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1章 彼女たちとの出会い

#1-1.魔王様崩御する

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 ある夏の日。一人の魔王が崩御した。

 人々はこの魔王を『マジック・マスター』と呼び恐れたが、数々の勇者を討ち破り、数多の城砦や都市を破壊したその恐怖の存在は、しかしあまりにも唐突に、自らの城の寝室で眠るように死んでいた。

 これにより、魔王によって束ねられていた魔族達は大いに混乱してしまう。
主だった側近は皆が魔王のイエスマンだったが、多くが魔王亡き後の事を考えておらず、実際に魔王を失ってからは保身に走るばかりで、自分の領土を守りはしても魔族全体の事などこれっぽっちも考えなかったのだ。

 結局、種族ごとに対立を生むばかりで何一つ解決しない魔族たちの話し合いは、魔界全体に大きな隙を作り、その間に人間達の軍勢はそれまでの恨みを晴らさんとばかりに魔族に奪われた領土を次々襲撃し、取り返していった。
人間は生命力こそ魔族と比べ弱いが、そこそこ知恵が回り、団結すると結構強かったのだ。
 
 次期魔王は誰にするか、という議論に決着がつく事はなく、そのままじわじわと人間達に蹂躙じゅうりんされ続けること十年が経過した。
果てには種族ごとに内乱まで起こすに至り、魔王が存命中に手に入れた人間の領地は、そのことごとくを人間の軍によって奪い返されてしまう。
魔王はあまりにも強く、賢く、そしてワンマン過ぎたのだ。
そのカリスマを失った魔族達は、他にまとまる術を持ち合わせていなかった。


 更に夏が過ぎ、人間と魔族の領土がちょうど半分半分にまでなった辺りで、人間達の進撃はようやく止まる事になる。

 ある中年魔族の領土が勇者率いる人間軍に攻め込まれ、居城が攻撃された。
この魔族は変わり者として知られ、人間との戦いがあっても自ら戦おうとしない為、周囲からも呆れられ、半ば放置気味に閑職をあてがわれ、好き放題に遊んで暮らしていた。
趣味人であった彼は、自分の城の至る所に自分の趣味の絵画を飾り、自分の寝室には大量の呪いの人形を設置し、宝物庫には数多くのマジックアイテムをしまいこんでいた。
城砦には一人の兵士も居らず、使用人すら何百年も昔に主人の奔放さに呆れて逃げ出し、一応扱い的には上級魔族のはずなのに、まるで落ちぶれた貴族のような暮らしぶり。
人間達は最初警戒したものの、あまりの無抵抗ぶりに気が抜けてしまい、彼の城砦を荒らしまわった。
彼が手に入れるのに苦労した珍しいマジックアイテムは、しかし人間達には無価値なモノに感じられたらしく、士気を高めるために火を放たれる始末。
 
――しかしそれは、彼にとって決してやってはいけない事だった。

 半ば不戦敗で降参ムードだった彼は宝物庫に火を放たれたと知るや激怒し、寝室に詰め掛けていた人間の兵士を瞬く間に皆殺しにした。
呪いの人形は決して死なない不死の兵隊となり、城砦を占拠していた人間達を無慈悲に殺戮していった。
勇者は『これぞ上級魔族の力か』と戦慄し、一命を以て倒さんと挑んだが、ものの見事に一瞬で首を落とされ、これが元で人間の軍勢はあえなく瓦解した。

 この勇者は、魔王が存命中から幾度と無く魔王と戦い、生き残った精鋭中の精鋭だった。
軍勢が攻め込んだ魔族の領地も、決して弱い領主ばかり狙われた訳ではなく、強力な上級魔族の砦に攻め込み、これを攻め滅ぼすだけの武威を示していた。
にもかかわらず、である。

 強力な勇者とその軍勢に手を焼いていた魔族達は、あまりにも予想外な変人の本気に度肝を抜かれた。
都合の良いことに彼は、変人であったが故にどの派閥にも属しておらず、更に彼自身も一種族一人だけのオリジナリティ溢れる存在だったが為に、種族ごとの対立に巻き込まれる事なく、ほぼ満場一致で次期魔王として祀り上げられる事となったのだった。
本人にとって、実に不都合な事に。


