【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~

我破破

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【1. 水素ちゃん】明るく元気いっぱいで、誰とでもすぐに打ち解けるムードメーカー。好奇心旺盛で新しいことが大好き。ちょっぴりドジ

重元素組も震える!?水素ちゃん、半減期で消滅!?儚すぎる元素の運命!?

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 聖メンデーレフ魔法女学院の朝は早い。
朝日に照らされた学院の廊下は、磨き上げられた大理石の床が光を反射し、荘厳な美しさを放っている。
毎朝、この廊下を一番乗りで駆け抜けるのは、決まって水素ちゃんだった。


「しゅわーっと行こう!」

 今日も水素ちゃんは、透き通るような笑い声を響かせながら、廊下を元気に走り回っている。
その足取りは軽やかで、まるで空中を跳ねているかのようだ。
身につけているものが全て軽い素材であるという特性も相まって、彼女はいつも風のように速い。


 その後ろから、いつものようにカルシウムちゃんの声が飛んできた。


「水素ちゃん、廊下は走らない!規則正しく!」

 カルシウムちゃんは、テキパキと廊下を歩きながら水素ちゃんに注意する。
彼女にとっては、廊下を走るなど、学院のルールを乱す行為は許せないことだった。
それに、転んで怪我でもしたらどうするのだ、と心配でたまらない。


 水素ちゃんは、カルシウムちゃんの注意を聞きながらも、楽しそうに速度を落とさない。
「だって、じっとしてられないんだもん!しゅわしゅわが溢れちゃうんだ!」

 そんなやり取りをしながら、二人は教室へと向かっていた。
他の生徒たちも、二人のいつもの光景に慣れているのか、微笑ましく見守っている。


 しかし、その日の水素ちゃんは、いつもと少し様子が違った。
走り回っているうちに、彼女の体が、ほんの少し、薄くなっているような気がしたのだ。
最初は気のせいかと思ったが、光に透ける度合いが増していく。


「あれ?なんだか体が軽くなってきた…」

 水素ちゃんは、立ち止まって自分の両手を見つめた。
手のひらが、いつもの鮮やかなアクアブルーではなく、少し霞がかかったように見える。


「水素ちゃん!?どうしたの!?」

 水素ちゃんの変化に気づいたカルシウムちゃんが、慌てて駆け寄った。
彼女の顔色は、文字通り真っ青になっている。
「顔色が悪いぞ!もしかして、ビタミンD不足か!?日光浴が足りていないのか!?」

 カルシウムちゃんの心配は、いつだって健康に関することだった。
しかし、今の水素ちゃんの状態は、ビタミンD不足などという生易しいものではない。


 水素ちゃんの体は、さらに急速に透明度を増していった。
まるで、水の中に溶け込むように、輪郭が曖昧になっていく。
スカートの波紋模様も、髪のアホ毛も、少しずつ現実味が薄れていく。


 やがて、水素ちゃんの体は完全に半透明になり、床から少し浮き上がった。
彼女は、そのまま壁をすり抜けて、向こう側へ出てしまった。


「わー、また幽霊になっちゃった!」

 幽霊状態になった水素ちゃんは、怖がるどころか、むしろ楽しそうに笑った。
体が重力から解放され、どこへでも自由に行けるようになったのが面白いらしい。


「これって、もしかして…半減期!? これが噂のトリチウムってやつ…!?」

 カルシウムちゃんは、学院で学んだ放射性元素の特性を思い出したかのように呟いた。
実は、水素にはトリチウムという放射性同位体が存在する。
聖メンデーレフ魔法女学院の元素娘の中には、放射性同位体の力を宿した生徒もおり、彼女たちは定期的に「崩壊」して魂だけの幽霊状態になることが知られていた。
これは「死」ではなく、エネルギー状態が変化した一時的な冬眠のようなもので、一定期間が過ぎれば元の姿に戻る。
水素ちゃんのモチーフは軽水素(H)が主だが、ごく稀に同位体の特性が表面化し、このように一時的に幽霊状態になることがあるのだ。
トリチウムとは、通常水素が原子核1個なのに対し、中性子が2個増えて三重水素になった状態のことである。


