姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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「どうだい、これがうちのルーキーだ」
 十二月晩日先輩は今日はじめて会ったばかりの後輩の肩をつかむと、誇らしげな笑みを見せた。
「ピンクだったな」
 室内の熱気に中てられて、少し気分が朦朧とする意識のなか、十二月晩日先輩がそんなことをつぶやいた。俺にはそれが何のことか、すぐに分かった。ミズ・エマヌードルが勢いよく立ち上がった際、一瞬ではあるが、下着が見えたのだ。あれだけのミニスカートだ。当然といえば当然なのだが。
「さっきから情熱的な視線を送ってくれてるわね」
 十二月晩日先輩の言葉に釣られたわけではないが、なんとはなしにミズ・エマヌードルを見つめていると、満足げな笑みを湛えた彼女と視線が合ってしまった。
「ふふ……六反園クン、あなたは、ありな人なのかしら。なしな人なのかしらね……」
 なんだよ、ありとかなしとか。
「ときにルーキーは女を知っているのかい?」
 妖艶なるBBBヴィータの顧問に困惑していると、十二月晩日先輩がそんなことを訊いてきた。
「……なんですか、いきなり」
「ミズ・エマヌードルをどう思う?」
「いいですよ、そういうの」
 十二月晩日先輩の思惑を瞬時に察した俺は即答した。
「嫌いなのか、ああいうタイプ」
「……タイプ云々ではなくて」
「なんだよ、カタいなあ。ルーキーぐらいの年頃はああいう分かりやすいまでのお色気むんむんの大人を前にしたら恥も外聞もなく、舐めるように視姦しなきゃ嘘だろ」
「なんてこというんですか」
「据え膳食わぬは、っていうだろう?」
 十二月晩日先輩による艶かしい年上女性からアプローチを受けた際の、無責任な青少年の処し方を聞き流しながら、俺ははじめてといってもいい本格的な読書とその成果を披瀝する場に駆り出された挙句に賞賛まで受けたことをまるで他人事のように信じられない思いでしみじみと受け止めていた。
 このあとも、もちろん会は続いていたのだが、よく覚えていない。ときどき十二月晩日先輩から話しかけられていた気もするが、その内容も、じぶんのとった言動もおどろくほど記憶になかった。
「なんだい、ルーキー。心ここに在らずって感じじゃないか」
 その声に我に返ると、檀上では十六女さんが閉会のあいさつをしているところであった。そんなにも長くぼんやりしていたのか、俺は。
「MVRなんだから、しゃきっとしなよ」
 なんのことかと思ったら、MVPのを読書会に沿ってに変えたもののことらしい。
「ということで、今回のMVRは於牟寺学園一年、振興部の六反園ハヤマさんです」
 十六女さんが左の手のひらを優雅に俺に向けると、ふたたび拍手が沸き起こった。
「ルーキー、このあと時間はあるかい」
 鳴りやまない拍手のなか、何ごとかと訝っていると、これから祝勝会を催すのだという。
「大げさですよ」
「そんなことはないだろう。はじめての読書会でMVR、めでたいことこの上ない」
「……はぁ」
も来るかい」
「……その呼び方、やめてもらっていいですか」
 含み笑いを見せながらついでのように訊く我が部の先輩に、十代田さんが色を作してかみついた。例の月を模った金の校章のことを指す呼称だと思うが、ステータスだから歓ぶというわけでもないのかもしれない。
「来ないんだな」
「……誰もそうはいってません」
 どこか口惜しそうにつぶやく十代田さんに、十二月晩日先輩は実にいやらしい、勝ち誇った笑みを浮かべて俺を見た。
「なんです?」
思い邪なる者に災いあれオニソワキマールイパンス!」
 どこか仰々しいそのセリフには聞き覚えがあった。
「それ、アンナ・カレーニナこの小説にも出てましたよね? 確か……」
「よく覚えているじゃないか。アンナを迎えに来たバカ兄貴と母親を迎えに来た間男が駅で会うシーンだな」
「何かのことわざなんですか、それ」
