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幕間「未来から来た少女」
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『楽園』の多くは、人が賑わう土地で起こる。
社会の機能がまだ正常だった頃、各地の『当てはまる場所』が『楽園』となり、役目を終えると消えていった。
そうして世界は穴だらけになり、『当てはまる場所』が激減した今では、無からその賑わいが生み出されることが増えている。
あの遊園地も、そうだった。
*
「みんなっ。みんなどこ……っ!?」
煌びやかな光と心躍る音はもうどこにもない。まるで全てが幻だったかのように、広がる大地は枯れ果てたものばかりだった。
次第に日が暮れ、雨が降り出す。
狭くなる視界の中、寒さで疲労はより増し、挙句ぬかるんだ地面で足を滑らせてしまう。
「っぐ……!」
泥で顔が汚れた。また、視界が狭くなる。
動きが止まった途端に体は休めと訴えてきて、それでも無理やりに立ち上がった。
靴が脱げて足の裏がすごく痛い。だからって足を止める理由には足りないと、自分に言い聞かせて走り回る。
それはちょうど、あの女性の姿とよく似ていたのだろう。
突然の喪失は、自分に原因があるのではと考えてしまい、焦りと後悔が胸を握り潰した。
そうならばより一層、楽をするわけにはいかなくて。
なのに、痛みと疲れは、アタシの足を引っ張った。
また、こける。
立ち上がろうとして、でも上手く足が上がらない。全身が震えていて、体が言うことを聞いてくれなかった。
「……っ」
周りはもう何も見えないほど真っ暗で、だからこそどこかにみんなが隠れているんじゃないかとあり得ない期待を持とうとして。
でも、
「ぅぐっ……うぁ……っ」
アタシは、自分をだますのが下手だった。
みんなはもう戻ってこないと理解してしまっている。
これまでに何度も似た経験をしてきたせいで、諦めはすぐについていた。
けれどどうやったって、慣れはしない。
罰であろうと施しであろうと、今後受けられるのは自分だけなのだ。
その事実はいつも、この胸を死にたくなるほどに突き刺してきた。
冷えていく体に対して目元だけが異常に熱い。
でもその熱は、この心を温めたりはしてくれない。
「行ッ!」
すっかり気力も体力も失っていた頃、不意に覚えのある腕に抱きしめられた。
たくましく温かく、いつも守ろうとしてくれる腕。
それはアタシの父親で、どうやら拠点にいなかった子供たちを大人が総出で探しに出てきていたようだった。
当然、アタシ以外の子の親もいる。
「他の子はどうしたっ?」
「ごめん、なざい……っ!」
父の問いにまともに応えられず、アタシは泣きながら謝っていた。
そんな言葉でどうにかなるはずはないのに、それしか出来なくて。
抱きしめられる腕の力が強くなる。
「……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなざい……っ」
周囲の声が遠くなっていき。
意識が途切れる直前まで、アタシはひたすら謝り続けていた。
*
目が覚めたアタシは大人たちに事情を説明し、あの遊園地が『楽園』だったのだということを教えられた。
『楽園』の消失に巻き込まれた人は、もう二度と戻って来ない。当然、みんなと再会することは叶わないのだ。
アタシを責める人はいなかった。
事の顛末に悲しむ人はいたけれど、人がいなくなるのはみんな慣れていて、しょうがないことだったと慰めてくれもした。
それが辛かった。
些細な償いすら行えなくて、アタシは自分の胸に爪を突き立てた。
抉った肌からは血が流れ出て。
でも痛みは、もっと奥にあった。
*
塞ぎこんでしまいたかったけれど、生活はそれを許してくれない。
残った小さな子たちもいて、その子たちまで失うわけにはいかず、アタシは必死に生き抗った。
そんな最中、アタシは不思議な夢を見るようになっていた。
それはいわゆる、正夢や予知夢と言うもので。
眠っている間に見た光景が、次起きた時にも現れた。
