魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

61話 苦楽を共に

 着替えが終わって、わたくしとアンナお姉様が会議室に入った時、全員が着席して待っていました。中にはヴァレリオ様配下の騎士達もおり、作戦会議の様相は強まっておりました。
 私は「お待たせしました。」とヴァレリオ様に御挨拶すると、テーブルの中央席にお姉様が御着席なされるのを待ってからアンナお姉様のお隣に座ります。当たり前の話ですが、アンナお姉様とヴァレリオ様と私の座る席はいわゆる上座であり、それ以外の者達は少し離れた席に座ります。ヴァレリオ様の特別の御計おはからいで私たちのテーブルから少し離れた場所にエリザやジュリアたちにも小さなテーブルと椅子が与えられ、紅茶とお菓子のケーキが準備されていました。
 
 紅茶は香りから察するに高原でとれる茶葉の若い部分だけを積んだ上等な物。
 3層のケーキには生クリームが使われ、間には季節の果実が入っています。とってもしっとりとした甘いお菓子ですわ。
 紅茶に入れる蜂蜜も上等な物なのは色を見ればわかります。香りが強い花の蜜だけを集める蜂が溜めたものを丁寧に裏ごししています。きっと口当たりが優しく、それでいてほっぺたが落ちるほど甘いものに仕上がっているはずです。
 ヴァレリオ様がこれほどのお菓子を準備していてくださったのは驚きと言うほかありませんでした。


「さて、我らのお姫様の格別のご要望である紅茶とお菓子、それからたっぷりの蜂蜜が用意されている。厳しい会議が控えているが皆には、まずはそれを楽しんでもらいたい。」

 ヴァレリオ様は私たちの着席を待ってから間食の音頭を取られるのでした。そして、アンナお姉様がその言葉に合わせて紅茶を口になさると、それに次いでヴァレリオ様と私が紅茶を口にします。それを合図に他の者達も食事を始めるのでした。

「いや~~~んっ!! なにこれ、なにこれっ!! おいし~~~っ!!!」

 エリザは一口食べただけで、頬を緩ませて歓喜の声を上げます。・・・あら? この子、男の子じゃありませんでしたか?

「ああっ!! シェーン・シェーン・クー様の御馳走してくださったものでも美味しかったですけど、やはり高貴なお方たのお食事って比べ物にならない程、美味しいですっ!!」
「うんうん、このケーキっ!! 口の中で消えるよねっ!!」
「この蜂蜜もなにこれっ!? こんなに洗練されてものを私たちなんかが頂いていいのかしらっ!?」

 ジュリアたちもそれに続いて歓喜の声を上げて喜んでいます。その様子を見ながら私は再び言いました。

「ヴァレリオ様・・・。乙女に必要なものが何かお分かりになられましたか?」

 完全に勝ち誇った私にヴァレリオ様は苦笑いでお応えになるのでした。
 でも、このお菓子。本当に美味しいですわ。アンナお姉様も頬に手を当てて肩を揺らしながら「ああんっ!! おいし~」と大喜びです。

「お喜びいただきまして何よりでございます。
 早朝、御二方の御来訪を知った際に菓子職人を叩き起こして『予算は気にせず良いものを出せ』と厳命しておいた甲斐がありました。本来は夕方前に御用資する予定のものでしたが、職人の手柄ですね。お姫様のわがままにも間に合いました。」

 ヴァレリオ様は謙遜しながらアンナお姉様にお褒めの言葉を頂いたことに感謝しつつも、しっかり私に対する嫌味も含めてきます。きっと私に言われるまでもなく、私が気絶していた間にこれほどのお菓子を用意しましたよと、言いたいのでしょう。憎いほどの演出です。
 それにこのお菓子の分量。元々、エリザ達を労うための分も最初からご用意させていたのですね。
 私はヴァレリオ様の家臣を思うそのお優しいお気遣いを知った今では、軽い嫌味の籠った反撃を受けても全く怒りがわいてきません。

 それにエリザ達のような賤民せんみんと同じ部屋で食事をとるというのにヴァレリオ様の家臣達は嫌そうな顔一つ見せずに静かにお茶会を楽しまれています。それを見るだけでヴァレリオ様の仁徳がわかるというものです。きっと、普段から家臣たちに下々の者達に優しく振舞う様に言い聞かせているのでしょう。
 私、大変感動いたしましたっ!!
 
