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姉の居ぬ間に
小憩
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三人が去ったあと、デッキチェアにそっと身体を横たえて物思いに耽っていた。
昨日の十鳥オガミとの殴り合いは男子との一戦とは違った快感だった。同じ女子でもティナやシーナとのスパーでは決して実現し得ない劣情混じりの残虐な嬲り合い。
彼女にクリンチされたときは泣き出したいくらいに気持ちよくて興奮が抑えられなかった。だから最終ラウンドでお返しを試みたけれど、ちょっといき過ぎだったかもしれない。
彼女の水着を眺めるチャンスが潰えて、来るつもりのなかったプールだけれど、一ナナギの手回しでけっきょく私は今、ここにいる。相変わらず忌々しいけれど、徹底的に憎めない苛立ちが彼との間に無用な壁を作ってしまう。そう、十鳥オガミに対するときと同じ種類の無色透明で実態の掴めない複雑な感情。もっと普通に接したい、仲よくなりたいと思っているくせにどこかで線を引いてしまう。懐に飛び込んで気持ちを開放してしまえばきっと楽になれるはずだ。だけど、心の中をすべて見られてしまうんじゃないかという無意味でくだらないな警戒心とプライドみたいなものがどこかでストップをかける。こんなものを抱いている私も難儀だけど、そんな私に振り回される彼らの方はもっと迷惑だろう。
ウツな気分になりかけて、目の前に広がる美景で思考を一掃しようと上半身を起こすと、数人の女子が通りかかった。
胸元と腰のサイドにフリンジチャームのぶら下がったクロシェの白ビキニと赤ベースの幾何柄のタンキニのふたりはヤエガキの取り巻きだ。その前を歩いているロングヘアを靡かせている白いガウン姿の女子は見たことがない。ナスコン関係者かもしれない。
フェアリーウェーブのクロシェの方が私に気づいた。その横、私からすれば奥にいるふわふわした茶髪ボブのタンキニに耳打ちをする。こちらを捉えた四つの眼には不快さしか浮かんではいないけれどそれはお互い様、こっちも絶景に汚物が雑じり込んでリゾート気分が台無しだ。
ふたりがガウンに駆け寄ると、その見慣れない女子がこちらを向いた。私と同じ学生にも、社会人にも取れる不思議な顔立ちだった。長い黒髪に白いヘアバンドはシーナを、クールビューティな鋭い相貌は十鳥オガミを彷彿とさせるけれど、その澄んだ瞳はどこか生気を欠いている気がした。年嵩に見えるのはそのせいかもしれない。
クロシェがちらちらとこちらに視線を投げながら、ガウンに何事かを説明している。その必死で切羽詰った態度から私より年長なのは間違いないであろう。
ガウンがこちらにやって来た。来なくていいのに。
「ちょっとよろしいかしら」
「よろしくありません」
ガウンの言葉を素っ気なく退けると、タンキニが気色ばんだ。
「ちょっと口の利き方に気をつけなよ」
「気をつける理由がない」
面倒なので顔は見ずに吐き捨てる。苛立たしげな息づかいがふたつ聞こえた。嫌いな相手を怒らせる瞬間は、本当、心地いい。
「失礼」
ガウンは構うことなく、それが当たり前だといわんばかりに丸テーブルの椅子を一つ引いて腰掛けた。
「あなたが上四元クシナさんね。お噂はかねがねうかがっておりました。お顔を拝見できて光栄です」
取ってつけた態度がなかなかに不愉快だった。
「わたくしはトナベユウキと申します。以後、お見知りおきを」
その格好といい仕草といい何から何まで芝居がかった女子だった。ガウンの裾から覗く太ももをひけらかすように意味もなく組み替える。女子だけの空間で何の効果があるのかは甚だ不明だ。
「お隣、よろしいかしら」
人の話を聞けないようだから、拒否の態度も無駄なのだろう。答えずにいると、空いているデッキチェアまでやって来てすまし顔で佇んだ。クロシェが慌てて近づくと、背後からガウンを脱がせる。タンキニがチェアにバスタオルを敷くと、しどけない吐息とともにうつ伏せになった。
