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3章 約束

#11-1.ベルン砦-帝都街壁部防衛戦

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 南部のゴーレム軍団は、帝国との国境を越え、既に帝都近郊のベルン砦にまで迫っていた。
文字通り最後の砦とも言えるベルンは、その装備も対竜・対魔法に秀でた優れた砦ではあるが、物理的な破壊力に優れるゴーレムの前には無力である事も予想できた。
激震と石のこすりあう奇妙な異音。
轟音が鳴り響き、鉱物兵器『ゴーレム』は砦へと突き進む。

「これがゴーレム……」
砦にて直々に防衛の指揮を執る皇帝シブーストは、次第に近づいてくる鉱石の巨兵を目の当たりにし、その巨大さと無機質さに戦慄した。
身の丈8メートル程の無骨な人型。
ドラゴンを除けばどの生物よりも巨大な化け物。
腕の一本を取っても下手なドラゴンの腕より太い程で、これで殴りつけられれば、砦の門など容易く撃ち破られてしまうだろうと思われた。
目などはなく、口のように開かれた穴にそのゴーレムの身体を構成するコアが埋め込まれている。
理論上、このコアを破壊する事が出来ればゴーレムはただの鉱物の姿に戻るらしいが、土くれやただの石で出来ているならともかく、硬い鉱石でできているコアを狙って破壊する事は困難を極めると思われた。
そんな、まっとうに戦えば倒す事すら困難な巨兵が見渡し溢れるほどに進んでくるのだ。
移動速度そのものは鈍重だが、これだけの質と数が揃えられると、それですら恐怖を煽られる演出と化していた。

「陛下、対竜カタパルト二十門、新型カノン砲三門、全て発射準備が整いました」
「敵は既に射程に入りつつある。目標を定め狙い打て。どんなに頑強な兵器といえど、大質量・大火力での攻撃を活用すれば撃ち破れるはずだ」

 もとより対竜装備に優れたこのベルンには、更に帝都より追加で対竜カタパルトやカノン砲等の物理破壊兵器が運び始められており、皇帝はこれにより迎撃するつもりであった。
持ち運びには苦労する巨大兵器達ではあるが、ベルンが帝都の目と鼻の先である事もあり、ゴーレムが当初の想定よりやや遅れて現れた為、なんとか間に合った次第である。
川の多い中央部の地形が帝国側に都合よく働いた結果であった。

 程なく砦側から爆音と風を切る轟音が鳴り響き、戦いは帝国からの先制攻撃により始まりを告げた。
巨大な岩石や砲弾が最前列のゴーレムに直撃し、吹き飛ばされたゴーレムは周囲のゴーレムの何体かも巻き込んで崩壊していった。
長きに渡り実戦や訓練によって練度を重ねたこれら兵器の命中精度はとても高く、初弾からその多くが命中したとの報告が上がる。
しかし皇帝は笑いもせず、緊張に引き締まった顔で戦場を睨んでいた。
「油断せず次弾の装填を急げ。カノン砲はカタパルト装填の合間に撃ち続けろ、敵を近づけさせるな!!」

 カノン砲とは、次世代の対軍・対竜兵器として開発された砲撃兵器である。
それそのものは従来の対竜兵器と比べ小型の鉄の筒にしか見えないが、これは砲と呼ばれる発射装置で、これを用いて近年にわかに注目されはじめた『火薬』を用いた物理砲弾と、魔法戦を想定した魔力砲弾の二種類の柔軟な砲撃が可能となっている。
その破壊力はサイズとは裏腹にすさまじく、カタパルトと比べ短時間で次弾の装填が可能な上、カタパルト以上の広範囲に対し攻撃が可能となっている。
比較的小型の為取り回しもしやすく、砲塔部分を動かす事によってある程度は自在に狙いをつけられる為、カタパルトに代わる最終兵器として一時は持て囃されていた。
しかし、量産態勢に入る前に人間世界における技術インフレーションが崩壊し需用が激減、その結果既に量産されている従来の対竜兵器よりも運用コストが高いままとなってしまい、結果一部の金持ち国家以外には配備されなくなってしまった。
アップルランドはその数少ない配備国の一つではあるが、実戦での運用は初めてで、本来対魔族用として作られたその火力が、同じ人間の軍に向けられるという皮肉この上ない結果となっていた。

