128人目の勇者と聖女になった男の子の話

黒神譚

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第十三話 家族

 どうしよう。本当に二人っきりにされてしまった。

 夜。俺と美野里は客室に二人っきりにされてしまった。部屋の外には居たはずの衛兵さへアビゲイルの命令で遥か遠くに控える始末。
 リリアンとヴァイオレットさへいない。

 俺と美野里ただ二人。ベッドは一つ。何も起こらないはずもなく・・・・


 いやっ! マズいだろうっ!! それ!!
 
 俺が思わずチラリと隣にいる美野里を見るとナイトドレス姿の美少女にしか見えない男の子だった。
 ううっ。どうしよう、可愛いっ・・・・

 俺は狼狽えるばかりである。しかし、美野里は反対に余裕の表情で「クスクス。バカみたい。」と、笑って先にベッドにダイブする。

「おいでよ、剣一君。
 安心したまえ。ボクは確かに女の子の格好をしているけれども、君もお風呂で見たように真っ当に男の子だ。
 何もおかしな事にはならないよ。」

 そう言って少しめくり上がってしまったスカートからのぞく、濃い黒茶色のパンストをいた太ももを見せつけながら俺を手招きする姿はまるで小悪魔サキュバスだ。
 俺の視線はもう美野里の太ももに釘付けだった。細身だが男とは思えぬモチっとした弾力を感じさせる見た目とパンストの光沢はとても扇情的せんじょうてきで、俺はどうしたって美野里が俺を誘っているようにしか見えない。

 しかし、それは違う事もわずかに残った理性が教えてくれている。それは手前テメェが妙な期待をし過ぎているだけの話で、美野里にはそんな自覚はないだろう。
 思うにこいつは自分の美貌に愛らしさに無自覚過ぎるのだ。だから、これほど可愛く妖しく俺をベッドに誘えるのだ。『何も起きないよ』だと? バカかよ。何かを起こすのは男の本能。けだものの側が決める事で子猫ちゃんのお前が決めることじゃないんだよっ!

 だが、しかしっ! 今、ここで。今この場での一時の劣情に流されて取り返しのつかないことになってはいけないのだ。人生には運命の転換点となる分水嶺ぶんすいれいというものがあるという。右に進むか東に進むか。その選択が今、迫っているのだとしても、俺は理性を優先させなくてはいけないのだ。

「お、おう。ま、お前が気にしないのなら俺は構わんぜ。」

 と、本心を隠して美野里の隣に並んで寝転ぶ。
 美野里は人の気も知らない素振りで楽しそうにクスクス笑う。
 こいつは誰のおかげで無事でいられるか知ったほうがいい。鉄の意志を持つ俺だから何事も起きてないだぞ、と言ってやりたいまである。
 
 しかし美野里はいい気なもんで「今日、本当に色々あったね」と何処までも普通だった。俺も努めて冷静に会話する。

「まぁな。俺はまさかリザードマンのハカと切り合いをさせられるし、アスモデウス神の祝福は受けるし、ウルティアは倒れるし、本当に色々あり過ぎたよ。」
「ああ。あの戦いは凄かったね。君、居合でもやっていたのかい? いや、曲がった日本刀とロングソードとでは扱い方がまた異なるだろうから居合は違うかな?」

 美野里は俺の戦いを見て推察し始めたので事情を説明してやることにした。まぁ、隠すような事でもないし。
「いや。俺の家が神道流系統の古武術を伝えていてな。多少はそれで戦えたのさ。それに俺の流儀は日本刀誕生以前からある流儀で直剣の扱い方も伝えている。それに江戸時代の侍は意外なほど無反りの直刀も使って稽古してたんだぜ。」
「ふーん。」

 美野里は興味深そうに、それでいて理解に苦しむ表情で話を聞いていた。
 しかし、それもすぐに飽きて同級生達は、今何をしているのだろう? とか、もう会えないなんて寂しいね。なんて話をし始める。
 その気まぐれな猫のような美野里と会話しつつ、俺はもう会えない家族の事を思い出していた。

「家族は今頃、大騒ぎだろうな。急に行方不明になったんだから。心配してるだろうなぁ。」
「今頃、ボクと君が駆け落ちしたって話題になっていたりして。」
「まぁ、似たようなもんだろ。勇者と聖女なんだから。」
「あはははっ!」

 俺と美野里はそんな笑い話をしてから眠りについた。

 だが、その深夜の事だった。夜中に目を覚ました俺は泣いていた。
 夢を見た。家族の夢だ。
 両親と弟が幼いころの俺を残して去る夢だった。馬鹿馬鹿しい。家族を置いて去ったのは俺の方なのに・・・・。
 でも、それが悲しくて、哀しくて。夢の中の俺は泣いて両親を呼んでいた。そして、夢から覚めた今も俺は哀しくて泣いている。
 息を殺そうとしてもすすり泣きは止められなかった。もう会えない家族を思ってただ涙を止められなかった。
 そして、そんなすすり泣きを聞いて目を覚ました美野里が、いつの間にか俺の頭を自分の胸元に抱きかかえてくれた。