 カルシウムちゃんは、目の前で水素ちゃんが幽霊になった光景に、完全に固まってしまった。
体は石灰化し始め、まるで彫像のようにカチカチになっている。
瞳の色はオレンジブラウンのまま、ただ一点を見つめている。


「幽霊!?固まっちゃうかも…」

 口癖通りの反応に、幽霊の水素ちゃんはクスクスと笑った。
彼女は、半透明の体を揺らしながら、石化したカルシウムちゃんの周りをふわふわと漂う。
そして、そのままカルシウムちゃんの背後に回り込み、

「ばあ!」

 と声をかけた。


 カルシウムちゃんは、小さな悲鳴を上げると、完全に石化し、そのままチョークの粉のように崩れ落ちてしまった。
サラサラと音を立てて、白い粉が床に広がる。
彼女の苦手なものリストに「お化けや怖い話」があったことを、水素ちゃんは知っていた。


「ちょっと、固まっちゃうかも…」

 チョークの粉になったカルシウムちゃんの声が、どこかから聞こえてくるようだった。


 幽霊になった水素ちゃんは、自分がいたずらした結果に、少しだけ反省の色を見せた。
崩れたカルシウムちゃんの粉に、そっと手を伸ばす…が、手はそのまま通り抜けてしまう。


「ごめんごめん!でも、またすぐ復活するから!」

 水素ちゃんは、崩れたカルシウムちゃんの粉を見下ろしながら言った。
カルシウムちゃんも、しばらくすれば元の姿に戻るだろう。
元素娘の体は、化学的な性質だけでなく、もっと根源的な、魂のようなものに支配されているのだから。


 そして、水素ちゃんは、幽霊になった自分自身の体を見つめた。


「元素の寿命って、儚いね!」

 彼女はケロリと言った。
放射性元素の半減期は、短いものから長いものまで様々だ。
短い周期で崩壊と復活を繰り返す生徒もいれば、何億年も崩壊しない生徒もいる。
彼女自身も、いつまた元の元気な姿に戻るか分からない。
でも、きっとすぐに復活するだろう。
だって、自分は全ての始まり、宇宙で一番多く存在する元素なのだから。


 廊下の隅では、魂だけの超重元素組(おもいおもい組園児)が、ちょこんと座って、この騒動を心配そうに見つめていた。
彼らもまた、儚い寿命の中で、幽霊と実体を繰り返している仲間たちだ。


 水素ちゃんの幽霊は、ふわふわと廊下を漂い始めた。
壁や天井をすり抜け、まるで学院中を探検するかのように。
カルシウムちゃんの崩れたチョークの粉は、静かに床に広がったままだ。


 幽霊になった水素ちゃんは、確かに体の自由を手に入れたけれど、どこか一人でいることへの寂しさを感じていた。
やっぱり、誰かと一緒に「しゅわーっと」駆け回ったり、「わくわく」を共有したりするのが好きなのだ。
早く元の体に戻って、またカルシウムちゃんと一緒に、時にはうざがられながらも、元気に過ごしたい。


 物理的には離れてしまった二人。
しかし、その心の中には、お互いを気遣う想いが確かに存在していた。


 元素の性質、寿命、そして関係性。
聖メンデーレフ魔法女学院の物語は、儚さの中にも確かな絆を見出しながら、周期のように繰り返されていく。
崩壊した元素娘は、いつか必ず復活する。
そして、チョークになったカルシウムちゃんも、再び立ち上がって、水素ちゃんの健康管理に勤しむだろう。


 幽霊の水素ちゃんは、開け放たれた窓から外の空を見上げた。
淡い虹色のエーテルが揺らめいている。


「早く、また『合体(くっつこ)』したいな…」

 誰にともなく呟いたその声は、エーテルの中に溶け込み、遥か宇宙へと消えていくようだった。
崩れたチョークの粉の上に、一筋の陽光が降り注ぎ、白く輝いた。
それはまるで、復活の予兆のように見えた。
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