四人の令嬢と公爵と

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婚礼

宴もたけなわ

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 __婚礼後、祝宴は盛大に賑わった。

 誰も彼もが公爵達の結婚を喜び、大いに祝われた。

 しかし、何事にも終わりはあるもので。
 と言っても、神殿が静かになったのは日も沈んだ頃であったのだが。

 その後、国民は片付けもこなしながら神殿を去っていった。
 アミーレアから来たアグナスも、騎士達も、最後は深々と頭を下げて王宮へと戻った。
 父親のデカートも母親のミシリアに担がれてなんとか帰っていった。
 ディトも姉妹達にそれぞれ祝いの言葉を投げた後、仕事があるからと何処かへ行ってしまった。



 そして……





 姉妹達は、公爵達と共に城へと戻ってきた。
 帰ってきたのはあまりにも遅く、辺りは真っ暗である。

 ドレスは既に着替えられ、いつもの自分達だ。
 しかし、その心は此処にあらずであった。



 此処が今日から自分達の家、帰る場所なのだ。



 そう思うだけで、姉妹達の胸奥が騒ついてしまう。今傍に公爵達がいるのも、落ち着かなかった。
 一年弱は此処にいたというのに、やはりまだ慣れないものである。

 しかし、朝になるのはあっという間だ。落ち着かないのは承知だせめて睡眠は取らねばならない。


「そ、それでは、私もうお部屋に戻りますね!おやすみなさい!お姉様!!」


 クロエはそう言ってそそくさと城の方へと向かっていった。ゴトリルといるのが相当恥ずかしいのか、逃げるように立ち去ってしまった。


「眠ぃなぁ。俺も戻るかんな」


 ゴトリルは気にする様子もなく、欠伸をかきながら城へと戻る。


「私もそろそろ行きますね。皆様おやすみなさい」

「ぼ、僕も……おやすみなさい」


 ルーナもラトーニァも、それぞれの部屋があった場所へと戻っていく。


「私もそうしますわ!おやすみなさいませ!」


 エレノアもハキハキとしたまま帰っていく。あれで寝れるのだろうか。


「…………」


 先ほどまで笑顔だったバルフレは、エレノアが去った途端真顔になり、音も無く消えた。

 そして、残ったのはオリビアとラゼイヤだけである。

 こうして二人きりになってしまったことを、オリビアは酷く後悔した。

 と二人きりになるなんて、心臓が持たない。


「オリビア」


 不意に、ラゼイヤが彼女を呼ぶ。
 もう聞きなれたはずの呼び声も、何故だか恥ずかしい。


「寝る前に少し風に当たらないか?」


 彼からの誘いに、断る理由はなかった。


「はい」










____________________



 かのテラスにて、二人は夜の街を眺めていた。

 街は未だお祝いムードで、いつにも増して灯りが輝いている。

 それを眺めながら、オリビアは初めてベルフェナールに来た時のことを思い出していた。



 初めは此処で皆と円卓を囲み、お茶をしていた。

 あの時は公爵達の姿を恐ろしいと感じていたが、今は何も思わない。むしろ、見かけに囚われず内面を知る機会ができて好印象なほどである。

 まさか婚約破棄からこうして出逢えるとは思いもしなかったし、無事結婚できるとも思わなかった。

 ただ、と結婚できてよかったとは思えた。


「オリビア?考え事かい」


 ぽけーっと街を眺めていたオリビアに、ラゼイヤは首を傾げる。


「ええ。昔のことを思い出していました」


 オリビアは隠すことなく答え、微笑む。それにラゼイヤも笑みを返した。

 微睡むような時間が過ぎていく中、ラゼイヤが不意に口を開く。


「そういえば、オリビアにはまだ私の魔法を教えていなかったね」

「?…得意魔法ですか?」

「ああ。今のところ私にしか使えない魔法が一つあるんだ」

「まあ。そうなのですね」


 ラゼイヤにしか使えない魔法と聞き、オリビアは興味を抱いた。
 好きになった彼だからこそ興味を持てた。


「それで、貴方様の魔法は一体どのような……」

「オリビア





 



 その言葉と共に、オリビアは口を噤む。

 いや、噤むことしかできなかった。

 これは、知っている。

 だって、見たことあるのだから。



「フフ、驚いたかい?これも魔法さ」


 ラゼイヤは悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑みを浮かべている。
 オリビアは驚きながらも、その顔に視線をしっかりと向ける。