纏っていた水着は大胆なデザインの白いモノキニだった。胸からへその辺りが細長く切れ込んだ卑猥な感じのするデザインで後ろはしっかりとTバック仕様。わざわざ着込んだガウンといい、豪華客船に乗り込んだどこかの勘違いマダムでもないだろうに、レジャーランドのプールで披露する格好だろうか。
「こうしてせっかくお会いできたのですから、上四元さんとはいい交友関係を築きたいと考えております」
タンキニがトナベユウキの背中を、クロシェが脚をそれぞれマッサージし始める。人がレンタルした領域で何をしているんだか。
「いい交友関係ってナスコンにでも引きずり込む気ですか」
トナベユウキはそれには答えず、ただ薄笑いを浮かべていた。
「スペシャルシートにおひとりということはありませんよね。お友達はどちらかしら」
「仮にいたとして紹介するつもりはありません」
「いらしていると仮定して、ここは待たせていただいてよろしいかしら」
むきになったのが不味かった。自分の浅はかに腹が立ったけれど、どのみちトナベユウキは簡単にここから去るつもりはないのだろう。
「ここは有料スペースよ。用がないのならさっさと出て行って欲しいんですが」
従者コンビがマッサージをしていた手を止めてこちらを睨んだ。トナベユウキは小さく息を吐くことで休んだ手を動かすように命じる。
「わたくしたちもシートは取っております。そうでしょう、ムスミヤさん?」
クロシェが弾かれたように顔を上げた。そういえばそういう名前だったっけ。クラスメイトなのに、ヤエガキの取り巻きぐらいの認識しかなかった。
「……は、はい。ツイヒジさんがすでに行っているはずです」
「はず?」
短いのに烈しい響きのトナベユウキの声が従者に緊張を強いた。
「か、確認してきます」
一礼して走り去るムスミヤとトナベユウキを交互に見遣るタンキニに無慈悲な声がかかる。
「カズヨシさん、あなたもお行きなさい。それともう戻ってこなくてよろしくてよ。ムスミヤさんにもそう伝えてくださいな」
「……は、はい」
深々と一礼して、立ち去るというよりも逃げ去るといった方がしっくりくる体でヤエガキの取り巻きその二は姿を消した。
「お騒がせして申し訳ありません」
ゆっくりと起き上がったトナベユウキはマッサージ効果なのか、いくぶん生気を取り戻したかのようだった。
「そう思うのなら、ご自分たちのシートに戻られたよろしいんじゃありませんか」
「そう邪険になさらないでください。わたくしは本当に上四元さんと親しくなりたいと考えているんですから」
そっと私の手を取ると、無作法に撫ではじめる。
「お綺麗な肌ですのね、ほれぼれします。余計な飾りのないそのビキニもスタイルのいい上四元さんにはよく似合ってらっしゃいますわ」
意図のいまいち掴めない闖入者にいいようにされている不愉快な現状に苛立っていると、ホットパンツにTシャツ姿の女性が横切った。髪型こそツインテールにしているけど、愛嬌のある横顔は見覚えのあるものだった。
「十五夜さん」
むむっとこちらを振り向いた十五夜さんはすぐに表情を崩してこちらにやって来た。
「やあやあ上四元君、意外なところで、といいたいが君ならさもありなんといった感じかな。その美貌とナイスボデーで男たちをトリコにしまくっているのかい」
たったそれだけの発言でささくれ立った気持ちが消し飛んでしまう。
「ふむ、今日は顔見知りと会う日だな」
感心するようにいうと、親指とひと差し指を広げてあごにあてる。
「他にもお知り合いがいたんですか」
「うむ。同級生がいたぞ。親しいわけではないが、ツイヒジという女子生徒がな」
十五夜さんの言葉にそれまで押し黙ったままだったトナベユウキが割って入ってきた。
「そちらの方はツイヒジさんとお知り合いでしたの」
突然の割り込みにも十五夜さんは動じることなく、一礼して自己紹介をした。自由奔放なようでいて、こういう折目正しいところは好感が持てる。
「そうですか、あなたが十五夜さんでしたの。ツイヒジさんと同じ商科大付属の二年生ですのね」
ツイヒジとやらは十五夜さんと同じ瓊紅保商科大学付属らしい。以前にヤエガキがそこの男子と遊ぶとかいっていたのはそのツイヒジさん経由なのだろう。しかし引っかかるいい方をする。