誰かが茶碗を落として割ってしまう。ビルを挟んだ向こう側に猪の巣がある。拠点にしていた建物が突風で突然倒れる。
様々なことを視て、そのおかげで大きな被害を避けることが出来た。
そして夢は更に、妙なものをアタシに見せてきた。
その日の寝起きは特に変な感じだった。
体がフワフワしていて感覚に齟齬がある。
その原因が夢にあると、なんとなく理解していた。
「また変な夢を見たのか?」
「ん……」
次の拠点を探し、家族で移動している際中。寝起きからずっと言葉数少なくいると、不思議に思った父が問いかけてきた。
アタシは未だボンヤリする頭の中を探りながら、父の問いに答える。
「なんか、アタシじゃない夢見た」
「なんだそれ?」
「アタシが男の人で、知らない男の人に、話しかけられてた」
夢の中のアタシは、自分とはまるで違う格好だった。見下ろした姿はやけに整っていて、なぜか自分と同じ服を周りの人も着ている変な空間にいた。
そして目の前にいた人物は、知らないはずなのにどこかで見覚えがあるような気がして。
その引っかかりが、アタシをずっと黙らせていた。
当然、父がアタシの夢について何か知っていることがあるわけもなく。
またアタシは自分の記憶と向き合いながら歩みを進め。
その時ふと、視界に入ったものに目を見開いた。
「……これ」
「ん? ああ、指名手配の紙か」
傾いた電柱に張り付けられていた紙を指差すと、父が教えてくれる。
とは言え、アタシも知っていることだ。この紙はそこら中に貼られていて、今までに何度も目にしている。
そこに描かれているのは、とある男の人相。
四十代ほどで髪が少し短い。他には大した特徴はなく、端の方には身長が174㎝だとか細かな数値も乗っているが、当然覚えはない。
ただ、その顔立ちが、夢に出てきた人物にソックリだったのだ。
歳は違う。夢の中の人は成人前だった。けれどそこから、数十年の時を経て皺を刻ませたなら、まさしくこの貼り出されている人相になるだろう。
「この人って、なんで指名手配されてるんだっけ?」
今まであまり気にしていなかったから覚えていなくて、改めて父に尋ねる。
「父さんも詳しくは知らないが、その人が世界をこんな風にしたんじゃないかって、『政府』の人たちは言ってたな」
『政府』とは、自称この国の統治者だ。とは言え誰がその代表なのかもアタシたちはまるで知らない。周囲を一周する高い壁の内側にいて、外に出てくるのは武装した兵隊みたいな人だけ。アタシたちには横柄な態度を取ってくる嫌な奴らだ。
けれど時折、食料なんかをくれることもある。その恵みを受ける条件の一つが、あの指名手配犯を捕まえるというものだった。
「この人がいなければ、世界はこんな風にならなかったのかな」
「さあねぇ。……そう言えばお義父さんと知り合いだったとか聞いたような気もするが、どうだったかな……」
アタシたちは何も知らない。
毎日が辛い理由も。失わないといけないものがある訳も。幸せになる方法も。
そのどれの一つも知らないまま、ただただ生きている。
知っていれば、何かを変えられるはずなのに。
でももしかしたら、アタシが見た夢はキッカケなのかもしれない。
アタシの人生を。みんなの未来を。この世界全てを変えるキッカケ。
そうならばアタシは……
「おっと置いてかれてるぞ。行こうか」
すっかり足を止めてしまっていたアタシの背中を父が押す。
そうして家族の列に戻る間際、アタシは指名手配の紙を剥がしてポケットに突っ込んだ。
『三付比良人』
憎むべき名前を、頭に刻み付ける。
覚悟はもう、出来ていた。
それから奇妙な夢を見る頻度は更に増えていった。
そして、夢の正体についても分かっていった。
正夢や予知夢は、知らない未来だからこそ、明確に不思議なものだと判別していたけれど、普段のものも同じ性質を持っていたのだ。
思い出の出来事。頭から離れないトラウマ。
それら過去の光景も、記憶の整理として再生されているのではなく、その時その瞬間に行って、再び味わっているものだった。
つまり、夢の中の意識は時間に囚われない。
体が眠りについている間は、フラフラとさまよってしまえるのだ。
なら、夢で終わらせないことは出来ないのか。