「大変なごちそう、ありがとうございました。ヴァレリオ様。
 とても美味しゅうございました。職人も褒めてあげてくださいね。」

 私はあっという間に食べてしまったケーキを紅茶で洗い流すと感謝の言葉を口にします。すると、ヴァレリオ様は御自分の分のケーキを切り分けて「良かったら、もう一口どうぞ。」なんて譲ってくれたのです。

「ああんっ!! 羨ましいっ!!」

 アンナお姉様やエリザ達のうらやむ声を聴きながら私はヴァレリオ様が下さったケーキを頂くのでした。
 至福の時ですわ~~~っ!!

 こうして楽しい気分のうちにお茶会が終わりました。

 そうしてテーブルの上の食器が片付けられると、ヴァレリオ様が再び作戦会議の再会を宣言いたします。

「それでは、これより対人間の国との戦争について議論を始める。」

 それを聞いて私は勢いよく挙手します。

「はいっ!! ヴァレリオ様っ!!」

「はい。ラーマ君。意見をどうぞ。」

「まずは、わへい・・・・」

「意見は却下します。
 ラーマ君はしばらく立っていなさい。」

 うにゅううう~~~っ!! ま、まだ意見を言いきっていないのに即否定されてしまいましたわ~~っ!!
 し、しかも・・・立っていなさいってなんですのっ!? 私、これでも女王様なのですわよ~~っ!!

 と、心の中で反論していると、アンナお姉様が私のお尻を叩いて「立ちなさい」と、言わんばかりに人差し指で天井を指差すのでした。
 アンナお姉様に命令されたら立たないわけには参りません。私は屈辱に顔を真っ赤に染めながら起立するのでした。
 そんな私を見てヴァレリオ様は「本当に立つとは思わなかった」とばかりに驚いた目でしばらく見ていましたが、アンナお姉様に「会議を再開しなさい」と促されて、困ったような顔をしながら会議を再開するのでした。
 ふふん。いい気味です。本当に立たれて困るくらいなら最初から言わなければよかったのです。これで引き分けですね。
 ほんの少し前までお互い美味しいお菓子と紅茶で楽しんでいましたのに、今はヴァレリオ様は私を断たせた罪悪感に苦しみ、私は立たされた屈辱に苦しむのです。これこそ正に苦楽を共にするというものです。
 ・・・・・・なんか違う気もします。

「とりあえず人間たちはどのような手段を使ったのか知らんが複数の神を味方につけている。しかもどれほどの神がいるかもわからない上に、私たちが遭遇した神は魔神様たちの知識をもってしても詳細が分からぬという不可解な神だ。」
「つまり、敵勢力の力は未知数な上に恐ろしいという事だけはわかっている状態だ。
 こんな相手にただ待つだけでは勝負にならん。
 我々は速やかに行動しなくてはならない。
 1・戦火に会いそうな場所に住んでいる領民の撤退
 2・防衛線に備える準備、およびエデン国からの増援
 3・敵兵を混乱させるための奇襲攻撃、および敵の戦力を知るための威力偵察だ。」

 ヴァレリオ様はそう言いながら、テーブルに広げた地図上のモデナを指差し

「ここにある大都市に敵軍が集中している。恐らく兵站準備も滞りなく進められるだろう。
 こうなると、敵兵の進軍範囲は広がるだろう。すくなくとも防衛都市まで進撃してくる可能性がある。速やかに領民を避難させよう」

 と、指示を出されます。家臣団は緊急事態を悟り、険しい表情でそのお話を聞くのでした。
 そんな感じで大まかな指示をヴァレリオさんが出された後、具体的な作戦を話し合おうとした時でした。
 ドタドタと何者かが会議室に近づいてくる足音が聞こえてきたのです。そしてすぐに一人の兵士が「緊急事態に付き、御無礼ごぶれい御免仕ごめんつかまつそうろうっ!!」と叫びながら、会議室のドアを勢いよく開けるのでした。

