100回目のキミへ。

落光ふたつ

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〖序章〗

【5話】

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「……雅文」
 名前を呼ばれたその生徒は応えない。
「ねえ雅文ってばっ」
 何度も呼びかけられているが、突っ伏した顔が上がる事はなかった。
 すると、しばらく様子を見ていた友人が痺れを切らして割って入る。
「美桜、もういいでしょ」
「いや……」
「ほっとけよそんな奴」
 我慢していた苛立ちをその後頭部へと向け、強引に連れて彼の側から引きはがす。
 そんな様子は、クラスメイト達からも注目を浴びていた。
「加納くんと村松さんって、どんな関係なんだろうね?」
「幼馴染らしいですよ」
 多くの生徒と同様に、一際目を惹く銀髪の少女も噂話に興じる。
「へぇー。向井さんって村松さんとも仲良いんだっけ?」
「少しお話した程度です」
 穏やかな受け答えをして、その会話は日常に溶け込んでいった。

◆◇◆◇◆

 放課後。校門を通り抜けたところで雅文は大きく息を吐く。
 それは、彼なりの切り替えだった。

『とりあえず、2週間ほどはクラスの誰とも会話をしないようにしましょう。ただ、教師には最低限従っておいてください』

 与えられた指示をこなすには本来の自分では不適正だ。様々な感情が邪魔をしてくるから、それを押し殺さなければならない。
 しかし取り戻した己は今日を振り返り、悔やみを渦巻かせる。
 壊れ始めていく思い出につい手を伸ばしそうになって。雅文は改めて、弱さを胸の奥に閉じ込めた。
 神の使いの考えでは、しばらくは印象を決めるための期間に費やすらしい。美桜との関係性を認知させ、今後の土台を作るのだとか。
 それにユーリの方も、立ち位置を確立する必要があるとの事。
 ユーリの方は順調で、隣席の女子生徒とはもうすっかり友人のような振る舞いだ。
 雅文の方も、順調と言っていいだろう。
 予想通り美桜は諦めず声をかけてきて、雅文はそれを全て無視した。クラスメイトの恐らく全員がその場面を目に焼き付け、二人の関係性に疑問を持ったはず。
 当然、この行いが報われるのは結果が出るまでは分からない。
 3月8日。彼女が運命に殺される日。
 これからの長い旅路を思うと心は重くなって、それを誤魔化すように顔を上げた。
 下校時間という事もあり、周りには学生が多くいる。駅に着くとその数は更に増えた。

「今日なんか食べに行こー」
「えーダイエット中なんだけど」
「いーじゃんちょっとぐらいーっ」

 親し気な女子の会話。
 それを傍目に雅文は、幼馴染の姿を探していた。
 ……どうやらいないみたいだ。今日は寄り道をしているのだろう。
 雅文と美桜が通学のために利用する駅は全く一緒。そのために遭遇する確率は高く、今後の登下校の時間は工夫しなければならない。
 彼女と関わる時間は、限りなく少ない方が心理的に楽だ。
 もし感情に負けてボロを出してしまえば、全てが終わる可能性だってあり得た。

『仮に、村松美桜が己に訪れる運命を知り、それを自ら避けようとしたならば、それはより彼女が優れた存在であると証明する事になってしまいます。そうなればもう、神様が関わる事が不可能なほどに彼女には徹底的な死が訪れるでしょう』

 だから当人には真実を伝えられない。
 与えられた指示を全て信じたわけではないけれど、雅文が不信感で突っぱねたところで神の使いはあっさり引き下がってしまうだろう。
 あの冷たい瞳には、そもそも信用されようと言う考えすら浮かんでいなかった。差し伸べられた手は、慈悲と言うよりも気まぐれなのだ。
 駅のホームで立っていると、定刻通りに電車がやってきた。乗客を乗せ、敷かれたレールを走っていく。
 電車に乗り込んだ雅文は端の壁に寄りかかり、意味もなく窓の外を眺めた。
 流れる景色はもう見飽きたもので。車内にいる学生達のやり取りも、忘れていそうなものなのに聞き覚えがあった。
 世界が繰り返されているとは誰も知らない。
 油断すれば孤独に苛まれ、雅文は聞き耳を立てては、いるはずもない仲間を探していた。
 2度目の高校1年生を始めてから思考がよく動く。休まる事を拒むように、あれやこれやと議題が移ろっている。
 だからだろう。視線の先で見知った駅名が後ろへと流れていくのを見て、しばらく乗り過ごしたと気付けなかった。
 次の駅名を復唱するアナウンスでハッとする。些細なところで抜けている自分になんだかため息が漏れた。
 逆向きの電車に乗り換えようと次の駅で降りる。時刻表を見れば5分後で、それほど待たずに済みそうだった。
 そうして時刻表の前から離れようとした雅文に、後ろから声がかけられた。