「今日はどなたといらしてるんですか」
トナベユウキのペースにさせないために、十五夜さんとの会話を徹底させる。利用しているみたいで気は引けるけれど。
「家族で来た。家族サービスといったところだな。いや、される側なんだが」
「呼びとめたみたいですみません」
「気にするな」
十五夜さんが去ったら、また不快な世辞と勧誘に苛まれるんだな。そう思うとうんざりしてくる。
「今さら家族でやって来て、じっと一ヵ所に留まって会話をするつもりは毛頭ない。泳ぎにきたというよりも涼みにきたといった方が正しい。いや、上四元君のようなセクシー美女を拝みにきたといった方が本当かな」
なるほど穿いているホットパンツはプールに入る前提で選んだようには思えなかった。
「君はお友達と来ているのかな」
「はい」
一ナナギのことも言及しようか迷ったけれど、トナベユウキのことが引っかかってそれも憚られた。ヤエガキ経由でいろいろと聞いているはずだし、今はこちらの情報は何ひとつ与えたくはなかった。本当にティナたちが不在で助かった。
「ユウキ」
顔をこってり塗りたくった金髪女が右手から現れた。豹柄Tバックビキニといい腰回りに連なっているどこぞの半裸ダンサーみたいなリングのチェーンベルトといい盛りに盛った首から上に負けない下品さだった。唯一、その容姿からは想像つかない気持ち悪いくらいの幼い声だけが浮いていた。
「ツイヒジさん、ずいぶんと過激な水着ですのね」
「人のこといえないじゃん」
つまらなそうに髪をいじる。人と話をしているときに意味もなく髪を触る人間は信用できないし、したくない。
「こちら、上四元クシナさん」
一瞥しただけですぐに髪の毛をいじる作業に戻った。別にこんな女子に注目されたくもないけれど、私の顔の観察がさして重要とはいえない髪の毛を触る作業以下というのはけっこう切ない気分だ。
「あんたいつまで油売ってるんだよ」
同じ学校の同級生だというのに十五夜さんと互いに存在を認めようとしないのが気にかかったけれど、それはつまりそういうことなのだろう。
「せっかく上四元さんとお会いできたのに、挨拶だけで済ませるのは忍びないじゃありませんか」
「ヴェリタは特に仲間にしたがってなかったけどな」
「あら、あの方はわたくしに一任してくださるとおっしゃってましたよ。なによりテスタはたいへんご執心でした」
ヴェリタとかテスタとかいう呪文みたいなお方がどこのどなたか存じ上げないけど、こちらとしてはこの連中とは仲間になりたくもない。
「とにかく留守はあいつらに任せて、さっさとピアット探しに行くよ」
吐き捨てるようにいうと、豹柄のツイヒジさんはTバックの食い込んだヒップを振りながらプールに向かっていった。
トナベユウキはふうと息をつくと、お名残惜しいですが今日はこの辺でと一礼してようやく立ち去ってくれた。
「パンチの効いた同級生ですね」
「うむ」
頷きながら十五夜さんは失礼といいながら椅子を引いて座った。
「あれは学校でも悪い意味で目立っていてな。信憑性の疑わしいレベルなら生臭い話には枚挙に遑がない。あのトナベとやらもその生臭い話に一枚噛んでるのだろうな」
生臭い話、か。きっとナスコンのことだろう。
「ピアットとかいっていたな。近所にそんな名前の小粋な洋食屋さんがある。なんでも皿とかいう意味だった気がするが」
「皿、ですか。お得意の符丁ですかね」
「上四元君は心当たりでもあるのかな」
あえて表に出す情報ではないけれど、隠すことでもない。信憑性の疑わしいレベルならこちらとて似たようなものだ。あくまで噂であることを前置きして、ナスコンのことを十五夜さんに話した。
「……なるほど、隠れ家か。ツイヒジが男子生徒によく声をかけているのをしょっちゅう見かけてはいたが、あれも拡張の一環だったのかな。いや、お金のない学生連中がカモになり得たりするはずもないか。その辺はただの遊び相手と解釈すべきか」
まあどちらでもいいことだが、と十五夜さんは腕を組んだ。
「上四元君が声をかけられるわけだな。君はまごうことなき上玉だ」
にやりと親指とひと差し指を広げてあごにあてる。