「恐れながら申し上げます。
 ジェノバ国のピエトロ・ルー殿。2刻前に軍勢を率いてモデナを出立なさいましたっ!! その数、少なく見積もってもおおよそ4万っ!!」

 4万以上もの軍勢が近づいている。その知らせを受けた会議室は「なんだとっ!」と、驚きの声で包まれました。ヴァレリオ様もまさかの事態に顔をしかめて尋ねました。

「兵4万だと? 何時の間にそんな大軍に膨れ上がったのだ?
 ・・・いや、何かの間違いではないのか? 
 恐怖は判断力を失わせる。4万もモデナに集結していたのか?」

 伝令の兵士は答えました。

「はっ!! 恐らくモデナ以外の都市にも軍勢を待機させていたのでしょう。
 その軍勢とモデナ集結軍が合流を果たした敵兵、黒アリの如く長蛇の列をなして我が国に向かってきておりまする。少なく見積もっても4万を切ることなどあり得ぬ事と存じまする。
 数日後には他の軍勢も合流し、さらに兵数、増える恐れ御座います。」

 会議室に戦慄が走りました。伝令の伝えた情報があまりにも絶望的であったためです。
 その情報を受けたアンナお姉様は、冷静に伝令に尋ねました。

「それで、敵兵の進軍速度はどれくらいと見積もりますか?
 何日で最初の防衛都市までたどり着くとあなたは思いますか?」

 伝令は魔神様に尋ねられて一瞬、戸惑いましたが、それでも緊急事態につき、おくせずに答える決意を固めます。

「恐れながら魔神様に御答え申し上げます。
 とにかく信じられないほどの進軍速度でございます。
 恐らく2日後には国境付近に訪れるかと思われまする。」

 ジェノバの進軍速度はさらに衝撃を与えました。

「二日後だとっ!? バカなっ、5日はかかる行程だぞっ!!」

 家臣団は驚きの声を上げますが、ヴァレリオ様は伝令の言葉をかみしめるように落ち着いて聞いておられました。話を聞き終わった後はあごに右手を当てて考え込まれていました。その集中はすさまじく、慌てていた家臣団が思わず声を止めてヴァレリオ様の姿を見つめるほどの空気を発していたのです。

 そして、十分に考え込まれた後にヴァレリオ様は考えを述べられました。

「通常の行程の半分以下の日にちで進軍してくるという事は、戦闘の事は考えていまい。恐らくは陣地取りのことしか考えていないのだ。陣地を取った後の戦闘を考えて進軍していたらどうしても5日はかかる。ただ、兵士の疲労を考えずに距離を移動させるだけなら2日も可能やもしれん。」

 私はその発言に「進軍した後の戦闘を考えられぬほど兵士が疲労してでも進軍させているというのですか?」と疑問を口にしました。その疑問は家臣団も同じようで一斉にヴァレリオ様を見つめて返事を待ちました。

「そうだ。ジェノバは陣地取りの後の戦闘を考える必要はない。
 なぜなら、敵には神が控えている。兵士がへとへとで戦えなくても神がいるならば何の心配もない。」

 その言葉に家臣団の一人が意見を挟みます。

「しかし、魔王様。敵はこちらにも神がいることをご存じでしょう?
 もし、こちらかの攻撃を受けた場合、兵士が戦えないのは危険極まりないことは考えるまでも無い事。
 ジェノバ国王がそんな危険を冒すのでしょうか?」

 家臣の質問を「まて」と右手で遮るようにしてからヴァレリオ様はお答えになられました。

「敵の軍勢が焦ったように進軍してくる理由は、文字通り焦っての事であろう。
 向こうもこちらに神がいることを知った。それゆえの急な作戦なのだろう。」
「先手必勝。それが敵の狙いだ。」

 ヴァレリオ様は冷静にそうお答えなさいました。
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