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第6話「未来を恐れた少女」
#1
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何かが足りない気がする。
そんな違和感が、ここ最近ずっと、頭の片隅にあった。
「ここは重要だから覚えておくようにな」
教師が教科書の文章に線を引くように指示を出す。
比良人は言われるがままにペンを走らせ、だが改めて見たそのページは、せっかくの強調が埋もれてしまっていた。
重要な箇所には一本線。テストに出る箇所には二本線。端に注釈を書く箇所には三本線。
後で見返して分かりやすいようルールを設けているが、線を引く行間も狭く、ぱっと見での判別がつきにくくなっていた。
すべきことが増えると今ある手段では足りなくなってしまう。補うには記憶を当てにしないといけなくて、けれどいささか頼りない。
そこにいつも、違和感を覚えるのだ。
もっと何かがあったはず。他にも意味を残せたはず。
しかしその答えはまだ、視界の外にあった。
*
三付比良人は、変わらず高校生活を過ごしていた。
未来に悲劇が待っていると知っても、目の前の現実から逸脱することが出来ないでいる。
それは見えないから。
何を成すべきなのか。どこへ進むべきなのか。
目標も定まらないのに歩き出すには、彼は何も持っていない。
けれど周囲は、確実に変化していた。
「神楽咲さん、ずっと来ていないんだね」
「そっちも夜風、じゃなくて行は見つかったのか?」
「ううん。家にも帰っていないみたい」
三付家で一堂に会したあの日から一週間が経っている。その間に、神楽咲咲と夜風繋の体に入っている行との連絡が取れなくなっていた。
咲からは比良人宛に、心配はないと言った旨のメッセージが一度だけ届いているが、以降の返信には応じず、この一週間学校も休んでいる。
行の方はそもそも連絡が可能な端末を持ち歩いていない。繋が町中を回って探しているみたいだが、目撃証言も掴めないでいるようだ。
そうして残された形の比良人と繋は、こうして事ある毎に状況の報告、と言うよりも憂いを交わし合っていた。
「それじゃあ、なにかあったら連絡するね」
「おう」
繋はこれからまた孫娘を探しに行くようで、一週間も情報が入らないのに諦める様子がない。
対して比良人は、咲に心配無用と制されているとはいえ何も行動を起こせず、そのことに無力感を覚えていた。
「俺も、帰るか……」
結局今日も出来ることは見つからず、比良人は教室を後にする。
学校は平穏だ。
この町も、国も世界も、常と大差はない。
世界が退廃する予兆など、まるでありはしなかった。
だから比良人の心の内には、本当に世界は一変してしまうのかという疑念がある。
何もしなくても大丈夫なんじゃないか。
そんな楽観的な思考は、彼の足を重くする。
俯きがちに校門を通り過ぎようとしたところで声がかかった。
「比良人、おつかれ」
「おう」
校門の柱に寄りかかっていたのはエミだ。この世界の神とすら呼べる存在は、一見すれば普通の少女のようでもある。
ただ少し、人より無表情。けれど比良人は、その見えづらい感情を読み取れるようになっていた。
若干ご機嫌な彼女は、比良人の隣に並び同じ帰路を歩き始める。
「今日は何してたんだ?」
「学校に侵入した」
「おい」
「比良人は、あまりぱっとしないね。見つけるの時間かかった」
「まあ別に、目立とうとしてるわけでもねぇし」
住居も戸籍も家族もないエミは、今も三付家に身を置いている。壮大な彼女の背景に、さすがの比良人も追い出すことはしていない。
ただ、一つ屋根の下で暮らしていると距離はすぐに縮まっていく。
「今日のご飯は何?」
「何だろうな」
彼女は触れそうな程に寄り添っていて、彼は無意識にそれを許している。
二人を傍から見れば、酷く幸せそうに映るだろう。
「比良人はご飯作れないの?」
「カップ麺ぐらいだな」
「あれを作れるのすごいね」
「いや、元からじゃねぇぞ?」
エミの発言に、比良人は思わず笑ってしまっていた。