「触んなっ!! 見るんじゃねーよ、バカっ!!」
 俺はみじめに泣いている自分を見られたくなくて、悪態あくたいをつく。それでも美野里の抱擁ほうようの心地よさにあらがう事も出来ず、またその胸の中で泣き止むことは出来なかった。

 美野里は言う。
「ボクは気持ちよく寝ていたのに君がご両親の事を恋しがって呼ぶ声で目が覚めちゃったんだよ。としてボクの好きにさせてよ。
 それにボクは聖女様なんだ。恥ずかしがらなくていいからボクの胸で一杯泣くがいいさ。」
「・・・・う、うるせーよっ!!」
 そう言いながらも俺は美野里の体を抱きしめ返し、その胸で泣いた。
 美野里はそんな俺をからかう事もなく、俺の頭を撫でながら身の上話を始める。

「剣一君。君がうらやましいよ。ボクは両親の愛を知らずに育ったからね。
 ボクの母はボクが幼いころに離婚して、新しい男と一緒に住み始めた。
 これが入れ墨タトゥー塗れの酷い男でさ、ボクはずっとあいつに虐待・・されていた。
 殴る、蹴る。ご飯を食べさせてくれない。でも、母はボクよりも男の方が大事みたいでさ。守ってくれなかったんだよ。
 『あんたが我慢したらお母さんが幸せになれるのよ? あんたお母さんのことが好きなんでしょ?
  じゃあ、我慢しなっ。あんたが我慢したらすべてうまくいくんだから』って言われたんだ。
 でも母が新しい男を連れ込んで半年したころ、児童相談所に通報があって。ボクの虐待されてできた体のアザが発見されて警察沙汰になったんだ。
 母はその時、ボクを捨てた。ボクは祖父に育てられたんだ。
 それ以来、ボクは母を狂わせたあいつが嫌い。・・・・男なんか大っ嫌いだ。
 ボクを捨ててあいつを選んだ母も嫌いだ・・・・女なんか大っ嫌いだ。
 だから、今、こうして泣ける君が羨ましい。
 そして、その涙の意味が分かるよ。だから、恥ずかしがらないで。誰も見ていないから、泣きたいだけ泣いたらいいんだ。」

 美野里はそう言って泣き止まない俺の頭を俺が落ち着くまで撫でながら優しくしてくれた。
 だが、そう言っていた美野里も明け方に再び目を覚まして泣いていた。
「お母さん・・・・やだよぉ・・・・お母さん。
 もう。会えないなんて・・・・嫌だよぉ・・・・」
 
 昔、聞いたことがある。虐待された子供は問題が発覚した時に必ず虐待した親をかばうらしい。そして、親の事を深く、深く愛するのだと。
 洗脳だ。親に頼ること以外に生きる道のない子供の心が作り出した仮の愛情と言ってもいい。
 それでも・・・それでも美野里の心にはその母親が心に打ち込んだくさびが抜けずに、美野里は母親を求めている。いや。もしかしたら、その愛は本物なのかもしれない。
 美野里は言った。自分の喋り方がおかしいのは母親の影響だと。それを今でもやめられない理由があるとしたら、今も美野里は心のどこか奥底で母親が自分の下に帰って来てくれることを、愛してくれることを、自分の事を見てくれることを願っていたという事なのだろう。

 俺は黙って美野里の小さな頭を抱きかかえて、その髪を撫でてやった。
「やめろよぉ・・・・・さっきまで泣いていたくせに。
 ナデナデすんな・・・泣いてたくせにバカにすんなぁ・・・・」
 美野里は俺の腕の中で無抵抗なまま言葉だけの反抗をする。きっとさっきの俺もこんな感じだったんだろう。

「あのさ、美野里。これ、結構、屈辱的だろ?
 お前はこんな酷いことを俺にしたんだぜ? 
 だから今度はお前がやられる番だ。これはだよ。受け入れろ。」

 俺がそう言って頭を撫でてやると美野里は俺を抱きしめ返し、
「だったら、もっと・・・・もっとギュッと抱きしめてぇ・・・・・」と弱弱しく鳴いた。

 その小さな頭を抱き寄せながら俺は誓った。
 この俺がしっかりしないといけない。この小さな体を俺が守ってやらないといけない。例え未来が死ぬまで戦い続ける運命さだめの勇者だとしても地球で酷い目に合っていた美野里はここで幸せにならなきゃいけないんだ。
 どうせ俺はいつか戦いの中で死ぬ。ならばこの命、美野里を守るために使う事に何の未練がある。
 俺が守ってやるんだと。俺はこの夜に誓ったんだ。
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