうように魔神シェーン・シェーン・クー様とジュリアたちの間に入って平伏してお願いすると、魔神シェーン・シェーン・クー様は「あ?」と不思議そうなお声をお上げになられるのでした。
 それからアンナお姉様に「なに? こいつら」とお尋ねになられるのですが、アンナお姉様は肩をすくめて薬と笑うだけでした。
 「察しなさいよ。」ということですね。

 魔神シェーン・シェーン・クー様は顎に手を当ててしばらく考えておられましたが、そのうち、「ああ・・・。」と、馬鹿馬鹿しそうなお声を上げられるのでした。

「お前ら、面倒くさいことはやめろ。
 俺は寛大な神だ。お前らの今の口答えを許そう。」
「それからな。ジュリアよ。お前は何も卑下ひげすることはないぞ?
 お前の仕事はお前たちの方が詳しい。ラーマだけではなく、俺もお前たちの働きぶりから色々と知ることもあるだろう。
 これからよろしく頼むぞ。」

 そうお話なさると、もう私たちには興味が無くなったかのようにお姉様の方を向かれると「では、アンナお姉様。行ってまいります。」と言って頬にキスをしてから、そそくさと馬車に乗りこまれるのでした。

 そして、魔神シェーン・シェーン・クー様の御心の広さに理解が追い付かないで呆然とする私たちに向かって

「お前たちも早く乗れっ!! グズグズしていると今日はおやつ抜きにするんだからなっ!
 俺は厳しい神であることも知れっ!!」と、お叱りになるのです。

 しかし、魔神シェーン・シェーン・クー様の御優しさに心を砕かれたジュリアたちの体が動き始めるのは、それからしばらく経ってからの事でした・・・。



 さて、感動に身を震わせて泣いていたジュリアたちがようやく馬車に乗り込めるようになるとすぐに魔神シェーン・シェーン・クー様は御者兼用心棒を務めるジーノ・ロマンノとマリオ・ガッロの両名に「馬を出せっ!!」とお命じになるのでした。
 ジーノとマリオは二人ともフェデリコが選抜した精鋭中の精鋭騎士で馬の扱いも長けたものですが、その馬術を私に披露する栄誉には恵まれませんでした。なぜなら、この馬車の馬たちは魔神シェーン・シェーン・クー様が魔法をかけて風よりも早く駆ける神馬と変えられていたからです。その走る速度は正に神速と言っても過言ではなく、到底、人に扱える速度ではなかったのでした。

「きゃああああああ~~~~っ!!」

 馬車の中は私たち女衆の悲鳴で騒然となりました。鍛え抜かれた女軍人であるジュリアたちでさえ、お互いの体を抱きしめあって震えながら涙を流すほどの速度です。私も明けの明星様のおかげで大変な目には沢山あってはきましたが、それでもこういったことには未だになれません。悲鳴を上げて泣き喚くのが精一杯なのでした。

 しかし、その甲斐あって私たちは通常なら馬車で20日ほどかかる工程をほんの一時で駆け抜けるのでした。
 その速度は馬車の中で意識を失った女衆の私たちだけではなく、御者を務めていたはずのジーノとマリオでさえ失神し、馬車は魔神シェーン・シェーン・クー様の魔法で運行されていたのでした。


「ほれ、起きろっ!!
 人間の国ジェノバについたぞ。」

 私たちは魔神シェーン・シェーン・クー様の声で目を覚ますのでした。
 
「こ、ここは・・・一体?
 なにがあったのですか?」

 意識が混濁する私が事態を把握しようと馬車の外を覗き見た時、あたり一面は大きな木が林立する林の中でした。
 

「おい。寝ぼけるなよ。
 今言っただろう。ここはすでに人間の国ジェノバ領内だ。
 手続きが面倒な関所を抜けなければ侵入できなかったので神馬で有無を言わさずに推し通って入国した。国境警備の兵士たちの目には俺たちの姿など映ってはいまい。この先は怪しまれることなく行動できるぞ。」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそう言ってここが何処で、私たちがどうやってこの国に侵入したのかをお話しくださいました。にわかには信じられない話ですが、私たちが失神するほどの馬車の加速にはそういった意味があったようです。

 それから魔神シェーン・シェーン・クー様は私たちに羊皮紙にペンで簡易的な地図を書いてくださいました。

「俺達の現在地はここだ。ちょうどゴルゴダに面しているジェノバと言う名の国の西端に位置する。
 それでな。今いるこの林道を突き抜けた先に小さな町がある。そこで商売を始めるぞ。」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそう言っていやらしい笑みを浮かべるのでした。
 ジュリアたちはその意味を即座に理解してすぐさま衣服を大きくはだけさせて乳房の半分以上が露出する姿になるのでした。
 ジュリアたちはいずれも性を生業とする一族だけあってとても妖艶な魅力に包まれていました。それから「男性の意識を引きやすい」という香水を体に振りまくのでした。その甘い匂いはジーノとマリオにも効果があるようで、二人はソワソワし始めるのでした。

