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そして、今回の依頼者であるやまべんといえば――経営しているIT企業が一部上場する際、インサイダー取引が発覚した。全ては社長である山野辺勉の指示だったと判明し、逮捕された後に実刑判決を受けていた。
「でもどうしてまた、やまべんが隙間事業の代理出席人なんて知っていたんだろう?」
その答えは事務員の宇賀公香が教えてくれた。何でも今のようにやまべんが世間に知れ渡ったのは、亡くなった門脇司のお陰だという。
「やまべんをテレビ局のプロデューサーに引き合わせたのは、うちの司社長だったそうですよ。それなのにあの男は欲に目がくらんで……だから、その後にあんな大事件を起こしたんですよ」
恩のあるつかさ芸能事務所で世話になるはずが、弱小事務所では売り込みができないと大手芸能事務所にマネジメントを依頼したそうだ。そして、それからは各テレビ局のバラエティ番組や情報番組に絶えず出演し、やまべんの愛称でお茶の間の人気者になったのだ。
ところが、人気絶頂の頃にインサイダー取引が明るみなり、逮捕劇が連日ニュースで流れると、実刑判決を待たずして彼の人気も信用も失墜していった。もちろん、テレビ番組出演や講演会など全ての仕事はなくなり、マネジメントをしていた大手芸能事務所からも解雇された。
最後は経営していたIT企業からも手を引く形となり、その凋落ぶりは目を覆いたくなるような悲惨なものだった。
その後、刑期中に何度か面会した司社長の恩義をまたもや無視して、他の大手事務所に売り込みを始めたそうだ。歯に衣着せぬ発言で人気を博したやまべんは刑務所での生活を描いた小説をヒットさせ、SNSで自身を売り込んで順調に社会復帰をしているかのように見られた。
ところが今回、彼が家族代理を依頼してきたということは、何か問題を抱えているのもしれない。過去のニュース記事をネットで調べてみると、息子が犯罪者になったことで両親からは縁を切られたらしい。
そして、四年前に離婚した妻とは連絡が取れない状態になっているようだ。そうなると、元妻が親権を持っている二人の子供とも何年も会っていないのだろう。
「目が回るほど忙しいって言っていたのに、どうして今回の仕事を引き受けたんですか?」
やまべんの住む都内高級タワーマンションの前で、篠宮光晴と待ち合わせしている最中に三保子に尋ねてみた。
「だって、夫役が篠宮光晴って聞いたから……彼はGS(*グループサウンズの略。ベンチャーズやビートルズ、ローリング・ストーンズなどのロック・グループの影響を受けたとされ、1967~1969年(昭和42~44年)にかけ日本で大流行した )時代にアイドル的な存在として華々しくデビューして、あっという間にスターになったのよ。あの頃はハニーって呼ばれて、ロックこと岩田浩二と人気を二分する人気者だったんだから。あぁ、懐かしいわ。私もハニーに会うため日生劇場前で待ち伏せしたことがあるのよ」
今回の依頼内容を聞いて三保子は、少女時代の憧れの君に会えると乙女のように目を輝かせている。すると、二人の目の前にタクシーが一台停まり、中から白髪の老紳士が杖を片手に降りてきた。
「わぉお、さすが大物はオーラが違う」
彼こそが三保子憧れのハニーこと、篠宮光晴だ。
「初めまして、つかさ総合代理出席人事務所の須藤也耶子です」
「同じく大塚美代子です」
「初めまして、篠宮です」
篠宮は甘い笑顔を向けるも、左頬は麻痺のせいか僅かに引きつっていた。
「あの当時は今とは違って美少年なんていわれていましたけれど……今では醜く年老いた上に麻痺が残り、見るも哀れなこんな姿です」
確かに足取りも決して軽快とはいえないが、それでもリハビリの効果があったのだろうか。左足がわずかに覚束ないような程度だった。
