128人目の勇者と聖女になった男の子の話

黒神譚

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第四十四話 初陣へ

 アビゲイル先生の回答は衝撃的なものだった。聖女に明星神シャウシュカ様の祝福を授かるための方法に挑戦した者は全員死んだというのだ。

「ぜ、全員死んだって? い、一体何をしたんだ?
 祝福を受けるために何をしようとしたんだ?」

 それにはウィリアムが答えた。

「ここから北に馬で10日かかる場所にサラと呼ばれる山があって、その山頂にシャウシュカ様の古代神殿がある。
 神殿が何時建てられたのか、もう誰にもわからない。伝説によると我々と魔物の戦いが始まるずっと前からあって、なのに朽ちることがない謎の素材で作られた神殿だ。
 そこには『明星神の試練の間』と呼ばれる大広間があって、シャウシュカ様の祝福を望む者が試練を受けることが出来る。
 その試練の内容は10人のメンバーで3日3晩絶え間なく襲ってくるシャウシュカの眷族である魔物の群れと戦い生き残ると言うものだ。」

「10人のメンバーで3日3晩不眠不休で魔物と戦えってのかっ!?」

 俺は思わず声を上げた。
 出来そうで絶対に不可能な試練だからだ。単純に体力が持たない。人間には休憩が必要だ。眠らないと戦えない。
 一応、現実の軍隊などには3日3晩不眠不休の訓練が存在するが、肉弾戦をしないといけないこの世界においてそれではどんな超人でも体がもたない。

 批判じみた俺の声にウィリアムは静かに笑って、それでも真面目な顔で答えた。
「・・・・馬鹿げているだろ?
 でも、この世界の神々のルールを捻じ曲げて神様へお願い事をするのだ。こちらこそ命をかけなければいけない。だろ?」

 むっ。確かにその通りだ。神への願い事に代償無しと言うのはおこがましい限りである。
 しかし。

「しかし、神は人間に不可能な試練は与えぬものだ。少なくとも俺の世界の神はそうだったし、我が神アスモデウスも俺に無慈悲ではなかった。
 それにそんな試練の存在を人間が知っているという事は、シャウシュカ様のご自身の神託があってのことだろう?
 一体、どんな経緯で当時の人はシャウシュカ様を頼った? シャウシュカ様はその時、そんな試練があることを人間に教えたとき、何か攻略のヒントになるようなことを言っていなかったか?」

 俺の問い返しにウィリアムは困った顔で「いや。そこまでは流石に・・・・」と答えたが、アビゲイル先生は答えてくれた。

「これは今から34代前の聖女の時だったと言われていますが、あまりに古い事なので定かではありません。
 その時の聖女様の露払いをされる勇者様はことごとく当代の魔王様に破れこの世を去り、人間は勇者様だけの奇跡の力では当代魔王様のお力にはかなわないと悟り、聖女様の力を強くする方法がないか天の神々に問いました。
 すると明星神シャウシュカ様の御神託があり、次のような試練が告げられたそうです。
『人間の中から最強の者たちを10名選び、サラ山の山頂にある我が神殿を訪ね、その10名の者が試練の間に入れ。そしてその中で3日3晩、我が生み出す魔物の群れと戦い生き残れ。
 4日目の朝には聖女に絶大な力を授けよう』と。
 それから何度か人間はその試練に挑戦しましたが、挑戦した者は悉く死にました。4日目の朝にならねば試練の間は開きませんので中で何が起こったのか誰にもわかりません。
 剣一様は先ほど、剣一様が以前おられた世界の神は人間に不可能な試練は与えないと仰いましたが、これがこの世界パノティアの神の試練です。」

「・・・・・・っ!!」

 俺は言葉を失った。アビゲイル先生はこの世界の神々は人間に不可能な試練を与えると言ったも同然の発言をしたからだ。この世界の宗教を束ねる神殿の神官長の娘で自身も神に身を捧げた巫女であるアビゲイル先生がだ。
 これほど重みのある言葉があるだろうか?
 だが、俺も神主の一族に生まれた者だ。神への解釈をそう簡単に変えられるものではない。
 しかし、だからとてシャウシュカ様の試練の間を乗り越える方法は思いつかない。

