魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第53話 賢い女

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 魔神シェーン・シェーン・クー様は一通りの説明をなさいますと私をわたくしを連れて、この街の売春宿に向かわれました。 
 その売春宿は人間の国家ジェノバ国の許可を正式に得た売春宿で建物もしっかりとした物でした。宿の外には化粧をした娼婦が3人ほど客引きに立たされ、用心棒らしき男が二人娼婦達を見守っていました。

 魔神シェーン・シェーン・クー様は、その二人の用心棒達に浮れ女の許可証と銅貨を数枚手渡して、売春宿の主に口利きを頼んで、主に挨拶する手はずを整えてもらうのでした。

「お客人。こちらの応接室の椅子にかけて待っててくだせぇ。もうすぐうちのあるじが来ますので、しばらく。しばらく。」

 顔に刃傷跡がある大男は意外なほど丁寧に私達の対応をしてくれました。用心棒達の微妙な言葉遣いはともかく、紳士的な態度に気を良くした私の耳に魔神シェーン・シェーン・クー様は「金の力だ。」と、ささやいて教えて下さいました。

「なるほど。」

 得心とくしんした私は小さく頷き、彼らの生態を学ぶのでした。魔神シェーン・シェーン・クー様が手渡された銅貨はそれほど多くはなかったはずです。多分一人当たり6~7枚といったところでしょうが、それでもこのように丁寧に対応してくれるのですから、彼らは相当、金銭的に余裕がないことがわかります。
 さほど儲かっていないのでしょうか?

 そんな事を考えていると若者を5人ほど引き連れた売春宿の主が応接室の扉を開けて中に入って来て顔を見せました。
 彼は応接室に入ると私達をジロリと睨んで名のりも上げません。私は不審に思いましたが、魔神様は当たり前のように応接室の椅子から立ち上がり自己紹介をするのでした。

「手前は浮れ女達を率いる旅の者です。この度、こちらに10日ほどご厄介になりますので、ご挨拶に参りました。
 こちらは娘のマリア。親子ともどもどうぞよしなに。」

 そう言って頭をお下げになってから、銀貨が数枚入った巾着袋きんちゃくぶくろを主に手渡すのでした。
 主はそれを返事もせずに受け取ると、中身を確認してからあろうことかこの私を指差しながら「娘の方は躾がなってねぇな。」などと申しました。要するに私にも立って頭を下げろと言いたいのでしょう。

 は? この私に先に挨拶をしろと指図するつもりですか?
 何様のつもり?

 私は思わず睨みつけてしまいましたが、魔神シェーン・シェーン・クー様は笑いながら「いやぁ~。母親を亡くして以降甘やかしすぎまして、世間知らずに育ってしまいました。」と頭をかく仕草をして、場をお沈めになられたのでした。
 魔神様にそう言われたら、主もなんとなく事情を察したのか怒ることはありませんでした。

「まぁ、渋いみかじめ料の額だがこれで勘弁してやろう。
 10日ほどの滞在だというしな、こちらもこの程度の額でもお前達を見過ごせる。」

 主はそう言うと、指をパチリと鳴らして部下に酒を運ばせました。

「国はこれから戦争だ。苦しいのはお互い様ってことになる。
 ま、同業者同士、助け合ってやっていこう。」

 主は部下に酒を準備させながら、私達が聞きたかった事を口にするのでした。魔神シェーン・シェーン・クー様はそのチャンスをお見逃しになられませんでした。

「戦争ですか。
 私どもは旅の者故にチラリと小耳に挟んだ程度ですが、深刻なのですか?」

 そう言ってさり気なく話題をふるのでした。主はなんの警戒心も持たずに世間話として語ります。

「深刻も何も大迷惑さ。王が戦争の為に若衆に戦争参加の呼びかけをしたもので、血気盛んな連中は皆、傭兵を志して出稼ぎの為にここから南西の方向にあるモデナって名前の大都市に集まっちまった。おかげで女を買いに来る若者が減って俺等の稼ぎは減る。」