そのまま、行きたい時間へ行くことは出来ないのか。
果たしてその努力は実った。
そうしてついにアタシは、元凶を断つ手段を手に入れたのだ。
社会の機能がまだ正常だった頃、各地の『当てはまる場所』が『楽園』となり、役目を終えると消えていった。
そうして世界は穴だらけになり、『当てはまる場所』が激減した今では、無からその賑わいが生み出されることが増えている。
あの遊園地も、そうだった。
*
「みんなっ。みんなどこ……っ!?」
煌びやかな光と心躍る音はもうどこにもない。まるで全てが幻だったかのように、広がる大地は枯れ果てたものばかりだった。
次第に日が暮れ、雨が降り出す。
狭くなる視界の中、寒さで疲労はより増し、挙句ぬかるんだ地面で足を滑らせてしまう。
「っぐ……!」
泥で顔が汚れた。また、視界が狭くなる。
動きが止まった途端に体は休めと訴えてきて、それでも無理やりに立ち上がった。
靴が脱げて足の裏がすごく痛い。だからって足を止める理由には足りないと、自分に言い聞かせて走り回る。
それはちょうど、あの女性の姿とよく似ていたのだろう。
突然の喪失は、自分に原因があるのではと考えてしまい、焦りと後悔が胸を握り潰した。
そうならばより一層、楽をするわけにはいかなくて。
なのに、痛みと疲れは、アタシの足を引っ張った。
また、こける。
立ち上がろうとして、でも上手く足が上がらない。全身が震えていて、体が言うことを聞いてくれなかった。
「……っ」
周りはもう何も見えないほど真っ暗で、だからこそどこかにみんなが隠れているんじゃないかとあり得ない期待を持とうとして。
でも、
「ぅぐっ……うぁ……っ」
アタシは、自分をだますのが下手だった。
みんなはもう戻ってこないと理解してしまっている。
これまでに何度も似た経験をしてきたせいで、諦めはすぐについていた。
けれどどうやったって、慣れはしない。
罰であろうと施しであろうと、今後受けられるのは自分だけなのだ。
その事実はいつも、この胸を死にたくなるほどに突き刺してきた。
冷えていく体に対して目元だけが異常に熱い。
でもその熱は、この心を温めたりはしてくれない。
「行ッ!」
すっかり気力も体力も失っていた頃、不意に覚えのある腕に抱きしめられた。
たくましく温かく、いつも守ろうとしてくれる腕。
それはアタシの父親で、どうやら拠点にいなかった子供たちを大人が総出で探しに出てきていたようだった。
当然、アタシ以外の子の親もいる。
「他の子はどうしたっ?」
「ごめん、なざい……っ!」
父の問いにまともに応えられず、アタシは泣きながら謝っていた。
そんな言葉でどうにかなるはずはないのに、それしか出来なくて。
抱きしめられる腕の力が強くなる。
「……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなざい……っ」
周囲の声が遠くなっていき。
意識が途切れる直前まで、アタシはひたすら謝り続けていた。
*
目が覚めたアタシは大人たちに事情を説明し、あの遊園地が『楽園』だったのだということを教えられた。
『楽園』の消失に巻き込まれた人は、もう二度と戻って来ない。当然、みんなと再会することは叶わないのだ。
アタシを責める人はいなかった。
事の顛末に悲しむ人はいたけれど、人がいなくなるのはみんな慣れていて、しょうがないことだったと慰めてくれもした。
それが辛かった。
些細な償いすら行えなくて、アタシは自分の胸に爪を突き立てた。
抉った肌からは血が流れ出て。
でも痛みは、もっと奥にあった。
*
塞ぎこんでしまいたかったけれど、生活はそれを許してくれない。
残った小さな子たちもいて、その子たちまで失うわけにはいかず、アタシは必死に生き抗った。
そんな最中、アタシは不思議な夢を見るようになっていた。
それはいわゆる、正夢や予知夢と言うもので。
眠っている間に見た光景が、次起きた時にも現れた。
誰かが茶碗を落として割ってしまう。ビルを挟んだ向こう側に猪の巣がある。拠点にしていた建物が突風で突然倒れる。
様々なことを視て、そのおかげで大きな被害を避けることが出来た。
