異能専科の猫妖精

風見真中

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贖罪編

寮内乱戦

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「喰らえッ‼」
 右腕を上段に、左腕を下段に構え、狼の口を模した腕による噛みつきを鬼の腕にねじ込む。
 しかし、振るった牙は鬼の硬い皮膚をわずかに傷付けるも、一滴の血さえ流すことなく止められてしまう。
(何だ、この感触⁉)
 皮膚に食い込んだ牙は、そのすぐ下にあった何か硬いものに阻まれてしまっていた。
 皮膚や筋肉の感触とは明らかに違う、硬質な手応え。俺の異能が万全でないことを差し引いても、かなりの硬さだ。
「ネコメ、こいつら前とは違うぞ‼」
「違う?」
 少し離れた所でもう一体の鬼と対峙しているネコメに、俺は声を張る。
「皮膚の下に何か硬えもんがある‼ 牙が通らねえ‼」
 あの質感は、まるで骨か何かのようだった。
 万全の俺でも打ち破れるか分からない硬質な鎧。それに加えて、動きまで違う。
「ッハァ‼」
 ネコメの変則的な体術、踊るように銀爪を振るう『フェアリー・ダンス』。
 ネコメを目掛けて振るわれた鬼の巨腕を宙返りで躱し、空中で身体を捻って鬼の顎をローファーの足で蹴り抜く。
 右足で一度、左足でもう一度。
 地面に対して水平になった身体を、さらに弓なりに大きく逸らし、弾かれるようにしてもう一度、今度は両足で同時に顎を蹴り穿つ。
 曲芸のように見事なネコメの蹴りだったが、最後の一撃で見誤った。
「ッ⁉」
「ネコメ⁉」
 鬼の顎目掛けて振るわれた両足同時の蹴りを、鬼はその巨大な両掌であっさりと掴んで止めてしまう。
 そのまま力を込め、掴まれた足が握り潰されそうになる瞬間、ネコメは身体を回転させ、両足のローファーを脱いで離脱した。
「大丈夫か、ネコメ⁉」
 鬼の追撃を躱しながらテーブルの上を伝ってネコメの元に駆け寄ると、ネコメはぎこちなく頷いた。
「油断しました……。あの鬼、確かに以前のものとは違うみたいですね……」
「ああ。何か硬えし、動きも速え」
 以前の二本角も他の一本角の鬼とは段違いの動きだったが、それは藤宮が直接操作していたからだ。
 操作無しでここまで精密な動きをする鬼。明らかに以前のものより改良されている。
「とにかく、ここで足止めしないと……」
「ああ。まだ逃げてない奴らが大勢いる」
 異能専科の生徒には、トシや里立のように戦えない異能者も大勢いる。
 そうでなくても、あれだけ人が密集して身動きが取りづらい中に鬼が飛び込めば、大惨事になる。
「大地君、雪村先輩は?」
「人混みで食堂に入れないみたいだ……」
 状況は二対二だが、この鬼は正直言って今の俺とネコメが各個撃破するには厳しい相手だ。
「マシュマロや諏訪先輩が来るまで足止めしとくしかねえか……」
 せめて俺が万全だったらと思わずにいられないが、リルの様子がおかしいのをずっと放置してしまったのは俺の責任だ。
 その尻拭いの意味も含めて、何としても鬼を止めないと。
「来ます‼」
「応ッ‼」
 ネコメの合図で俺はテーブルから跳び、腕の構えを顎からボクシングのようなファイティングポーズに変える。
 ウェアウルフとしての戦い方が十全にできない以上、異能具は牙としてよりもメリケンサックとして使った方がマシだと思ったのだ。
 鬼の体長は目測で二メートルと少し。テーブルの上に乗れば、俺の方が半身分は高い。
 一体の鬼がこちらに近づくのを見て、俺は構えた拳で渾身のアッパーカットを鬼の顎に見舞った。
『グァ⁉』
 仰け反った鬼の両目に、俺は逆手に持った二本の牙を突き立てる。が、その寸前で鬼は仰け反っていた体勢から頭を振りかぶり、俺に頭突きをかましてきた。
「クソッ⁉」
 鬼の頭突きを防ごうと腕を引いて防御の構えを取ろうとするが、間に合わない。
 無防備だった腹部に鬼の頭が当たる寸前に何とか後ろに跳んでダメージを軽減したが、頭部の角が腹に擦り、白いシャツが鮮血で赤く染まる。
「痛っ……‼ この野郎ッ‼」
 本来ならこの程度の傷はウェアウルフの脳内物質の多量分泌で痛みを感じないはずだが、今は異能が不安定なせいか火で炙られたように痛い。
 焼けるような腹部の痛みを歯を食いしばって耐えるが、向き直った時には既に鬼の追撃が眼前に迫っていた。
 振り抜かれる拳に対して牙をクロスさせて受けるが、テーブルの上という不安定な足場のせいで踏ん張りが利かず、俺は後方に吹っ飛ばされた。
「がぁ⁉」
 振り抜かれた拳の勢いのまま、水の入ったグラスや料理が乗ったままの皿を全身で砕きながら後方のテーブルの上を滑る。
「チクショウ……食い物、粗末にしやがって……‼」
 倒れたテーブルを支えにして立ち上がると、俺を殴り飛ばした鬼がネコメの方に向かっていた。
「ネコメ、そっちに……⁉」
 二体の鬼に挟まれる形になったネコメに注意を飛ばそうとするが、ネコメの様子を見て言葉を止めてしまう。
 ネコメは鬼の攻撃を大きく回避することなく、紙一重で避け続けていた。
 鬼の拳はネコメの制服を掠め、後ろから迫る二体目の薙ぎ払いはテーブルの上に体を屈めてやり過ごす。
 ネコメの動きがおかしい理由は、鼻に付く錆鉄の臭いを感じ取って初めて理解した。
「ネコメ、お前、足が⁉」
 靴下だけになったネコメの両足は、血で真っ赤に染まっていた。
 割れたグラスや食器を踏んだという感じではない。
(あの時、切られていたのか……⁉)
 先ほど足を掴まれた時、ローファーを脱いで離脱した際に、鬼の鋭い爪で足を負傷していたんだ。
 白かった靴下は両足とも赤黒くなっているが、特に右足の出血が酷い。
 小刻みに動くたびにテーブルの上に血痕を刻み、足自体もほとんど動いていない。
 あれでは機動力を活かせないし、得意の蹴りも撃てない。この場から離脱することもできないだろう。
 足を庇いながら何とか回避を続けるネコメに、後方から迫っていた鬼は殴りかかるのをやめ、散乱したテーブルの一つを掴み、それを振りかぶった。
「ネコメッ‼」
 駆け出し、鬼とネコメの間に割って入る。
「だ、大地君⁉」
 ネコメが叫んだ刹那、俺の背中に衝撃が走り、投擲されたテーブルは粉々に砕けた。
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