【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~

我破破

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【2. ヘリウムちゃん】ふわふわとして掴みどころがなく、おっとりしたマイペース。感情の起伏が少なく、いつも穏やか

ホウ素ちゃんとヘリウムちゃん、禁断の化学反応!?

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 聖メンデレーエフ魔法女学院の朝は、淡い光と元素の囁きに満ちていた。
荘厳な石造りの校舎に朝日が差し込み、磨き上げられた廊下を歩く女生徒たちのローブの裾が、ほのかに元素の光を帯びてきらめく。
ここは魔法と科学が融合した特別な学び舎。
元素の力を引き出し、自在に操る「元素化学魔法」を習得するための、全寮制の女子校である。
学院を統括するのは、偉大なメンデレーエフ学長。
壁には巨大な周期表が飾られ、すべての元素に宿る魂――元素娘たちの存在を讃えている。


 今日の最初の授業は、ヘンリー・モーズリー先生による特殊元素材料学だ。
先生はまだお若いが、元素への深い愛情と知識を持ち、どこか少女たちに振り回されている姿が微笑ましい。
教室の窓からは、学院の広大な敷地に広がる緑豊かな中庭が見える。


「さて、今日は軽い元素について学びます」
 モーズリー先生の声が、柔らかく響いた。
教室の最前列に座るホウ素(B)は、すでに教科書を開き、真剣な表情でペンを握っている。
彼女の短いダークブラウンの髪には、いつもの作業用ゴーグルが乗せられている。


「元素記号Hで表される水素は最も軽く…そして、原子番号2番、Heで表されるヘリウム。これは水素の次に軽い気体で、非常に安定した、いわゆる不活性ガスです。大気中にも微量に存在しますが、地球上ではほとんど生成されません。主に太陽など、恒星の内部で行われる核融合反応で生成されるため、地球で最初に発見されたのは、太陽の光のスペクトル分析によってでした。ギリシャ語のヘリオス、つまり太陽にちなんで名付けられたのですよ」

 先生の説明を聞きながら、ホウ素の瞳がきらめいた。

(ふむ…太陽で発見されたとは…宇宙開発におけるロケット燃料の研究にも関わりの深い話だ…太陽の核融合…いつか実際に見てみたいものだ…)
 彼女の思考は、すでに授業内容の先、広大な宇宙へと飛んでいた。
ホウ素は単体では非常に硬く、耐熱性も高い半金属。
その性質は、彼女の探求心と実用性への拘りにもよく表れている。
彼女にとって、元素の知識は単なる暗記ではなく、世界を形作り、未来を切り拓くための道具なのだ。


 一方、教室の最後尾、窓際に近い席では、ヘリウム(He)が小さなヘリウム風船を指先でぷかぷかと浮かせていた。
淡いクリームイエローのふわふわとした髪は、まるで自重がないかのように、常に少しだけ浮いている。
蜂蜜色の瞳は、授業の内容を聞いているようでもあり、遠い空を見つめているようでもあった。


「ヘリウムの特性の一つに、他の物質とほとんど反応しない、安定した性質があります。この性質を利用して、電球やガス溶接の遮蔽ガス、最近ではリニアモーターカーの超電導磁石の冷却にも使われています。そして、もちろん、皆さんにもお馴染みの…」
 先生が教室の後ろに視線を向けた。


「…風船を浮かせるガスですね」
 ヘリウムは、ぷかぷか揺れる風船を掴み、ニコリと微笑んだ。
その手元には、いつの間にか授業とは関係ない、様々な色のヘリウム風船がいくつか増えている。

「ぷかぷか~、この子たち、私の周りを飛ぶのが好きみたいでぇ…」

 ホウ素は、そんなヘリウムを横目で見て、小さくため息をついた。

(まったく…授業中に風船を浮かせるなんて…不活性なのは気体だけにしてほしいものだ…)
 彼女にとって、ヘリウムのマイペースさは、どうにも理解しがたいものだった。
研究に没頭する自分と、ふわふわとただそこに存在しているようなヘリウム。
あまりに対照的すぎて、関わること自体が苦手だった。


「さて、ヘリウムの浮力についてですが…」
 先生がチョークで板書を始めたその時、ヘリウムの風船の一つが、ふわりと教室の天井近くまで上昇した。
ヘリウムは、それに気づかないのか、あるいは気にしていないのか、また別の風船をぷかぷかさせている。


 授業が終わり、ホウ素は足早に実験室に向かった。
今日の授業で気になった、気体の密度と浮力の関係について、もっと深く実験したいと思ったのだ。
特に、ホウ砂(四ホウ酸ナトリウム十水和物)の結晶構造が気体の保持や放出にどう影響するか、それを魔法的に制御できないかというアイデアが閃いた。


 実験室は、様々なフラスコやビーカー、試験管が並び、独特の薬品の匂いがする。
ホウ素は、使い慣れた白衣を羽織り、作業台に向かった。

「ふむ…ホウ砂にこの薬品を加えれば…特殊なゲル状物質ができるはず…これにヘリウムガスを吸着させれば、より高密度のヘリウム含有ゲルができて…それを使えば、より効率的に浮力を高めることができるかもしれない…!」
 彼女の目は、すでに目の前の実験に没頭している。
正確な量を計量し、慎重に薬品を調合していく。
ガラス棒でかき混ぜる音、薬品が反応する微かな音だけが、静かな実験室に響いていた。


