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第二章 不幸な師団長
第4話 引きこもり生活からの脱却
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「賽野目さん! どういうつもりですか? この娘はいったい……」
一木が目を閉じたまま座る少女を見て、賽野目に問いかける。
少女の首の後ろからは外部接続用のケーブルが伸びていて、一木の首筋のコネクタに接続されていた。
「ああ、サガラ社の新型だ。シキは試作型の医療SLだと言っただろう? この娘は言わば正式採用型だな。よくあるんだよ、SSの試作をSLで一旦作って試験するわけだ」
「だからシキに似てるんですか……けど、いきなり仮想空間に送り込んでくるなんてどういうつもりですか? 俺だってこのままじゃ良くないってことくらい理解ってますけど、今すぐにどうこうは……」
「いや、だからね。君にサプライズしたくてね」
賽野目の言葉に疑問を持つ一木。
サプライズとはなにか。
一木は、どこか不穏な空気を感じた。
「どういうことですか? 」
「だ~か~ら~、君へのプレゼントだよ。シキが壊されて、さぞ落ち込んでいるだろうと思ってね。新しいパートナーだよ、データは君好みに設定したつもりだから大切に……」
次の瞬間、一木は老人を突き飛ばしていた。
ガタイのいい老人の体が勢いよく吹き飛び、部屋のロッカーに突っ込む。
殴りつけなかったのはほんの少しの理性が働いたのか……。
この時代の人間が時折見せる、一切の悪気も悪意もなくアンドロイドを物扱いする、こういった対応に耐えられなかったのだ。
ましてや一番大切な存在を失ったばかりだと言うのに。
「申し訳ありませんが必要ありません。この娘には悪いですが、自分にとって妻……パートナー足り得る存在はシキだけですので……」
「君は……本当にシキを愛してくれたんだね……本当にありがたい……だからこそ、君にはその娘が必要だ……あっ」
瞬間、ロッカーにめり込んでいた賽野目の表情が驚愕に変わった。
そしてジェスチャーで何かを伝えようとしている……一体何があるのだろうか?
そして一木が賽野目が示す先を見ると……。
「一木……弘和さんは、わたしが必要では無いのですか……そうですか……」
ボロボロと眼球洗浄液を垂れ流す少女の姿だった。
普通、アンドロイドは感情を露わにすることはあるが、有限である洗浄液を感情に合わせて流すことは殆どない。 眼球洗浄液を流すのは、人間に自身の感情を強く伝えたい場合だけだという。
一木もシキの涙を見たのは二回だけだった。
そして、一木はこの涙に打ちのめされた。
(……何をやってるんだ俺は……この娘たちをモノ扱いしているのは俺のほうじゃないか……不貞腐れたおっさんが、製造間もないこの娘に……)
自分のパートナーの元に連れてこられて、あってみたら相手が不貞腐れたロボットのおっさんで、その上いらないとまで言われたこの娘の気持ちを考えて、一木は二週間ぶりに冷静になった。
賽野目博士の事にしてもそうだ。一木が冷凍睡眠されてから140年経っているのだ。
今の怒りにしても、結局の所江戸時代の人間が現代人の感覚に怒り狂っているようなものだ。
現代の人間には、ある程度現代の人間にしか理解し難いアンドロイドへの態度や常識がある。
その事を肝に銘じていかなければならない。
っとも、あまりに目に余る場合はその限りではないが。
兎も角、この娘のためにも好意は好意として受け取ろう。
一木はそう思いなおすと、泣いてる少女に向き合った。
よく見るとかなり身長がある娘だ。
まるでモデルのようだ。
「……大きいな……少女って見た目じゃないな」
「傷病者搬送時を見越して従来の歩兵型より大柄になっている。身長は180cmあるぞ」
小柄だったシキの記憶との齟齬で、妙な感覚に囚われつつ、一木は訊ねた。
「ごめんよ、さっきのは……ちょっとした間違いだ。君の事を聞かせてくれないか? 名前は?」
涙を蛇口をひねるように止めて、少女は答えた。
製造したてのアンドロイド特有の、極端な感情表現に少し戸惑う。
「一木弘和のパートナー兼、一木弘和代将の副官として製造されました、マナ大尉です。あなたは私を必要としてくれますか? 」
背後でニヤつく賽野目博士の視線を気にしながら、一木は頷いた。
どうも全て博士の手のひらの上だったようだ。
とは言え頃合いだ。
少しは前向きに動き出す、いいきっかけなのだろう。
このまま腐って過ごすよりは、このマナというSLを大切にしてあげなければ。
