姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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ノービレ・アルテ

待合

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「顔を出したと思ったら、男連れか」
 この夏、どうやら俺は女難に見舞われる運命らしい。
 昨日は読書会、そして今日は聖アウトン学園の旧校舎を根城にした女子会に慎ましいまでのこの身を無防備に晒しているわけだが、年相応の好奇心に彩られた昨日の視線とは違い、いま無遠慮に飛ばされているいくつかの視線には純粋培養されたかのような敵愾心が含まれているようであった。
 なぜここに、無関係な人間が、男が来るのだ。
 それらの視線はそういっていた。
 なかでも好戦的なのはライオンのたてがみみたいな金髪女子で、あえてこちらに視線を向けずに見ずに十二月晩日先輩に噛みつくことで完全部外者である俺の存在を徹底的に排除するつもりのようであった。つまりはこういいたいのだ。

「さっさと出ていけ」

 やはりこの誘いには乗るべきじゃなかったのだ。
 俺は込み上げる後悔と理不尽な対応からくる怒りで気が変になりそうだった。

                   ☜

 十鳥オガミとの意外な邂逅は、ひとつの懸念を解消してくれ、皮肉なことに新たな懸念を生み出していた。

Non ragioniam di lor ma guarda e passa彼らについては語るな。ただ見て、通り過ぎろ

 あのエッカーマンの真意はいくら考えても理解できそうもないが、素直にその言葉に従うのなら約束は反故にすべきなのは子供でも分かる道理だ。しかし、
「やあ、ルーキー」
 十鳥オガミと別れてすぐ、まるで狙いすましたように片手を上げて現れたのは、今日俺をここに導いた張本人であった。昨日同様、夏服に例のポンパドールヘアの十二月晩日先輩は時間通りとは感心だなと上機嫌であった。
「ポンパ、ドゥ♡」
 今日もきっちりと決まっている髪型を不用意に眺めていると、例の巻き舌を楽し気に披露し、つづけて
「フランスの大統領はポンピ、ドゥ♡」
 さらに巻きを強めてそう補足する。
「今日はワニか。かわいいね」
 昨日と同じ個所をつつかれながら、とは俺の左胸に刺繍されたワニを無邪気につつきまくってるこの人のことなのか、あるいは……などと推測するものの、もちろん答えなどにはたどり着けるはずもなく、こちらの心の中の葛藤などおかまいなしの十二月晩日先輩に連行されてた先は、聖アウトン学園であった。
 俺は目的地にも、ここに来るまでの乗せられた一軒家の二、三軒は買えそうな堅牢なる黒塗りにも特に驚きはしなかったし、以前のように守衛室で許可証のようなものは手渡されることはなく、それどころか十二月晩日先輩は顔パスですんなりと入校を許されたことも、そういうものなのだろうとしか思えなかった。
 ふたたび拝むはめになった広大なる聖アウトンの敷地は夏休みで生徒が見当たらない分、その静けさと相俟って宮殿と見紛うばかりの校舎の放つ異国感がすさまじく、好天だというのになにかいい知れない不気味ささえ漂っていた。それは開け放たれている校舎も同様で、やはり昼間の明るさなど関係なく異様な雰囲気であった。
 向かった先は談話室だった。
 計算されて配置されたと思われるクラシカルな調度品は校内のしんとした雰囲気も手伝い、以前見かけたときよりも一層、持ち合わせている格調を最大限まで引き出さている感じがし、身が引き締まる思いであった。ここで聖アウトンの女子たちとお茶をしたのが未だに信じられない。
 十二月晩日先輩はそんな室内にたっぷりと漂うラグジュアリーな雰囲気を一顧だにすることもせず一気に横切ると、隣室へ通ずるドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。
 その部屋は、やはり値段の想像もつかないような調度品が絶妙の配置具合でもって演出された部屋であったが、談話室と大きな違いがあった。
 ふだんは人の出入りがないのだろう。どこか世間から隔離された感はあるものの、それでも生活感や温もりといったものを感じさせた談話室とは違い、こちらにはそんなものは一切なかった。イメージをひとことで表すならば、死である。
 そしてそんな負のイメージをさらに押し上げているのは壁に掛けられた一枚の絵であった。
 それは素っ裸の小憎らしい表情で弓矢を手にした少年と思しき絵で、バロック調といえばいいのか、ともかくむかしの絵画のようで、背後にはバイオリンやら楽譜が散乱している。そしてこの手の作品では他がそうであるように、この絵の中の少年の性器も当たり前のようにむき出しだった。
「もちろん模写だよ。本物はFRGにある」
 食い入るように絵画を眺めていると、そんな声がした。どこか不気味な感じがするそんな絵をざわつく気持ちで見ているうち、なんとも形容しづらい気分に襲われる。
 十二月晩日先輩は複製の絵画を心持ち持ち上げると、その裏側の壁に埋め込まれたテンキーを慣れた手つきで押し始めた。まるでドラマやアニメなどの創作物で見かける隠し扉の解除のごとき所作である。
 はたして左手からガチャリと今まさに脳内に浮かんだ馴染みのある、ゲーム等で苦心惨憺の末に謎を解いたかのような心躍る音がした。……もっとも、俺は何もしちゃいないのだが。
 見るからに重そうな本棚に近づくと、十二月晩日先輩はいとも簡単に本棚を右にスライドさせた。あらわれたのは期待通りの扉であった。
 物言わぬ能面のような鉄扉を開けるとコンクリートの階段が設えてあり、降りた先には地下道が延びていた。
 まさかじぶんがフィクションでおなじみの隠し扉を経て、やはりフィクションではおなじみの秘密の通路を歩くことになるとは思いもしなかった。ふつうなら警戒しまくるのだろうが、こういうシチュエーションにいざ放り込まれると好奇心の方が勝るらしい。実際、ひんやりとした無機質な匂いの漂う地下道をひたすら歩くのはわくわくした。
 コンクリートで固められた地下道は等間隔で灯るライトのおかげで非常に明るく、道幅も広いためにどこぞの地下商店街を歩いている気さえする。この地下道はこの周辺一帯に張り巡らされているのか、道中、いくつもの通路が左右の壁面から覗いていた。おそらくは俺が想像する以上に広大だと思われる。