「ああ。なるほど。それは深刻ですね。
 では、私達はこの後は南西の街モデナを目指したほうが良さそうだ。」

「だな。何を出て西に進めば大きな川に出る。その川沿いに馬車で10日も進めば辿り着く。」

「貴重な情報をありがとうございます。」

 主と魔神シェーン・シェーン・クー様の会話が終わるころ、酒の準備が終わりました。そして坏に酒が注がれると主と魔神シェーン・シェーン・クー様は互いに杯を手にとって一息に酒を飲み干して、契約成立の証とするのでした。
 これでこの街での商売は問題なく行うことができるのです。こういう根回しを地元の顔役にしておかないと後でどんな嫌がらせを受けるのか分かったものではありません。魔神シェーン・シェーン・クー様は人間社会のルールで良くご存知でした。

「それにしても戦争って何がきっかけの戦争なんですか?」

 主は首を振って答えました。

「さぁな。俺も詳しくは知らんが、なんでも魔族の国が一致団結して押し寄せてくるって話だよ。
 噂じゃ敵の王はとんでもない淫婦いんぷで魔神をたらし込んで従えているらしい。
 かなり危険な戦争になるそうだぜ。全くいい迷惑だよ。」

 ・・・誰が淫婦ですって?
 噂話ほどあてにならないとはいえ、あまりにも根拠のない無礼な話に私は腹が立って売春宿の主の頬を引っ叩いてやろうかしらと思いましたが、精一杯の我慢を見せて売春宿を出るまで耐えるのでした。

 そうして、長い長い我慢の時間を経て、私達はやっと売春宿を出ることが出来ました。
 唇を尖らせて不貞腐ふてくされる私の態度は、長話を嫌がる世間知らずな小娘のワガママと誤解されたようで、主は別れ際に私にアメを手渡し「長々と悪かったな。お嬢ちゃん」などと言って私をなだめるのでした。

 完全に子ども扱いっ!!
 こんなの屈辱ですわ~~っ!!

 売春宿を出ても不貞腐れる私は確かに幼く見えたのかもしれません。魔神シェーン・シェーン·クー様まで苦笑いを浮かべて私をなだめるのでした。

「お前の世間知らずさには呆れたが、あのアホ娘っぽい態度がかえって良かったな。
 この街でこれ以降、少々、間抜けな振る舞いをしても、誰もお前を怪しまないし、こんな阿呆な娘を連れた浮れ女集団を怪しむものもいないだろう。情報収集の仕事がしやすくなって助かったぜ。」

「そんな扱い。屈辱ですわ。
 私はアホ娘ではありません!」

 下手な慰めは帰って相手を傷つけるもの。私、すっかり腹を立てて反論いたしました。
 すると、魔神様はいきなりおかしな質問をなさいました。

「・・・ラーマ。3+3は?」

「はい? そんなの6に決まっているじゃありませんか。」

 私の答えを聞いた魔神様は目をまん丸に見開いて驚かれた後、私の頭をグリグリと撫でまわします。

「賢いっ! いやぁ~、流石ラーマ。
 賢い、賢いねぇー」

 うき~~~っ!! ば、バカにして――――っ!!
 こんなの屈辱ですわ~!!
 
 

