100回目のキミへ。

落光ふたつ

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〖2章〗

【17話】‐15/99‐

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「……っ」
 少女は小さく息を漏らし、その体を傾かせた。
 すると画面上の車も大きく曲がり、そしてコースを外れて崖から落ちてしまう。車に乗っていたお姫様は悲鳴を上げ、しばらくしてからコースに戻されるものの、その時点でレースは終了した。
「む……」
 12位。
 最下位を取ってしまったユーリは、それでもまだ負けていないとばかりにコントローラーを握り直す。しかし、スタートの合図は鳴らなかった。
「へへっ、1位ーっ」
「あー惜しかったなぁ」
 テレビの画面では表彰ムービーが流れていて、上位3名が拍手喝采を受けている。その内2枠は、希李が操作していた亀と雅文が相棒に選んだお面を付けたキャラクターだ。
 続いて表示される順位表。全ての勝負においてユーリは誰一人にも勝てていない。その事実に、銀髪の少女はボソリと嘆いた。
「……ゲームとは、難しいですね」
「まあ、ユーリさんは初めてだもんね」
「レースゲームとか、コース覚えてないと大分不利だしねー」
 どことなく落胆したようなユーリに雅文が苦笑を浮かべ、希李も仕方ないとフォローしてくれる。その瞬間、神の使いは初めて悔しいという感情を手に入れたのだった。
 神に創造された身として不得手があるのは非情に情けない。希李がゲームを置いていってくれるという事だったので、ユーリはすぐに苦手を克服する誓いを立てた。
 希李と雅文がゲームの話で盛り上がる中、改めて操作方法を確認していたユーリは、視界の端で時計の数字が変わったのを捉える。
「希李、時間です」
「あ、ほんとだ」
 会話を割って伝えると、希李の表情が一瞬曇る。雅文の方も残念そうにして、二人して別れを惜しむようだった。
 その様子を観察して、もう少し伝えるのを遅れさせるべきだったかとユーリは反省する。二人ともゲームが好きらしいし、ここは空気を読むべきだったのだろう。そういう人間味は現在学習中だった。
 希李が帰宅準備を進めていると、窓の外を眺めていた雅文が提案する。
「もう外暗いし、俺送るよ」
「え、いや悪いよ」
「ゲーム借りちゃってるし、このくらいはお礼だと思ってよ」
「そう言うならじゃあ……」
 一度は断るものの雅文の優しい笑みに押し切られ、僅かに頬を緩ませる希李。
 許可を得た雅文も外出支度に向かおうとしたのだが、ユーリがそれを止めた。
「待ってください。雅文と一緒に歩くのは良くないでしょう。学校の生徒に見られてしまえば今後に支障が出る場合があります」
「え、あ、そうだよね」
 神の使いとしての冷静な判断を伝えると、希李は歯切れ悪く頷く。その、少し落ち込んだ表情を見てユーリはすかさず二の案を提出した。
「ですので、私が送りましょう」
 護衛の術なら心得ていると、ユーリは空気を読んで言ったのだった。



 すっかり日の落ちた道を少女二人が並んで歩いている。そこに視線のやり取りはなく、浮かべる表情も友人同士とは思えなかったが、それらは暗闇が包み込んでいて周囲には分からない。
 そんな中、不意に希李が問いを投げた。
「ねえさ、加納君はあれを続けないといけないん?」
「あれとは?」
「村松さんに、殺される、っていうの」
 抽象的な表現が分からず素直に問い返すと、希李は言い辛そうにして答える。それにユーリは事実を返すだけだ。
「彼が望んだ事です」
「……加納君は優しいからね」
 希李の発言にユーリは共感出来ない。我欲を満たす行為に他人を思いやる気持ちは介入出来ないのではないかと思ったからだ。とは言え言葉の捉え方は人それぞれ。一々訂正を入れる必要もないだろうと、話を懸念へと繋げる。
「ただ、最近は体育祭の練習もあって頻度が減っています。もう少し時間を有効活用しなければ夏休みも始まってしまいますし、彼の望みの達成が遠ざかってしまうでしょう」
「加納君、練習サボってるもんねぇ」
 あたしもだけど、と希李は小さく呟いた。2組の教室で二人が意味もなく集まっているのはユーリも知っている事だ。極力人目に触れる可能性は避けた方が良いとは思うが、本人達も承知していると言うのでユーリは提言をやめている。
「もっと盤石な状況にするには彼の行いを学校中に広めた方が良いと私は考えています」
「もう十分広がってるでしょー」
「いえ、学年は超えていないようです。一部の2、3年生は話としては聞いているようですが、やはり実物を見せない限りは効果的とは言えません」
 体育祭での集まりで実際に見聞きした情報をもとにそう伝えるも、希李からの反応は納得ではなく確認だった。
「より大勢の前で、加納君に悪人のフリをしてもらいたいって事だよね」
「そうですね。出来るなら体育祭には何か行動を起こしておいた方が良いでしょう」
「………」
「彼にはこちらから伝えておきます。彼の精神状況は今後も不安定になると思いますが、その場合はよろしくお願いします。私には出来ない事ですので」
 尊敬に近い念でユーリは依頼した。雅文の表情が柔らかくなっているのは神の使いでも分かるほどのハッキリとした変化だった。
 しかし希李は頷きも見せない。足を止めて、この帰り道の中で初めて、ユーリの顔を見返す。
「ねえさ、」
「はい、なんでしょう?」
 呼び止められ振り向く。近くの街灯に照らされたその瞳は神の使いを映している。
 じっ、と。真実を覗き込もうとする目。それにユーリはただ向き合う。
 相対する小さな少女は、何かを見つけようと見つめ続け、だが開きかけた疑問は直前で閉じられた。
「……やっぱ、いいや」
 中途半端な切り上げに、ユーリは特に言及しない。
 希李はそれから少し駆け足で前に出て距離を取った。振り返ると、申し訳程度に片手を上げる。
「ここでいいよ。見送りありがと」
「そうですか。ところで希李は、また来るのですか?」
 帰路はまだ続くはずだったが、彼女が良いと言うなら良いのだろう。最後にユーリは加納家を出た時から気になっていた事を尋ねる。
 すると希李の眉がほんの僅かだけしかめられた。
「また来るよ。ごめんね」
 そう言って、彼女は逃げるように踵を返す。
 遠ざかる背中を見送りながら、ユーリはなぜ謝られたのかと不思議に思っていた。
 自分はただ、ゲームでの再戦を楽しみにしていただけなのだが。