「百年戦争のきっかけになったエドワード3世が舞踏会でのちの息子の嫁になる伯爵夫人に放ったとされるセリフさ。これは王が創設した騎士団の勲章にも刻まれている由緒正しい一文だ。ちなみに親父のエドワード2世は王妃と間男の策略で廃位されたあげくに殺されてるんだが、百年戦争はそもそも息子の3世がフィリップ4世の孫であるじぶんこそが甥に当たるフィリップ6世よりもフランス王にふさわしいと、不貞を働いた母親の血縁を盾に王位請求したことが原因の一端なんだからなんとも因果だよなあ」
 各校の生徒たちは各々、幹事であるBBBヴィータのミズ・エマヌードルと十六女さんに挨拶をすると笑顔で部屋を後にしていく。中には俺にまでわざわざ挨拶に来る女子もいたりして、なんともくすぐったい思いであった。
「さすがはMVR。大人気じゃないか」
 会が終わり、高揚した気分もあらかた落ち着くと、そんな皮肉も罪深いものに思えて俺はなにやら気が重くなるのだった。
「なんだい、まだわだかまってるのか」
 十二月晩日先輩は呆れたように俺を見ると、つづけた。
「ルーキーがそうだと感じたなら、それがルーキーにとってのなのさ。現に他の出席者たちも同調していたじゃないか。子供たちは知らず知らずのうちに叔母であるアンナ人妻の穢れを察して忌避した。いい読みだと思うぞ。そもそも読み方に正解なんてないんだ。作者がここはこうだと解説してるなら話は別だが、それは三流以下のすることだ。様々な解釈ができるから読書は面白いんだと思うし、それこそが名作の証だと思うよ。個人的な感想を述べさせてもらえればアンナ人妻が死ぬ瞬間にフィクションを楽しむための蝋燭がそれまで隠されていた闇を照らし出すって描写があっただろ? そのフィクションとやらの内容は不安とか欺瞞とか悲しみとか悪意とかまさに負の感情のオンパレードだけど、あれは病んだ挙句に人として最悪の選択をしたアンナ人妻の心情であると同時に、実はこの作品のことじゃないかと思うんだ。作者の痛烈な自己批判とでもいえばいいのか、つまりメタフィクション。作者はこんな長ったらしい小説に付き合った酔狂な読者に向かっていっているのさ。君らの貴重な時間を割いてまで読んでいたのは不安と欺瞞と悲哀と噓に満ちたくだらない書物だったんだよ、とさ」
「……飛躍しすぎでは」
 若干引き気味の十代田さんに、先輩は気を悪くするでもなく、淡々と継いだ。
「だから個人的感想っていってるだろ? あるいは……そうだな、負の遺産たるアンナ人妻パートのことかもしれない。この作品は元々はアンナ人妻単体の不貞の物語だったのが、リョーヴィンやキチィの登場で結果的に今のカタチになったわけだが、手紙や日記で知られているように、作者はアンナ人妻を嫌っていたから、ほんとうに書きたいリョーヴィンパートに移れるのがうれしかったんだよ」
 ……なるほど、そういう見方もあるのか。だとすればなかなか洒落の利いたエピソードではある。
アンナ人妻が肉体パートでリョーヴィンが精神パートという考え方もできる。うむ、悪くないな!」
 己の喩えに自画自賛で悦に入る十二月晩日先輩に十代田さんは顔をしかめていた。一方、二合半さんは言い得て妙ですねと頷いていた。
「な? アンナ・カレーニナこいつを書き終えた頃から作者はより質素な生き方を模索していたから、後者に重きを置くのはしょうがあるまいよ。アンナ・カレーニナこいつはレーニンの愛読書だというけど、じっさい具体的にどのあたりに惹かれたのかね? 思うに、農民に寄り添い、哲学的な生き方を選択したリョーヴィンの物語、精神パートが好みだったんだろ。まさか「兵士、労働者、農民による蜂起の勝利万歳!」とか気勢を上げていたその裏で不貞を働く人妻の話にドキドキわくわく、ハァハァふぅふぅ、デュフフwwwサーセンwwwしていたとは思えないし、そんな革命家なんていやだろ?」
「あら、革命家だって、そういう話にときめいてもよくなくて?」
 気がつくと、ミズ・エマヌードルが妖艶な笑みを浮かべて我々の背後に立っていた。今、こうして間近であらためて見る彼女は隠すつもりなど毛頭ない異様なまでの情欲が駄々洩れであり、セクシーなどという生易しい言葉ではいい表せない、もはや暴力レベルと形容していい色香の威圧感はすさまじく、眩暈すら覚える始末だ。うぶな青少年などは彼女が近づいただけで中てられて寝込むんじゃないのだろうか。
「六反園クンはどう思うのかしら?」
 ……どうといわれてもな。