 売春宿を出てから暫くそんな会話をしていましたが、やがて魔神様は夕飯の買い出しに出かけようと仰るのでした。

「夕飯を買いに市場にいこう。今夜は女どもも初仕事だから精の付くものが良いだろう。」

 魔神様はそう仰ると、トリ肉と根菜類の野菜をたくさん買われました。
 そして、市場で店を開いている者達にもそれとなく国の情勢などをお尋ねになったのでした。

「やぁ、景気はどうかな?
 今日は大きめのトリ肉を10人前買いに来たんだが。」

 魔神様の注文を聞いた店の主人は目を輝かせて準備をします。

「毎度アリ。あんたたち、今日入ってきた浮れ女集団だね? もう噂になってるよ。
 可愛い子たちを揃えてるってね。」

「ああ。5人とも美人だから、沢山仕事してもらうことを期待して今日は大盤振る舞いなのさ。」

 魔神様がそう言うと主人は魔神様の行動に賛同しながらも、同情の言葉を口にしました。

「うう~ん。これから戦争だからね。
 どっちかというと商売はここから南西に進んだところにあるモデナって大都市にした方がいいよ。
 あそこには生きのいい男が大勢集まってる。商売繁盛するだろうよ。
 女の子は乾くヒマなくて大変かもしれんけどな。」

「ははは。そうなってくれると嬉しいけど、他でも言われたけど、モデナにはそんなに人が集まっているのかい?
 大きな戦争になるのかねぇ?」

 魔神様にそう言われて肉屋の主人は大きく顔をしかめながら言った。

「らしいよぉ? なんでも新しい魔王が生まれてそいつが折衝地域の村々を襲って簒奪を繰り返しているので、諸外国が手を組んで討伐に当たるって話らしい。
 しかも、噂ではその魔王は普通の人間の3倍の背丈に腕は6本。毛むくじゃらで口から火を吐くとんでもない奴らしい。」

 ヴァレリオ様は損なお方ではありませんわっ!! 眉目秀麗びもくしゅうれい。お優しくて自分から他人を害するような御方ではありませんっ!!
 
 と、思わず抗議しようとした私に察知した魔神様は私の足を踏みつけて最初の一言を話すこともお許しになられませんでした。

「いっ!!!」

 私はあまりの痛みに声を上げます。肉屋の主人は驚いて「おいおい、大丈夫かい?」と心配してくれましたが、痛みと引き換えに自分が何をしようとしていたのかを悟った私は、涙をこらえて「だ、大丈夫です」と答えるのでした。


 そうして、ジェノバでの初日の買い出しは終わるのでした。
 宿に戻ると肉屋の主人の言う通り、女たちはお茶っぴき状態のヒマさ加減でした。

「ダメです。全然、男たちが寄ってきませんの。
 私達、こんなに可愛いのに男が寄ってこないなんてジェノバの男は○○○ついてるんでしょうかっ!!」

 などとジュリアが女性の言葉とは思えないようなことを口走って怒っていました。きっとこのヒマさ加減は美人の彼女のプライドを大きく傷つけたのでしょう。魔神様はそんなジュリアを笑いながら「まぁ。今は魔族との戦争に備えているわけだから、お前たちを買いに来にくいのかもしれんな。」といって慰めるのでした。
 

「まぁ、今日は仕方ないし、この町にいる間は仕事がないかもしれん。
 次の目標は南西の大都市モデナだが、そっちには若い男が集まってきているらしい。そちらではお前たちの見た目を人間に変えて客引きしやすいようにしてやろう。」

 そう言って慰めながら、

「ま、とにかく今日は美味いものを食わせてやるから機嫌を直せ。」

 と、ねぎらうお優しさもお見せになられたのでした。
 その御言葉を聞いた女軍人たちは胸がキュンとなったのか、潤む瞳で魔神様を見つめるのでした。
 そして、女軍人たちの好意を一身に受けながら魔神様はお料理を始めるのですが、そのとき、私にもお声がけを成されました。
 
「では、食事の準備をするか。
 ラーマ。お前も手伝え。お前も女なら手料理を男に振舞いたくなる時が来るだろう。
 その時のために俺が料理を教えてやろう。」

 私は別に料理を作る地位の女では御座いませんが、魔神様の御言葉を聞くと、ふとヴァレリオ様や明けの明星様に御料理を振舞う妄想に駆られ、二人に喜んでもらえるような料理が作りたくなって「ご教示、よろしくお願いいたしますっ!!」と、頭を下げてお願いするのでした。

 



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