 この案はここまでかもしれない。

 そう思っていたところだった。
 午前の武術の授業を受けていた時にウィリアムがヘンリー師範に尋ねた。

「今朝、剣一とシャウシュカ様の試練の間について話しておりました。
 ヘンリー師範なら、どのように戦われますか?」

 非常に興味深い質問だ。ヘンリー師範が何と答えるのかも興味があり、俺はヘンリー師範の言葉を待った。
 ヘンリー師範は自分が手にした木剣もっけんを掌の中で弄ぶようにクルクル回しながら「・・・・そうですねぇ・・・」なんて言って考え込んでいた。
 
(ヘンリー師範ならどんな作戦を立てるのだろう?)
 俺とウィリアムは恐らくはそんな風に同じことを考えていたはずだ。
 だが、ヘンリー師範は大人だ。聞かれた質問に対して、安易な答えを与えるような真似はせずに若者が成長できるような回答を用意するのだった。

「例えば私は、すでに木剣では貴方達に追い抜かれようとしています。しかし、それはあくまで木剣試合の話にすぎません。
 実戦は試合ではありません。そも、木剣と真剣は同じ形状の武器でありながら、いざ手にして見たら、その違いが判るでしょう?
 木剣で剣術の理合いは説明できますし、習うことは出来ます。(※)
 しかし、例えば打ち合った時の衝撃、鍔迫り合いの時の刃と刃が噛み合う感じ、生身を打ち付けたときの感触が違います。何よりも真剣と木剣では、感じる重圧が全く異なります。
 そうなれば木剣の時ではさほど脅威に感じなかったフェイントなども真剣では大いに役に立てることが出来ます。
 わかりますか?
 お上品な競技の強さは、実戦の強さとはイコールにはならないのです。喧嘩殺法と言いますか、実戦ならではの強さと言う物があるのです。
 お二人は未だ魔物と実際に戦ったことはありません。実戦を知らないものに実戦の作戦を語り聞かせたところで半分も意味が伝わらないものです。
 今の質問は、いずれ行われる魔物との実戦を乗り越えることが出来たらお答えしましょう。
 お二人とも。それまでは剣を磨き、そして真剣を使っての実戦のシュミレーションをかかさぬように鍛錬しておいてください。」(※理合いとは術理のこと。説明になってない?)

 俺達に追い抜かれようとしているとしながらも、実戦ではまだまだ俺達は相手にならないとでも言いたげな口ぶりにウィリアムは露骨ろこつに不機嫌そうな顔をしたが、俺は全く同意見だった。
 ハカと戦った時も俺は思っていた。俺は未だ実戦の狂気を知らぬと。
 恐らくヘンリー師範は俺達の知らぬ狂気の夜を戦い抜いてきた人だ。だから自信をもってこんなことが言えるのだろう。

 真の実戦。木剣試合じゃなく、競技としての実戦じゃなく、喧嘩の実戦じゃなく。戦場の狂気を俺は覚えなくてはいけないのだった。

 そんな俺の覚悟をヘンリー師範は正しく感じ取っていただけていたのだろうか。本日の授業を終えた時に俺とウィリアムは、学問所所長のアレクサンダー・コリンズ伯爵に呼び出されて所長室に入った。
 所長室に入ると、そこにはコリンズ所長、シンディー先生、アビゲイル先生、ヘンリー師範がいて他にも数名見慣れぬ教授姿の大人が会議用の長テーブルの席についていた。

 コリンズ所長は、俺を見るなり「わずか3月の間に随分と成長されたようですな。」と、お世辞を言い。次に顔を引き締めてこう言った。

「そろそろ実践訓練を始めては見ませんか?
 先ずは、捕らえた魔物と命をかけた戦闘を。その次は魔物討伐隊に参加し、戦争訓練を行います。
 いずれも命をかけた戦いになります。敗北は即・死を意味します。
 それでもこの試練を受けるお覚悟がありますか?」

 その言葉に俺は胸が躍る思いだった。

「望むところです。」

 俺は自分の意思の固さを表すために目の前の大人たちを睨みつけるように見つめながら力強く答えるのだった。
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