「さっき一君の名前を出さなかったのは賢明だったな。一緒に来ているのだろう」
驚いた顔をしてしまっていたらしい。
「らしくないな。あっさり白状するとは思わなかったぞ」
十五夜さんはすまないと謝ると、彼が来ているのならもっと水着に気を使えばよかったなとしょげ返ってみせた。
「とびきりセクシィーなビキニでも調達するんだった」
「豹柄のTバックとかですか」
「そうだな。品がない気もするが、男を落とすのには効果は絶大だろう」
もっとも、と自嘲するような笑みを浮かべる。
「彼はそうそう幼稚で愚かな誘惑には屈しないだろうがな」
アルバイト先で顔を合わせているだけだというけれど、なるほど一ナナギをよく見ているなと感心する。確かに彼は簡単に誘惑の類には乗ってこない。女のプライドを叩き折られた経験のある身としては胸がざわめく思いだ。
「一つ聞いていいかな」
想像は、ついた。
「上四元君は彼、一君のことをどう思っているのだ」
「姉のいちばんの友人の弟です。それ以上でもそれ以下でもありません」
我ながら捻りのない、子供っぽくてつまらない返答だと呆れる。
「そういう十五夜さんはどうなんです」
無味乾燥な返答ついでに、無味乾燥な質問をしてみる。何かをごまかすみたいに。
「好きだぞ、一君」
微塵の迷いもない明快な答えだった。
「想定外の事故だが何度か彼に下着姿を見られている。嫁入り前の穢れを知らない無垢なるカラダを見られたからにはその責任を取ってもらおうと考えているのだが」
「本当に想定外だったんですか」
「すまない。わざと見るよう仕向けたこともあった」
油断ならない人だけれど、こういうところは好きだ。
「ツルシイン君もやたらと気にしていたな。君の友人だそうだが」
「はい。中学からの親友です。学校は一度も同じだったことはないんですが」
「今度、ツルシイン君も入れて遊ぼうじゃないか」
「いいですね」
不快な邂逅に気分を殺がれたけれど、十五夜さんのおかげでそれも帳消しになった。
思わぬ再会に感謝しつつ、むさぼるように十五夜さんとの会話を楽しんだ。
昨日の十鳥オガミとの殴り合いは男子との一戦とは違った快感だった。同じ女子でもティナやシーナとのスパーでは決して実現し得ない劣情混じりの残虐な嬲り合い。
彼女にクリンチされたときは泣き出したいくらいに気持ちよくて興奮が抑えられなかった。だから最終ラウンドでお返しを試みたけれど、ちょっといき過ぎだったかもしれない。
彼女の水着を眺めるチャンスが潰えて、来るつもりのなかったプールだけれど、一ナナギの手回しでけっきょく私は今、ここにいる。相変わらず忌々しいけれど、徹底的に憎めない苛立ちが彼との間に無用な壁を作ってしまう。そう、十鳥オガミに対するときと同じ種類の無色透明で実態の掴めない複雑な感情。もっと普通に接したい、仲よくなりたいと思っているくせにどこかで線を引いてしまう。懐に飛び込んで気持ちを開放してしまえばきっと楽になれるはずだ。だけど、心の中をすべて見られてしまうんじゃないかという無意味でくだらないな警戒心とプライドみたいなものがどこかでストップをかける。こんなものを抱いている私も難儀だけど、そんな私に振り回される彼らの方はもっと迷惑だろう。
ウツな気分になりかけて、目の前に広がる美景で思考を一掃しようと上半身を起こすと、数人の女子が通りかかった。
胸元と腰のサイドにフリンジチャームのぶら下がったクロシェの白ビキニと赤ベースの幾何柄のタンキニのふたりはヤエガキの取り巻きだ。その前を歩いているロングヘアを靡かせている白いガウン姿の女子は見たことがない。ナスコン関係者かもしれない。
フェアリーウェーブのクロシェの方が私に気づいた。その横、私からすれば奥にいるふわふわした茶髪ボブのタンキニに耳打ちをする。こちらを捉えた四つの眼には不快さしか浮かんではいないけれどそれはお互い様、こっちも絶景に汚物が雑じり込んでリゾート気分が台無しだ。
ふたりがガウンに駆け寄ると、その見慣れない女子がこちらを向いた。私と同じ学生にも、社会人にも取れる不思議な顔立ちだった。長い黒髪に白いヘアバンドはシーナを、クールビューティな鋭い相貌は十鳥オガミを彷彿とさせるけれど、その澄んだ瞳はどこか生気を欠いている気がした。年嵩に見えるのはそのせいかもしれない。
