【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~

我破破

文字の大きさ
59 / 66
【2. ヘリウムちゃん】ふわふわとして掴みどころがなく、おっとりしたマイペース。感情の起伏が少なく、いつも穏やか

孤独な天才少女リン、心の闇に火を灯すのはヘリウムちゃんの無邪気な笑顔!?

しおりを挟む
 先日の一件以来、リンちゃんはしばらく大人しくしていた。
モーズリー先生からの厳しいお説教と、一定期間の実験棟立ち入り禁止措置が効いたらしい。
だが、彼女の知的好奇心と探求心は衰えることはなかった。
むしろ、自由に実験できない分、知識を深めることに時間を使うようになった。


 リンちゃんのお気に入りの場所は、学院の図書館だった。
特に人けのない、古びた書架の奥深く。
そこは日中でも薄暗く、彼女の燐光魔法が最も映える場所だった。
今日もリンちゃんは、人気のない一角に腰を下ろし、手のひらから放たれる青白い燐光で、一冊の分厚い本を照らしながら読み耽っていた。


「…ふむ、これは興味深い。生命の起源に関する仮説…古代の地球では、リン酸塩がどうやって生命の分子に取り込まれたのか…」

 彼女の紫色の瞳は、文字を追うにつれて真剣な光を帯びていく。
時折、髪の毛の先がかすかに発光し、燐光魔法の光と溶け合う。
暗闇の方が、思考が冴える。
余計な情報が入ってこないからだ。
リンちゃんは、物理的な暗闇だけでなく、情報の氾濫する現代社会においても、意図的に「暗闇」を作り出し、自分の思考に集中することを好んだ。
彼女にとって、知識は光であり、それを探求する行為は、暗闇の中で燐火を燃やすようなものだった。


 彼女は黄リンのように、光を遮断し、水の中で保管されることを安全だと感じる一方で、それが自由を奪うことも知っている。
だからこそ、知識という光を手に入れること、そしてそれを制御することに異常なまでの執着を見せるのかもしれない。


 静寂に包まれた書架の奥に、微かな風が吹き込んできたような気配がした。
リンちゃんは集中していた思考を中断し、顔を上げる。


 そこには、ふわふわと浮遊しながら、ヘリウムちゃんが立っていた。
淡いクリームイエローの髪が、図書館の薄暗い光の中でぼんやりと輝いている。
彼女はいつものように、小さなヘリウム風船をいくつか手に持っている。


「ふわぁ…こんなところにいたんですねぇ? リンさん、ずっと探していましたよぉ」

 ヘリウムちゃんの声は、周囲の静寂に溶け込むように穏やかだった。
彼女は、まるで気づかないうちにそこに現れたかのように、ひっそりと近寄ってきたのだ。


 リンちゃんは眉をひそめた。
彼女は基本的に一人でいることを好み、特に思索に耽る時間を邪魔されるのを嫌った。
しかも相手は、前回の「計画」を台無しにした張本人だ。


「ヘリウムさん…なぜここに? 私に何の用です?」リンちゃんは、冷たい声音で言い放った。
「見ての通り、読書中です。暗闇の方が集中できるのですよ。あなたには理解できないでしょう」

 彼女は、ヘリウムちゃんのマイペースで掴みどころのない性格が、自分の論理的で計画的な思考プロセスと相容れないことを知っていた。
だから、すぐに距離を置こうとしたのだ。


 しかし、ヘリウムちゃんはリンちゃんの言葉に臆することなく、構わず一歩近づいた。
そして、自分が持っていた一冊の本を広げた。
それは、リンちゃんが読んでいる科学書とは全く違う、きらびやかな天体図鑑だった。


