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第二章 不幸な師団長

第6話 演習と試験

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 見た事のないほど広い草原に一木は立っていた。
 青臭い匂いの風の中、周囲にはΑ連隊を基幹としたアミ戦闘団が展開して、敵を待ち構えている。

 敵。
 惑星ガーナレスのサディ王国軍の六万人にも及ぶ大軍だ。

 一木がモノアイを最大望遠モードにすると、中国とヨーロッパの鎧を混ぜたようなデザインの、大層な金属鎧に身を包んだ将軍と思しき男が見えた。

(三国志のゲームに出てきそうだ…)

 ぼんやりと生身の頃の記憶に思いをはせる一木。
 すると、隣にいた小柄なアンドロイドが近づいてきた。

「狙撃しますか?」

「いや、いい」

 連隊長のアミ中佐が聞いてくるが、一木は止めた。

「それよりも戦闘団の車両を奴らの正面、もっと見えるように集結させるんだ。囮にする。歩兵は下車させて車両の左右で身を低くして待機。突撃兵は車載の機関銃を取り外して機関銃班に再編」

 指示を出しながら望遠モードを解くと、すでにアミ中佐は連隊への指示を終えていた。

 指揮官型、歩兵型を含むすべてのSSには、量子通信機能はなくとも高度な無線通信システムが内蔵されている。

 アミ中佐から出された通信は各大隊長へ、各大隊長から各中隊長と言った具合に、部隊全体に瞬時にリンクされ、同時に連隊参謀から上位の参謀へ、そして参謀から航宙戦力を含む機動艦隊全域へと瞬時にデータリンクされる。

 結果、師団長や艦隊司令の手元には常にシミュレーションゲームさながらの情報が提供されることになる。

 今も一木の下には、AからDまでの基幹連隊の配置と状態。
 軌道上の航宙艦、補給物資の量や集積場への到着時間まで、ありとあらゆる情報がリアルタイムで提供されていた。

 しかもわからない部分は各参謀を通じて問い合わせることで、即座に状況説明を得られる。
 下手なゲームより、よほど指揮しやすいと言える状況だった。

 そんな多数の情報の中から、一木は視界の隅に映るCGで作成された戦場のマッピングを見る。
 そして部隊が指示通りに動いている事を確認した。
 そろそろ現場視点での指示は切り上げるべきだろう。

 そこまで考えたころには、背後の戦車や歩兵戦闘車は、搭載されたSAによる機動で見事な隊列を組み、展開を終えていた。

 車両からは砲塔上部に搭載されたRM2重機関銃が取り外され、神輿の担ぎ棒のようなハンドルのついた三脚に取り付けられている。
 そして、機関銃班に配置された小柄なSSが二人がかりで素早く運搬していった。

 ふと、一木はあることに気が付いたが、ここでは触れなかった。
 あとで艦隊参謀の誰かに聞こう。
 一木は気持ちを切り替え、連隊長にこの後の指示を出す。

「この後使者が来て、開戦の儀式をするはずだ。連隊長はそれに適当に付き合え。開戦後は指示あるまでΑ連隊はここで待機」

「了解」

 ここでの指示は終わり、一木はこの場から引き上げることにした。

「VRモード解除、連隊参謀ご苦労」

 その言葉と共に、視界が元々いた場所。
 仮想空間演習室の指揮所に戻っていた。
 両脇には副官のマナ大尉と、作戦参謀のジーク大佐が佇んでいた。

 先程までの光景は全て仮想空間での演習の物であり、当然サディ王国軍もAIによる再現だった。
 本物の王国軍は二十年前に壊滅している。

 先ほどまで視界を借りていた連隊参謀の小さな身長はどうにも落ち着かず、強化機兵の視界に戻ると一木はホッとした。よもやこの体にここまで馴染むとは……。

「指揮官を狙撃しなかった理由は?」

 気を抜いた一木に、隣に控えていた作戦参謀のジークが問いかける。

 短く切りそろえた黒髪。
 少し日焼けしたような肌色の、歩兵型よりやや小さい150センチ程の小柄な参謀型だった。

 一見活発な少年のようだが、ダグラス首席参謀によると少女型らしい。
 パチリとした瞳がジッと一木を値踏みするように見ていた。

 突然の問いかけ。
 要は試験中、と言うわけだ。

 着任したあと、艦隊参謀達に師団の連中と馴染むのは演習が一番と言われ、翌日にはここに連れてこられていた。
 現在幹部以外はボディを輸送艦の格納庫にしまい込み、仮想空間で休眠中の四四師団。
 それを指揮しての演習。