「……もしかして、バルフレ様と同じですか?」


 しばらくして口が動き出したオリビアの第一声に、ラゼイヤは再び笑う。


「違うよ。バルフレは呪いだが私のは違う。もしそうなら初めに自分しか使えないなんて言わないさ」

「そ、それもそうでしたわね」


 そんなこと言っていた気がすると、今更思い出してオリビアは少し気不味くなった。しかし、そんな彼女を気にも止めず、ラゼイヤは口を開く。



「『命令』。それが私の魔法だよ」



「めい、れい……?」


 『命令』という言葉に、オリビアは理解が追いつかなかった。


「そう。文字通り、『命令を下す』魔法だ。今みたく、人に指図をすれば最も簡単に従わせられる。これは私がこの国で唯一持つ魔法の一つだよ」


 困惑したままのオリビアにラゼイヤはそう親切に説明してくれる。


「……ということは、」



 初めての朝食も、アレッサも、そして今のも、



の違和感は、貴方様だったのですね」


 オリビアは、見開いた目でラゼイヤを見る。
 驚いたような、呆気に取られた顔を見て、ラゼイヤはおかしそうに笑った。


「御明察。流石に二度目は気付かれると思ったけど、案外バレないものだね」


 ラゼイヤは、クスクスと笑っている。揶揄われているような雰囲気に、オリビアは少しだけ不満を抱いた。

 ただ、そんな気分もすぐに霧散し、ある疑問が浮かび上がる。


「もし、そのような魔法を扱えるのでしたら、私達や両親にも一度は使ったりしたのですか?」


 オリビアがそう聞くと、ラゼイヤは笑いつつも首を横に振る。


「そんなことしない。あの時ダイニングでは手加減ができずに周りにまでしてしまったが、故意に君達へ命令したことは一度も無いよ。それに、命令したら兄弟達も気付くはずだからね」

「それもそうですわね」


 ラゼイヤの言葉に、オリビアは安堵を覚えていた。



 もし、ラゼイヤがその魔法を使って此処までの関係を築いたのなら、それは偽りとなる。

 故に、今この時が嘘偽りない真であることをラゼイヤの言葉で確信していたからだ。

 『ラゼイヤが嘘をついている』という考えは、一年間共にいたオリビアには至ることがなかった。


「……とまぁ、言ってはみたものの」


 ラゼイヤは、空気を変えるように咳払いする。


「今から私は君にひとつだけ『命令』をしようと思う」

「え?」


 不意にかけられた言葉に、オリビアの体が固まる。
 目の前にいるラゼイヤは、オリビアの肩を優しく抱き、顔を近付けてくる。
 顔を蠢く目玉は一斉に彼女を捉えているが、それに怖気付くことはない。何度も見たその瞳は、今やオリビア愛しいものであった。


「心配はいらない。危害は加えないし、私が君に『命令』するのは、これが最初で最後だ」


 ラゼイヤはそう言うと、オリビアの目を真っ直ぐ見て口を開いた。





「オリビア










 





 オリビアの耳から伝わり、心に落ちたその言葉は、『命令』であるにも関わらず、彼女の体を温めていく。



 一国の公爵が隣国の娘に下した『命令』は、彼が彼女に求めたものは





 『彼女自身の幸せ』であった。





「……それは、貴方様次第ですわ」


 オリビアは微笑んでいたが、一筋の涙が頬を伝う。
 それを見て、ラゼイヤは手で優しく拭い、笑い返していた。


「それもそうだな。やはり魔法に頼るのはよろしくない」


 そう言って、ラゼイヤは楽しそうに笑う。その顔もあまりに優しくて、オリビアは余計に涙が堪えられなくなった。



 ラゼイヤが自分のことより、オリビアを想ってくれているのが、痛いほどに伝わる。

 何処までも奥手で、臆病で、優し過ぎる彼に愛されていることが、既にオリビアの幸せであった。



「オリビア、君を幸せにしてみせるよ。いつかこの身が終わろうとも、君を愛し続ける」



 一度目は書斎で、二度目は神殿で、そして三度目はこのテラスで、ラゼイヤはオリビアに誓いを捧げた。

 その誓いに水を差す者も、咎める者も今はいない。


「私も、貴方様を愛します。愛しております」


 泣き腫らした顔を綻ばせて、オリビアも同じように誓う。

 その後は互いに笑みを向けて、





 どちらともなく口付けた。
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