銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
2 / 53

2 タイランとケイカ

しおりを挟む

 悲鳴を聞いて森の奥から一人の男が駆け出して来た。ガッシリした体躯、大きな剣を腰に差した男はこの凄惨な現場に顔をしかめた。

「タイラン様! いったいこれはどういうことですか!」
「ああケイカ。盗っ人を斬ったところだ」
「まだ子供ではないですか……! なぜ殺してしまったのですか!」

 少年王タイランは冷め切った顔で言った。

「気に食わなかった。ただそれだけだ」

 クルリと踵を返して森から出て行くタイラン。ケイカは部下に死体の始末をするように言い、すぐにタイランの後を追った。



「ひでぇなあ。あの歳で平然と人を斬れるなんてよ」
「まったくだ。しかも自分と変わらぬ年頃の子供をなあ」

 部下たちは穴を掘りながらヒソヒソと話をしていた。そして死体を埋めようと持ち上げた時、一人が叫んだ。

「お、おいっ。この娘っ子の方は生きてるぞ」
「気を失ってただけか。おい、どうする。一緒に埋めるか」

 二人は顔を見合わせた。こんな年端もいかぬ少女の命を奪うなんてことはやりたくなかった。

「坊主だけ埋めて、こっちはほっとこうぜ。上手くいきゃ誰かに拾われるだろ」
「だけどこのまま夜になったら狼に食われちまうかも……」
「それは俺たちのせいじゃねえだろ。俺たちが殺したんじゃねぇ、狼のせいだ。とにかく、こんなチビを斬ったり生き埋めにしたりしたくねえよ」
 この男には同じくらいの娘がいたのだ。
「そうだな。そうしよう」

 二人はチュンレイだけを穴に埋めてしまうと、気を失ったままのスイランをその横に寝かせた。せめてもと、落ちていた枯れ葉を体にかけてやった。

「じゃあな。運が良ければ生き残るだろうよ」

☆☆☆

 二人の足音が遠ざかって行った頃、森にとある男が入って来た。

「今日は珍しいな。兵士が二人出て行ったぞ。用心して隠れておいて良かった」

 商人のガクは兵士が外壁の門から中へと戻って行ったのを確かめてから森に入って行った。薬師に納める薬草が少し足りないのだ。

「ここにはいい薬草が生えてるからな。いつも助かってるぜ」

 勝手知ったる森の奥の方へ向かう途中、妙な違和感を感じた。

「なんだ? 何かいつもの風景と違う……」

 キョロキョロと辺りを見回すと、掘ったばかりらしき柔らかな土の山がこんもりと出来上がっていた。そしてその横の枯れ葉の下に、白いものがチラリと見えた。人間の顔だ。

「死んでるのか?」

 そっと近寄ると、血で汚れてはいるが可愛らしい女の子だった。かすかに息もしている。

「親に捨てられたか。このくらいの歳なら、森に捨てずとも使い道があるだろうに」

 ガクは商人としては駆け出しだが、なかなかの目利きであった。その嗅覚で、この少女は高く売れると結論づけた。サッと少女をおぶって背中にくくりつけると、また薬草を求めて森の奥へと入って行った。

☆☆☆

「お待ち下さい、タイラン様」

 足早に宮城に戻ろうとするタイランに追いついたケイカは、タイランの前に出て進路を塞ぐようにひざまづいた。

「なんだ、ケイカ。城から抜け出した時は早く戻れといつもうるさく言うくせに、今日は邪魔をするのか」
「おっしゃる通りですが、その姿のままでは騒ぎになってしまいます。薄絹も襦裙も血飛沫が飛んでおりますゆえ」

 ハッとタイランは自分の姿を見下ろした。変装のために着た女用の襦裙は大小の赤いシミがベタリと張り付いていた。血の匂いも漂っている。タイランは思わず顔をしかめた。

「こんな物、捨てればよかろう」

 そう言うが早いかタイランは薄絹をむしり取り、襦裙も脱ぎ捨てた。下着など着ていない時代のこと、タイランは首飾りと腕飾りの他は生まれたままの姿となった。

「タイラン様っ」

 ケイカは慌てて羽織っていた上衣を脱ぎ、頭から被せて体を包むと抱き上げた。

「失礼いたします」

 王の体に触れるなど不敬なことであるが、そうも言ってはいられない。タイランを抱いたままケイカは宮城に向かって歩き始めた。
 眉間に皺をよせて険しい顔のケイカ。その腕の中でタイランはポツリと呟いた。

「薬草など、母は喜ばぬ。愚かな子供よ」

 ケイカはタイランの顔をそっと覗き見たが、タイランはじっと前を向いていてケイカと目を合わせることはなかった。

 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

処理中です...