3 / 49
弦月の祈り
しおりを挟む
ハクがアレスに乗って飛んでいった後、アイナは一人で宿に戻った。宴会はほぼ終わっており、酔い潰れたトーヤ達は既にイビキをかいて眠っていた。
後片付けをしているエマを手伝ってから、アイナはひんやりしたベッドに潜り込んだ。
「もう本当にいないんだな……」
いつもなら背中に感じるハクの温もりが、今はもう無い。アイナはエマに聞こえないように泣きながら眠りについた。
翌朝、次の町に向けて出発しようとした時、ハクの不在にエマが気づいた。
「アイナ! ハクはどうしたの? またどこか行ってるの? 早く連れておいで」
「ああ、母さん……実は、ハクはもういないのよ」
「いない? いないってどういうこと?」
「えーとね、昨日可愛い雌犬に出会ってそれで、二匹でどこか行っちゃった」
随分と苦しい言い訳である。
「いきなりいなくなっちゃうなんて。それに、野良になっちゃったらご飯ちゃんと食べれるのかねえ」
エマにとってもハクは大切な家族だったから心配なのだ。
「そんなに心配しなくても平気だよ、母さん」
アイナの兄のセヴィが見かねて話に割り込んできた。
「アイツ、フラフラと出掛けていっては屋台や酒場の客に愛想振りまいてさ、ちゃっかり食い物貰ってたんだぜ。アイツならどこ行っても食いっぱぐれることないよ」
「そうそう! そうよ、母さん。心配しないで」
「そうかい? ……なら、いいけど。本当に出発していいのかい?」
「うん、大丈夫。ハクはもう、戻ってこないから」
「だってお前、あんなに可愛がっていたハクが居なくなったのに……随分あっさりしてるねえ……」
「お別れはしたからもういいの!さ、出発しようよ。きっとハクは幸せに生きていくよ」
アイナは努めて明るく言って、エマに出発を促した。
「わかったよ。アイナがそう言うんならね。じゃあみんな、出発するよ。次の町までは一週間の旅だからね」
そしてようやく一座の馬車は連なって出発した。
アイナ達が次に訪れたのは、アルトゥーラと国境を接したモラーノ共和国の、ペスカという町だった。
以前はアルトゥーラと盛んに行き来していたそうだが、クーデター以来、警備が厳しいので表立っては往来がない。だが住民達はこっそり国境を抜けて商売しているらしい。
「アルトゥーラは今は物資が無いからね。何を持って行っても売れるんだよ」
行商人の男が、宿の中庭でエマと話し込んでいた。今回の滞在中に必要な食料や衣装用の布などを売りに来たのである。アイナは気になって、手伝うふりをしながら聞き耳をたてていた。
「でな、先週のことさ、クーデターの時に行方不明になっていた王子様が、アルトゥーラに突然戻ってきたんだと」
「へえ、そうかい。五年前、王様が殺されたクーデターだね。あの時は私らもちょうどアルトゥーラにいて、逃げ出すのに苦労したんだよ」
「今、アルトゥーラはこの話でもちきりさね。銀色の髪をした美しい王子様が青い龍に乗って現れて、乾いた畑に雨を降らしなさったんと。それを見たアルトゥーラの民は、生き神様だと涙を流して喜んだんだってよ」
「それ、ホント?」
アイナは思わず大声を出して行商人の男に詰め寄った。
「どうしたんだいアイナ、急に大声で」
「あ、いや、行方不明の王子様が生きてたのかー、なんて思って……」
「そうなんだよ、お嬢ちゃん。軍は死んだと発表していたんだがね、亡骸はなかったという噂があってねえ。民衆はもしかして、と希望を捨てていなかったらしいよ」
「それで、それからどうなったの?」
「雨を降らせてもらった土地の領主様は、『やはりこの方が我らの王だ』と言って、王都から来ていた軍の奴らを追い出したんだと。地元の兵士達は皆、偉そうな軍の上層部を嫌ってたからなあ」
「じゃあ、すぐに政権を取り戻せるかな?」
「おやまあ、アイナ、そんなにアルトゥーラに関心があったっけねえ……?」
エマが不思議そうに首を捻っていた。
「いいじゃないか奥さん、関心を持つのはいい事さあ。それに、すごいイケメンだっちゅうから若い女の子にはたまらんだろ」
「ち、違います! そんなんじゃないから! 」
アイナは真っ赤になって反論した。男はワッハッハと大声で笑うと急に真面目な顔になって、
「いや、ここだけの話、アルトゥーラはまた政権がひっくり返るね。みんな言ってるさ。この五年、悪くなるばかりでいい事は何にもなかったって。みーんな王様に寝返って、すぐに王都に入城なさるだろうよ」
「そうかい。そうだねえ、またアルトゥーラにお芝居を見せに行きたいものねえ。元の平和で豊かな国に戻ってくれるとありがたいよ」
その夜、アイナは窓を開けアルトゥーラの方角を見つめながら考えていた。
(ハクはもう、自分のやるべき事を始めてる。私も寂しがってばかりじゃダメだな。次会う時に、成長した私でいなきゃ)
「お月様、どうかハクが無事に王都に入れますように……」
