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第十六話 転入生
日本だと夜8時に該当するだろうか? それぐらいの時間に俺達は寄宿舎前に着いた。馬車から降りた美野里は俺の事を恨みがましい目で見ながら「じゃあ、明日ね。」とだけ短く言うと、アビゲイルに案内されて女子寮に向かって歩き出す。
俺はあの時あんなことを言ったが、実際、男が女子寮に入るというのは不安があるのかもしれないな。俺に声をかけるくらいだからな。美野里が別れ際に見せた寂しそうな目を見て俺はそう思った。
そして女子寮に向かって歩き出した美野里の後姿とアビゲイルのお尻を見送る俺にハカが「では、我々も参りましょう」と声をかけて来た。
馬車を降りて少し先の場所にある寄宿舎は思いの外、大きかった。立派な門と塀に囲まれた木造3階建てのその寄宿舎は昔、映画で見た昭和の小学校の校舎ほどの大きさありそうだった。
「・・・・大きいな。何人くらいいるんだ?」
と俺が尋ねるとハカは自慢げに胸を張って答えた。
「大きいでしょう。ここは神殿が経営する学問所の寄宿舎ですからね。全世界の学問の中心地と思って頂いて差し支え御座いません。パノティアの碩学が集結し、日々、研究を行っているのです。
また、そういった権威ある学問所ですから、全国各国津々浦々の王侯貴族の子供が学びに来ます。
一年にざっと30名近くが入学します。3学年ですから90名近くがこの寄宿舎で生活していますね。」
「・・・・90名。女子寮もそれぐらいいるのか?」
「いいえ。女子はもっと少なくて3学年で40名程度ですね。ここはかなり特殊な場所ですから、女子の手習いには高度過ぎます。男子に比べると女子は剣術や攻撃魔法を学ぶ必要はまったくありませんから。
ほとんどが権威づけのための入学・・・・つまり各国でもかなり上位の王侯貴族のご令嬢だけが入学しています。たいていの貴族令嬢はもっと家庭的な授業を専らとする一般貴族用の学校に入学なさいます。」
「・・・・ふ~ん。」
などと、ざっとした説明を受けているうちに俺達は男子寮の入り口の門の前にたどり着いた。入り口には検問所があり、数名の兵士が警備をしていた。さすが王侯貴族の子供が通う学校である。
ハカは衛兵に敬礼すると懐から書状を手渡す。衛兵はそれを黙読したのち、判を押してからハカに手渡した。
ハカはその書状の判を確認すると、再び敬礼をし、それから判を押していた衛兵をハカは紹介してくれた。
「剣一様。ここから先は特別階級の人たちの住居。私は立ち入りを許される身分では御座いませんので、これ以降のことは、こちらの衛兵に剣一様のことをお委ねいたします。
こちらの方はイーサン・ジョーンズ大佐。この男子寮、女子寮の両方の警備隊隊長でもあります。軍曹の私などよりもずっと階級が上で実績のあるお方です。」
ジョーンズ大佐はハカと違って人間のようだが、体格は身長が186センチある俺やリザードマンのハカよりもかなり大きくて屈強そうに見えた。
それに何よりもザ・軍人と言った感じのする、眉間にしわを寄せた厳めしい顔つきだった。服装の乱れ、汚れ一つなく腕を後ろに組んで直立不動の彼は俺を見ると「では、勇者様。ご案内いたします。」と、低い声で言うとクルリと背を向けると俺の様子なんか伺いもせずにカツカツと軍靴を鳴らして歩き出す。
その足は規律正しく、そして歩きだというのに恐ろしく速い。ハカと別れを惜しんでいては見失いかねない。
「ハカっ! 今までありがとうっ! 学校を出たら、また貴方と剣を交えたいなっ」
俺はそれだけ言うとジョーンズ大佐の背中を見失わないように駆け出した。その背中に「それだけは御免ですっ! もうあんな怖い思いはしたくありません。」というハカの楽し気な声が聞こえていた。
さて、そんな別れもジョーンズ大佐にとってはどうでもよい事らしく、無言のまま俺の前をただ歩き、そしてある部屋の前まで誘導した。
「49号室。ここで一年間、剣一様は暮らしていただきます。本来は使われていない部屋ですが、急な転入生という事で空けたものです。
気ままな一人部屋ですが、どうか規律を守って生活していただきますよう、お願いいたします。」
ジョーンズ大佐はそれだけ言うと俺に部屋のカギと「入寮の手引き」と書かれた冊子を手渡しただけで、すぐに部屋から出ていってしまった。
「淡白な人だな。まぁイメージしている軍人そのものって感じだけどさ。」
俺は、またカツカツと軍靴を鳴らして去っていく彼を見ながら呟いた。
貰ったカギを使って部屋の扉を開けると、使われていない部屋と聞いていたのに中は随分と清潔だった。きっと、急遽掃除してくれたんだろうな。あの仏頂面が真面目に掃除の指示を出していたのかと思うと、絵面的にちょっと笑える。
そんなことを思いながら、着替えの入ったカバンを床に降ろし、部屋の中を観察する。
寄宿舎とはいえ、さすがに王侯貴族の子供が暮らす部屋だけあって、かなり広い。一間20畳はあるだろうか?