「一木弘和だ。よろしく、マナ」
一木は、マナの頭にやんわりと手を乗せた。
マナは、まるで子犬のように目を閉じて、うっとりとした表情を浮かべた。
それから二週間。
この……二十世紀生まれの感覚でいう所の二人目の奥さんと、一木はうまくコミュニケーションが取れずにいた。 この上、新しい職場で働くと思うと気が重い。
精神的な疲労もあるが、今日はずっと現実空間にいて少々疲れた。
一木は仮想空間ですこし休むことにした。
「マナ、俺は少し仮想空間で休むよ」
一木としては自分だけ休むつもりだったが、マナはそう思わなかったようだ。
「では、私もご一緒します」
「いや、マナは体を見張って……」
断ろうとする一木に対して、首からケーブルを引き出し、一木の首筋に差し込もうとするマナ。
しばし2mのロボットと180cmの女が、窮屈そうに座る座席上でもみ合う。
数分後、折れたのは一木だった。
「……少し眠るだけだぞ……」
「寝るだけですか……添い寝は?」
「添い寝……したいのか? 」
「したいです。妻なので」
「妻だからか…………まあ、それくらいなら」
そして意識を視界の隅にある、仮想空間のアイコンに向ける。
GO VR OK? というアイコンが浮かび上がる。
OKの部分に意識を向けた瞬間、一木の意識は一瞬途切れ、再び気がつくと異世界派遣軍のシャトルから、こじんまりとしたアパートの一室へと移動していた。
生身の頃、一人暮らしで住んでいた部屋を再現した空間だ。
ここでは、一木は生身の体のアバターを得て、人間だった頃の感覚をいくらか取り戻すことが出来る。
数週間前まではシキと一緒に、親密な時間を過ごした空間でもあった。
「はあ……よっこいしょ」
一木は窓際にあるクッションを枕に横になった。
季節の設定は春。
疑似感覚とは言え、今はもう感じることの出来ない暖かな風を感じることが出来た。
すると、滑り込むようにマナが隣に寝そべる。
現実では見下ろしていたマナが、仮想空間では数センチ背が高い。
その感覚がどうにも不思議に感じられた。
「吸いますか?」
胸元を強調してマナが問いかける。
「吸わない……というか何をだ」
「では歌いますか? 」
「歌わなくていい……隣にいてくれればいいよ」
「はい。一緒にいますね」
そう言うと、マナは静かに目を閉じた。
大したこともしていないのに、ドッと疲れがにじみ出てきた。
「俺の人生って……波乱万丈すぎないか……なあ、シキ……」
机の上にある写真に目を向けながら、一木は独り言ちた。
これから更に、艦隊や師団の面々と会わなければならないと思うと気が重いが、願わくば気の合う同僚と部下であることを祈るしか無い。
今は亡き前妻の顔を眺めながら、一木は眠りについた。
一木が目を閉じたまま座る少女を見て、賽野目に問いかける。
少女の首の後ろからは外部接続用のケーブルが伸びていて、一木の首筋のコネクタに接続されていた。
「ああ、サガラ社の新型だ。シキは試作型の医療SLだと言っただろう? この娘は言わば正式採用型だな。よくあるんだよ、SSの試作をSLで一旦作って試験するわけだ」
「だからシキに似てるんですか……けど、いきなり仮想空間に送り込んでくるなんてどういうつもりですか? 俺だってこのままじゃ良くないってことくらい理解ってますけど、今すぐにどうこうは……」
「いや、だからね。君にサプライズしたくてね」
賽野目の言葉に疑問を持つ一木。
サプライズとはなにか。
一木は、どこか不穏な空気を感じた。
「どういうことですか? 」
「だ~か~ら~、君へのプレゼントだよ。シキが壊されて、さぞ落ち込んでいるだろうと思ってね。新しいパートナーだよ、データは君好みに設定したつもりだから大切に……」
次の瞬間、一木は老人を突き飛ばしていた。
ガタイのいい老人の体が勢いよく吹き飛び、部屋のロッカーに突っ込む。
殴りつけなかったのはほんの少しの理性が働いたのか……。
この時代の人間が時折見せる、一切の悪気も悪意もなくアンドロイドを物扱いする、こういった対応に耐えられなかったのだ。
ましてや一番大切な存在を失ったばかりだと言うのに。
「申し訳ありませんが必要ありません。この娘には悪いですが、自分にとって妻……パートナー足り得る存在はシキだけですので……」
「君は……本当にシキを愛してくれたんだね……本当にありがたい……だからこそ、君にはその娘が必要だ……あっ」
瞬間、ロッカーにめり込んでいた賽野目の表情が驚愕に変わった。
そしてジェスチャーで何かを伝えようとしている……一体何があるのだろうか?