 こうして新たな魔王として魔族世界に君臨した彼は、とりあえず最初ばかりは魔王らしく振舞おうと、人間に奪われた領地の奪還だとか、先代魔王が奪い、人間に奪い返された領地をもう一度取り戻そうだとか目論んだりした。
歴戦の勇者を倒し、魔王として戴冠した事。
そして戦場においても縦横無尽に駆け巡り殺戮を繰り広げる不死の兵団と共に活躍する彼を見て、人間達は新たな魔王の存在に恐怖し、通例に基づいて彼を『ドール・マスター』と呼ぶようになった。
この呼び名は、程なくして魔界にも知れ渡り、誰に聞いても魔王の通り名であると通じるようになるまでそうは掛からなかった。


 だが、即位から半年ほど経って、彼は飽きてしまった。
別に彼は代々の魔王のように野心溢れ人類を滅ぼしてくれようなどと考えていなかった。
別に彼は他の魔族のように人間の血やら絶望やらにまみれた生活を望んでいた訳ではなかった。
彼が望む理想的な生活とは、即位前の、下級魔族も真っ青な没落生活そのものだったのだ。

 確かに魔王となり、欲しいものは何でも彼の手に入った。
かつて失ったマジックアイテムより遥かに価値のある品が、何の苦労も無く手に入るのだ。
最初こそは彼も狂喜乱舞したものだ。やる気も出るというものだ。
しかし、そんな濡れ手にあわな事は一度や二度偶然得たならともかく、毎日毎度、当たり前のように得られてしまうとどうでもよく感じるようになってしまうのだった。つまらないのである。

 そうして、魔王がやる気を失って、魔王軍は進撃が止まった。
魔族達は危機感を覚えた。先代魔王のようになるのではないかと。
状況はよく似ていた。
先代魔王は戦で大勝を得て満足して城に戻って、その後崩御した。
『まさかこの陛下までもが』
かつてを知る者なら、そう思わずには居られない。不安になるのだ。
魔族はメンタルが弱い者が多い。欲望に忠実すぎるが故に。
圧倒的な支持を以て即位した魔王は、即位後わずか一年足らずで徐々に上級魔族からの支持を失っていった。
元々変人だったのだ。
他の魔族が考えられないような事を平気でするような男だった。
その予想外すぎる所を先代魔王は呆れながらも買っていたのだが、そんな事知る由も無い他の魔族にとっては彼はただの変人であり、やはり自分達の王、魔界の盟主としては頼りなく感じてしまうのである。


「はぁ、今度は黒竜族からの陳情ちんじょうか……今月入ってこれで五回目だわ」
赤髪銀目の蛇女。魔王の側近であり、魔王軍随一の才媛であるラミアは嘆いていた。
彼女の役割は本来、野心に燃え、人間世界侵略を続ける魔王の補佐。魔王軍の作戦参謀。
今まで幾人もの魔王の補佐を続けた実に長命で有能な蛇女だった。

 そんな、戦にかけて右に出るものなしな名補佐官にこの度与えられた仕事は、魔王が面倒くさくて放り投げた事務処理や、各地の領民、兵士、上級魔族などからの苦情や陳情の処理。
その他、面倒くさくて頭を使う事はほぼ全てが彼女に押し付けられた。
どれも本来はその辺のそこそこ知恵が回る中級魔族あたりに与えられる仕事だったが、魔王はそんな事微塵も考慮せず、全部ラミアに押し付けたのだ。全部。

 更に彼女にとって辛い事に、今回の魔王は魔族全体のことなんてまるで考えず、好き放題にしていた。
いや、別に先代までの魔王が民をおもんばかって行動した事なんてほとんどなかったし、皆好き放題に野心や欲望のまま暴れていただけなのだが、人間に対しての暴力だとか戦だとか殺戮だとかは、割と魔族的に支持されやすい傾向が強いので、それらをやる魔王はむしろ民の支持を受けやすい。
だが、今回の魔王はどうにも変人で、途中で突然『飽きた』と一言言い出して、全て放り投げて自室にこもりっきりなのだ。ひきこもりなのだ。ニートかもしれない。

