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女子高生リーゼル

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 フェルミとの壮絶な戦いから一夜明けた朝、岩平は勤勉にも、いつもの通り学校に来ていた。昨日の騒動のせいで岩平はフラフラに疲弊し、眠気も凄まじかったが、岩平にはサボれない理由があった。

 明日は絶対に学校に来るようにと、何故か辺理爺さんに釘を刺されたせいである。

「へーい、出欠とるぞー」

 今日もいつもの通り、1年5組の担任教師でもある、辺理爺さんの下らない挨拶から始まる。既に岩平は眠気で居眠り寸前だったが、せめて出欠の返事だけでもしないと、この融通のきかない爺さんはマジで欠席扱いにしかねない。そんな事をボケっと考えているうちに、こちらに気付いた爺さんが睨み付けてくる。

「今日は小テストがあるので、寝ないようにな~。特に、そこの『主人公席のヤツ』はのう!」

「うっせえよジジイ! 昨日の今日でこちとら、クタクタなんだ! 少しは休ませろ!」

 爺さんに最後列の窓際席である事を揶揄され、クラスメイトにクスクスと笑われた岩平は、少し恥ずかしい気分にさせられる。

 ―そりゃあ昨日、なんとか校舎を直せたのはジジイのおかげだけどさ……。

 その替わり、散々絞り取られたのは生命力(ネゲントロピー)だった。爺さん曰く、食って寝れば量は回復するとの事だったが、絞り取られた時の疲労感は、たった5時間程度の睡眠で回復できるものではない。そんなに睡眠時間が短いのも、全ては校舎修理のせいだが、爺さんだけでは大量の物理演算の計算資源(リソース)をまかなえないと言うから、仕方がない。まぁ、あの時、幸いなことに第三者の敵の気配が何故か去って行ってくれただけでも良しとしよう……。

「あーそうだ、突然だが、今日は転校生を紹介するぞーい」

 そう言って爺さんは唐突に話題を変え、教室の戸に手をかけて、その転校生を中へと招き入れる。この時期に転校生とか珍しいな、とか呑気にに考えていた岩平だったが、その転校生の顔を見た時、岩平はその正体に愕然とする。

「紹介しよう―――。転校生の『理井瀬留(リーゼル)』さんじゃ。みんな仲良くしてやってくれよな~」

「よろしくね❤ おバカなクラスメイトさんたち❤」

 ソイツはどっからどう見てもリーゼルだった。若干ダボダボの女子高生制服は着ているものの、上にはいつものトレンチコートを肩に羽織っていて、隠す気とかは微塵も感じられない。クラスの皆も、転校生がこの前、数学の授業中に乱入した奴だと気付いてザワつきはじめている。だいたい『理井瀬留(リーゼル)』って何だ? 当て字にも無理がある。

「あ~、席はどうすっかの……。あ! そこじゃ! ちょうど岩平の隣が空いてるではないか。そこ座れ」

「はーい❤」

「センセー、そこは島本水無瀬くんの席なんじゃあ……?」

「ん? そうじゃったっけ? まぁ、アイツ最近なんか学校来てないし、別にいーではないかの?」

 開いた口の塞がらない岩平は、しばらくその、爺さんの教師にあるまじき発言とかを聞き流していたが、やがて立ち上がって、裏でヒソヒソと爺さんを問い詰める。

「オォイ……、このお粗末なテンプレ展開はどういう事だよ、ジーサン……」

「そりゃあ、儂が骨を折ってやったのさ。リーゼルが『学校というものに通ってみたい』と言うのでな」

 爺さんは悪びれもせずにいけしゃあしゃあと言う。どんな裏ワザを使えばそんな事が出来るのかは知らんが、そこはかとなく不正の臭いがするので、その辺についてはあまり聞きたくはない。

「聞いとると思うが、彼女は小中高という学校に通った事が無い。思い出くらい作らせてやりたいとは思わんのか!?」

「いや、確かにそりゃそうだけど、年齢が……」

 岩平が気になったのはリーゼルの年齢だった。彼女の方をちらと見ると、クラスの女子達に質問攻めにあっていて、また可愛いとか、本当にあの我妻岩平の妹なのかと聞かれていた。リーゼルはそれらに、うるさいとか殺すぞとか答えていたが、明らかに前よりは態度は軟化していて、不器用に愛想らしきものも振りまいている。

 しかし、その10歳の幼児体型はどう考えても高校生には浮いている。制服も着ているというよりは、着られている感じだ。

まぁ、天才少女ならいくらでも飛び級できるんだろうが、これでは無駄に目立ちかねない。

「そんなモン、どーせ、上から制服着ればみんなJKになるじゃろうが! ただの童顔じゃっ!」

 ―何言っちゃってんの? この人……!?

 抗議もむなしく、岩平は爺さんにとっとと席へ戻されてしまう。隣の席を見ると、してやったり顔のリーゼルが、満足げにふんぞり返っていた。

「急にどういうつもりだよ。リーゼル……」

「そりゃあ、アンタの警護でしょうが。この、いつ狙われてるか分からない状況では、片時も離れるべきではないわ……。――――べっ、別に『華のじぇーけー生活』とやらに、興味がある訳じゃないんだからねっ!」

 ―いや、本音が漏れてもうてますがな……。

 ―その下手な言い訳のおかげで、ようやく俺にも合点がいった。この前、数学の授業に乱入したのも、やはり高校生活といものに少なからず興味があったのせいなのだろう。それを思うと、なんだかいじらしく思えてくるから不思議である。爺さんの言う通り、俺だって多少はリーゼルを応援してやりたいと思う。

 しかし、この前の及川の時のトラウマが、岩平のその決断を少し鈍らせていた。

「……そうは言っても、この前、及川に見つかったのは、お前が出て来てしまったせいなのでは……?」

「んなっ!? そっ、それは常にネゲントロピー垂れ流してるアンタのせいでしょ!? アンタも演算者(オペレーター)の端くれなら、ちっとは制御を覚えなさいよね! おバカがんぺいっ!」

「なんだと!? そう言うお前だって少し不注意なところが…………」

 いつもの通りケンカする二人。そのせいで岩平は、既に自分の机にプリントが配られてるのに直前まで気付かなかった。

「ほいほい♪ みなさん、用紙は行き渡ったかの? それでは、物理の小テスト開始ぃ!」

 それは、爺さんが最初に言っていた小テストだった。聞いてはいたが、まさか、一時間目から開始だったとは思わなかった。 

 よくよく考えてみれば、火曜は一時間目から物理の授業があったのを思い出す。

 ―しっ、しまったぁああああああッ!!

 ―俺なんも準備できてねぇえええええーーッ!!!

「何よこの問題……? 小学校の算数?」

 案の定、大得意分野であるリーゼルは、いとも簡単にもの凄いスピードで、問題をサラサラと解いている。

 その様を見せつけられた岩平には、そのまま顔を伏せて失意のどん底に沈むだけの選択肢しか残されてはいなかった……。
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