 ゴーレムの破壊力をあらかじめ想定し、皇帝は最初から、近づけさせない事を前提として作戦を組んでいた。
敵の数は多い。近づかれたら手遅れなのだ。
どれだけ帝国兵が精強で高価な装備を身に着けていようと、そんなものは容易く蹴散らされるだけである。
圧倒的な物理破壊力の前に、生身の兵士では分が悪すぎる。相手にもならないだろう。と。
勝つためには遠距離攻撃で敵の数を削り続けるほかなかった。

 だが、砦からの投擲や砲撃の嵐の中、それでもゴーレム軍団は次第に距離を詰め、砦へと肉薄してきていた。
決して効いていない訳ではない。その数は確実に減っていっている。
だがそれ以上にゴーレムの数が多すぎた。対処が追いつかないのだ。
気が付けば、砦の前方のそのほぼ全てがゴーレムでとその残骸で埋め尽くされていた。
枯れ草色の世界が、灰色や紫や黒で塗り替えられていた。
「……この砦を放棄する、次の作戦に移れ。ここで無理をすることはねぇ、持ち運べるものだけ持って退がるぞ」
皇帝は、これ以上ここでの防衛は不可能であると判断し、即座に撤退命令を出した。
皇帝の指示に従い、兵達は動き始める。
手馴れたもので、カノン砲だけは運ばれたものの、他の対竜兵器は放置したまま速やかに撤収が完了された。

 後に残るのは無人の砦のみ。ほどなくゴーレムは砦に踏み入り、踏み潰していった。
――直後。すさまじい爆音が砦から鳴り響き、その業火の光は周囲の地形ごとゴーレムの一群を消滅させた。
「……たいした威力だ。もし魔法がなかったら、火薬が世界を変えていたかもしれんな」
爆音響く砦を尻目に、皇帝は一人ごちていた。
変わる事がなかった世界に小さく溜息をつきながら。


 ゴーレム軍団の侵攻がここで止まる事はなく、砦の自爆によってゴーレムのいくらかは消し飛んだものの、依然その数は圧倒的であった。
最後の砦の崩壊に伴い、帝国軍は主力の大半を南街壁前面に展開。
外壁上部やアプリコット内部にも対竜カタパルトやカノン砲が配備され、既に攻撃準備も完了していた。
皇帝もここに立ち、一大決戦に臨む形となった。
「出し惜しみしても仕方ねぇ。どんどん撃て!! 敵を近づけさせるな!!」
ここでも遠距離攻撃から戦いが始まり、距離を縮めるゴーレムに対し、帝国側は必死の抵抗により足止めしていた。
「……聞いた話では、ゴーレムは中に魔術師が入る事によって、魔法を使えるようにもなるらしいが」
しかし、ただ愚鈍に進むのみで、一向にその戦術を変える事がないゴーレム軍団に、皇帝は違和感を感じていた。
「敵のゴーレムが魔法攻撃をしてきたという報告はありません。かなり接近しなければ使えないか、あるいはまだ中に入っていないという事なのでしょうか?」
傍に控える将軍も現状をまとめるが、皇帝の懸念は解消される事はなかった。
「こういう時に魔法に詳しい奴でも居れば、少しは変わってくるんだがな」
ちっ、と舌を打ち、つまらなさそうにゴーレムを見やった。相手の戦術が解らない。厄介この上ない。

 そもそもの所、このゴーレムというものがどのように作られるのかも良く解らないのだ。
古代魔法の応用らしい事はエリーシャから説明を受けたが、泥人形や石くれを動かすのが精一杯だった旧来のそれと比べ、南部諸国の開発した現代版ゴーレムは別物と言って良いほど質がよく、結果文献などに残っている当時の知識の応用による対処がし難い。
皇帝は、自分のこの魔法的な無知さが、今はとても恨めしく思えていた。

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