姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

文字の大きさ
71 / 126
年上のひと

会偶

しおりを挟む
 ロクがいうところの学生最大のイベントである夏休みも間近に迫り、わざとらしいくらいの忙しない空気が学校のそこここに充満するある日、意外な人物に呼び止められた。
 声の主はいつぞやの糞ビッチーズの片割れ、シャギー女だった。内側に跳ねている毛先は相変わらず甲殻類の腹を連想させる。
「久しぶりね」
 同じ学校の同じ棟を日々往来する仲なのだから、時折り見かけてはいた。ただ、こうやって話しかけられるのは確かに久しぶりではある。
「今日さ、友達と遊ぶんだけど一緒に行かない?」
 唐突な誘い、ということもだけれど、あれだけのことをしておいて何にもなかったようによくそんなことがいえたものだと感心する。
「……ひょっとして怒ってる?」
「君たちが十鳥さんにしたことは許されることじゃないよ」
「けっこう執念深いのね」
 どうすればそんなことをしれっと口にできるんだろう。
「いっとくけど、先に手を出したのは向こうよ」
「発端は君にあると思うけど」
「ああ、あのメモ?」
 鼻で笑うと、毛先を弄びながら「で、返事は」と訊いてくる。あの騒動は本気で気にしていないようだった。
「行く理由がないよ」
「そうかなあ」
 視線を合わせずに、勝ち誇ったように尊大さを言に乗せる。
「今日一緒に遊ぶのって瓊紅保の子たちなんだ。知ってるでしょ、カミヨモトって女子。あとツボミとかシホウドウとか」
 意外な名前が出てきた。上四元クシナはともかく、あとのふたりはその上四元クシナから本名を教えられていなかったら、誰それ状態だったはずだ。
「上四元さんたちとは知り合いなの」
「瓊紅保女子に行ってる友達がね。で、その彼女がカミヨモトさんからあなたを呼んでおいてって頼まれたらしいのよ」
 完全に彼女のペースだった。
「で、行くんでしょ」
 こちらの返事も聞くことなく、ぐいっと腕を絡めると、うすいくちびるを歪めた。
「あたし、クツワダっていうの。よろしくね、ニノマエさん」

               *

 シャギー女ことクツワダさんに連れられて向かった先は瓊紅保市にある新築の高級と呼んで差し支えのないマンションであった。駅前でタクシーに乗り込んだとき、十鳥さんを追ってここのやって来た日がフラッシュバックして、ちょっと苦いものが込み上げた。
 エントランスに備え付けられたオートロックに番号を入力、住居者と短い会話を交わして目の前のドアが開かれるというフィクションではよく見かける情景を視聴者のように眺めていると、クツワダさんに急き立てられた。
「来たよー」
 エントランス、エレベーター、そしてドア前とトリプルロック仕様だという高級マンションに似つかわしい強固なセキュリティーをくぐり抜けて着いた先にいたのは、なるほど瓊紅保女子の夏服に身を包んだ女子であった。切れ長で若干釣り上がった目と毛先がバネみたいにらせん状になった髪型、挑発するかのような口元と組まれた腕が印象的で威圧感たっぷりであった。
「……へえ、あなたがニノマエさんか。こんにちは、私、ヤエガキ」
 アタマのてっぺんからつま先までそれこそ品定めされるような視線を浴びせながら、ヤエガキと名乗った女子は身体を寄せてきた。
「か、上四元さんたちの友達なの?」
「クシナは、ね。シホウドウは子供の頃から知ってる。ツボミとは……ライバル関係って感じかな」
 上四元クシナに限定しているのが気になった。
 ヤエガキさんの挑発的なは言動は少しでも油断すれば自分の世界に一気に引きずり込みそうな危うさを感じる。
「なーに考えてるのかなー」
「ヤエガキを警戒してるんでしょ」
 クツワダさんの嘲笑にヤエガキさんの表情に陰が差した。
「……そういうこというわけ」
 するどい眼光で声を落としている友人にクツワダさんが焦っているのが手に取るように分かった。ふたりの力関係を垣間見た気がする。
「ニノマエさん、上がって」
 さっと不穏な陰を消し去り、こちらに微笑みかける。
「上四元さん、いるの?」
「ええ」
 怖いくらいの即答だった。三和土にはいくつかの革靴がある。しかし上四元クシナ愛用の特徴的な厚底ローファーは見当たらない。
 視線を感じて顔を上げると、ヤエガキさんがこちらを見つめていた。
「アガッテ」
 拒否することは許さないといった暴力的な目だった。