 部下にとっては実に迷惑な話だった。おかげで他の上級魔族はイライラがたまり、次々不満が噴出していく。
民も不安がる。兵士も士気が駄々下がりだ。魔王の下全軍を統括するラミアにとって、とてもいただけない。
各地をまとめる諸侯の間にも不満が広がっている。
面倒な事に上級魔族の一部は魔王の不支持まで発言しだしている。
ラミアにとって、今の魔王が魔王から引きずり下ろされる事そのものはそれほど感情は湧かないが、自分が補佐した魔王が、という点を考慮すると実に許しがたい事態だった。
蛇女は数ある悪魔種族の中でもとてもプライドが高い種族なのだ。そのプライドが許さない。
結局こうして、いつものように彼女はひきこもりをこじらせた魔王の部屋へと向かうことになっていた。


 魔王の部屋。私室。執務室。とにかく大きな部屋だった。
魔王の部屋と聞くと人間の勇者達は邪悪なオブジェやら呪いめいた絵画等が飾られた、いかにも邪神を信仰してそうな狂った部屋を想像するらしい。
時には歩くだけで電撃の走るバリアやら、踏み抜くだけで鉄靴が溶けてなくなる高熱の床等が当たり前のように設置しているだとか、そんな生活に不向きすぎる構造なのだと力説する学者もいる。
まあ、そんなの魔族ですらトラップルームに仕掛ける程度なのだが。
当然ながら魔王の住まいにそんな危険な罠は存在していない。

 執務室などと言うと聞こえは良いが、実際は魔王のプレイルームだ。
遊ぶための部屋であり、趣味の部屋である。
故に魔王以外はごくわずかな側近以外入る事は許されない。掃除すらさせない。

 そんな趣味の部屋なので、ここだけ魔王好みの調度がなされている。
部屋の至る所に設置されている様々なサイズの呪いの人形。ずらりと並んでその数二千。
それぞれ異なる服装や顔立ちの少女の人形で、見る者が見ればそれら全ての素材が尋常ならざる材料を元に造られたモノであると戦慄するであろう品ばかり。
壁には魔界でも希少な特殊構造の人物画。
描かれた人間の娘らしき少女は、既にこの世界には存在していないと言われている。
本棚に収まっている書物はいずれも魔界の書店では手に入らぬ希少な品ばかりで、通常とは異なる特殊な言語法則や専門用語を用いて書き出されているため、魔界においてはそれらに精通している魔王以外の者には読み解くことすらままならない。
血のように紅い絨毯の上に無作法に置かれているオブジェは、いずれも人の形をした人ならざる駆動鎧であり、やはりこれも人形同様、魔王の意のままに動く呪われた品であると言われている。

 魔王の趣味は他の魔族には理解できないほど高尚なものであり、そしてそういった類のものは大体にして、それが趣味ではない多くの者によって『変わった趣味』の一言で片付けられる。
古参のラミアですら、他にそのような部屋は見た事もないと驚くほど。
長く生きて様々な魔王と関わりを持ってもやはり、今回の魔王ほど変わった趣味を持った者はそうそう現れないのである。歴史とは存外、あまり循環していないのだ。
 
 そんな部屋の中、魔王は何をしていたのかというと、時計の手入れをしていた。
お気に入りの懐中時計だった。
別段強力なマジックアイテムであるとか、いざという時の最終手段に使うキーアイテムだとかではない。
ただデザインが気に入ったから愛用しているだけだった。
魔王は割と時間には正確な性質で、その辺りの事、決して妥協しない。
「これでよし……と」
綺麗に布で拭き終わり、ネジを巻いて時間を秒単位で調節する。最後に専用のケースに入れ、プラチナのチェーンに首を通し、懐に入れる。
そして一仕事やり遂げたような男の顔をする。実に満足げな、満ち足りた爽やかな笑顔だった。
「実に不愉快な笑顔ですわ」
ラミアはというと、そんな程度の事でやり遂げたような顔をする主に、軽いめまいを覚えていた。
「おやラミアじゃないか。どうしたのかね、また誰かの陳情でも伝えにきたのか?」
不機嫌さをあらわにするラミアに対し、魔王はそれを叱責する事なく気さくに迎える。用件なんかを聞いたりもする。
「ええ、その通りです。黒竜族の長から『いい加減戦争を再開してくれ』と……」
「あいつらは何かと言うと戦争戦争とやかましいな」