大きな空の本棚に大きな勉強机が二つ。立派な飾りぶちの付いた大きな窓。そして豪勢な天蓋が付いたベッドが二つ並んで置いてあった。
机もベッドも二つという事はこの寄宿舎は本来、2人部屋用に作られているという事だろう。
一通り観察が終わったのでベッドに身を投げて長旅の疲れを癒す。そして暇をつぶすためにスマホをポケットから出し、それがぶっ壊れていることを思い出した。
「くそ、どうやって時間を潰せばいいんだよ。」
スマホのない暮らしなんて想像もしたことがない俺は、絶望する。
美野里は・・・・・まぁ、アビゲイルと一緒にいるからいいか。
もはや暇つぶしになりそうなものは先ほど貰った「入寮の手引き」しかない。仕方なく寮の生活ルールが書かれた手引きを読んでいると、廊下の方からヒソヒソと話す声が聞こえて来た。
「邪神って本当なんだろうか?」
「らしいよ。なんでも異界では邪神でも神は神だと言って祝福受けたって言うんだ。」
「嘘だろう? 気持ちの悪い。そんな奴が新しい勇者様なのか?」
「剣の腕は確からしいけど、不気味な奴だ。かかわりにならない方が良い。邪神の呪いが移るぞ。」
「・・・・だな。しかし、剣の腕は確かってウィリアムとどっちが強いか興味があるな。」
「・・・・・けしかけてみるか? 」
「ばか、やめろ。かかわるな、こんな邪神の味方をするような男。どうせすぐに戦場で野垂れ死ぬ運命だろうよ。」
「違いないね。せいぜい早くそいつが死んで新しい勇者様が召喚されることを祈ろうぜ。」
「それがいい。あ~あ、折角同級生が勇者だなんて名誉な運命だと思ったのに、とんだ外れが来たもんだ。」
「下級生にも言っとけ。誰も近づくなよ。邪神の使途だ。」
ヒソヒソ話は15分程度続くと、自然と消えた。
死ぬことを祈られるとは、どうやら全く歓迎されていないらしい。ま、鬱陶しいガキに付きまとわれるよりは孤独な学生生活の方がどんなに楽かわからない。それよりも俺は、美野里がガーターベルトを着装した制服姿を明日から拝めることの方がよっぽど青春だと思った。
だから、この学園生活が素晴らしいものになるなんて思いもしなかったんだ。
俺はあの時あんなことを言ったが、実際、男が女子寮に入るというのは不安があるのかもしれないな。俺に声をかけるくらいだからな。美野里が別れ際に見せた寂しそうな目を見て俺はそう思った。
そして女子寮に向かって歩き出した美野里の後姿とアビゲイルのお尻を見送る俺にハカが「では、我々も参りましょう」と声をかけて来た。
馬車を降りて少し先の場所にある寄宿舎は思いの外、大きかった。立派な門と塀に囲まれた木造3階建てのその寄宿舎は昔、映画で見た昭和の小学校の校舎ほどの大きさありそうだった。
「・・・・大きいな。何人くらいいるんだ?」
と俺が尋ねるとハカは自慢げに胸を張って答えた。
「大きいでしょう。ここは神殿が経営する学問所の寄宿舎ですからね。全世界の学問の中心地と思って頂いて差し支え御座いません。パノティアの碩学が集結し、日々、研究を行っているのです。
また、そういった権威ある学問所ですから、全国各国津々浦々の王侯貴族の子供が学びに来ます。
一年にざっと30名近くが入学します。3学年ですから90名近くがこの寄宿舎で生活していますね。」
「・・・・90名。女子寮もそれぐらいいるのか?」
「いいえ。女子はもっと少なくて3学年で40名程度ですね。ここはかなり特殊な場所ですから、女子の手習いには高度過ぎます。男子に比べると女子は剣術や攻撃魔法を学ぶ必要はまったくありませんから。
ほとんどが権威づけのための入学・・・・つまり各国でもかなり上位の王侯貴族のご令嬢だけが入学しています。たいていの貴族令嬢はもっと家庭的な授業を専らとする一般貴族用の学校に入学なさいます。」
「・・・・ふ~ん。」
などと、ざっとした説明を受けているうちに俺達は男子寮の入り口の門の前にたどり着いた。入り口には検問所があり、数名の兵士が警備をしていた。さすが王侯貴族の子供が通う学校である。
ハカは衛兵に敬礼すると懐から書状を手渡す。衛兵はそれを黙読したのち、判を押してからハカに手渡した。
ハカはその書状の判を確認すると、再び敬礼をし、それから判を押していた衛兵をハカは紹介してくれた。
「剣一様。ここから先は特別階級の人たちの住居。私は立ち入りを許される身分では御座いませんので、これ以降のことは、こちらの衛兵に剣一様のことをお委ねいたします。