「あら、そうかしら? 私もあなたと同様に年老いた哀れな女ですから、そんなこと全く気にならないですよ。今でもあなたは私にとってハニーのまま、相変わらず素敵ですわ」
憧れの君を前に目を輝かせ事もなげに三保子が答えると、篠宮は呆気にとられたような顔をした。
「若い子たちから所作の先生の話を聞いていたが、あなたも噂通りに素晴らしい女性だ」
「まぁ、お世辞でも嬉しい」
「いや、お世辞じゃありませんよ。本当に素敵な方だ」
おや、おや。初対面のはずの二人だが、何やら良い雰囲気になっているではないか。すると、そこへ現実へと引き戻すように小さな邪魔が割り込んだ。
「ばぁば、お仕事まだ?」
「おや、今回は両親と妹という家族構成だと聞いていましたが……」
それなのに、おまけの紡生と士温がくっついて来ている。
「すみません、この子は私の孫なんです。幼稚園がインフルエンザで休園になったものですから、一緒に連れてきました」
「それで、そっちのちびちゃんは?」
也耶子のコートの膨らみを指して篠宮が尋ねた。
「えっと、この子は……」
急な用事ができたと千栄子から無理やり押し付けられた、もとい母親代理を頼まれてしまっていた。これはいわゆるダブルブッキングというやつだ。
「色々と事情がありまして、急遽子守を頼まれました」
「子守? いつの間に代理出席人は子守までしていましたかなぁ」
「これは仕事じゃないよ。しょんちゃんは也耶子ちゃんの弟なんだよ」
「えっ?」
どこからそういう発想に至ったのかは知らないが、紡生は士温が也耶子の弟だと思い込んでいるようだ。代理出席人の仕事だと打ち明けたわけでもないし、確かに母親ではない也耶子が士温の面倒をみるのだから、六歳の紡生がそう勘違いするのは無理もないのだろう。
「ほぉ、随分と年の離れた姉弟だねぇ」
「えぇ、まぁ。ははは……」
赤の他人に我が身の恥をさらす義理もないので、ここは士温弟説に乗っかる方が得策だろう。
「でもどうしてまた、やまべんが隙間事業の代理出席人なんて知っていたんだろう?」
その答えは事務員の宇賀公香が教えてくれた。何でも今のようにやまべんが世間に知れ渡ったのは、亡くなった門脇司のお陰だという。
「やまべんをテレビ局のプロデューサーに引き合わせたのは、うちの司社長だったそうですよ。それなのにあの男は欲に目がくらんで……だから、その後にあんな大事件を起こしたんですよ」
恩のあるつかさ芸能事務所で世話になるはずが、弱小事務所では売り込みができないと大手芸能事務所にマネジメントを依頼したそうだ。そして、それからは各テレビ局のバラエティ番組や情報番組に絶えず出演し、やまべんの愛称でお茶の間の人気者になったのだ。
ところが、人気絶頂の頃にインサイダー取引が明るみなり、逮捕劇が連日ニュースで流れると、実刑判決を待たずして彼の人気も信用も失墜していった。もちろん、テレビ番組出演や講演会など全ての仕事はなくなり、マネジメントをしていた大手芸能事務所からも解雇された。
最後は経営していたIT企業からも手を引く形となり、その凋落ぶりは目を覆いたくなるような悲惨なものだった。
その後、刑期中に何度か面会した司社長の恩義をまたもや無視して、他の大手事務所に売り込みを始めたそうだ。歯に衣着せぬ発言で人気を博したやまべんは刑務所での生活を描いた小説をヒットさせ、SNSで自身を売り込んで順調に社会復帰をしているかのように見られた。
ところが今回、彼が家族代理を依頼してきたということは、何か問題を抱えているのもしれない。過去のニュース記事をネットで調べてみると、息子が犯罪者になったことで両親からは縁を切られたらしい。
