『夜明けのミッドナイト』

真田直樹

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第一部 出会い

第16章 恋の始まり

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第16章 恋の始まり

六月の午後。

喫茶ミッドナイトの窓から、柔らかな雨が見えていた。

外は梅雨の空。

通りを歩く人たちは傘をさしている。

店の中には静かなジャズが流れていた。

藤川優斗はカウンター席でノートを開いていた。

進路のことを考えている。

だが、うまくまとまらない。

そのときピアノの音が聞こえた。

優斗は顔を上げる。

尾上紀子がピアノを弾いていた。

ゆっくりとしたメロディー。

雨の日に合う曲だった。

優斗は自然と聴き入っていた。

曲が終わる。

紀子が振り返った。

「あ」

優斗がいたことに気づく。

少し笑う。

「来てたんだ」

優斗も笑った。

「今来ました」

店には二人しかいなかった。

珍しい。

優斗が聞く。

「里奈たちは?」

紀子は言う。

「里奈はバイト」

「桂一は塾」

「雅人は部活」

優斗はうなずいた。

「さゆりは?」

紀子は少し笑う。

「オーディション」

優斗はカウンターに座った。

しばらく沈黙。

外では雨が降っている。

紀子が言った。

「文化祭」

「楽しかったね」

優斗はうなずく。

「うん」

少し間が空く。

優斗は言った。

「紀子のピアノ」

「好きです」

紀子は少し驚いた。

「え?」

優斗は慌てた。

「いや、変な意味じゃなくて」

紀子が笑う。

「わかってる」

そして静かに言った。

「ありがとう」

優斗は少し照れた。

紀子は鍵盤を軽く触る。

「音楽ってね」

「難しい」

優斗が聞く。

「どうして?」

紀子は言う。

「人に伝わるかどうか」

「わからないから」

優斗は言った。

「僕には伝わってます」

紀子は優斗を見る。

その目は、まっすぐだった。

紀子は少し顔をそらす。

「……そっか」

少しだけ頬が赤かった。

雨の音が窓を叩く。

静かな時間。

優斗は言った。

「紀子」

「将来、プロになると思います」

紀子は笑う。

「そんな簡単じゃないよ」

優斗は首を振る。

「でも」

「なってほしい」

紀子は少し驚いた。

優斗は続ける。

「紀子の音楽」

「もっとたくさんの人に聴いてほしい」

紀子は何も言えなかった。

そのとき、店のドアが開いた。

カラン――

「おーい!」

里奈だった。

「雨すごい!」

桂一も入ってくる。

「湿度が高い」

雅人も来た。

「こんばんは」

店の空気が一気に賑やかになる。

紀子は小さく笑った。

優斗も笑う。

さっきまでの静かな空気は消えていた。

でも。

二人だけが知っていた。

さっきの時間のことを。

その日。

まだ恋とは呼べない。

でも確かに――

何かが始まっていた。

それは小さな感情。

まだ言葉にならない気持ち。

十年後。

この瞬間が

優斗と紀子の物語の

本当の始まりだったと気づくことになる。

雨の午後。

喫茶ミッドナイトで

静かに恋が生まれ始めていた。
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