 ダグラス首席参謀に馴染む、と言われたので、てっきりあいさつ代わりの軽めの訓練なのかと思いきや、演習内容は異世界派遣軍の過去の戦場の再現。
 しかも作戦参謀の厳しい質問が飛んでくる試験会場だっだ。
 結果、一木はキリキリしながら学校と実習の知識をフル動員して師団の指揮をしている。

 目の前にのんびり集結した敵軍の指揮官を狙撃しない理由……文化参謀からのレポートをタブレットに表示させながら、一木は答えた。

「ここで指揮官を狙撃することで、確かに眼前の敵集団を無力化、ないし弱体化させることが可能だと思われます。しかし王国軍の文化や指揮をする貴族階級の意識を考えるに、開戦の儀式前の攻撃は”卑怯”と見なされ、この戦闘が終了した後にも交戦を継続する意識を残すことにつながります。『敵の卑怯な攻撃で負けた。正々堂々やれば勝てる』といった具合いに。なので、敵の戦争習慣に可能な限り合わせた上で、適度に痛めつけます」

 一木は合っているか内心ひやひやしながら答えた。
 するとジーク大佐は相変わらずの無表情のまま評価を下した。

「そう、その通り。これは異世界派遣軍が戦う上で基本的な考えになる。つまりは敵の抵抗の意思をくじく。これを最優先にする」

 そういうとジークは目の前の空中投影モニターに様々な情報を映し出した。

「強硬派貴族の暗殺、移動中の軍勢を軌道上から砲撃、主要貴族の家族を人質にして脅す。戦闘前からして取れる手段は山ほどある」

「そうですね。この戦場にしても、こんな見える距離で、しかも遮蔽物の無い草原で向かい合ってるんです。アミ戦闘団の火力だけで容易に殲滅できるはず……ようはプロレスって事ですか」

「いい例えだ。もう少し近代的な文明だとまた違うし、敵の脅威度にもよる。けれども僕たち派遣軍の戦闘は基本的に相手に”分かるように勝つ”ことだ。軌道上からの砲撃や遠距離からの一方的な銃撃では”実感”がわかないんだよ。僕たちは分かり易く強くなければいけないんだ」

 強大な戦力で死力を尽くすような戦闘を、実習時の経験からも意識していた一木としては、拍子抜けする言葉だった。
 果たして部下達は”あいつら”と出会っても同じように戦えるだろうか。

「……けれども、自分たちへの対策を十分に練った相手や、”魔法”使い相手にはどうです?」

「ああ、君の実習先はあそこか……確かに僕らが不期遭遇戦に弱いことは否定しないよ。ただ、僕らはそもそもそういう存在さ。未知の脅威を身をもって探る、異世界派遣軍自体が地球文明の強行偵察部隊みたいなものだからね」

 異世界派遣軍の目的はあいまいだと言われて久しいが、異世界派遣の賛否にかかわらず陰で言われていることがあった。

 異世界派遣軍とは、地球の脅威に対しその力と存在を持って相手の力量を探るための存在だということだ。
 ジーク大佐の言う通り、”勝てる相手”に対応する装備を中心とすることからもそういった思想の下創設されたことは否めない。

 連邦宇宙軍が地球の総力をもって敵にあたる軍隊だといわれることを考えると、鬱屈とした思いを感じる派遣軍の軍人も多くいる。
 自分たちは捨て石なのだと。
 一木は実習先でそういった出来事の一端に出会った。

 そして一木自身が大きな存在を失ったのだ。

「俺のような……新米でもいつかこういった流れを変えられるでしょうか……」

 一木の呟きを聞くと、ジーク作戦参謀は笑みを浮かべた。

 笑うと意外とかわいい。

 その表情の可愛さは、思わずジークの反対側にたたずむマナに、モノアイがジークの顔を凝視する音が聞こえないか心配になるほどだった。

「君ならやれるさ。みんな君には期待しているんだよ。さあ、王国の将軍様が来たよ、次はどうする?」

 お喋りは終わり。
 一木は意識をモニターに移した。


「カタクラフト攻撃機上空待機、敵が突撃体制を見せたら射出式フェンスをジグザグに射出。フェンスに合わせて歩兵及び車両部隊は展開、敵を撃滅せよ」

 一木はいろいろな思いを吹っ切るように指示を出していく。
 これなら高評価間違いない。

 そう思ったとき、敵の三国志じみた将軍が、バイクで出て行ったアミ中佐に激昂して弓矢で射った。

 矢はかすりもしなかったものの、敵はいきり立って突撃体制をとった。

「あ……」

「アミ中佐よりも、強化機兵でも出した方がよかったね。彼らの文化だと、儀式に女子供を出したら怒り狂うよ。減点一点」

 一木弘和。
 一人前の指揮官への道は遠い。
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