クロシェがちらちらとこちらに視線を投げながら、ガウンに何事かを説明している。その必死で切羽詰った態度から私より年長なのは間違いないであろう。
ガウンがこちらにやって来た。来なくていいのに。
「ちょっとよろしいかしら」
「よろしくありません」
ガウンの言葉を素っ気なく退けると、タンキニが気色ばんだ。
「ちょっと口の利き方に気をつけなよ」
「気をつける理由がない」
面倒なので顔は見ずに吐き捨てる。苛立たしげな息づかいがふたつ聞こえた。嫌いな相手を怒らせる瞬間は、本当、心地いい。
「失礼」
ガウンは構うことなく、それが当たり前だといわんばかりに丸テーブルの椅子を一つ引いて腰掛けた。
「あなたが上四元クシナさんね。お噂はかねがねうかがっておりました。お顔を拝見できて光栄です」
取ってつけた態度がなかなかに不愉快だった。
「わたくしはトナベユウキと申します。以後、お見知りおきを」
その格好といい仕草といい何から何まで芝居がかった女子だった。ガウンの裾から覗く太ももをひけらかすように意味もなく組み替える。女子だけの空間で何の効果があるのかは甚だ不明だ。
「お隣、よろしいかしら」
人の話を聞けないようだから、拒否の態度も無駄なのだろう。答えずにいると、空いているデッキチェアまでやって来てすまし顔で佇んだ。クロシェが慌てて近づくと、背後からガウンを脱がせる。タンキニがチェアにバスタオルを敷くと、しどけない吐息とともにうつ伏せになった。
纏っていた水着は大胆なデザインの白いモノキニだった。胸からへその辺りが細長く切れ込んだ卑猥な感じのするデザインで後ろはしっかりとTバック仕様。わざわざ着込んだガウンといい、豪華客船に乗り込んだどこかの勘違いマダムでもないだろうに、レジャーランドのプールで披露する格好だろうか。
「こうしてせっかくお会いできたのですから、上四元さんとはいい交友関係を築きたいと考えております」
タンキニがトナベユウキの背中を、クロシェが脚をそれぞれマッサージし始める。人がレンタルした領域で何をしているんだか。
「いい交友関係ってナスコンにでも引きずり込む気ですか」
トナベユウキはそれには答えず、ただ薄笑いを浮かべていた。
「スペシャルシートにおひとりということはありませんよね。お友達はどちらかしら」
「仮にいたとして紹介するつもりはありません」
「いらしていると仮定して、ここは待たせていただいてよろしいかしら」
むきになったのが不味かった。自分の浅はかに腹が立ったけれど、どのみちトナベユウキは簡単にここから去るつもりはないのだろう。
「ここは有料スペースよ。用がないのならさっさと出て行って欲しいんですが」
従者コンビがマッサージをしていた手を止めてこちらを睨んだ。トナベユウキは小さく息を吐くことで休んだ手を動かすように命じる。
「わたくしたちもシートは取っております。そうでしょう、ムスミヤさん?」
クロシェが弾かれたように顔を上げた。そういえばそういう名前だったっけ。クラスメイトなのに、ヤエガキの取り巻きぐらいの認識しかなかった。
「……は、はい。ツイヒジさんがすでに行っているはずです」
「はず?」
短いのに烈しい響きのトナベユウキの声が従者に緊張を強いた。
「か、確認してきます」
一礼して走り去るムスミヤとトナベユウキを交互に見遣るタンキニに無慈悲な声がかかる。
「カズヨシさん、あなたもお行きなさい。それともう戻ってこなくてよろしくてよ。ムスミヤさんにもそう伝えてくださいな」
「……は、はい」
深々と一礼して、立ち去るというよりも逃げ去るといった方がしっくりくる体でヤエガキの取り巻きその二は姿を消した。
「お騒がせして申し訳ありません」
ゆっくりと起き上がったトナベユウキはマッサージ効果なのか、いくぶん生気を取り戻したかのようだった。
「そう思うのなら、ご自分たちのシートに戻られたよろしいんじゃありませんか」
「そう邪険になさらないでください。わたくしは本当に上四元さんと親しくなりたいと考えているんですから」
