魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第4章「聖母誕生」

第81話 パンと魚と果実酒

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 新国家ゴルゴダの王城付近は高き館の主様の魔法によって幾万もの遺体が並ぶ地獄絵図状態となりました。
 わたくしはその時になって、何故、明けの明星様がこの国家をゴルゴダと名付けたのか、そして、あの夢のお告げ
『地獄が来る。大勢が死に絶える地獄の時が来る。
 お前はそれに耐えねばならん。
 それがお前の選んだ道。進まなければいけない道。
 そんな地獄の時が来る・・・。』
 
 あれがこれを意味していた預言であったことを私は思い知ったのでした。

「みんな・・・みんな死んでしまったの?
 どうしてっ!?
 ああっ! 魔王様っ・・・どうしてこのような無慈悲なことをなさったのっ!?」

 私は敵兵を少しでも多く救ってあげたかった。高き館の主様を呼び出して話し合って解決することを望みました。
 神は神同士の戦いを。我々下々の者たちの戦いは我々で決着をつけますと契約するつもりで高き館の主様を挑発して呼び出したのですが・・・それがまさかこのような結果を導くとは・・・。


 この遺体の山は全て私の失策が産んだもの・・・。
 死体の山を見て半狂乱になって悲鳴を上げる私を明けの明星様が抱きしめて魔法で眠らせてくださいました。

 そうして、私は深い深い眠りに落ちたのでした。


 その眠りの中で私は不思議な夢を見ました。
 私は見たことも聞いたこともないような素晴らしい神殿の中に多くの翼をもった神々に崇められる大神様の前に召しだされていました。
 そこで私は大神様から何かお言葉を授けられてハズなのですが・・・。目を覚ました時、私はその御言葉を何一つ覚えてはいなかったのです。
 ただ、寝室で目を覚ました時、ズタズタだったはずの私の心は落ち着いていたのでした。

「目ぇ覚めたか・・・
 何を見た?」

 寝室には明けの明星様やヴァレリオ様など大勢の方々がおられましたが、最初に口を開いたのはやはり明けの明星様でした。
 私は正直に答えます。

「とてもこの世のものとは思えぬほど荘厳な神殿で明けの明星様よりも偉大な神にお会いした気がします・・・。」

 私がそう答えると明けの明星様は

「あれが俺が尊敬する偉大なる父なる神。
 俺の父上や。
 まぁ、俺に比べたら大したことないけどな。」

 そう仰るのだけど、そのお顔は何故かとても誇らしげだったのです。
 タヴァエルお姉様はそんな明けの明星様の腕をつねると私に向けて仰いました。

「あなたは神託を受けました。
 しかし、残念ながらあなたの耳には聞こえません。
 偉大なる我らが父の言葉をあなたが聞くことはないでしょう・・・。
 ただし、私とお兄様の耳には届きました。そして・・・あのハエ・・・じゃなかった高き館の主の耳にも父上のお言葉は届いたはずです。」

 タヴァエルお姉様はそう仰ると私の髪を撫でながら教えてくれました。

「あなたは3日間、この世界から姿を消していました。
 ここにはあなたの形をした何かがあっただけです。それがなにか教えてあげることは出来ませんが、この場にいたものはあなたの形を象った透明な何かを見て、あなたを案じているだけでした。
 さぁ、目を覚ましたのなら立ち上がって皆を抱きしめてあげなさい・・・。」

「・・・っ3日?」

 私はあの一瞬の出来事と思えることが、3日もかかっていたことを知り驚きました。そして、自分の体を見た時、私の体がまだ半透明であることに気が付き、その時、私はタヴァエルお姉様の仰っていたことを理解したのでした。

「私は世界から消えていたのですね・・・。
 でも、どうして?
 どうして私は明けの明星様のお父様に召喚されたのでしょう?
 こんな・・・何もない私を・・・?」

 頭が混乱してそんな疑問しか起きなかった私をまずアンナお姉様が正気にさせてくださいました。

「あああああっ! ラーマっ!!
 心配かけて、この娘ったらっ!!」

 アンナお姉様はそういって私に抱き着くと泣きじゃくりました。私は久しぶりのアンナお姉様の温もりに触れて・・・ちょ、ギブ、ギブっ!! お姉様、お胸で顔が埋もれて息ができませんっ!!
 ていうか、何、鼻の下を伸ばしてみているんですかっ!! ヴァレリオ様までっ!!