弦月に向かってアイナは祈りを捧げた。
後片付けをしているエマを手伝ってから、アイナはひんやりしたベッドに潜り込んだ。
「もう本当にいないんだな……」
いつもなら背中に感じるハクの温もりが、今はもう無い。アイナはエマに聞こえないように泣きながら眠りについた。
翌朝、次の町に向けて出発しようとした時、ハクの不在にエマが気づいた。
「アイナ! ハクはどうしたの? またどこか行ってるの? 早く連れておいで」
「ああ、母さん……実は、ハクはもういないのよ」
「いない? いないってどういうこと?」
「えーとね、昨日可愛い雌犬に出会ってそれで、二匹でどこか行っちゃった」
随分と苦しい言い訳である。
「いきなりいなくなっちゃうなんて。それに、野良になっちゃったらご飯ちゃんと食べれるのかねえ」
エマにとってもハクは大切な家族だったから心配なのだ。
「そんなに心配しなくても平気だよ、母さん」
アイナの兄のセヴィが見かねて話に割り込んできた。
「アイツ、フラフラと出掛けていっては屋台や酒場の客に愛想振りまいてさ、ちゃっかり食い物貰ってたんだぜ。アイツならどこ行っても食いっぱぐれることないよ」
「そうそう! そうよ、母さん。心配しないで」
「そうかい? ……なら、いいけど。本当に出発していいのかい?」
「うん、大丈夫。ハクはもう、戻ってこないから」
「だってお前、あんなに可愛がっていたハクが居なくなったのに……随分あっさりしてるねえ……」
「お別れはしたからもういいの!さ、出発しようよ。きっとハクは幸せに生きていくよ」
アイナは努めて明るく言って、エマに出発を促した。
「わかったよ。アイナがそう言うんならね。じゃあみんな、出発するよ。次の町までは一週間の旅だからね」
そしてようやく一座の馬車は連なって出発した。
アイナ達が次に訪れたのは、アルトゥーラと国境を接したモラーノ共和国の、ペスカという町だった。
以前はアルトゥーラと盛んに行き来していたそうだが、クーデター以来、警備が厳しいので表立っては往来がない。だが住民達はこっそり国境を抜けて商売しているらしい。
「アルトゥーラは今は物資が無いからね。何を持って行っても売れるんだよ」
行商人の男が、宿の中庭でエマと話し込んでいた。今回の滞在中に必要な食料や衣装用の布などを売りに来たのである。アイナは気になって、手伝うふりをしながら聞き耳をたてていた。
「でな、先週のことさ、クーデターの時に行方不明になっていた王子様が、アルトゥーラに突然戻ってきたんだと」
「へえ、そうかい。五年前、王様が殺されたクーデターだね。あの時は私らもちょうどアルトゥーラにいて、逃げ出すのに苦労したんだよ」
「今、アルトゥーラはこの話でもちきりさね。銀色の髪をした美しい王子様が青い龍に乗って現れて、乾いた畑に雨を降らしなさったんと。それを見たアルトゥーラの民は、生き神様だと涙を流して喜んだんだってよ」
「それ、ホント?」
アイナは思わず大声を出して行商人の男に詰め寄った。
「どうしたんだいアイナ、急に大声で」
「あ、いや、行方不明の王子様が生きてたのかー、なんて思って……」
「そうなんだよ、お嬢ちゃん。軍は死んだと発表していたんだがね、亡骸はなかったという噂があってねえ。民衆はもしかして、と希望を捨てていなかったらしいよ」
「それで、それからどうなったの?」
「雨を降らせてもらった土地の領主様は、『やはりこの方が我らの王だ』と言って、王都から来ていた軍の奴らを追い出したんだと。地元の兵士達は皆、偉そうな軍の上層部を嫌ってたからなあ」
「じゃあ、すぐに政権を取り戻せるかな?」
「おやまあ、アイナ、そんなにアルトゥーラに関心があったっけねえ……?」
エマが不思議そうに首を捻っていた。
「いいじゃないか奥さん、関心を持つのはいい事さあ。それに、すごいイケメンだっちゅうから若い女の子にはたまらんだろ」
「ち、違います! そんなんじゃないから! 」
アイナは真っ赤になって反論した。男はワッハッハと大声で笑うと急に真面目な顔になって、
「いや、ここだけの話、アルトゥーラはまた政権がひっくり返るね。みんな言ってるさ。この五年、悪くなるばかりでいい事は何にもなかったって。みーんな王様に寝返って、すぐに王都に入城なさるだろうよ」
「そうかい。そうだねえ、またアルトゥーラにお芝居を見せに行きたいものねえ。元の平和で豊かな国に戻ってくれるとありがたいよ」
その夜、アイナは窓を開けアルトゥーラの方角を見つめながら考えていた。
(ハクはもう、自分のやるべき事を始めてる。私も寂しがってばかりじゃダメだな。次会う時に、成長した私でいなきゃ)
「お月様、どうかハクが無事に王都に入れますように……」
弦月に向かってアイナは祈りを捧げた。
1
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる