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旧友編
折れない
しおりを挟む「お前、マジで何しに来たんだ?」
怪訝な顔で呟きながら、大木はタバコの火を踏み消す。
足元には十本以上の吸い殻が転がっており、目の前のあまりに不可解な光景に動揺を隠せないでいる。
「はあ……はあ……。トシに、詫び入れろ……‼」
俺は荒い息を漏らしながら、それでも大木を睨みつけた。
(クソ……痛え……!)
全身を滅多打ちにされて、角材で殴られた頭からは出血している。顔は無様に腫れ上がり、痛みで足元がふらつく。
俺のそんな様子を見て、円陣を組むチンピラたちも若干引いてるみたいだ。
まあ、あれだけ殴られて指一本動かさなければ、さすがに気味が悪いだろうな。
「トシに……詫び入れろ、大木‼」
声を上げて、毅然と大木を見据える。
「頭イカれてんのか?」
はは、そうかもな。自分でも何やってんだろうなって思うよ、実際。
大木に落とし前をつけさせるために、トシに詫びを入れさせるために、俺はここに来た。
しかし、こいつらを蹴散らして、大木を半殺しにしてトシの前に連れて行くのは簡単だが、それにはどうしても暴発的に異能が出てしまう。
一般人を異能で傷つけるのは重罪。それに、そもそも異能を露見させることもルール違反だ。
ならば、俺はこいつらを一切傷つけず、異能を露見させずに大木の心を折るしかない。
これからも異能専科に通うために。
ネコメの隣に、居続けるために。
そのために俺が選んだ手段は、全てを受けること。
こいつらの攻撃を全て受けて、受けて受けて受けて、そして倒れないこと。
いつかこいつらの心が折れることを信じて、俺自身が折れないこと。
だというのに、
(リルのやつ、余計なことしやがって……)
俺の体は、明らかに普段より頑丈になっている。つまり、リルが微量ながら俺に異能を流しているということだ。
耳や尻尾が出ない程度のわずかな異能だが、正直これは嬉しい誤算だった。
受けてみて分かったが、これだけのダメージを異能無しで受け続けていたら、とっくに倒れていた。
痛みも、ウェアウルフの能力で若干だが和らいでいる、気がする。
それに、これなら異能は露見しないし、異能を使ってこいつらを傷つけもしない。
あとは、俺がどれだけ耐えられるかだ。
「オラァ!」
「くたばれ!」
右肩と左太ももに、同時に鉄パイプが打ち付けられる。
痺れるような痛みに耐え、俺は動かない。倒れない。
「トシに詫び入れろ、大木‼」
「しつっけえんだよ大神‼」
堪え性のない大木はいつまで経っても倒れない俺に業を煮やし、ようやく重い腰を上げた。
「そんなに死にてぇんなら、マジに殺してやるよ!」
前に出てきた大木は、やっぱりデカい。
トシにも劣らない高身長に、体重百キロは下らない巨漢。
こいつが疲労困憊になるまで殴られ続けるのは、ちょっとしんどいな。
(でも、倒れねえ‼)
腕が折れようが、足が折れようが、絶対に倒れない。
大木はチンピラの一人から鉄パイプを受け取り、唾を手に吐いて滑り止めにする。
そして、大きく振りかぶった。
ゴィンッ‼
フルスイングされた鉄パイプはこめかみの辺りにクリーンヒットし、あまりの衝撃に首ごと持っていかれそうになる。
(こっの野郎……‼)
マジで、本当に振り抜きやがった。
この状況を作った俺が言うのもなんだが、無抵抗の人間相手に本気で鉄パイプ振り抜くか、普通?
滑り止めの唾は大して効果を発揮せず、カラーンと乾いた音を立てて鉄パイプは地面に転がった。
「っつ……」
痺れる両手を見て歯噛みした大木の目を睨み、俺は頭から流れる血を拭いながら言葉を重ねる。
「トシに詫び入れろ‼ リンチしたやつ、全員でだ‼」
俺の気迫に、明らかに大木は怯んだ。
広い額に冷や汗を垂らし、そして、笑った。
「へ、へへ……。そんなに死にてえのかよ?」
「死なねえよ」
大木は明らかに動揺している。
一歩間違えば命を落とす、それでも微塵も動じない俺を見て、間違いなく怯えている。
(なのに、なんでだ?)
にも関わらず、大木は笑った。
「大体リンチなんかしてねえよ。やったのは俺一人だ」
(なに……⁉)
大木一人だと?
トシは数人でリンチされたのではなく、大木一人にやられたのか?
だとしたら、不可解だ。
あれだけの怪我を一人で負わせるには、相応の時間がかかる。
放課後とはいえ、学校の敷地内でそんな長時間人を殴り続ければ、絶対にもっと早く騒ぎになっているはずだ。
まさか学校内に鉄パイプを持ち込んだとでもいうのか?