そして、四年前に離婚した妻とは連絡が取れない状態になっているようだ。そうなると、元妻が親権を持っている二人の子供とも何年も会っていないのだろう。
「目が回るほど忙しいって言っていたのに、どうして今回の仕事を引き受けたんですか?」
やまべんの住む都内高級タワーマンションの前で、篠宮光晴と待ち合わせしている最中に三保子に尋ねてみた。
「だって、夫役が篠宮光晴って聞いたから……彼はGS(*グループサウンズの略。ベンチャーズやビートルズ、ローリング・ストーンズなどのロック・グループの影響を受けたとされ、1967~1969年(昭和42~44年)にかけ日本で大流行した )時代にアイドル的な存在として華々しくデビューして、あっという間にスターになったのよ。あの頃はハニーって呼ばれて、ロックこと岩田浩二と人気を二分する人気者だったんだから。あぁ、懐かしいわ。私もハニーに会うため日生劇場前で待ち伏せしたことがあるのよ」
今回の依頼内容を聞いて三保子は、少女時代の憧れの君に会えると乙女のように目を輝かせている。すると、二人の目の前にタクシーが一台停まり、中から白髪の老紳士が杖を片手に降りてきた。
「わぉお、さすが大物はオーラが違う」
彼こそが三保子憧れのハニーこと、篠宮光晴だ。
「初めまして、つかさ総合代理出席人事務所の須藤也耶子です」
「同じく大塚美代子です」
「初めまして、篠宮です」
篠宮は甘い笑顔を向けるも、左頬は麻痺のせいか僅かに引きつっていた。
「あの当時は今とは違って美少年なんていわれていましたけれど……今では醜く年老いた上に麻痺が残り、見るも哀れなこんな姿です」
確かに足取りも決して軽快とはいえないが、それでもリハビリの効果があったのだろうか。左足がわずかに覚束ないような程度だった。
「あら、そうかしら? 私もあなたと同様に年老いた哀れな女ですから、そんなこと全く気にならないですよ。今でもあなたは私にとってハニーのまま、相変わらず素敵ですわ」
憧れの君を前に目を輝かせ事もなげに三保子が答えると、篠宮は呆気にとられたような顔をした。
「若い子たちから所作の先生の話を聞いていたが、あなたも噂通りに素晴らしい女性だ」
「まぁ、お世辞でも嬉しい」
「いや、お世辞じゃありませんよ。本当に素敵な方だ」
おや、おや。初対面のはずの二人だが、何やら良い雰囲気になっているではないか。すると、そこへ現実へと引き戻すように小さな邪魔が割り込んだ。
「ばぁば、お仕事まだ?」
「おや、今回は両親と妹という家族構成だと聞いていましたが……」
それなのに、おまけの紡生と士温がくっついて来ている。
「すみません、この子は私の孫なんです。幼稚園がインフルエンザで休園になったものですから、一緒に連れてきました」
「それで、そっちのちびちゃんは?」
也耶子のコートの膨らみを指して篠宮が尋ねた。
「えっと、この子は……」
急な用事ができたと千栄子から無理やり押し付けられた、もとい母親代理を頼まれてしまっていた。これはいわゆるダブルブッキングというやつだ。
「色々と事情がありまして、急遽子守を頼まれました」
「子守? いつの間に代理出席人は子守までしていましたかなぁ」
「これは仕事じゃないよ。しょんちゃんは也耶子ちゃんの弟なんだよ」
「えっ?」
どこからそういう発想に至ったのかは知らないが、紡生は士温が也耶子の弟だと思い込んでいるようだ。代理出席人の仕事だと打ち明けたわけでもないし、確かに母親ではない也耶子が士温の面倒をみるのだから、六歳の紡生がそう勘違いするのは無理もないのだろう。
「ほぉ、随分と年の離れた姉弟だねぇ」
「えぇ、まぁ。ははは……」
赤の他人に我が身の恥をさらす義理もないので、ここは士温弟説に乗っかる方が得策だろう。
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