【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~

我破破

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【2. ヘリウムちゃん】ふわふわとして掴みどころがなく、おっとりしたマイペース。感情の起伏が少なく、いつも穏やか

単位崩壊!?風船まみれの授業にモーズリー先生絶叫!ケイ素ちゃん、論理で風船を駆逐せよ!

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 聖メンデレーエフ魔法女学院、第四講義室。
ステンドグラスから射し込む午後の光が、古めかしい木製の机に周期表の模様を映し出していた。
特殊元素材料学の授業は、普段はやや難解な内容が多いが、モーズリー先生の熱意ある講義のおかげで、多くの生徒は真剣に耳を傾けていた。
多分。
今日のテーマは「周期表の神秘性とその応用」。


「…このように、元素は周期律に従い、その性質は驚くほど予測可能です」モーズリー先生は黒板に元素記号を書き込みながら力説する。
「この周期表こそが、我々元素化学魔法使いにとって、最も基本的かつ普遍的な真理の書なのです!」

 教室の最前列、窓際の席。
ふわふわとしたクリームイエローの髪を持つ小さな女の子が、膝の上に乗せた風船を指先で軽く突いていた。
聖メンデレーエフ魔法女学院では、元素の性質をより深く理解するため、生徒たちの年齢が元素番号に対応している。
その女の子は、元素番号2番、ヘリウムちゃん。
まだ8歳ながらも、その性質ゆえに学院に在籍を許されている才能ある少女だ。


 ヘリウムちゃんは、先生の声も他の生徒たちのペンがノートを走る音も、どこか遠い世界の出来事のように聞いていた。
彼女にとって、周期表の法則性や応用技術よりも、窓の外を流れる雲や、指先の風船がプカプカと揺れる感触の方がずっと面白かった。


「ぷかぷか~…」

 小さな唇から漏れる呟きは、まるで空気が抜けるような、掴みどころのない響きだった。
彼女の手の中で、パステルイエローの風船が、重力から解放されたかのように軽く揺れる。
ヘリウムちゃんの元素化学魔法――「浮遊魔法」の微細な発動だった。


 教室の奥、規則正しく並んだ机の一番後ろ。
アッシュグレーのボブカットにメガネをかけた少女が、ノートパソコンのキーボードを静かに叩いていた。
彼女は元素番号14番、ケイ素ちゃん。
15歳。
真面目で努力家、そしてデジタル技術に長けた理系女子だ。
授業の内容は全て頭に入っているが、それを自分の中の「データ」として整理し、更なる応用の可能性をシミュレーションするために、こうして授業中にノートパソコンを開いていることが多かった。


「データによりますと、モーズリー先生の講義スタイルは、視覚情報に偏重する傾向があります。聴覚情報とのバランス改善が推奨されます」ケイ素ちゃんは内心、冷徹な分析レポートを作成していた。
彼女にとって、世界の全てはデータであり、論理であり、0と1の組み合わせだった。


 突如、教室に異変が起きた。
ヘリウムちゃんの持っていた風船が、まるで意志を持ったかのように、彼女の手を離れてふわりと上昇したかと思うと、次の瞬間、ポコポコと数を増やし始めたのだ。


「あれれ~?」ヘリウムちゃんは不思議そうに首を傾げる。
彼女の持つ「浮遊魔法」は、文字通り軽いものを浮かせたり、自分自身を浮かせたりする能力だ。
だが、彼女の感情の揺れや、集中力の欠如によって、魔法の制御が不安定になることが時々ある。
特に、退屈な時や、何か面白いことを思いついた時、彼女の無意識の力が暴走することがあった。


 ポコ、ポコポコ、ポコポコポコ!

 クリームイエロー、パステルピンク、ミントグリーン、スカイブルー…様々な色の風船が、ヘリウムちゃんの周りから湧き出すように増殖し、あっという間に教室の空間を埋め尽くし始めた。
風船たちは天井に吸い寄せられるかのように上昇し、視界を塞ぎ、生徒たちの間に軽いパニックが広がる。


「な、なんだ!?」「風船!?」「ヘリウムちゃん、またやったの!?」

 モーズリー先生の声が、風船に反響してくぐもる。
「ヘリウムくん!魔法の制御を!授業中です!」

 先生が魔法で風船を押し戻そうとするが、風船はまるで意思がないかのようにするりとその力をすり抜け、かえって数が増えるように見える。
ヘリウムの不活性な性質は、魔法の干渉すら容易に受け付けないのだ。
教室は瞬く間に色とりどりの風船で満たされ、生徒たちは風船を避けたり、手で払ったりと大混乱に陥っていた。