「無理強いはよくありませんね」

 突然、かけられた声に全身が硬直するのが分かった。
 立っていたのは一人の女子、というよりも女性と呼んだ方がしっくりくるような人だった。於牟寺のでも瓊紅保女子のでもない、見たことのないその制服は身体のラインにきれいに沿った黒い三つボタンのブレザーでチェンジポケットの付いた上品な仕立てだった。真ん中から左右に分けた胸元まである手入れの行き届いた黒髪はリッチウェーブというのか、軽いカールがかったもので涼しげな目元と相俟ってちょっと大人っぽい印象の人だった。
「……アオイさん」
 リッチウェーブの人が現れたときの驚いた表情、そしてその名を呼ぶヤエガキさんの声音から察するに年長なのかもしれない。その言動には畏怖すら感じられる。しかし、クツワダさんがきょとんとした表情をしていたのが引っかかった。
「あなた、ここまで何でいらしたの」
 アオイという人は極限まで感情を抜き取ったような声で僕に話しかけてきた。見た目や話しぶりは確かに上品だけど、同時にどこか危険な匂いも漂わせている気がした。
「で、電車です。駅からはタクシーで」
 相槌を打つでもなく、じっと聞き入っていたアオイという人はヤエガキさんに目顔で合図を送ると、部屋には入らずそのまま通り過ぎていった。
 他の階へ行くのだろうか、通路を曲がろうとしたそのとき。こちらにチラッと視線を寄越したアオイさんの目はぞっとするほど冷たく、そして美しかった。さっき身体に緊張が走った理由が唐突にかけられた声のせいではなく、その相貌、まとっている雰囲気にあるような気がした。
「送るわ、ニノマエさん」
 けっきょく何のためにここに来たのか分からないまま、ヤエガキさんとマンションを出るとタクシーを呼ぼうかと訊かれた。アオイさんが原因なのか、挨拶を交わした際の余裕はもうどこにも見当たらず、どことなく気落ちしていた。
「また遊びに来てね、ニノマエさん」
 いきなり腕を組むと、明るい声で笑みを見せた。
 態度の急変に戸惑う暇もなく、両腕を掴まれて対面する格好になる。
「……えっ、あの」
「本当は部屋に上がって欲しかったけど、また今度、ね」
 妙に機嫌のいい笑顔で左右に身体を揺すられる。
 しばらくその状態で僕を凝視してきたけれど、そのふたつの瞳に知計は揺らめいているようでそうでもなく、次第に微妙な空気が流れはじめる。
 背後で車がやって来てそっと停まる気配がした。
「きたきた」
 ヤエガキさんは腕を組んだまま車内に半分、身体をねじ込ませて「本当にまた来てね」と念を押していた。
「はい、これ」
 親戚のおばさんみたく手にお金を握らせる。来たときもクツワダさんがごく自然な流れで料金を払っていたけれど、さすがにここまでされる所以はない。
「……いえ、これは」
「いいから、こっちの都合で呼び出したんだし」
 アルバイト料ってことで、と押し切られた。なるほどその額は駅までのタクシー代金にしては多すぎる。
「じゃ、またねー」
 こちらの問い掛けを文字通り遮断するかのようにドアが閉められ、比喩ではなく本当に取り残されたかのような錯覚に陥る。
 リアウィンドウからどんどん遠ざかって行くヤエガキさんを眺めながら、不吉な予感が拭えないまま、車は駅に着いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...