「さぁて」
疑問の消えない俺に、大木は不気味な笑みを浮かべたまま落とした鉄パイプを拾い、再び振りかぶる。
「難発耐えられるかなぁ⁉」
再度、俺の頭部を衝撃が襲った。
何度も何度も、幾度となく繰り返されるフルスイングに、俺はとうとう立っていられなくなった。
「う……がぁ……」
ガックリと膝を折り、ひんやりするコンクリートの床にうつ伏せに倒れ込む。
ようやく倒れた俺に、周りのチンピラたちは湧いた。
「へへ、ようやく倒れたかよ」
鉄パイプを放り捨て、大木はポケットからタバコを取り出し、一本咥える。
すかさずチンピラの一人がライターで火を付け、煙と共に深く息を吐く。
「……人の、タバコに、火ぃつけんのは……『仕事の付き合い』って、意味が……あるらしいぞ」
首だけを何とか持ち上げて、そう毒づいてやる。
「ホントに口の減らねえやつだな」
「トシに……詫び……入れろ」
「まだ言うのかよ」
聞き飽きたぜ、とボヤきながら、大木はグリグリと俺の頭を踏みにじる。
(さすがに、ヤバいな……)
悔しいが、もう立てそうにない。
何度も殴打された頭蓋骨にはヒビが入っているかもしれないし、手足は痺れて力が入らない。
ここまでか、と半ば覚悟したとき、チンピラの一人が妙なことを口走った。
「大木さん、アレ見せて下さいよ」
「あ? アレをか?」
「まだ見たことないやつもいるんですよ」
周囲のチンピラ共の反応は、その言葉通り半々だ。
半数は何かに期待するように下卑た笑みを浮かべ、もう半数はキョトンとしている。アレとやらが何のことなのか分からないのだろう。
大木はしばらく考え込むように煙を吹かし、そして、凶悪な笑みを浮かべながらタバコを吐き捨てた。
「一日に何度もやるなって言われてんだが、まあいいか」
口を一文字に結び、何かに集中するように力を込めた瞬間、大木の臭いが変わった。
「こいつで、殺してやるよ大神‼」
(ま、マジかよ……⁉)
大木の臭いは人間の体臭から、香木のようなそれに変わっていく。
握った腕はパキパキと音を立てながら枯れ枝のように、皮膚は樹皮のように変質していく。
「な、なんだあれ⁉」
「大木さん⁉」
周りのチンピラの半数はどよめき、驚愕と未知の恐怖に恐れ慄いている。
もう半分からは口笛や歓声が上がり、大木を囃し立てる。
ふぅ、と息を吐いたとき、大木の変身は完了した。
全身の皮膚は樹皮や木目調に、右腕は枝、左腕は丸太のように。
坊主頭からは盆栽のように小さな木が生え、先端には紫色の気色悪い木の実が生っている。
「これが、今の俺だよ大神」
そう言って笑う大木は、異能者だった。
全身を樹木のように変質させる、異能混じり。
「凄えぜこの力は‼ この腕で殴りゃ誰でも吹っ飛ぶ‼ こっちは殴られたって痛くも痒くもねえ‼ おまけに得物と違ってどこにだって持ち込める‼」
ドン、と丸太の左腕を地面に突き、枝の右腕を頭上に振り上げる。
「この力があれば俺は無敵だ‼ 昔みてえにお前に負けることはねえ‼」
歓喜の声を上げる大木に、周りのチンピラ共が同調して雄叫びを上げる。
ある者は心酔で。ある者は恐怖で。
自分たちのリーダーが人外の化け物のような力を持つことに、誰しもが心を震わせた。
「……妖木」
ポツリと、声を漏らす。
「あ? なんか言ったか?」
足元から聞こえたか細い声に、大木は針葉樹の葉のような眉をひそめた。
「木も生き物だ。異能場の近くにあれば、その力を取り込んで異能生物になることがある。そういう木の異能生物の総称を『妖木』っつうんだよ」
なんだ、こんな簡単なことなのかよ。
あまりにもあっけない事態の帰結に、俺は安堵を通り越して脱力してしまった。
すっかり力が抜けてしまった手足をなんとか動かし、ゆっくり立ち上がる。
「木の種類にもよるが、お前のそれは元は針葉樹、葉が尖ってることくらいしか取り柄のない木。異能の質としちゃ、下の中ってとこだ」
確かそんなことを授業で教わった。
「いの……?」
妖木の異能混じりは、鎌倉が言うところの有象無象。そもそも異能場の樹木には妖木化を防ぐ異能術が掛けられているため、生まれる可能性も低い。
対して、俺はどうだ?
「……すまん。待たせたな、リル」
『オウ‼』
立ち上がった俺は目一杯首を振り、蹴り破ったドアの方からリルの入ったバッグを手繰り寄せる。
バッグはコンクリートの床をゴロゴロと転がり、俺の足元でもぞもぞと暴れた。
『ダイチ、乱暴だ!』
「悪い悪い」
ヒョコッとバッグから飛び出したリルは、洗濯機の中のようにぐるぐるに転がされてご立腹の様子だ。
どこからか転がってきたバッグに、中から飛び出した子犬。大木を含めたチンピラたちは、訳がわからずキョトンとしている。
『もういいのか、ダイチ?』
「ああ。あいつが異能者なら、黙って殴られてやる理由は無え‼」
異能者が相手ならトシが短時間で重傷を負わされたことにも納得がいくが、大木の異能は下の中の質の低い異能。しかもキチンとした訓練を受けているはずもなく、扱い方も全くなっていない。
それに引き換え俺の異能、俺の相棒は、北欧神話に名高きフェンリルの末裔。
超一級品の、神代の獣だ。
「いくぜ、リル。歯ァ食いしばれよ、大木‼」
全身に力を込め、ありったけの異能をリルから受け取る。
耳と尻尾が現れ、窮屈なのでズボンのベルトを緩める。
脳内物質の効力で全身の痛みは消え、感情が昂る。
「ステイは終いだ‼」
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