「でも、星は暗い夜空でこそ輝くのですよぉ? 暗闇があるから、星が見えるんです」

 ヘリウムちゃんは、燐光魔法で照らされたリンちゃんの科学書を指差しながら言った。


「この星雲、見てください。とても綺麗でしょう? ヘリウムがたくさんあるんですって」

 彼女が指差すページには、色とりどりのガスや塵が渦巻く美しい星雲の写真が載っていた。
星雲は、新しい星が生まれる場所であり、水素やヘリウムといった軽い元素が豊富に存在する。
ヘリウムちゃんの言うことは、確かに科学的に正しかった。
そして、暗闇の中で光るという点で、リンちゃんの燐光魔法と星雲の光は、どこか似ているのかもしれない。


 リンちゃんは、ヘリウムちゃんの突拍子もない言葉に、少しだけ興味を示した。
彼女の紫色の瞳が、天体図鑑のページに注がれる。
科学的な事実が示されている限り、それがどんな形であれ、彼女の知的好奇心を刺激しないわけにはいかない。


「星雲…ですか。燐光と似たようなものですね」

 思わず、口から言葉が漏れた。
それは、リンちゃんにしては珍しい、感情の混じった独り言だった。
ヘリウムちゃんの言葉が、彼女の思考の片隅にある何かを刺激したのだ。


 ヘリウムちゃんは、リンちゃんの小さな反応に気づき、嬉しそうに(と言っても、表情は相変わらず穏やかだが)微笑んだ。


「ぷかぷか~、綺麗でしょう? この星雲の組成を、もっと詳しく調べてみましょうか? リンさんは詳しいから、色々教えてください」

 そう言って、ヘリウムちゃんはリンちゃんの隣に、ふわふわと音もなく腰を下ろした。
リンちゃんは一瞬、隣に座られたことに抵抗を感じたが、ヘリウムちゃんの言葉に、彼女が今読んでいる「生命の起源」というテーマとも通じる、宇宙の根源に関わる情報が含まれている可能性があることに気づいた。


 リンちゃんは、ためらいながらも、自分の手のひらから放たれる燐光を、天体図鑑のページに移した。
青白い光が、星雲や銀河の美しい写真を照らし出す。
ヘリウムちゃんは、その光の下で、目を輝かせながら図鑑を眺めている。


「えっと、この星雲は…主に水素とヘリウムで構成されていて…新しい星が生まれる場所で…」

 リンちゃんは、自分の知っている天文学や宇宙化学の知識を、訥々と語り始めた。
ヘリウムちゃんは、うんうんと頷きながら、時折「ぷかぷか~、すごいですねぇ!」と相槌を打つ。


 暗闇の書架の奥。
青白い燐光だけが、二人の間に広がる天体図鑑を照らしている。
リンちゃんは、普段は隠している知識欲や、科学に対する情熱を、ヘリウムちゃんの前で少しだけ解放していた。
ヘリウムちゃんは、リンちゃんの語る難しい科学の話を、完全に理解しているわけではないだろう。
だが、その真剣な表情と、どこか遠い宇宙を見つめるような瞳には、リンちゃんの心を少しだけ開かせる力があった。


「あ、でも…少し眠くなってきましたぁ…」

 ヘリウムちゃんが、おっとりとした声で言った。
無理もない。
彼女は静かで日向ぼっこのような、穏やかな時間を好む。
リンちゃんの語る内容は刺激的かもしれないが、その声のトーンや、暗闇という環境が、彼女の眠気を誘ったのかもしれない。


 リンちゃんは、ヘリウムちゃんの予想通りの反応に、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
そして、珍しく、微笑んだ。
それは、前回の計画が失敗した時の悔しそうな表情とは全く違う、静かで優しい微笑みだった。


「…付き合ってあげますよ。もう少しだけ」

 そう言って、リンちゃんは再び天体図鑑に目を落とした。
ヘリウムちゃんは、もうほとんど夢の中にいるようだったが、リンちゃんの隣に寄り添い、穏やかな気配を放っている。


 暗闇の中、燐光に照らされた宇宙の図鑑を挟んで、対照的な二人の元素娘が並んでいる。
リンちゃんの心の中に、ヘリウムちゃんの存在が、ほんの小さな、しかし確かな光として灯ったような気がした。
それは、燐光のように静かで、しかし暗闇を照らす光だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...