そっと私の手を取ると、無作法に撫ではじめる。
「お綺麗な肌ですのね、ほれぼれします。余計な飾りのないそのビキニもスタイルのいい上四元さんにはよく似合ってらっしゃいますわ」
意図のいまいち掴めない闖入者にいいようにされている不愉快な現状に苛立っていると、ホットパンツにTシャツ姿の女性が横切った。髪型こそツインテールにしているけど、愛嬌のある横顔は見覚えのあるものだった。
「十五夜さん」
むむっとこちらを振り向いた十五夜さんはすぐに表情を崩してこちらにやって来た。
「やあやあ上四元君、意外なところで、といいたいが君ならさもありなんといった感じかな。その美貌とナイスボデーで男たちをトリコにしまくっているのかい」
たったそれだけの発言でささくれ立った気持ちが消し飛んでしまう。
「ふむ、今日は顔見知りと会う日だな」
感心するようにいうと、親指とひと差し指を広げてあごにあてる。
「他にもお知り合いがいたんですか」
「うむ。同級生がいたぞ。親しいわけではないが、ツイヒジという女子生徒がな」
十五夜さんの言葉にそれまで押し黙ったままだったトナベユウキが割って入ってきた。
「そちらの方はツイヒジさんとお知り合いでしたの」
突然の割り込みにも十五夜さんは動じることなく、一礼して自己紹介をした。自由奔放なようでいて、こういう折目正しいところは好感が持てる。
「そうですか、あなたが十五夜さんでしたの。ツイヒジさんと同じ商科大付属の二年生ですのね」
ツイヒジとやらは十五夜さんと同じ瓊紅保商科大学付属らしい。以前にヤエガキがそこの男子と遊ぶとかいっていたのはそのツイヒジさん経由なのだろう。しかし引っかかるいい方をする。
「今日はどなたといらしてるんですか」
トナベユウキのペースにさせないために、十五夜さんとの会話を徹底させる。利用しているみたいで気は引けるけれど。
「家族で来た。家族サービスといったところだな。いや、される側なんだが」
「呼びとめたみたいですみません」
「気にするな」
十五夜さんが去ったら、また不快な世辞と勧誘に苛まれるんだな。そう思うとうんざりしてくる。
「今さら家族でやって来て、じっと一ヵ所に留まって会話をするつもりは毛頭ない。泳ぎにきたというよりも涼みにきたといった方が正しい。いや、上四元君のようなセクシー美女を拝みにきたといった方が本当かな」
なるほど穿いているホットパンツはプールに入る前提で選んだようには思えなかった。
「君はお友達と来ているのかな」
「はい」
一ナナギのことも言及しようか迷ったけれど、トナベユウキのことが引っかかってそれも憚られた。ヤエガキ経由でいろいろと聞いているはずだし、今はこちらの情報は何ひとつ与えたくはなかった。本当にティナたちが不在で助かった。
「ユウキ」
顔をこってり塗りたくった金髪女が右手から現れた。豹柄Tバックビキニといい腰回りに連なっているどこぞの半裸ダンサーみたいなリングのチェーンベルトといい盛りに盛った首から上に負けない下品さだった。唯一、その容姿からは想像つかない気持ち悪いくらいの幼い声だけが浮いていた。
「ツイヒジさん、ずいぶんと過激な水着ですのね」
「人のこといえないじゃん」
つまらなそうに髪をいじる。人と話をしているときに意味もなく髪を触る人間は信用できないし、したくない。
「こちら、上四元クシナさん」
一瞥しただけですぐに髪の毛をいじる作業に戻った。別にこんな女子に注目されたくもないけれど、私の顔の観察がさして重要とはいえない髪の毛を触る作業以下というのはけっこう切ない気分だ。
「あんたいつまで油売ってるんだよ」
同じ学校の同級生だというのに十五夜さんと互いに存在を認めようとしないのが気にかかったけれど、それはつまりそういうことなのだろう。
「せっかく上四元さんとお会いできたのに、挨拶だけで済ませるのは忍びないじゃありませんか」
「ヴェリタは特に仲間にしたがってなかったけどな」
「あら、あの方はわたくしに一任してくださるとおっしゃってましたよ。なによりテスタはたいへんご執心でした」
