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第三章 出会いと契約

第7話―2 現場にて

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 ジーク大佐の発言を聞いて、ミラー大佐が実に嫌そうな顔をした。

「何? つまり私たちは皇女様を暗殺から救うために、皇女様の乗った馬車ごと橋を爆破するの?」

「そうなるね」

「……例えば逆に爆発の威力を抑えて、橋が崩落しない、けれど馬車が動けない程度の損傷を与えて、そこに救助に向かうとかはできないの?」

 ミラー大佐の質問を聞いて、一木はその手があったかと思いジーク大佐の顔を見たが、ゆっくりとジーク大佐は顔を横に振った。

「シミュレートの際にそれも計算したけど、橋の構造が脆弱すぎて無理だね。崩すか、崩さないかの二択しかない。中途半端な爆発を起こしても結局崩落は避けられないし、逆に崩落をコントロールできなくなるから危険性が高まる」

 その発言を聞いた殺大佐、ミラー大佐、シャルル大佐の三人は黙っていたが、三十秒ほどして口を開いた。

「そこまで言うんならやってみるか」

「本当はこういう工作は時間をかけたいんだけど……仕方ないわね。やりましょう」

「わたしはOKですよー。文化的にまずい点もないですし。あ、皇女様用の会食メニュー急いで完成させますね」

 そう言って三人は作戦への賛成を表明してくれた。
 一木は自分がこのような不完全で不確定要素が多い作戦しか提案できないことを内心恥じながら、三人に頭を下げた。

「ありがとう。指揮官としてこんな作戦を行わせてしまうことを先に謝罪させてくれ。しかし、実行するからには中途半端な事はしない。徹底的にやって、皇女様に恩をしっかりと売り込むぞ」

 そう言って一木が敬礼をすると、その場にいた参謀達が返礼する。

(しかし……もうトンキン湾や柳条湖を笑えないな)

 歴史的な自作自演作戦を思い浮かべながら一木は自嘲した。
 しかし、もはや後戻りはできない。
 実際にはもっといい選択肢があるかもしれないが、どのみち今の段階ではその道は見えないのだ。
 
 最適な道はいつも通り過ぎてから見えてくる。
 それならば、選んだ道を全力で進むことが結局最良の道だ。

「よーし。作戦準備。ジーク大佐は計画の詳細を師団及び情報参謀部に伝達。殺大佐と調整しつつ師団参謀に連絡して部隊の手配を行ってくれ」

「了解したよ」

「了解」

「ミラー大佐は今回の作戦の状況をなるべくまとめて、後々追及されても大丈夫なように問答集を実際の出来事と齟齬が無いように作っておいてくれ。皇女様の救助後にそれにそった説明を行い、以後はそれを地球連邦の公式な事件への認識とする。サーレハ司令にも連絡して認識の共通化を図ってくれ」

「了解したわ。……そういえばサーレハ司令に許可はとったの? まあ、別にあなたに全権があるから事後報告でもいいんでしょうけど」

 ミラー大佐の疑問ももっともだ。危ない橋を渡るからには艦隊司令部にも根回しをする必要があるだろう。

「そこは問題ありません。情けない話ですがジーク大佐に作戦を提案されたあと……ちょっと日和ってしまいまして……サーレハ司令にも相談したんですよ」

「あのヒゲなんだって?」

「ヒゲ……」

 ミラー大佐のあんまりな呼び方に苦笑いを浮かべながら、一木は答えた。

「どんな非道なことをしてもそれが地球連邦政府の益になるなら反対しない。けど、正当性がないとみなされるとあとで内務省に介入されて憲兵に捕まるから気を付けてくれ……だそうです」

 内務参謀。縦巻きの貴族みたいな髪型に、悪役令嬢みたいな見た目のクラレッタ大佐が務める、事務方を統括する参謀職だが、同時に憲兵連隊を統括して、艦隊内で行われた犯罪を取り締まる部署でもある。

 この取り締まりは通常艦隊司令の命令によって行われるが、非常時や政治的な意図がある場合は地球の内務省が介入して行われることがある。
 こうなると内務参謀は艦隊司令ではなく内務大臣直轄で動き、艦隊内では憲兵連隊の動きを制御できなくなる。
 実際にここまでの事態になる事はそうないが、このことによってある程度遠方で活動する異世界派遣軍の艦隊に自制を促しているのだ。
 
 ちなみに地球から介入を受けて、緊急時に指揮権が地球の本省に移る参謀としては他に外務参謀があげられる。こちらも国務省が介入してくると外交関係に艦隊が関与できなくなり、非常な面倒なことになる。なにより厄介なのが、政権や国務省の都合でこちらの介入はそこそこの頻度で行われることだった。

「あーのヒゲ……私やクラレッタがどんだけ本省の介入に気を付けてると思ってんのよ……私たちが介入されるようなポカやらかすと思ってんのかしら」

 一木はミラー大佐のその言葉を聞いて少し驚いた。本省の介入を現場の参謀がどうにか出来るなどとは思っていなかったのだ。

「本省の介入を事前に防止できるんですか?」

「そりゃあ政治都合が絡むとどうしようもないけど、報告書や日頃の活動、司令官との緊密な連絡や法令の確認をしてればそうそう起こらないわよ。ここのところが雑な参謀のいる艦隊だと、けっこう大変なことになるわね」

「そんなに艦隊のために苦労されてる方なら、クラレッタ大佐ともっと話しておけばよかった。どうにも近寄りがたい雰囲気を感じて……あまり話したことがなかったんですよ」

 その一木の言葉を聞くと、なぜかそこにいる四人の参謀と二人の課長が顔を見合わせた。
 何かを迷っているような、どうにも不思議な態度だった。

「あの、何か?」

 そう一木が聞いても、困ったような顔で首を横に振るだけだ。

「クラレッタはね。用があるとき以外は近づかないようにしなさい」

「事情があるんだ。いずれ話してやるよ」

 一木は不安を感じたが、今は置いておく。
 今は作戦の事を第一に考える。

「衛生課長は緊急治療の準備と救急班の編成を。憲兵連隊は現場周辺の封鎖と、子爵領内の治安維持及び不審者の取り締まりを強化。子爵への言い訳はミラー大佐と調整して下さい」

「了解」「はっ」

 そこで一木はくるりとマナの方を向いた。これが一番大事な連絡事項だ。

「マナ。軌道空母に連絡してカタクラフトを光学迷彩装備で一個小隊手配してくれ。それと……現場には俺も行く。一機は指揮装備の搭載を要請してくれ」

 言った瞬間マナの顔が曇る。どうにもこの娘は過保護気味だ。

「弘和くん! 指揮を執るなら宿営地の方が設備もいいですし、安全面が……」

「マナ。これはケジメなんだ。部隊に危ない橋を渡らせるね。それに現場には殺大佐を連れていく。参謀型がいて通信の設備に不安があることはないよ」

 少しの間マナは迷うように視線を泳がせたが、やがて一木のモノアイをしっかりと見据えると力強く言った。

「わかりました。その代わり私の指示する安全対策には従ってくださいね」

「わかった。さあ、みんな!」

 一木は参謀達に向き直り、宣言する。

「作戦開始だ!」

 言葉を聞いた参謀達により、宿営地全体が動き出した。
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