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 それから三人の旅は順調に進んだ。街道は避けて脇道を歩き、夜は野宿。時折、宿場町の市場で食料を仕入れながら南へ向かっていた。

 エレナはすっかり歩くことに慣れ、朝から晩までかなりのスピードで進むことができるようになった。野営では火おこしや料理を練習中だ。
 夕食の片付けが終わればウィルとの稽古が待っている。

「身を守る方法を知っておいて損はない」

 ウィルがそう言って少しずつ教えてくれるのだ。

「手首を掴まれた時はそこを支点にして肘を相手のほうへ回していくと外れる。後ろから抱きつかれた時は身体の力を抜いてストンと下へ落ちること。同時に相手の腕を持ち上げて下から抜け出せばいい」

 何度やってもなかなか上手くいかないけれど、毎日の練習で多少はマシになってきた気がする。

「ねえウィル。私、一人でも生きていけるかしら」

「今のところは無理じゃないか」

「ええ、そんなハッキリ」

「まだ金を稼ぐ方法が見つかってないだろう。用心棒も無理、料理もまだ下手、特技も何も無し、だからな」

 グッと言葉に詰まるエレナ。一人で生きていくには技能が無さすぎると言われているのだ。

(今の私に出来ること。これからの私に出来ることって何だろう……)

「まあ焦ることはない。農業の手伝いや食堂や宿の手伝いなど、今のお前でも出来ることは探せばあるんだ。一生懸命働くという気持ちと、あとは人間関係。定住すると決めた町で信頼される関係を作っていくことだ」

 ウィルの言うことはエレナの心に沁みた。まだ何もできない自分だけれど、ウィルやイネスとこうして関係を築けたように、新しい町の新しい人たちとも繋がりを作っていこう。エレナはそう思った。

「ありがとうウィル」

 笑顔を向けてそう言うとウィルはエレナの頭に手を置いて髪をボサボサに掻き回した。

「もう! また!」

 ウィルは笑いながらイネスのところへ向かう。火の番の交代だ。
 火の番はエレナにはまだ無理なので、油紙とマントに包まって先に眠る。二人とはかなりの体力差があるから夜の間に少しでも回復に努めておくことが肝心なのだ。
 冷たい地面で眠ることにももう慣れ、五分もしないうちにエレナは眠りに落ちた。





「随分楽しそうですね、ウィル様」

 エレナが寝るとイネスがすぐにからかってくる。

「そうか? 妹がいればこんな風に接していただろうなとは思うが」

「ふふ、きっと猫可愛がりしてたでしょうね。それにしてもこんないい子が家族に嫌われていたというのが、今だに信じられません。やはり魅了が原因なのでしょうか」

「だろうな。エミリオの報告では、リアナに会ったことがある人間は全員彼女の虜になるそうだ。そして先日の婚約発表後、王都ではパレードが行われた。そのパレードを見た者、また王宮バルコニーでの『お手振り』を見に行った者も全て取り込まれたらしい」

「そんな……そんなに広い範囲に魅了の力を及ぼすことができるのですか」

「信じられんが本当らしい。だから、『緋色の魔女』はリアナだという可能性もある。王都中の人間に影響を及ぼすとなれば、それは恐ろしい力だ。ただの人間ではないだろう」

「でもエレナにも魔女の可能性はあるのですよね」

「ああ。あの時の黒いオーラに間違いはない。もう一度、あのオーラを確認することができたら確実なのだが……」

 すやすやと眠るエレナの寝顔を見ながらウィルはため息をついた。
 もしもエレナが魔女であるなら、コンテスティ帝国へ連れ帰らなければならない。そしてそれはエレナが処刑されるということを意味するのだ。
 

 
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