「う~ん。俺も旦那様に手籠めにされるまではお前たちのような女には目が無かったんだけどなぁ・・・。」

 魔神シェーン・シェーン・クー様は少し寂しそうにそう言われるのですが、すぐに気を取り直してジーノとマリオに命令します。

「おいっ!! いつまでも惚けてないで馬車を出せっ!!
 ここからは商人を装うためにお前たちが馬を操るんだからなっ!!! 女にうつつを抜かしてヘマをしたら、その首かみちぎるから、そのつもりでいろっ!!」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそう言って牙を伸ばして、二人を脅しました。それは効果覿面てきめんで二人は一瞬で色気に迷った男から騎士に戻って馬を操って町に向かうのでした。
 その間に魔神シェーン・シェーン・クー様は作戦を説明なさいます。

「町に着いたら、まずは町に入る審判を受ける。ここは浮れ女の俺たちは問題なく入れるだろう。難癖なんくせ付けて来ても俺が魔法で洗脳するから問題はない。
 次に町の顔役に面会し、その時に宿を紹介してもらう。それから女たちは宿の外で客引きをしろ。ターゲットは特にこだわらない。魔族の国の印象だとか軍備に関わることなどを無理に聞きだす必要はない。怪しまれない程度の世間話で十分だ。」
「それからラーマと俺は町を旅する素振りで人間観察だ。お前が知りたい答えがすぐに見つかるとは思わんが、じっくりと調べるがいい。」
「ジーノとマリオは女たちの用心棒だ。
 舐めた真似をする奴がいたら腕でもへし折ってやれ。遠慮はいらん。舐められたら終りの商売だ。
 せいぜい、怖い男を演じてやれ。それが女たちを守る役目も果たす。」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそう言ってテキパキ指示を出すのでした。
 そうして、その説明が終わるころには、人間の住む街が見えてきました。
 そこまで来ると魔神シェーン・シェーン・クー様は私に向かって幻術の魔法をかけるのでした。

「いいか? お前自身の目から見ればお前は何も変化してはいないが、この馬車の人間以外の目で見れば、今のお前の姿は何処からどう見ても人間で、それも俺の娘だ。
 俺も当然、40半ばの人間の男の姿として町の者からは見えるが、外見だけのことだ。それらしい素振りをすることを忘れるな?」
「それから、人間と接するときに緊張したら、種族は違えど自分と大差ない存在だと言い聞かせろ。
 少しは緊張しなくて済むぞ。」

 幻術に対する説明と人との接し方をお話しくださいました魔神シェーン・シェーン・クー様の言葉に首をかしげる私です。

「人間と魔族の感性に大差ないのですか?」
 
 そんな話を聞いたことがない私に魔神シェーン・シェーン・クー様は優しく説明してくださいました。

「まぁ、魔族。人間。妖精。亜人。色々な種族に分けられていても、基本的に自分たちの事は「人」と呼ぶだろう?
 何も臆することはない。俺達、神から見れば大差ない存在だ。普通に振舞え。それが怪しまれないコツだ。」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそこまで言ってから、ジュリアたちの方を見て「ああ。今の話はラーマに向けた話で、浮れ女のお前らには必要のない助言だな。」と、楽しそうに笑うのでした。その愛らしい笑顔にジュリアたちの顔もほころぶのでした。


 町についてからは魔神様の仰る通りのとんとん拍子で事が進みました。もしかしたら魔神様が魔法で人心を操り事なきを得ていたのかもしれませんが、ともかく、私たちは審査を合格して町に入り、町の顔役に上納金を支払って宿を紹介してもらって、商売を始めることになったのでした。

「いいか? ラーマ。浮れ女というのは流浪の売春婦だ。
 定住を持たない奴らには、とうぜん、サービスを提供する家はない。基本的に相手の家や望む場所に赴きデリバリー奉仕する。
 そこには当然、危険を伴う場合もある。そのため、風体が怪しい客。宿や自宅以外に呼び出す客は監視するし、娼婦の送り迎えも基本用心棒が行う。ジーノとマリオならば誰が来ても遅れは取るまい。」
「で、俺達の仕事だが、本格的に始めるのは明日から。
 今日は商売敵になる売春宿に御挨拶に向かうって寸法だ。まぁ、俺がいるから何も心配はいらないが、お前はへまをするなよ? 俺の娘って役柄を徹底しろ。」

 私に釘をさすように忠告なさいます魔神シェーン・シェーン・クー様の言葉に深く頷く私でした。
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