100回目のキミへ。

落光ふたつ

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〖2章〗

【15話】‐13/99‐

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 背中をさする手を振り払うようにして雅文は立ち上がった。
「あ、あのっ、帰って、くれないかなっ?」
 勢いに対して言葉がつっかえる。向かい合い、その小さな姿を視界に入れた事で余計な自己嫌悪が膨らんでしまった。
 希李は払われた手を膝に置くと、相手に合わせて膝を伸ばし、それでもまだ見上げる瞳を向け続ける。
「嫌、かなぁ」
 家主の要求を断り、彼女はひょうひょうと笑った。
「へへっ。今、一人でいたくない気分なんだ」
 それから希李は靴を脱いで玄関を上がってしまう。興味深そうに周囲を見渡しては、すぐ目の前にあったダイニングへの扉を開いていた。
「お邪魔しまーす……あ、加納君、最近掃除してないね?」
 キッチン周りに積まれているゴミ袋。部屋の隅や棚の上にも埃を見つけて、希李は茶化すように怠惰をつつく。
 けれど雅文は、その会話には応えない。
「……ほんとに、帰って欲しいんだけど」
 迷惑であると邪魔であると、雅文は本心を伝え続ける。それでも一向に聞き入れようとしない希李は、まっすぐな瞳で振り返った。

「あたし、加納君の事好きなんだよね」

 そして、唐突に想いを打ち明ける。
「えっ……?」
「好きだから、今の加納君を一人にしたくない」
 当然のように雅文は困惑し、対する希李は照れた様子もない。申し訳なさそうにしながらも我を通した。
 その目は全てを見透かすようで、まるで不思議な力を宿らせているみたいに、見つめられる雅文は動けなくなる。
「悪い噂聞いたよ。でも、今の加納君見たらとてもそうは思えない。ちゃんと、前みたいに優しい加納君だよね」
「いやっ、俺はそんなのじゃっ……!」
 優しいと言われ、雅文はすぐに否定した。学校での行いは間違いなく自分の考えによるもので、仮面を被ったはずの感情は今も消えていない。
 だから、想いを向けられる道理もない。
 その訴えにしかし、希李の瞳は揺るがない。
「何か事情があるんでしょ。誰にも頼れない事情とか」
 真実を追求する問いかけに、雅文は言葉に詰まる。
 確かに事情はある。悪行を繰り返すのは幼馴染を救うためで。独りでいるのは誰にも任せられないから。
 だとしてもその中で知った自分は、報われるにはおぞましかった。
 苦しみは丁度良い罰だ。何かを望む資格も与えない。ただ今は使命を遂げる事だけが生きる意義と決めていた。
 その結論を出してしまっている雅文は、とにかく目の前の彼女を追い出そうと口を開く。
「……俺、好きな人いるから。だから、大宮さんも諦めてよ」
「それ言うんだ」
 文脈を無視した告白に、彼女は予想外にも失笑を見せた。すぐにそれは、何の問題もないと微笑みに変わる。
「でも、相手が好きになってくれないからって、好きじゃなくなるなんて事はないよ。それに、加納君が村松さん好きなの、ずっと前から知ってるし」
 彼女はやはり動かない。
 その姿はどこか気安くて、覚悟とか熱意とか、そう言うのは一切感じられないのに、何に対しても微動だにしない。
「好きだから、あたしは加納君と一緒にいるよ」
「………」
「ごめんね。我儘言って」
 自分の宣言に謝意を見せながらも、当然希李が引き下がる事はなかった。
 雅文はまた、何も言えなくなる。
 彼女が何か、自分にとって致命的であるとかそう言うわけではない。
 ただ、心が騒ぐ。
 それがどんな感情かも分からないけれど、雅文はそれを排除したかった。今以上を求めたくないし、今以上に堕ちたくない。
 思い詰めていく雅文に、希李は一歩近づいた。
 するとまた、胸の内がうるさく音を立てて。
 ……静かにしてくれ。独りじゃないと、駄目なんだ。
 雅文は、気づけば拳を握っていた。記憶が、成功体験を引っ張り出して、それを実行しようとする。
 嫌われるために。
 また一歩、近づいてくる女の子。
 雅文は、悪を被ろうして。
 その時、