「ふわぁ…? あれれ~? いっぱいになっちゃったぁ…?」ヘリウムちゃんは、状況の深刻さを理解していない様子で、ただただ増え続ける風船を眺めている。
その瞳には、少しの困惑と、どこか楽しげな好奇心が混ざっていた。
彼女にとっては、これも一種の「ぷかぷか」遊びの延長に過ぎないのかもしれない。


 教室の後方、ケイ素ちゃんは冷静だった。
周囲の騒ぎにも動じず、メガネの奥の瞳は、この異常事態をデータとして捉え、分析を開始していた。


「データによりますと、これはヘリウムの浮遊魔法の無意識的かつ広範囲な連鎖発動…原因は、ヘリウム個体における集中力の低下と、周囲の空気分子との微弱な共鳴…このままでは、教室の気圧バランスが崩壊し、窓ガラスの破損、最悪の場合、学院規定違反による懲戒の可能性があります」

 彼女は素早くノートパソコンからタブレット端末に持ち替え、指先を走らせた。
画面に複雑な魔法陣とプログラムコードが表示される。
ケイ素ちゃんの特技、「半導体制御(セミコンダクタードライブ)」の応用だ。
彼女は周囲に満ちる魔法の波動、元素の微弱な信号、そして教室内の電波状況を瞬時にスキャンする。


「ヘリウムの魔法制御を阻害するには、その不活性な波動に干渉しない、しかし魔法の発動メカニズムの根幹に作用する周波数帯が必要です…周期表のデータ、魔法理論のデータ、教室内のリアルタイムデータを統合…最適解は…これ」

 ケイ素ちゃんはプログラムを起動した。
目に見えない微弱な電磁波と魔法的な信号が、彼女のタブレットから放たれる。
それは、ヘリウムの魔法の発動に関わるごく特定の周波数帯のみに作用するように調整されていた。


 キィン…という、耳には聞こえないが、空間の淀みを感じさせるような音が広がる。
すると、天井近くまで浮き上がっていた風船の一部が、突然パンッ!と音を立てて割れた。
そしてまた一つ、また一つと、連鎖するように風船が弾け始める。


「あ…あれ?」ヘリウムちゃんは、自分の魔法の産物が消えていく様子に、初めて寂しそうな表情を見せた。


 風船が割れるたびに、ヘリウムちゃんの無秩序な魔法の波動が収束していく。
教室を満たしていた風船の海が、見る見るうちに引き潮のように消えていった。
残ったのは、しぼんで床に落ちた無数の風船の残骸だけだった。


 数秒後、教室は元の静けさを取り戻した。
床には色とりどりのゴムの破片が散乱している。
生徒たちは呆然とし、モーズリー先生は、いつの間にか頭の上に積もっていた風船の残骸を払い落としていた。


「ふ…ふわぁ…なくなっちゃったぁ…」ヘリウムちゃんは、しゅんとして肩を落とす。
「別に、何でもないですよぉ…? ちょっと、ぷかぷかしてただけなのにぃ…」

 ケイ素ちゃんはタブレットを閉じ、メガネをクイッと押し上げた。
彼女の顔には、達成感とも、わずかな苛立ちともつかない表情が浮かんでいた。


「今回の事象におけるデータログは取得完了。再発防止のためのアルゴリズムを構築します」彼女は無機質に呟く。
「バグは許しません」

 モーズリー先生は、大量の風船の残骸に埋もれながら、ため息をついた。
「…まあ、解決したのは良いけれど…私の授業は…授業にならないねぇ…」

 ヘリウムちゃんは、まだ少し浮いている自分の体を見つめながら、床に落ちた風船の残骸をぼんやりと眺めていた。
一方、ケイ素ちゃんはタブレットを操作し、今回の事象に関する詳細な報告書を作成し始めていた。
二人の間には、解決された騒動とは裏腹に、どこか埋められない距離感と、異なる世界の住人であるかのような隔たりが感じられた。
一人は天然で無邪気な元素の力そのもの、もう一人はその力をデータと論理で制御しようとする理系少女。
今日の騒動は、聖メンデレーエフ魔法女学院の日常の一コマであると同時に、二人の対照的な性質を鮮やかに浮き彫りにする出来事となったのだった。
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