「~~~~~~lonely♪」

前方を、まるで散歩を楽しむみたいに絶賛先攻中の十二月晩日先輩が歌いだした。歌詞からして洋楽だろうけれど、こんな状況でよく歌えるものだ。
「ずいぶんとごきげんですね」
「そうかい?」
 皮肉のつもりだったが、何の効果も得られなかった。……あまりにも予想通りで嫌になる。
 どれくらい歩いたのか、緩やかな階段のある踊り場に出た。その先には扉があり、その上部には何かの花を模ったレリーフが飾ってあった。どうやらここがゴールらしい。ここでも扉の横に埋め込まれたテンキーでドアロックを解除する必要があるらしく、十二月晩日先輩は手早く操作していた。
 古の名作にトンネルを抜けると雪国だったとあるが、長い地下道を抜けるとそこは一面、花畑であった。名前は知らないが、たくさんの赤やピンクの花が心許なげに咲いている様は圧巻というよりも異様である。この広大な敷地は高い壁で守られており、まるでと切り離されいるようでもあった。
 その非日常ともいえる花畑のなかにひっそりと威厳のある建物が佇んでいた。シチュエーション的にこの空間だけ異世界なのではないかと、馬鹿げたことすら脳裏をかすめた。
「あれは聖アウトンの旧校舎。今はピアノ・ノービレと呼ばれている」
 その建物は高等女学校時代の面影をぞんぶんに感じさせる木造三階建てで、建築構造的には現行の宮殿と同じ様だった。創立年数を鑑みればじつに綺麗な状態で、玄関に設えられた石段や左右の円柱など、ぱっと見、学校というよりは戦前の省庁といった趣だ。
 その後方、さらに遠くの方には何やら黒い洋館らしき建物が見える。ゲームとか映画なら幽霊が出ると噂されるような堂々たる面構えである。……ここは、どこだ?
「そのままでいいよ」
 俺たちの靴音が歴史ある建物内に沈殿していた過去から地続きの平安をかき乱すように響き渡る。俺たちのじいさんばあさんよりもっと前の世代がこの学び舎で過ごした日々を思うと、彼女らのかけがえのない思い出に文字通り土足で踏み入ってる気がしてなにか申し訳なささえ感じる。
 行き着いた先は応接室と思しき部屋であった。重厚なる扉を開けると前室といえばいいのか、店舗における風除室みたいな赤い絨毯を敷きつめた小部屋があった。左右にはそれぞれシンプルかつ高そうな長椅子が鎮座しており、小部屋とはいうものの、明らかに俺の部屋より広くなによりもたっぷり金もかかってそうな造りになんだか腹が立った。
 ……ん?
 奥の部屋へつづく扉の右手にはブロンズ色のフックが等間隔で打ち付けられ、所在の有無を知らせる目的だろう、木製のネームプレートが一列に行儀よく掛けられていた。その中に十二月晩日先輩の名を発見し、そしてそれに対して俺はささいな違和感を抱いたのだが、すぐとなりにあった未だに謎な存在の十一主水とかずもんどさんや、昨日知ったばかりの名前をいくつか発見したこと、何より先を行く先輩の無遠慮で腹立たしいまでの元気いっぱいなあいさつによってその違和感はあっけなく霧散していた。
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