 集中していると、視界の隅に淡いクリームイエローの塊がふわりと現れた。

「ぷかぷか~、ホウ素ちゃん、何してるんですかぁ~?」
 いつの間にか、ヘリウムが実験室に入ってきていた。
彼女の周りには、いつものように数個のヘリウム風船が漂っている。

「…ヘリウム?ここは実験中だから…危ないぞ」
 ホウ素は、集中を乱されて少し苛立った。


「ふわぁ…難しそうなこと、してるんですねぇ…」
 ヘリウムは、ホウ素の手元のビーカーを覗き込む。
ドロリとした、少し粘性のある透明な液体ができていた。
それが、ホウ素が開発中の「ヘリウム高密度化ゲル」だ。


「これは…浮力をより高めるための研究だ。ホウ砂の結晶構造を利用して、ヘリウムを効率的に保持しようと考えている」
 ホウ素は、つい熱心に説明してしまった。
自分の研究について話すのは少し照れくさいが、興味を持ってもらえるのは嬉しい。
たとえ、相手がヘリウムであっても。


「ふぅん…ぷかぷか、いっぱいになるのかなぁ…?」
 ヘリウムは、ゲルに指先をちょんと触れた。

「あっ!触るな!まだ不安定なんだ!」
 ホウ素が慌てて止めようとした時には、遅かった。
ゲルの一部がヘリウムの指先に付着し、そこから僅かにヘリウムガスが放出された。
ヘリウムの指先が、ふわりと宙に浮いた。


「わぁ、ほんとだぁ!ぷかぷかしますねぇ!」
 ヘリウムは面白がって、自分の周りを漂う風船の一つをホウ素に差し出した。

「ねぇねぇ、これにつけてみましょ~?」

 ホウ素は一瞬ためらったが、好奇心が勝った。
確かに、完成したゲルが実際に風船にどう作用するか、試してみる良い機会かもしれない。

「…ほんの少しだけだぞ。まだ改良の余地があるから、予想外の反応をするかもしれない」
 ホウ素は、試験管の先でごく少量のゲルをすくい取り、ヘリウム風船の表面にそっと塗布した。


「これでどうだ…!」
 ホウ素が呟くと同時に、塗布された箇所から淡い光が放たれた。
風船は、これまでとは比較にならないほどの勢いで、天井に向かって急上昇した。
まるで何かに引き寄せられるかのように、一直線に。


「ふわぁぁぁぁっ!?」
 予想外の事態に、ヘリウムが驚きの声を上げた。
風船は実験室の天井に張り付いただけでなく、その周囲にあった他の風船や、近くにあった軽い試験管立て、さらには天井から吊るされていた備品の鳥かご(誰も使っていないが、なぜかそこにあった)まで巻き込み、まるで天井に貼り付いた小さな星雲のようになってしまった。


「なんだこれは…?計算ミスだ…!」
 ホウ素は顔を青くし、うなだれた。
ゲルが予想以上にヘリウムガスを高密度に保持し、さらにホウ砂の結晶構造が魔法的な浮力増幅効果をもたらしたのだ。
彼女の理論は正しかったが、その効果範囲が想像以上だった。


 その時、実験室のドアが勢いよく開いた。

「一体何が…!?」
 モーズリー先生が駆け込んできて、天井の光景を見て呆然とした。
無数の風船と実験器具が、まるで異次元の芸術作品のように天井に張り付いている。


「あれは…ヘリウム、君の風船かな…?それに、ホウ素、君の仕業かな?」
 先生は苦笑いを浮かべた。
その表情には、呆れと同時に、どこか好奇心のようなものが混じっていた。


「ぷかぷか~…天井、風船だらけ…」
 ヘリウムは、事態の深刻さを理解していないのか、むしろその光景に目を丸くしている。
彼女の周りの風船たちは、まるで友達が増えたかのように喜んでいるように見えた。

「別に、何でもないですよぉ…?」
 いつもの口癖で締めくくり、さらに先生を困惑させる。


 ホウ素は、心底悔しそうに唇を噛み締めた。

(私の研究が…こんな、騒ぎを引き起こすなんて…)
 しかし、天井を見上げるヘリウムの無邪気な顔を見ていると、少しだけ気分が和らいだ。
あの風船たちは、確かに空に一番近い場所で、ぷかぷかしている。
それは、ヘリウムが本来持つ性質、どこまでも軽く、自由に浮遊する性質を、最大限に引き出した結果なのかもしれない。


 モーズリー先生は、やれやれといった様子で天井を見上げ、溜息をついた。

「とりあえず、回収魔法を使わないと…これは今日の課題かな…」
 先生は、魔法の杖を取り出し、天井に張り付いた物体を一つずつ回収し始めた。


 天井に張り付いた風船と実験器具は、まるで学院に突如現れた新しい星座のようだった。
ホウ素の真面目な探求心と、ヘリウムのマイペースな浮遊魔法。
二つの対照的な力が合わさった結果は、予測不能な混乱と、そしてどこか滑稽で、忘れられない光景を生み出したのだった。
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