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30 母さまと兄さま
しおりを挟む「チュンレイ、スイラン。ご飯が出来たわよ」
「はあい、母さま。今行くわ」
綺麗な母さま、私の自慢の母さま。金色の髪に翠の瞳の母さまは、違う国から来たんだって言ってた。父さまが違う国から連れて帰ってきたんだって。
父さまは私が小さい頃に死んでしまったから、なんにも覚えてないの。でもチュンレイは、父さまのこと覚えてるって言ってた。
「父さんは兵士だったんだ。とっても強い男だったんだよ。だけど、病気にかかって死んでしまった。あんなに強かった父さんが。だからこれからは僕が父さんの代わりに母さんとスイランを守るからね」
チュンレイはいつもそう言って頭を撫でてくれた。優しい優しいチュンレイ。母さまとおんなじ、翠の瞳の大好きな兄さま。
ほんとは怖がりなの知ってるよ。暗闇が苦手なのも知ってる。でも私が先に怖いと言えば、必ず大丈夫って言ってくれるんだ。手を繋いで大丈夫だよって――
「だめよ、チュンレイ……そっちへ行ってはだめ」
熱にうなされながらリンファが言う。
「チュンレイって誰なのでしょうね……何度も名前を呼ぶんです、リンファ様」
ビンスイがリンファの汗を拭きながら首をひねった。
「他にも何か言っていたか?」
「だめ、逃げて、とか、母さまに薬を、とか。昔の思い出なのでしょうか」
――母さまが咳が出て苦しんでる。薬草を取ってきてあげなくちゃ。お医者さんにはお金が無いから行けないんだもの。兄さまと一緒に行ってくるから待っててね、母さま。
あれ? 真っ暗だ。どうしてこんなに真っ暗なの? そうだ、私、森にいたんだ。なんだか怖い……兄さま? 兄さまどこ?
兄さまを探して走り回っていると、向こうにぼんやりと背中が見えた。
「いた! チュンレイ、こんなところにいたの?」
後ろから飛びつくと、兄さまが振り向いて頭を撫でてくれた。でもその顔は……血を流した髑髏に変わっていた――
「いやあ……!」
大きな叫び声と共にリンファは目覚めた。汗が噴き出る。心臓が口から飛び出しそうだ。
「リンファ!」
タイランが覗き込み、リンファと目が合った。
「あなたは……」
「リンファ、大丈夫か」
タイランを見るリンファの目には怯えが現れた。
「やめて、殺さないで……私の兄さまを、殺さないで……!」
布団の中にいるのにタイランから離れようともがくリンファ。ビンスイが慌てて身体を押さえる。
「興奮状態になっております。鎮静効果のある薬を飲ませましょう」
医師はそう言うと素早く調合した薬を器に入れ、ビンスイと二人がかりで口をこじ開けリンファに飲ませた。タイランは何もできず、見ていることしかできなかった。
(私が近寄ればまた興奮してしまう……)
しばらくもがいていたリンファだが、薬が効いたのかまた眠りに落ちていった。
タイランはビンスイに後を任せると告げ、そっと部屋を後にした。
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