そして一木が賽野目が示す先を見ると……。
「一木……弘和さんは、わたしが必要では無いのですか……そうですか……」
ボロボロと眼球洗浄液を垂れ流す少女の姿だった。
普通、アンドロイドは感情を露わにすることはあるが、有限である洗浄液を感情に合わせて流すことは殆どない。 眼球洗浄液を流すのは、人間に自身の感情を強く伝えたい場合だけだという。
一木もシキの涙を見たのは二回だけだった。
そして、一木はこの涙に打ちのめされた。
(……何をやってるんだ俺は……この娘たちをモノ扱いしているのは俺のほうじゃないか……不貞腐れたおっさんが、製造間もないこの娘に……)
自分のパートナーの元に連れてこられて、あってみたら相手が不貞腐れたロボットのおっさんで、その上いらないとまで言われたこの娘の気持ちを考えて、一木は二週間ぶりに冷静になった。
賽野目博士の事にしてもそうだ。一木が冷凍睡眠されてから140年経っているのだ。
今の怒りにしても、結局の所江戸時代の人間が現代人の感覚に怒り狂っているようなものだ。
現代の人間には、ある程度現代の人間にしか理解し難いアンドロイドへの態度や常識がある。
その事を肝に銘じていかなければならない。
っとも、あまりに目に余る場合はその限りではないが。
兎も角、この娘のためにも好意は好意として受け取ろう。
一木はそう思いなおすと、泣いてる少女に向き合った。
よく見るとかなり身長がある娘だ。
まるでモデルのようだ。
「……大きいな……少女って見た目じゃないな」
「傷病者搬送時を見越して従来の歩兵型より大柄になっている。身長は180cmあるぞ」
小柄だったシキの記憶との齟齬で、妙な感覚に囚われつつ、一木は訊ねた。
「ごめんよ、さっきのは……ちょっとした間違いだ。君の事を聞かせてくれないか? 名前は?」
涙を蛇口をひねるように止めて、少女は答えた。
製造したてのアンドロイド特有の、極端な感情表現に少し戸惑う。
「一木弘和のパートナー兼、一木弘和代将の副官として製造されました、マナ大尉です。あなたは私を必要としてくれますか? 」
背後でニヤつく賽野目博士の視線を気にしながら、一木は頷いた。
どうも全て博士の手のひらの上だったようだ。
とは言え頃合いだ。
少しは前向きに動き出す、いいきっかけなのだろう。
このまま腐って過ごすよりは、このマナというSLを大切にしてあげなければ。
「一木弘和だ。よろしく、マナ」
一木は、マナの頭にやんわりと手を乗せた。
マナは、まるで子犬のように目を閉じて、うっとりとした表情を浮かべた。
それから二週間。
この……二十世紀生まれの感覚でいう所の二人目の奥さんと、一木はうまくコミュニケーションが取れずにいた。 この上、新しい職場で働くと思うと気が重い。
精神的な疲労もあるが、今日はずっと現実空間にいて少々疲れた。
一木は仮想空間ですこし休むことにした。
「マナ、俺は少し仮想空間で休むよ」
一木としては自分だけ休むつもりだったが、マナはそう思わなかったようだ。
「では、私もご一緒します」
「いや、マナは体を見張って……」
断ろうとする一木に対して、首からケーブルを引き出し、一木の首筋に差し込もうとするマナ。
しばし2mのロボットと180cmの女が、窮屈そうに座る座席上でもみ合う。
数分後、折れたのは一木だった。
「……少し眠るだけだぞ……」
「寝るだけですか……添い寝は?」
「添い寝……したいのか? 」
「したいです。妻なので」
「妻だからか…………まあ、それくらいなら」
そして意識を視界の隅にある、仮想空間のアイコンに向ける。
GO VR OK? というアイコンが浮かび上がる。
OKの部分に意識を向けた瞬間、一木の意識は一瞬途切れ、再び気がつくと異世界派遣軍のシャトルから、こじんまりとしたアパートの一室へと移動していた。
生身の頃、一人暮らしで住んでいた部屋を再現した空間だ。
ここでは、一木は生身の体のアバターを得て、人間だった頃の感覚をいくらか取り戻すことが出来る。
数週間前まではシキと一緒に、親密な時間を過ごした空間でもあった。
「はあ……よっこいしょ」
一木は窓際にあるクッションを枕に横になった。
季節の設定は春。
疑似感覚とは言え、今はもう感じることの出来ない暖かな風を感じることが出来た。
すると、滑り込むようにマナが隣に寝そべる。
現実では見下ろしていたマナが、仮想空間では数センチ背が高い。
その感覚がどうにも不思議に感じられた。
「吸いますか?」
胸元を強調してマナが問いかける。
「吸わない……というか何をだ」
「では歌いますか? 」
「歌わなくていい……隣にいてくれればいいよ」
「はい。一緒にいますね」
そう言うと、マナは静かに目を閉じた。
大したこともしていないのに、ドッと疲れがにじみ出てきた。
「俺の人生って……波乱万丈すぎないか……なあ、シキ……」
机の上にある写真に目を向けながら、一木は独り言ちた。
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