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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#1-3.新たなる可能性

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「あいつも、あの性格さえどうにかなれば、もう少しマシな待遇にしてやるのになあ」
魔王がネクロマンサーを毛嫌いしている理由は大きく分けて三つほどある。
一つはヴァルキリーを身体・魂共に勝手に分解して、アリスたち自動人形を作った事。
二つはその性格・性質である。ジメジメとしていて鬱陶しい事この上ない。
そして第三に、これは極最近になって追加されたものだが、彼が同性愛者であるからである。
魔族は同性愛者に優しくないのだ。

 このうち、魔王はヴァルキリー解体に関してはもう大目にみてやっているつもりだった。
当初は激怒し殺意すら抱いたが、今の魔王にはもうアリス達人形が居るのだ。
ヴァルキリーのことは忘れられないし今でも未練が残っているが、ネクロマンサーの魔王に対しての態度を見れば、憎しみや嫌がらせでヴァルキリーを分解したとも思えず、恐らくはヴァルキリー自身がそれを願ってそうしたのだろうとも思えた。
その時の魔王には、自動人形が必要だったのだ。
まあ、そうは言っても残りの二つが致命的で、魔王は彼を牢屋から解放するつもりなど更々無いのだが。

「……しかし、何故あいつはそんなに人形作りが上手いんだろうな。魔族はサブカルチャー的なものを創造するのが苦手な者ばかりなはずなんだが」

 魔王はなんの気なしにふと思い至ったのだが、それは中々大きな疑問であった。
実際問題、魔王自身も、そして魔界における数少ない同好の士であるエルゼも、人間の描く様な可愛い女の子の絵を描くことはできないし、アリス達のような愛らしさに重点が置かれた人形を作ったりもできない。
絵が下手とか不器用とかではなく、そもそもの完成図が想像できないのだ。
そういった方向にイメージする力が弱いと言ってもいい。
結果、誰も癒されない絵や人形が生まれ、哀しみが深まった。

「私やエルゼみたいに色々と本を読み漁ったり、知識を吸収したりしてもできないものを、何故そういったものに興味もなさそうなあいつができるんだろうなあ」
ただの例外であるとも考えきれず、なんらか彼がサブカルチャーに関わりがあるのではないかと思考を巡らしたが、やはり答えは出なかった。
「お父様は多分、『そういうモノ』としては認識していないのではないでしょうか?」
ようやく恥ずかしがりから解放されたのか、アリスはややうっすらと頬を赤らめながらも、魔王の独り言に混ざる。
そっとベッドに腰掛けながら。やや乱れた髪を手櫛で整えようとして、他の小さな人形たちが櫛を片手に手入れを始めてくれたので、そのままに任せる。
「認識していない、というのはどういう事かね?」
それは、魔王としては興味深い意見だった。
自分ひとりでは解決されない謎に、わずかばかり光が射した形だ。
「お父様は多分、便利なマジックアイテムを作ってる位のつもりで私達を造っているのではないでしょうか? サブカルチャー的な趣味ではなくて……」
「……つまり、サブカルチャーではなく、実用品として完成形を想像させる分には、我々魔族でも事が足りる、という事かね?」
「言い切れはしませんが、私は旦那様が想像力に乏しいなどとは思いませんし、ラミアさんなどを見ていれば、ご本人が好きな事に関しては暴走していると思えるほどに、想像力を逞しく働かせているように見受けられますし」
確かに、ラミアなどは戦争の事やハーレム関係の事になると途端にやる気を見せ、様々な事を唐突にやりだそうとする。
それはある種、ラミアの個性のようなものであり、誰も思いつかないような『想像の産物』であると言えるかもしれない。
魔王にしても自身で自覚していないだけで、アリス視点ではやはり、そういった個性的な何かを考え出しているように見えるのかもしれなかった。
「だが、ラミアは試してないから解らんが、私は実際に絵を描いたり人形を作ろうとしたり……色々試してみたんだがな」
努力の末の挫折であった。魔王は『造る側』としての才能には全くといっていいほど恵まれていない、と自分では思っていた。
「それは、書物や完成形から情報を得るのみで、実際に作っている方から教えを乞うたりしていないからではないでしょうか?」
これにはエリーセルが返す。ゆったりとした菜種色のケープの先端を指で弄りながら。
「旦那様は、知識の貯蓄がお好きでらっしゃいますから、それに関しては余念がないとは思いますけれど、物事は何事も経験が大切だと言いますから……」
「つまり、知っているのと出来るのとでは全く違うという事か……」
「恐らくは。私どもも、お菓子作りなどは知識としてレシピを知っているだけでは失敗する事が多かったですから。これらはきっと、何度も失敗して身体に覚えさせる事が大切なのではないかと」
お茶の時間に出されるお茶菓子一つ取っても、人形達の苦難の歴史が存在していたらしかった。
「だが、そうか……そうなると、趣味としてサブカルチャーに興味を持っていなくとも、知らず知らずのうちにそういった方向に想像力を働かせることが出来る者が、魔族にもいる可能性があるのか……」
「お父様がそうだったのですからぁ、そういった方がいてもおかしくはありませんわねぇ」
のんびりとした口調でゆったりと背後から魔王に抱きつくノアール。背中に鼻をあてたりなんかもする。
「旦那様、お目当ての剣を手に入れた今、旦那様は次に何をお望みなんですの?」
何かを確認してから、再び顔を上げ、今度は少しはっきりとした口調で問うてくる。
「……次の行動までにはまだ時間がある。するべき事は少ないが……やりたい事は沢山できたなあ」
この度の人形達との会話で、今まで気付けなかった事に気づく事が出来た。その可能性を知る事が出来た。
魔王は子供のような悪戯気な表情で、これからどうするか、と考えを巡らせていった――
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