「男は全員出て行きなさ~~いっ!!
 ここは乙女の寝室ですわよ~~~っ!!」

 私は腹を立てて男連中全て・・・もちろん、明けの明星様も含めて部屋から追い払います。
 そうして、二人のお姉様に優しく抱かれて泣きました。

「お姉様っ!!
 私が・・・私がよけいな真似をしたために多くの兵士を死なせてしまいましたっ!!
 私はどうすればいいのでしょう?
 教えてくださいお姉様っ!!」

 私が二人のお姉様にそう言って泣きすがると、タヴァエルお姉様が私を励ましてくださいました。


「気を静めて。ラーマ。あの兵士たちの死はあなたのせいではありません。
 逃れられない大いなる災害だったのです。
 高き館の主。あれはあなたがたにどうこうできる相手ではありません。だから気にしないで。
 それよりもあなたは人々を導く女王として、今は泣くことよりも民を救う事を考えなくてはいけません。」

 タヴァエルお姉様に励まされると不思議なことに私の心に勇気がみなぎり心の中があったかくなっていくのです。
 私は再び尋ねます。

「民を救う?
 多くを死なせてしまった私がですか?」

 タヴァエルお姉様は仰いました。

「外には大勢の遺体がいますが、生きているものも大勢いるのですよ?
 あなたは彼らを導き、救わねばなりません。
 ただし、それは簡単な道のりではありませんよ?」
「さらにあなたはこれから多くの試練を乗り越えなければなりません。
 それがお兄様に見初められたあなたに課せられた試練。人の身には重すぎる試練です。」

 タヴァエルお姉様は真剣なまなざしでそう仰いました。その重い言葉と思いつめた瞳から私は自身がこれから更なる大きな試練と向き合わなければいけないことを知ったのです。
 それを聞いた私はさすがに怖くなりましたが、タヴァエルお姉様は試練に怯える私に

「ですが、どうしても苦痛に耐えられなくなった時は、この御本を読みなさい。」


 と、おっしゃって一冊の薄い本をご用意してくださいました。
 それは美しい美青年二人がキスをしている破廉恥な表紙の御本でした・・・は?

 タヴァエルお姉様は、かなり思いつめた表情で私に迫りながら説明してくれます。
 近い近い。タヴァエルお姉様、顔が近いですっ!

「この一冊は私の秘蔵コレクションです。至高の一冊の一つと言っても差し支えない逸品です。
 特に12P の攻守逆転するシーンはたぎります。それも一場面だけなのがいいです。
 逆転したかと思いきや結局、やり込められてしまうお兄様・・・。ああ、なんて可愛いのかしらっ!!」

 タヴァエルお姉様はそういって体をくねらせます。アンナお姉様はその御本を取り上げると手から炎を出して燃やしてしまわれました。

「きゃあああああ~~~っ!! なんてことをするのですかっ!! アンナ・ラーっ!!
 よくも聖書を焼き払うような真似をっ!!」

 タヴァエルお姉様は燃え盛る炎を消しながら、魔法でどうにかこうにか至高の一冊を再生させながら泣きました。
 何か可哀想です。
 しかし、アンナお姉様はそれをお許しにはならず、同情するどころか指差しながら説教をなさったのです。

「何が聖書ですかっ!! こんなもの性書でしょうがっ!!
 そもそも旦那様が受けなわけないでしょうっ!!
 ああっ!! 思い出しただけでも忌々しいですわっ!! あの高き館の主とかいう魔王っ!!
 よりにもよって私の旦那様をあんな目で見るなんてっ!!