 回答に詰まる俺を微笑みながら見守るミズ・エマヌードルは欣喜に堪えないといった面持ちで継いだ。
「それにしてもあなたたちは会が終わってもこうして熱心にアンナ・カレーニナこの作品について語り合ってくれてるなんて、ほんとうにうれしいわ。幹事冥利に尽きるわね」
「どうです、うちのルーキーは。有望なる新人でしょ?」
「ええ、ほんとうに」
 気がつくと、ミズ・エマヌードルは俺の手を取り、さらに胸板を撫ぜはじめた。
「……えッ? ちッ、ちょ……ッと」
 とつぜんのことに泡を食ってると、こちらの狼狽や思惑などお構いなしに彼女はつづけた。
「いいカラダしてるじゃない?」
 思春期真っただ中の生徒に向かって異性の教育者がしていい行為じゃないし、かけていい言葉ではない。これは純然たるセクハラだろう。
「六反園クンは何かスポーツをしているのかしら?」
「……いえ、特には」
 自慢じゃないが、俺は運動全般にはまるで興味がないし、観るのはもっと嫌いだ。他人がスポーツをしているのを観て熱狂できるのがほんとうに理解できないし、したいとも思わない。じぶんがするのはまだ理解できるが、何が楽しくて他人がカラダを動かしている様を間抜けな面を晒してただ眺めてなきゃいけないんだよ。それに対して息を吐くように感動しただの、勇気をもらっただのいうやつは味気ない己の人生と向き合えない敗北者であり、それらは空しい戯言でしかない。
「もったいないわ」
 ミズ・エマヌードルは落胆のため息をついてみせると、若者が積極的にカラダを動かさなのは悪だと決めつけるようにスポーツの重要性を説きはじめた。十代はスポーツに打ち込まなければいけないとかもはやかび臭い価値観そのものだろう。年齢に関係なく教育者にはいまだにこういう思い込みのようなものが染みついているんだなと感心すらする。
「そうね、例えば……」
 彼女の両目に表現のしようのない艶と色が躍った。狙いを定めたオスを本気で落とすときのメスの貌だと思った。
「例えばボクシングに興味はあるかしら?」
 飛躍するにもほどがある。なぜボクシングなんだ。
「お嫌い?」
 というか、単純に興味がない。「……先生は好きなんですか?」
「好きよ」
 即答だった。その目には情欲にも似た過剰なまでの色があふれていた。
「たくましい男たちが真剣に殴り合う姿はとても美しくて、何よりもセクシーだわ。でもそれ以上にじぶんでするのがいちばんエキサイティングかしら?」
 これはまた意外な。
「どうかしら、のためにも、わたくしと……一戦交えてみない? 経験がないというのなら手取り足取り教えてあげてもよくてよ? やっぱり男子たるもの文武両道じゃなくちゃ。そうは思わない?」
 なにが悲しくて、今日会ったばかりの他校の女教師からボクシングの手ほどきを受けた挙句に一戦交えなくちゃいけないのだ。だいたいボクシングをする女なんて俺は好きになれない。考えが古かろうとも、俺はそういう女はごめんだ。おそらくそういう俺の古色蒼然たる考えが表情かおに出たのだろう。ミズ・エマヌードルはじぶんの、おそらくは生き方そのものを否定されたと捉え、気を害したらしく、今日はじめてその顔から過剰なまでの色香をともなった余裕のある笑みを消し、代わりに険を宿した。真剣勝負のときに見せる、ボクサーの貌ってやつかもしれない。
「六反園クンって、ずいぶんと旧態依然とした考えをお持ちのようね。今の時代、そんな生き方じゃ時代に置いていかれるわよ?」
 そうかもしれない。だが、何といわれようと、俺はボクシングをする女なんてごめんだ。
 さらなる怒りに油を注ぐことになるかもしれないと思ったが、そこはさすがに大人だった。ミズ・エマヌードルはじつに子供じみた頑なな俺の考えに折れたのか、ただ呆れただけなのか、「いけずね」と肩で大きく息をして見せた。恥ずかしながら、俺はそのときばかりはミズ・エマヌードルのつぶやきと仕草に一瞬、ほんの一瞬だけだがときめきを覚えていた。
「先生?」
 さてどうしたものかと思案していると、見計らったかのように十六女さんが声をかけてきていた。
「そろそろお時間では」
「あら、残念」
 その顔はすでに通常営業に戻っていた。ミズ・エマヌードルは目を閉じて、大げさにため息を吐いてみせると、今日は愉しかったわと大人の笑みを見せて登場したときのように颯爽と退室して行った。