「そちらは、雅文のご友人ですか?」

 第三者の声が割って入った。
 瞬間、我に返った雅文はドキリとして後ろを振り返る。声の出所、開きっぱなしだった玄関扉からは、一人の少女がこちらの様子を眺めていた。
「ゆ、ユーリさん……」
 その姿にふと胸を撫で下ろす。事情を知る彼女ならこの状況をどうにかしてくれるかもしれないと、握っていた拳を解いていた。
「えーと……?」
 対する希李は、まるで想定外な人物の登場に疑問を隠せていない。玄関扉を閉め、靴を脱いでいるその銀髪の少女の姿を、どうにか記憶の奥底から探っている。
「……新入生代表の人、だっけ? なんでここに?」
 どうやら顔を覚えていたらしい。希李の問いかけに、ユーリは少しだけ間を空け、雅文を右手で示した。
「……彼の忘れ物を届けに来ました。同じクラスですので」
 と、苦し紛れの誤魔化しは、希李からの疑惑を更に深めさせる。
「えーその……まだ、学校終わってないけど? それに多分その忘れ物、あたしが持ってきてるんだよね」
 希李は後ろを振り返り、背負っていたリュックを見せた。確かにそれは雅文のもので、雅文もそこで初めてそれが自分の物であると気付く。
「………」
 ユーリは口を閉ざす。想定していなかった事態への対処を思案するが、次第に諦めて雅文へと耳打ちをした。
「雅文の様子が気になって帰ってみたら仇になってしまいました。彼女はどうします?」
「えいや、俺に聞くの? ていうか、誤魔化しとか出来ないの……?」
「出来ません。私から神様に接触する術はありませんので」
 まさか何の策もないとは思っておらず、頼りない相談をされて雅文も顔を引きつらせてしまう。
 この場をどう収めるべきなのかと、なんだか微妙な空気が流れる中、対する希李も気まずい表情を浮かべていた。
「えっと、結構仲良い感じ?」
 妙に近い二人の距離感。今しがた告白した相手が、想定していた人物とは別の美少女と親し気では、さすがの希李も平静が揺らぎかけていた。



「二人はどう言う関係?」
「同居人です」
「どういう経緯で?」
「話すと長くなります」
「時間はあるよ」
「………。雅文、どうしますか?」
 問答に敗北したユーリが、雅文へとバトンを渡す。
 食卓に使う机にて、ユーリと希李は向かい合うようにして座っている。席が足りない雅文だけは側で立つ形だ。
「え、っと……ユーリさん的に話しても大丈夫なの?」
「正直彼女に関しての情報が一切ないので判断がし辛いところですが、同じ学校の生徒ならば極力関わり合いになるのは避けた方が良いと思われます。しかし、全面的に協力して頂けるというのなら、今後、助けになる可能性は十分にあるでしょう」
 改めて神の使いとしての意見を聞き、余計判断が難しくなる。そこへ、希李が答えを促すように口をはさんだ。
「全面的に協力する」
「まだ、何も話聞いていないのに?」
「うん、大丈夫」
 希李はきっぱりと言い切る。その瞳は相変わらず、雅文をまっすぐに見つめていた。
 その眼差しになんだか苦手意識が芽生えた雅文は、逃げるようにしてユーリと目配せをする。神の使いの方は視線の意図を理解していなかったものの、雅文はそれで話す決断をしたようだった。
「……大宮さん、全部話すから、それからもう一回決めて欲しい」
「うん」
 誠実に告げる雅文に、希李はどことなく口元を緩めて頷く。頑なだった彼も、この時には既に心が少し解放されていたのかもしれない。
 そうして雅文は、これまでの1か月余りの出来事を打ち明けた。
 美桜の死。運命と神。99個の命。殺されるための仮面。
 信じがたい事象を、出来るだけ伝わるようにと噛み砕きながら説明していく。それを希李は茶化す事もなく真剣に相槌だけを打っていた。
「……で、一応、説明は以上かな」
 全てを話し終えた雅文は、一呼吸をついて希李の様子を窺う。彼女は特に考えた様子もなく、平坦に口を開いた。
「すごい大変そうだね。でもやっぱり協力するよ」
「こんな話、信じるの?」
「うん。加納君が嘘言ってないのは分かるから」
 その控えめな微笑みに、雅文は今更になって告白された事を思い出してまた目を逸らす。
 それから、少し脱線した話を自ら振った。
「俺って、そんなに分かりやすい?」
「まあたぶん?」
 肯定を受け取り、雅文は内心で悶える。中学時代の雉尾にだって想い人は露見していたのだしその通りなのだろう。ここ最近で演技は得意な方かもと自信をつけていたが、実際はそうではないのかもしれない。
 と、少し和んだ空気の中、希李は説明役を放任して一人お茶を啜っていた少女へと視線を向けた。
「その、神の使いさん? ユーリさん? どう呼べばいいかな?」
「ユーリで構いませんよ」
「そっか。あたしも希李でいいから、今後よろしくね」
「はい。よろしくお願いします、希李」
 握手を求め、希李は明確な関係を築こうとする。求められた神の使いは、以前とは少し違うなと家主をチラリと一瞥しながらも握手には応えた。
 そしてそれは、雅文へとも続く。
「加納君も改めて。今後よろしくー」
「ま、まあよろしく……」
 手を差し出され、雅文も一応と応える。久しぶりに触れた気のする人の温もりに、何とも言えない気恥しさを覚えた。
 手が繋がれたまま相手を見ると、彼女はいつもみたいに「へへっ」と笑って、雅文も釣られてぎこちなく口端を上げる。
 それは、笑みと言うにはあまりに下手だった。
 けれど間違いなく、そこに仮面は存在しなかった。
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