ヴェリタとかテスタとかいう呪文みたいなお方がどこのどなたか存じ上げないけど、こちらとしてはこの連中とは仲間になりたくもない。
「とにかく留守はあいつらに任せて、さっさとピアット探しに行くよ」
吐き捨てるようにいうと、豹柄のツイヒジさんはTバックの食い込んだヒップを振りながらプールに向かっていった。
トナベユウキはふうと息をつくと、お名残惜しいですが今日はこの辺でと一礼してようやく立ち去ってくれた。
「パンチの効いた同級生ですね」
「うむ」
頷きながら十五夜さんは失礼といいながら椅子を引いて座った。
「あれは学校でも悪い意味で目立っていてな。信憑性の疑わしいレベルなら生臭い話には枚挙に遑がない。あのトナベとやらもその生臭い話に一枚噛んでるのだろうな」
生臭い話、か。きっとナスコンのことだろう。
「ピアットとかいっていたな。近所にそんな名前の小粋な洋食屋さんがある。なんでも皿とかいう意味だった気がするが」
「皿、ですか。お得意の符丁ですかね」
「上四元君は心当たりでもあるのかな」
あえて表に出す情報ではないけれど、隠すことでもない。信憑性の疑わしいレベルならこちらとて似たようなものだ。あくまで噂であることを前置きして、ナスコンのことを十五夜さんに話した。
「……なるほど、隠れ家か。ツイヒジが男子生徒によく声をかけているのをしょっちゅう見かけてはいたが、あれも拡張の一環だったのかな。いや、お金のない学生連中がカモになり得たりするはずもないか。その辺はただの遊び相手と解釈すべきか」
まあどちらでもいいことだが、と十五夜さんは腕を組んだ。
「上四元君が声をかけられるわけだな。君はまごうことなき上玉だ」
にやりと親指とひと差し指を広げてあごにあてる。
「さっき一君の名前を出さなかったのは賢明だったな。一緒に来ているのだろう」
驚いた顔をしてしまっていたらしい。
「らしくないな。あっさり白状するとは思わなかったぞ」
十五夜さんはすまないと謝ると、彼が来ているのならもっと水着に気を使えばよかったなとしょげ返ってみせた。
「とびきりセクシィーなビキニでも調達するんだった」
「豹柄のTバックとかですか」
「そうだな。品がない気もするが、男を落とすのには効果は絶大だろう」
もっとも、と自嘲するような笑みを浮かべる。
「彼はそうそう幼稚で愚かな誘惑には屈しないだろうがな」
アルバイト先で顔を合わせているだけだというけれど、なるほど一ナナギをよく見ているなと感心する。確かに彼は簡単に誘惑の類には乗ってこない。女のプライドを叩き折られた経験のある身としては胸がざわめく思いだ。
「一つ聞いていいかな」
想像は、ついた。
「上四元君は彼、一君のことをどう思っているのだ」
「姉のいちばんの友人の弟です。それ以上でもそれ以下でもありません」
我ながら捻りのない、子供っぽくてつまらない返答だと呆れる。
「そういう十五夜さんはどうなんです」
無味乾燥な返答ついでに、無味乾燥な質問をしてみる。何かをごまかすみたいに。
「好きだぞ、一君」
微塵の迷いもない明快な答えだった。
「想定外の事故だが何度か彼に下着姿を見られている。嫁入り前の穢れを知らない無垢なるカラダを見られたからにはその責任を取ってもらおうと考えているのだが」
「本当に想定外だったんですか」
「すまない。わざと見るよう仕向けたこともあった」
油断ならない人だけれど、こういうところは好きだ。
「ツルシイン君もやたらと気にしていたな。君の友人だそうだが」
「はい。中学からの親友です。学校は一度も同じだったことはないんですが」
「今度、ツルシイン君も入れて遊ぼうじゃないか」
「いいですね」
不快な邂逅に気分を殺がれたけれど、十五夜さんのおかげでそれも帳消しになった。
思わぬ再会に感謝しつつ、むさぼるように十五夜さんとの会話を楽しんだ。
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青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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