「あれ? 加納?」

 呼ばれた名字で振り向くと、そこには雅文と同じ制服を着た男子がいた。
 少し色の抜けた短髪で、服の上からでも分かる筋肉のついた体つき。背丈は雅文より高く、一目でスポーツマンと分かる風体だ。
 久しぶりに見た感じのするその顔に、雅文は思わず顔を綻ばせていた。
「雉尾くん」
 雉尾大介。中学時代に仲良くなった、唯一に近い友人だ。
 改札へ向かう列の中から抜け出してきた彼は、雅文の隣へと歩み寄る。
「加納って前の駅じゃなかったっけ? なんか用でもあんの」
「い、いや、単純に乗り過ごしちゃっ、て……」
 当たり前のように返す会話の語尾で、雅文は不意に思い出していた。
 ユーリからの指示。クラスの誰とも会話をするなというそれは、他クラスである雉尾にも適用されるのだろうか。
 一瞬思考が固まる中、雉尾は関係なく笑い飛ばした。
「乗り過ごしたってアホだなー。どうせまた、村松の事でも考えてたんだろ?」
 何の事情も知らず、中学時代のノリで彼はいつものように小突いてくる。
 するとつい雅文も笑ってしまっていて。

 ……彼なら、別に良いんじゃないか。

 他クラスになって、話す事は減る。仲が悪くなる訳ではないけれど、少なくとも一度目の一年生では、出くわしたら一言二言交わす、ぐらいの関係で留まっていた。
 きっと、これからの行いにもそう関わらないはずだ。
 言い聞かせるように、雅文の胸の奥で訴えが聞こえてくる。雁字搦めな心が、小さく救いを求めていた。
「ねえ。せっかくだし一緒に帰らない?」
 雅文はそう誘った。目的は特になく、ただ、気の置けない時間を過ごしたかった。
「一緒って、お前歩いて帰るのか? オレはいいけどよ」
「うん、お願い」
 彼は当たり前のように引き受けてくれて、雅文はそれだけでなんだかすごく嬉しくなる。事情を悟られないよう世間話で誤魔化しつつ、雅文は友人と共に改札を抜けた。

◆◇◆◇◆

 友人との会話は他愛無いものだった。
 実際に話した時間は30分にも満たない程度で、けれどもそれだけで雅文の心は軽くなっている。
 少しだが、色々が起こる前に戻った気分だ。
「……ただいま」
 思考に余裕が出来て、習慣付いていた挨拶も思わず漏れる。
 しかしそれに対する返事で、雅文は現実に向き直された。
「おかえりなさいませ、雅文」
 玄関先で出迎えるユーリ。その冷たい瞳が、雅文の浮つく心に釘を刺す。
「帰りが遅かったようですが、何か寄り道をされていたのですか?」
「……ちょっと、電車を乗り過ごしただけ」
「そうですか」
 嘘ではない言葉で真実を隠し、雅文はそのまま玄関を上がる。するとユーリは、まるで見透かしていたように告げてきた。
「一応忠告しておきますが、学校外でも極力、教室と同様に振舞って下さい。少なくとも、同じ学校に属する相手に対して人格が異なれば、面倒な問題に発展します」
「………」
「油断すれば、あなたの望みは叶いませんよ」
「……分かってるよ」
 吐き捨てるように言う。
 雅文に反論など出来るはずもない。先の友人との時間は、自分に対する甘えだというのは重々分かっていた。
 それでも、一度は心を解放したかった。
 好きな相手が死ぬという事実だけでもう立ち直れないショックを受けたのに、現実は休ませる暇も与えてくれない。雉尾との会話は、ほんの少し足を止め、大きく息を吸ったぐらいのつもりだった。
 しかしそれも許されない。人を救うには、妥協なんてありえないらしい。
 無意識に息を潜めながら、玄関を上がった雅文は自室の戸を開く。早く一人になりたいと部屋に足を踏み入れた時、未だにユーリは雅文を見つめていた。
 陰鬱に沈む彼を察したかのように、少女は解決策を提案する。

「ストレスを発散したければ、私を使っていただいて構いませんよ」

「……それって、どういう意味?」
「私は痛みに何とも思いませんし、身体機能に問題が出ない程度ならいくらでも暴力は受け止めましょう。あるいは性欲を満たしたいと言うなら相手を致しますが」
 感情など含める事もなく、それは補足する。
 ……ああやっぱり、相容れない。
 神の使いと言うのは本当にただ、サポートをするために寄越されたのだ。
 少女自身の意志などなく。一人の生物として成り立っているのかすら不明。
 学校でのやり取りを耳に入れた時は、実は人間味のある存在なのではと思ってしまったが、そんな事はなく、あれは全て演技。
 嫌な瞳だ。見られているのに、まるで自分以外、誰もいないかのように思わされる。
 改めて眼前の存在を理解し、雅文は提案に頭を振った。

「いらないよ」

 拒絶して、自室の戸を閉める。
 その日雅文は、部屋から一歩も出なかった。
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