 とにかく旦那様は鬼畜攻野郎なんですっ!! 受けなんてありえませんわっ!!
 解釈違いも甚だしいですっ!!」

 その御言葉をお聞きになったタヴァエルお姉様の表情がス~っと、一瞬で冷たいものに変わったかと思うと、アンナお姉様を刺すような目で睨みながら静かに反論なさいました。

「・・・見解の不一致ですね。
 まぁ、アナタ程度の存在ならばその程度の認識しかできないのは仕方ありませんね。
 許しましょう。私は慈悲深いのです。
 ですが通常ならあなたは殺さねばならないところだと理解しなさい。
 そもそもあなたがお兄様の愛妾でなければ殺されていることも理解しなさい。
 あと・・・。お兄様のお手付きになられた順番はあなたの方が先ですが、私の方が格上だという事をわすれないようにね。」

「きいいいいい~~っ! こ、この泥棒ねこぉ~~~っ!」

 アンナお姉様とタヴァエルお姉様はそう言って睨み合って対峙します。この非常時に何をやっておられるのだか・・・。
 私はそんなお二人がおかしくって笑ってしまうのです。

「あははっ!! もう、お姉様方ったら仕方のないお方・・・。」

 私はくすくすと笑うとタヴァエルお姉様から頂いた本を改めて受け取って感謝を言いました。

「わかりましたわ。この先、どんな試練が待ち構えていようと私は戦います。
 もし、くじけそうになった時、この御本を読ませていただくことに致しますわっ!!」


 私は感謝の気持ちを示してその薄い御本を受け取ると両手で抱き締めるのでした。



 その薄い御本がその後の私の性癖に多大な影響を与えるのですが、それはまた別の機会の講釈で・・・。


 

 さて、お姉様お二人のお心遣いのおかげで笑えるまでに精神を回復した私ですが、お姉様が預言された試練が本当に大きな問題だったのです。

 まずは生き残った1万余りのジェノバ軍兵士達の食糧問題です。
 既に戦闘中に兵站が崩壊し、飢えに苦しんでいたジェノバ軍ですが、それは戦争が終わった後も続く苦難でした。
 5人の王は既に死亡していたので、全員、私がこの世界から消えている間に降伏をしてくれたようです。
 そうして、その時に自分たちが異界の魔王様に操られていただけと知り、嘆き悲しんだのですが、問題は哀しいだけではなく、実際に今も食料が無い事も大きな課題でした。
 
 ジェノバ軍だけでなく、当然、籠城側の私たちも飢えをしのいで闘っていました。戦争に飢えはつきものとはいえ、数十日にも及ぶ戦争は両国を完全に疲弊させていました。
 だから、私たちはお互いの食料を分け合って生きていくしかないのです。

 王城には飢えに苦しむ者達であふれかえっています。
 ジェノバ、エデン兩本国から支援物資が届くには時間もかかりますし、両国ともに長い戦争で食料物資が相当に少なくなっていたのです。
 そうやってとうとう・・・食料が尽きる手前まで来ました。

 それでも王族の私の元には、あたたかい焼き魚とパンと果実酒が毎日のように届けられるのです。
 私は、その特別扱いが嫌で嫌で断ってはいたのですが、戦争に勝った英雄として祭り上げられてしまった私は食べないといけない状態に周りにさせられてしまっています。

 そして最後の食事だと言われる日まで、その食事は私の元へと届けられたのでした。


「私はもう十分です。
 傷つき息絶えそうなものにこれを上げてください。最後くらいは飢えることなく・・・。」

 私がそう言って食事を拒否した時でした。
 明けの明星様が私の料理を手籠にしまい兵士の一人に言づけました。

「おい、お前。
 この中の食事を城内に配って回れ。全て周り終えたら俺のところに戻って来い。」

 意味不明なお申し出でした。立った一籠の食料を城中に配れと仰るのです。
 兵士も不審に思いましたが、あいては明けの明星様。従わぬ訳にもまいらず黙って城中の者共に配って回ります。

 そうして、城中の者が満腹になるほど食事が行きわたった頃、兵士はキツネにつままれたような顔で戻って参ったのです。

「し、城中に籠の中の食事を配って参りました・・・。」

 そういって差し出す籠の中には未だにあたたかい焼き魚とパンと果実酒が残っていたのでした・・・。
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