 竜族というのは、魔界においてかなり強力な部類の種族。
その中でも黒竜族というのは一際凶暴。一番怖くて一番性質が悪い。
性格は高圧的で、無類の戦好き。
他の竜族以上にプライドが高く、たとえ魔王相手でも気に入らない事があれば即座に噛み付く。
短気で乱暴。傲慢。魔王じゃなくてもあまり相手にしたくない種族である。
ランキングでもあれば魔界一嫌われてる種族に確実にランクインするであろう程には。

 この、嫌われ者の黒竜族だが、非常に強いため、戦争においてのみものすごく重宝されている。
放って置いても勝手に人間世界に単身殴りこみ、勝手に砦やら城やらを崩壊させていくのだ。
竜は生きている戦略兵器であるが、黒竜は更に輪を掛け生きている災害とでも言ったほうが正しい。
何せ、味方の魔族ですら制御できないのだ。
ただ、敵のいなくなった拠点を占拠するのは楽なので、やはりこの生物災害は戦争時において極めて有用だった。

 その生物災害達は最近、魔王に度々陳情を上げている。
内容は毎回同じ。つまり『俺様達を暴れさせろ』とかそんな感じで。
一応魔界の盟主は魔王なので、魔王軍最強種族の黒竜族であっても、魔王から戦うなと言われればその命令は無視できない。
無視できないが、やはり気に入らない事があると噛み付いてくる。
この下からの突き上げが、魔王には非常に鬱陶しい。
なので毎回無視する。無視されて更に部下のイライラは増すのだ。
ラミアは毎度毎度このイライラした生物災害達をなんとかしてなだめてきたが、流石にそろそろ無理が出てきた。
いい加減ガス抜きが必要なのだ。

「今のままでは黒竜族のみならず、戦争を進めたい者が反旗を翻しかねませんわ」
「本当に面倒くさいな魔族って奴は」
魔王はまるで他人事のように、ラミアのほうすら向かずに今度は人形の手入れを始める。
ベッドに座っている手のひら大の金髪の人形。
一際上品な衣装を纏ったそれは、他の人形とは一線を画する造形美を誇る品である。
「陛下、いつまでこうしているおつもりですか? 人間達は再び兵力をかき集め、我らが領土を狙っているのですよ?」
その様に、ラミアは苛立ちを隠せない。
いや、最初の頃は隠そうとしたが、最近ではもうそれは無意味だと気づき、やめた。
普通の魔王ならこんな不遜な態度をとれば即刻処刑だ。
殺されるか、あるいは前線に左遷させんされ短い生涯を終えるところだ。
ところがこの魔王は、どんな事を言われても眉一つ動かさない。
良くない知らせを報告しても、いつも苦笑いである。
部下からの陰口を聞いても何ら気にした様子すら見せないのだから、ラミアには不可解であった。
 
 理解できないのだ。今までの魔王を見てきた彼女には。
威厳もなく、ただ趣味に没頭するだけのこの中年魔王に、冷静なはずの彼女は調子を崩され続けていた。
自然、フラストレーションはたまり続ける。
自分がやりたい仕事ではない仕事を押し付けられているのも、大きな要因ではあるのだが。

「人間はそんなに数があるのかね?」
「当たり前です。奴らは私達魔族と違い、いつの間にか増えてどこからか湧いて出てきますから」
ラミアに限らず、魔族の人間に対する認識なんてものは大体そんな感じだった。
虫やら魚やらと同じで、放っておくとどんどん増えるのだ。
殺しても殺してもキリがない。なので殺しても罪悪感が湧かない。
むしろ目障りだから殺す。と言った具合に。
多くの場合、魔族視点での人間とは鬱陶しい害虫の様な存在であった。

 ただ、これは魔族的には何一つ間違っていない倫理観なのだが、魔王的には少し同意しかねるのか、その発言に対してはやはり苦笑いしていた。
一瞬振り返り、「そうか」とだけ呟き、また人形のほうを向く。
左手には上品な布地のミニチュアドレス。人形の替え着である。
しばらく黙って見守っていたラミアだが、段々沈黙に耐えられなくなり、爆発しそうになるまでそう大して時間は掛からなかった。