◆◇◆◇◆

「じゃあ、適当に組作って。3年が分かれて教えるから」
 今回の練習場所は第1グラウンドだった。広く使える代わり天気に左右される。今日は雲の継ぎ目が見えない灰色の空だ。
 緑組リーダーの指示を受けた生徒たちは、それとなく仲の良い面子で視線を交わし合い固まっていく。
 ただ一人だけ、その日初めて練習に参加した加納雅文だけは、孤立して誰からも視線を逸らされていた。
 しかし彼は、周囲など気にした様子もなく幼馴染へ声をかける。
「美桜、オレも同じグループに入れてよ」
 気安く嫌らしい笑み。名前を呼ばれた美桜は顔を険しくし、彼女の周りに集まっていた数人の女子達も表情を引きつらせた。
 そんな友人達を庇うよう、美桜は一歩歩み出る。
「……迷惑、かけないでよ」
「んー? それって一緒は嫌だってこと? 嫌ならハッキリ言えよー」
 最高の冗談だとばかりに笑い、しかしそれは誰にも共有されない。明らかに敵対視されている中でも、彼は図々しく踏み込んだ。
「ねえ、キミはどっち? 俺のこと嫌い?」
 立ちはだかっていた美桜をすり抜けて、一際気弱そうな女子の肩に手を置く。するとその女子は体を跳ねさせ、青くなった顔を強張らせた。
 他の生徒達は自分まで標的にされたくないと距離を取る。そんな中でもやはり彼女は気高かった。
「だから、迷惑かけないでって!」
 友人を困らせる手を掴み上げる。その形相には明確な怒りが滲んでいて、それを確認した加納雅文は途端に情けなく顔を歪ませた。
「そ、そんなつもりなかったんだよぉ。痛いから離してよぉ」
 あまりにもわざとらしく、眉を八の字にして被害者ぶる。その言動に美桜は更に憤り、彼の手首を握る力が増していく。するとまた加納雅文は非難の声を上げて。
 お互いに引こうとしない状況。そこへ、第三者が割って入った。
「えぇと、そこ、グループ……? 練習始めてもいい?」
 気まずそうに声をかけてきたのは、講師役として派遣されてきた3年生男子だ。その一声でどうにか練習へと流れは移行するものの、空気は最悪なまま。
 暗雲は分厚く広がり、それでもまだ雨は降らないから晴れを願えない。



 大宮希李は、その練習の様子を眺めていた。
「………」
 体育館の陰から望める第1グラウンド。そこでは、1年2組を含む緑組が、体育祭に向けて応援合戦の練習をしているところだった。
 彼女が見つめているのは一人だけ。中学の時からずっと眺めていた男子生徒。
 ただ、今の彼には違和感しかない。
 それは感情的なもので、目に映る情報では肯定を示してくれない。その現状がものすごく胸の内をかき乱す。
「ああ、やだな」
 ぼそりと呟きながら、希李はその場を離れた。
 今日もどの学年も体育祭の練習で、校舎はほとんどもぬけの殻。そんな中を、悠々と歩く希李は自分が所属する1年6組の教室へとやって来ていた。
 そこで、自分の鞄を回収する。また教室を後にする道すがら、改めて中身を確認する。
 そうして次に訪れたのは、1年2組の教室だった。
 最近は彼がサボる度に一緒に居座っていて少しだけ馴染みがある。教室なんてどこも一緒なのだが、なんとなく6組とは雰囲気が違っていた。
 しかしもうその習慣も神の使いによって終わらせられてしまった。別にそれを恨んでいるという訳ではない。彼だって賛成していて、それに何より自分は、彼らが行っている事の部外者だ。
 だから、何かを言う資格はない。
 しかし、間違いを見つける事が出来たならそれは得られるはずだ。
 希李は、教室後方、掃除用具入れとなっているロッカーへと歩み寄ると、鞄の中を漁る。
 取り出したのは指でつまめるほどの小型カメラ。最近では学生である彼女でもそれほど苦なく手に入れてしまえる代物。
 犯罪行為である事を理解しながら、彼女は小型カメラを設置する。丁度ロッカーの扉上部には中が見えるような穴が開けてあり、そこを通してレンズに映せば教室全体が見渡せた。
 外からは暗闇でほとんど見つけられないし、開けてもやはり光は入りにくく目立たない。もし見つかったとしても、その時はその時だ。
 彼女にとってその覚悟は気軽な物だった。何かを得るために切り捨てる必要性はハッキリと理解している。
 そうして作業を終えた後、最後の仕上げにと油性ペンを握る。きゅぽんと音を立ててふたを開け、そのインクの染みたペン先を左手の平へと押し付けた。
『2組 掃除用具 カメラ』
 自分だけが分かる端的な単語。記憶に支障がきたしても問題なく動けるように。
 大宮希李は、神を疑っていた。
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