——沈みかけの日。夜に満たない空。誰かが抱える花々に、隣人の瞳の深さ。
——美しさはずっと、失われている。
そんな違和感が、ここ最近ずっと、頭の片隅にあった。
「ここは重要だから覚えておくようにな」
教師が教科書の文章に線を引くように指示を出す。
比良人は言われるがままにペンを走らせ、だが改めて見たそのページは、せっかくの強調が埋もれてしまっていた。
重要な箇所には一本線。テストに出る箇所には二本線。端に注釈を書く箇所には三本線。
後で見返して分かりやすいようルールを設けているが、線を引く行間も狭く、ぱっと見での判別がつきにくくなっていた。
すべきことが増えると今ある手段では足りなくなってしまう。補うには記憶を当てにしないといけなくて、けれどいささか頼りない。
そこにいつも、違和感を覚えるのだ。
もっと何かがあったはず。他にも意味を残せたはず。
しかしその答えはまだ、視界の外にあった。
*
三付比良人は、変わらず高校生活を過ごしていた。
未来に悲劇が待っていると知っても、目の前の現実から逸脱することが出来ないでいる。
それは見えないから。
何を成すべきなのか。どこへ進むべきなのか。
目標も定まらないのに歩き出すには、彼は何も持っていない。
けれど周囲は、確実に変化していた。
「神楽咲さん、ずっと来ていないんだね」
「そっちも夜風、じゃなくて行は見つかったのか?」
「ううん。家にも帰っていないみたい」
三付家で一堂に会したあの日から一週間が経っている。その間に、神楽咲咲と夜風繋の体に入っている行との連絡が取れなくなっていた。
咲からは比良人宛に、心配はないと言った旨のメッセージが一度だけ届いているが、以降の返信には応じず、この一週間学校も休んでいる。
行の方はそもそも連絡が可能な端末を持ち歩いていない。繋が町中を回って探しているみたいだが、目撃証言も掴めないでいるようだ。
そうして残された形の比良人と繋は、こうして事ある毎に状況の報告、と言うよりも憂いを交わし合っていた。
「それじゃあ、なにかあったら連絡するね」
「おう」
繋はこれからまた孫娘を探しに行くようで、一週間も情報が入らないのに諦める様子がない。
対して比良人は、咲に心配無用と制されているとはいえ何も行動を起こせず、そのことに無力感を覚えていた。
「俺も、帰るか……」
結局今日も出来ることは見つからず、比良人は教室を後にする。
学校は平穏だ。
この町も、国も世界も、常と大差はない。
世界が退廃する予兆など、まるでありはしなかった。
だから比良人の心の内には、本当に世界は一変してしまうのかという疑念がある。
何もしなくても大丈夫なんじゃないか。
そんな楽観的な思考は、彼の足を重くする。
俯きがちに校門を通り過ぎようとしたところで声がかかった。
「比良人、おつかれ」
「おう」
校門の柱に寄りかかっていたのはエミだ。この世界の神とすら呼べる存在は、一見すれば普通の少女のようでもある。
ただ少し、人より無表情。けれど比良人は、その見えづらい感情を読み取れるようになっていた。
若干ご機嫌な彼女は、比良人の隣に並び同じ帰路を歩き始める。
「今日は何してたんだ?」
「学校に侵入した」
「おい」
「比良人は、あまりぱっとしないね。見つけるの時間かかった」
「まあ別に、目立とうとしてるわけでもねぇし」
住居も戸籍も家族もないエミは、今も三付家に身を置いている。壮大な彼女の背景に、さすがの比良人も追い出すことはしていない。
ただ、一つ屋根の下で暮らしていると距離はすぐに縮まっていく。
「今日のご飯は何?」
「何だろうな」
彼女は触れそうな程に寄り添っていて、彼は無意識にそれを許している。
二人を傍から見れば、酷く幸せそうに映るだろう。
「比良人はご飯作れないの?」
「カップ麺ぐらいだな」
「あれを作れるのすごいね」
「いや、元からじゃねぇぞ?」
エミの発言に、比良人は思わず笑ってしまっていた。
——沈みかけの日。夜に満たない空。誰かが抱える花々に、隣人の瞳の深さ。
——美しさはずっと、失われている。
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