「別に戦争を続けても良いんだがな」

 ふと、魔王が背を向けたまま、独り言のように呟いた。
今まで頑なに戦争再開を拒んでいた魔王が、突然に、なんとも潔くその言葉を呟いたのだ。
ラミアの受けた衝撃は生半可ではない。
「ほ、本当ですか? 人間との戦争を、再開してもよろしいのですね?」
驚きながらも、やはり戦時の名補佐官は、できる限り冷静にその真意を探ろうとする。
確認を取る。言質だけでは不安なのだ。
この魔王のこと、何を言い出すか分かったものではないのは今までで十分勉強したつもりだった。
「かまわんよ。別に私も、人間に領土を奪われるのが嬉しい訳じゃないしな」
しかし、ラミアの心配はよそに、魔王はこともなげに戦争を肯定する。
ラミアは歓喜した。戦争が出来る。これで陳情地獄から解放される、と。

「では、早速主だったものを集め、軍議を……」
「ただ、条件があってな」
すぐにでも決めるべき事を決めてしまいたい、明日にでも攻め入りたい、と逸る心を抑え退室しようとするラミアに、しかし魔王はその心にブレーキをかけるように言葉を付け足していく。
おかげでラミアのテンションも一気に下がった。
ああ、やはりそうくるか、と。早くも諦観が漂い始める。
「条件、ですか……?」

 先代までの魔王ならば、例えば『一日で城を攻め落とせ』だの『敵の城の前に一夜で砦を築け』だの無茶な要求が多かったものだが、ラミアはその類稀な軍略と経験で全ての要求をこなし、常に魔王の側近という立ち位置を維持していた。
その言葉は本来、ラミアにとって戦争を楽しむ甘美なスパイスであったが、流石にこの謎の多い中年魔王の言う条件とやらには胡散臭さを感じる。
自然、頬に汗が伝っていた。

「女子供は殺さずに捕虜にしろ。捕虜の扱いは魔族同士での戦いが起きたときのそれと同じで良い」
「ほ、捕虜ですか……? 人間を? どうしてまたそんな……」
「それから、人間の作った建築物や道具類……わずかでも生活に根差す何かがあったなら、それは焼かずに極力保存するのだ」
ラミアの疑問に魔王は答えず、続けた。
断る事などありえないと解りきってか、部下の都合など知った事ではないという意味なのか。

 そうは言っても、今回魔王から出された条件は、少し工夫すれば容易にこなせる程度のものだった。
軍事を司るいくらかの上級魔族に言って聞かせれば、次の戦いの時には全軍がその通りに動くであろう、とても簡単な話だった。

 ただ、それはあくまで、全員が魔王のイエスマンだった場合の話。
「ですが陛下、それでは黒竜族は戦争に出られません」
巨大なトカゲの化け物となり、全てを破壊せしめ、凍てつかせたり毒まみれにしたりするブレスを吐く黒竜族が、ラミアの一番の懸念であった。
「出さなくて良い。あいつらやかましすぎる。少し頭を冷やさせろ」
魔王はというと、事あるごとに騒ぐ黒竜族に軽い苛立ちを覚えていたのだった。
「黒竜族が黙っているとは思えません。今以上にやかましくなりますわ」
暴れるの大好き殺戮が大好物の彼らが、そんな仕打ちを受けて黙るとは到底思えない、というのがラミアの率直な感想だった。
今まで以上に陳情や苦情の嵐になるはずだ。途方に暮れてしまう。
「それが戦争の再開条件だ。満たせないなら無理にしなくてもいいのだぞ」
肝心の魔王はというと、これ以上は妥協の欠片も許さず、ぴしりと言い放ったのだった。

 それきり魔王は黙り、また人形の手入れを始める。
始終背を向けたままだったが、それがこの戦争に対する魔王の立ち位置なのだと伺い知るや、ラミアはこれ以上の譲歩はないであろうと判断し、恭しく頭を下げた。
「では、その条件で戦争を再開させていただきます」
魔王の無言を了承と受け、ラミアは静かに退室し、時間をおかずに関係各所に迅速な通達を行った。




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