「やるじゃないか。あのミズ・エマヌードルを怒らせるなんて」
 十六女さんを伴って優雅に、豊満な臀部を振りながら退去するミズ・エマヌードルの背中を見送りながら十二月晩日先輩はただただ、感心していた。
「逆のいい方をすれば、ほんとうに気に入られたともいえるな。どうでもいい、興味のない相手には外面だけよくするように腐心するけど、負の感情を見せるのは気を許している証拠だ」
 そういうものだろうか。
「ところで」
 これこそ重大だといわんばかりに十二月晩日先輩の顔が引き締まった。
「あれだけぴったりしたスカートなのに下着のラインがまるで浮き出ていなかった。予想はしていたが、あれはTバックだ、間違いない!」
 こういうどうでもいいときだけは真面目くさった顔になるんだな、この先輩ひとは。
「……あの人、何者なんですか?」
「瓊紅保第一のPVC、BBBヴィータの顧問にして、ボクシング部の顧問だ。年齢は……不詳ということになっている」
「……ボクシング部の顧問もやってるんですか?」
「だよな?」
 十二月晩日先輩が確認するみたいに、十代田さんに振った。彼女は顧問の放縦にして尾籠なる一連の振る舞いに機嫌を損ねたのか険しい表情であった。
「……ええ、まあ」
「といよりも、ボクシング部そっちがメインの活動のはずだ。BBBヴィータは掛け持ちだな」
 瓊紅保第一って、女子ボクシング部なんてあるのか。
「いえ、男子の顧問です。瓊紅保第一うちは男子の部しかありませんから」
「……男子の部で女の顧問? ボクシング部なのに?」
 腹立ちまぎれに吐き捨てる俺に、十二月晩日先輩が若干、呆れた声で応戦した。
「それは別に関係あるまいよ。部の顧問は同性以外ダメなんて、そんな発想は貧困すぎる」
 ……そうかもしれないが。
「彼女、着任したその日にいきなり武勇伝を作ったらしいぞ。朝練中のボクシング部に乗り込むと、顧問を買って出たんだとさ。前任者が定年で辞めちゃってちょうど不在だったそうだけど、部員のひとりがそれこそルーキーみたいに女の顧問なんてごめんだと反発したら、女がボクシングを教えてはいけないなんて決まりはない、あなたの考えはあまりにも時代にそぐわないと一触即発状態になったそうだ」
 ……まさにさっきの俺じゃないか。
「顧問をやる、冗談じゃないとすったもんだしたあげく、だったら腕尽くで認めさせてやるとばかりに彼女はグローブをつけるやいなやその部員とヘッドギアもなしに一戦交えることになったんだ。それも今日みたいな恰好でね。主将がいちおう諫めたらしいけど聞く耳なんて持つはずもなく、そのままゴング。んで、見事なまでの右ストレートが相手の顔面に決まって一発K.O. 有無をいわせずに顧問に納まりましたとさ。めでたし、めでたし」
 ……なんだよ、それ。大昔ならいざ知らず、今どきの少年漫画でもお目にかかれないだろう、そんなしょうもない展開ストーリーは。
「ノックアウトされた部員はそれまで無敗の、それこそ将来を嘱望された有望な選手ボクサーだったそうだけど、物理的に顔面をつぶされただけでなく、ボクシング部員としての面目も丸つぶれになったわけで部を去ることになったそうだ。強烈な一発がトラウマになったのか、相手が女だったのがショックだったのか、それとも両方なのか、リングに立てなくなったんだとさ。気の毒になあ」
 ……色気じゃなくて腕力でひとの人生を破壊していたのか、あの女性ひと
「恐い女だよなあ。色気にステータス全振りって感じなのに、アマとはいえ現役ボクサーを一発でノックアウトするんだぜ。くわばら、くわばら」
 十二月晩日先輩は祈るように両手をすり合わせた。
「まさに文武両道を地で行く女傑って感じ? お金も持ってるらしいし」
「そうなんですか」
「噂じゃパトロンが両手に余るほどいるとかいないとか」
 どっちだよ。まあ、いたとしても、あの色気だ。何もおかしくはない。むしろいない方が異常だ。
「それにあの色気。怖いものはなし、最強だな!」
 十二月晩日先輩はどうでもよさげに叫んだ。
「長期休暇に入ると、どこぞの豪華客船にしけこんでお気に入りのたくましい男たちとよろしくやってるって話だ」
「……よろしくって」
「それこそボクシングだの、で汗をかいてるんだろうさ」