そして夢は更に、妙なものをアタシに見せてきた。
その日の寝起きは特に変な感じだった。
体がフワフワしていて感覚に齟齬がある。
その原因が夢にあると、なんとなく理解していた。
「また変な夢を見たのか?」
「ん……」
次の拠点を探し、家族で移動している際中。寝起きからずっと言葉数少なくいると、不思議に思った父が問いかけてきた。
アタシは未だボンヤリする頭の中を探りながら、父の問いに答える。
「なんか、アタシじゃない夢見た」
「なんだそれ?」
「アタシが男の人で、知らない男の人に、話しかけられてた」
夢の中のアタシは、自分とはまるで違う格好だった。見下ろした姿はやけに整っていて、なぜか自分と同じ服を周りの人も着ている変な空間にいた。
そして目の前にいた人物は、知らないはずなのにどこかで見覚えがあるような気がして。
その引っかかりが、アタシをずっと黙らせていた。
当然、父がアタシの夢について何か知っていることがあるわけもなく。
またアタシは自分の記憶と向き合いながら歩みを進め。
その時ふと、視界に入ったものに目を見開いた。
「……これ」
「ん? ああ、指名手配の紙か」
傾いた電柱に張り付けられていた紙を指差すと、父が教えてくれる。
とは言え、アタシも知っていることだ。この紙はそこら中に貼られていて、今までに何度も目にしている。
そこに描かれているのは、とある男の人相。
四十代ほどで髪が少し短い。他には大した特徴はなく、端の方には身長が174㎝だとか細かな数値も乗っているが、当然覚えはない。
ただ、その顔立ちが、夢に出てきた人物にソックリだったのだ。
歳は違う。夢の中の人は成人前だった。けれどそこから、数十年の時を経て皺を刻ませたなら、まさしくこの貼り出されている人相になるだろう。
「この人って、なんで指名手配されてるんだっけ?」
今まであまり気にしていなかったから覚えていなくて、改めて父に尋ねる。
「父さんも詳しくは知らないが、その人が世界をこんな風にしたんじゃないかって、『政府』の人たちは言ってたな」
『政府』とは、自称この国の統治者だ。とは言え誰がその代表なのかもアタシたちはまるで知らない。周囲を一周する高い壁の内側にいて、外に出てくるのは武装した兵隊みたいな人だけ。アタシたちには横柄な態度を取ってくる嫌な奴らだ。
けれど時折、食料なんかをくれることもある。その恵みを受ける条件の一つが、あの指名手配犯を捕まえるというものだった。
「この人がいなければ、世界はこんな風にならなかったのかな」
「さあねぇ。……そう言えばお義父さんと知り合いだったとか聞いたような気もするが、どうだったかな……」
アタシたちは何も知らない。
毎日が辛い理由も。失わないといけないものがある訳も。幸せになる方法も。
そのどれの一つも知らないまま、ただただ生きている。
知っていれば、何かを変えられるはずなのに。
でももしかしたら、アタシが見た夢はキッカケなのかもしれない。
アタシの人生を。みんなの未来を。この世界全てを変えるキッカケ。
そうならばアタシは……
「おっと置いてかれてるぞ。行こうか」
すっかり足を止めてしまっていたアタシの背中を父が押す。
そうして家族の列に戻る間際、アタシは指名手配の紙を剥がしてポケットに突っ込んだ。
『三付比良人』
憎むべき名前を、頭に刻み付ける。
覚悟はもう、出来ていた。
それから奇妙な夢を見る頻度は更に増えていった。
そして、夢の正体についても分かっていった。
正夢や予知夢は、知らない未来だからこそ、明確に不思議なものだと判別していたけれど、普段のものも同じ性質を持っていたのだ。
思い出の出来事。頭から離れないトラウマ。
それら過去の光景も、記憶の整理として再生されているのではなく、その時その瞬間に行って、再び味わっているものだった。
つまり、夢の中の意識は時間に囚われない。
体が眠りについている間は、フラフラとさまよってしまえるのだ。
なら、夢で終わらせないことは出来ないのか。
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