こちらの方はイーサン・ジョーンズ大佐。この男子寮、女子寮の両方の警備隊隊長でもあります。軍曹の私などよりもずっと階級が上で実績のあるお方です。」
ジョーンズ大佐はハカと違って人間のようだが、体格は身長が186センチある俺やリザードマンのハカよりもかなり大きくて屈強そうに見えた。
それに何よりもザ・軍人と言った感じのする、眉間にしわを寄せた厳めしい顔つきだった。服装の乱れ、汚れ一つなく腕を後ろに組んで直立不動の彼は俺を見ると「では、勇者様。ご案内いたします。」と、低い声で言うとクルリと背を向けると俺の様子なんか伺いもせずにカツカツと軍靴を鳴らして歩き出す。
その足は規律正しく、そして歩きだというのに恐ろしく速い。ハカと別れを惜しんでいては見失いかねない。
「ハカっ! 今までありがとうっ! 学校を出たら、また貴方と剣を交えたいなっ」
俺はそれだけ言うとジョーンズ大佐の背中を見失わないように駆け出した。その背中に「それだけは御免ですっ! もうあんな怖い思いはしたくありません。」というハカの楽し気な声が聞こえていた。
さて、そんな別れもジョーンズ大佐にとってはどうでもよい事らしく、無言のまま俺の前をただ歩き、そしてある部屋の前まで誘導した。
「49号室。ここで一年間、剣一様は暮らしていただきます。本来は使われていない部屋ですが、急な転入生という事で空けたものです。
気ままな一人部屋ですが、どうか規律を守って生活していただきますよう、お願いいたします。」
ジョーンズ大佐はそれだけ言うと俺に部屋のカギと「入寮の手引き」と書かれた冊子を手渡しただけで、すぐに部屋から出ていってしまった。
「淡白な人だな。まぁイメージしている軍人そのものって感じだけどさ。」
俺は、またカツカツと軍靴を鳴らして去っていく彼を見ながら呟いた。
貰ったカギを使って部屋の扉を開けると、使われていない部屋と聞いていたのに中は随分と清潔だった。きっと、急遽掃除してくれたんだろうな。あの仏頂面が真面目に掃除の指示を出していたのかと思うと、絵面的にちょっと笑える。
そんなことを思いながら、着替えの入ったカバンを床に降ろし、部屋の中を観察する。
寄宿舎とはいえ、さすがに王侯貴族の子供が暮らす部屋だけあって、かなり広い。一間20畳はあるだろうか?
大きな空の本棚に大きな勉強机が二つ。立派な飾りぶちの付いた大きな窓。そして豪勢な天蓋が付いたベッドが二つ並んで置いてあった。
机もベッドも二つという事はこの寄宿舎は本来、2人部屋用に作られているという事だろう。
一通り観察が終わったのでベッドに身を投げて長旅の疲れを癒す。そして暇をつぶすためにスマホをポケットから出し、それがぶっ壊れていることを思い出した。
「くそ、どうやって時間を潰せばいいんだよ。」
スマホのない暮らしなんて想像もしたことがない俺は、絶望する。
美野里は・・・・・まぁ、アビゲイルと一緒にいるからいいか。
もはや暇つぶしになりそうなものは先ほど貰った「入寮の手引き」しかない。仕方なく寮の生活ルールが書かれた手引きを読んでいると、廊下の方からヒソヒソと話す声が聞こえて来た。
「邪神って本当なんだろうか?」
「らしいよ。なんでも異界では邪神でも神は神だと言って祝福受けたって言うんだ。」
「嘘だろう? 気持ちの悪い。そんな奴が新しい勇者様なのか?」
「剣の腕は確からしいけど、不気味な奴だ。かかわりにならない方が良い。邪神の呪いが移るぞ。」
「・・・・だな。しかし、剣の腕は確かってウィリアムとどっちが強いか興味があるな。」
「・・・・・けしかけてみるか? 」
「ばか、やめろ。かかわるな、こんな邪神の味方をするような男。どうせすぐに戦場で野垂れ死ぬ運命だろうよ。」
「違いないね。せいぜい早くそいつが死んで新しい勇者様が召喚されることを祈ろうぜ。」
「それがいい。あ~あ、折角同級生が勇者だなんて名誉な運命だと思ったのに、とんだ外れが来たもんだ。」
「下級生にも言っとけ。誰も近づくなよ。邪神の使途だ。」
ヒソヒソ話は15分程度続くと、自然と消えた。
死ぬことを祈られるとは、どうやら全く歓迎されていないらしい。ま、鬱陶しいガキに付きまとわれるよりは孤独な学生生活の方がどんなに楽かわからない。それよりも俺は、美野里がガーターベルトを着装した制服姿を明日から拝めることの方がよっぽど青春だと思った。
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