「…………」
「なんだい興味もないって顔しちゃって。陥落ノックアウト寸前だったくせに」
「……そんなこと、ないですよ」
「嘘つけ。いけずね、ってとこでときめいただろ」
 ……ほんとう、目ざといな、この先輩ひと
「え……っと、気になっていたんですが、エマヌードル……って、あのひと日本人ですよね?」
 ごまかすみたいにずっと引っかかっていたことを訊くと十二月晩日先輩は今さらかといった風に鼻を鳴らした。
「そ。生粋のジャパニーズピーポー」
「じゃあエマヌードルって、あだ名ですか?」
 だとしたら由来は何なのだろう。
「いや本名。エマヌードルってのは旦那の姓だな」
 ……既婚者だったのか。
「やっぱり驚くよなあ。なんでも相手は資産家だそうで」
 その割にずいぶんと自由奔放なんだな。
「いわゆる仮面夫婦ってやつなんだろ。そもそも旦那は同性愛者って話だ」
 ……どんだけ情報量過多なんだよ、ミズ・エマヌードルあのひと
「で、祝勝会はどこでする? ヘメレか」
 もはやミズ・エマヌードルのことなどどうでもよさげに十二月晩日先輩が残った出席者たちを見回した。てか、祝勝会はもう既定路線なのかよ。
「あそこは祝勝会には似つかわしくないと思いますが」
 十代田さんが即、反応する。どんな店か分からないが、声音から察するに、彼女は好ましく思っていないようだ。もしかすると、まだミズ・エマヌードルの言動におかんむりなのかもしれない。
「んなこたァないだろ? あのじめっとした雰囲気こそ祝勝会が映えるってもんだ」
「悪趣味にもほどがあります」
 などと、いい合いながら十二月晩日先輩たちが部屋を出て行く。
 ……やれやれ、賑やかな人たちだぜ。
 がらんとした会議室を眺めながら、二時間ばかりの読書会やそのあともたらされたミズ・エマヌードルの意外な顔のことを噛みしめるように思い返していると、俺以外はもういないはずだった部屋に気配を感じた。
「…………ッ」
 息を呑む、とはまさにこのことだった。
 例の窓の外を眺めるだけのオブジェと化していた、飛び入り参加のエッカーマンが俺のそばに立っていた。
 煌めくような銀髪の彼女のかんばせはどこまでも白く、そこに配された消え入りそうな目元を彩る長いまつ毛、品のある高い鼻梁、軽口には無縁そうな薄いくちびると基本、俺と同じもモノで構成されているはずのそれらは何から何までが規格外に思え、性別以前にこれがじぶんと同じ生き物なのかと本気で疑ってしまうほどであった。
 ……これ、マネキンじゃないよな?
 そんなバカなことを考えるほどに、彼女の容姿は常軌を逸していた。ハーフというアドバンテージがあるとはいえ、ナチュラルでこのレベルなのだ。わざわざ金をかけて整形したり、アプリで己の写真を加工してネットに上げている連中が哀れに思えてくる。
 エッカーマンはじっと俺を見つめていた。
 喜怒哀楽、どれに属さないその表情は一切の行動を許さない強制力に満ちていた。
 そんなにめずらしい顔でもあるまいに、そんなに見つめられてもな。それとも何か意見でもあるのだろうか。
 くちびるが動いた。
 はじめに理解したのは外国語であることだった。
 英語? いや、違う。ドイツ系だったな。じゃあ、ドイツ語か? いや、違う……気がする。
 言葉はつづいていた。
 ……ロシア語? それも違う気がする。じゃあ、なんだよ?
 聞いたことのない言語の解析に悪戦苦闘していると、短いようで長かった、神託のような謎の言葉囁きは終わっていた。
「……え、なに? エパッサ?」
 最後の箇所のみ、なんとか聞き取れたものの、肝心の巫女たるエッカーマンはいいたいことを口にできたらあとは用などないとばかりにこちらの戸惑いなどおかまいなしに、静かに出て行った。
「ルーキー、遅いぞ」
 あとを追うように廊下に出ると、十二月晩日先輩がのんびりと声をかけて来た。
 その横をわき目もふらずに歩くエッカーマンからは、あまりに浮世離れしたオーラがにじみ出ており、まるで数十秒前のことなど何もなかったかのような、あれは夢だったのだとむりやり納得させるだけの説得力にあふれていた。
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