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5章 『勇者に勝ってしまった魔王』のその後

#10-2.アンナスリーズの村娘風

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 一方、魔王と黒竜姫は、周辺地域の賊討伐が終わるまでの間、テトラでの逗留を余儀なくされていた。
幸いにして今は付近の村で祭やら催し物が多いらしく、同じように足止めを受けた行商人らがわずかでも無駄を減らそうと商売に精を出し、それを同じように足止めを受けた旅人や旅芸人らが盛り上げ、村の規模の割には中々の賑わいがあった。

 そんなテトラの即興市を、魔王と黒竜姫はゆったりと眺めながら歩く。
「やあ、夕べ着いた時はわからなかったが、ずいぶんとにぎやかじゃないか。活気があるね」
楽しげに笑いながら歩く魔王。
「……そうですわね」
対して、黒竜姫はどこか不機嫌そうで、魔王の言葉にも上っ面で応えるのみであった。
「まだ機嫌が戻らないのかね?」
「……別に、そういうわけではありませんわ」
魔王に指摘されたのが余計に気に入らないのか、頬を膨らませそっぽを向いてしまう。
やけに子供っぽい仕草であった。
「アリスちゃんは、旅を円滑に進めるために先回りしてもらってただけなんだがなあ」
ぽつり、つぶやいた言葉に、黒竜姫ははっと魔王のほうに向き直る。
「本当にそうなのですか? 私は、ここから先はあの人形も含めての旅になるものと思ってましたが」
「それでもいいが、それだと君との二人きりの旅にならないではないか。そもそもその気なら最初からアリスちゃんを連れまわすよ」
むくれている理由がはっきりしはじめ、どうやらそれがアリスへの嫉妬だとか二人旅じゃなくなる事への心配からきた苛立ちであると解かり、魔王は苦笑してしまう。
「ま、この旅の間中は、君と二人の旅になると思うよ。コニーとレナスはまあ、別としてもね」
貴族夫婦の旅であれば、アリスのような立派な侍女が傍に仕えているのは何もおかしいことは無いのだが、魔王自身、今回の旅では思うこともあるのか、あくまで黒竜姫との二人旅に固執していた。
「とにかく、今はここを楽しもうじゃないか。あわてても仕方ないしね」
賊など討伐せずともこの二人ならば容易に目的地までたどり着けるはずだが、それでは警戒されてしまう恐れもあった。
金色の竜の力がどれほどのものかは未知数であり、またどこまでが彼のテリトリーであるかも定かではない。
結局、彼らは人間のフリをして山へ近づくしかないのだ。ならば楽しもう、と、魔王は割り切っていた。
「……はい」
魔王の慰めに、黒竜姫も少しずつ機嫌を直していく。
自然、以前では考えられないような穏やかな微笑みを魔王に返していた。
「うむ、いい笑顔だ。では行こうか、アンナ」
あまりに自然な流れで名前を呼ばれ、黒竜姫も頬をそっと赤らめる。
初々しい貴族の新婚夫婦、と言うには夫役があまりにお年を召してはいたが。
それと言われれば誰もが納得するくらいには、役にはまったカップルであった。


「これなんか似合うと思うんだがどうだろうか?」
市の中、あまり見ないような衣装ばかりを取り扱っている店を見つけ、魔王らは足を止めていた。
「ん……少し地味ではないでしょうか?」
「では、こちらはどうかね? スカート丈こそ長めだが、背の高い君には丁度いいんじゃないかな?」
「いえ……でも、これも少しばかりおとなしすぎるのでは」
「仕方ない、ならこれだ。胸元はやや大胆に開いているが、それ以外は結構その、なんというか――」
「ですから、先ほどからずっと地味な服ばかり選ぶのは、なぜですか?」
黒竜姫の目立ちすぎる服装をなんとかしようと考えていた魔王は、市で並ぶ民族衣装を見て「これだ」とばかりに食いついた。
そして、どの服がいいかとあれやこれや見ていたのだが、肝心の黒竜姫はあまり乗り気ではなかった。
「なぜって……あまり目立ちすぎる服ばかりだと、面倒ごとに巻き込まれかねないじゃないか」
理由を考えるのも面倒なので、魔王はあっさりと白状した。
「そ、そんな理由で……」
「そんな理由って、とても大切じゃないか。実際、君は見栄えが良すぎるから、色々と人の視線を惹きつけ過ぎるんだ」
長身で美形、スタイルも抜群。おまけに服装も高級品ときては、目立たないほうがおかしい。
実際市ですれ違う人のいくらかはわざわざ振り向いてまで黒竜姫を眺めたりしていた。
「せ、せめてもう少し品位のある格好をさせてください。こんな……見栄えの悪い服など着たら、まるで使用人のようではないですか」
黒竜姫は黒竜姫で、魔王の選ぶ服がどれも微妙なセンスの物ばかりで、心底困り果てているようであった。

 魔王が今手にとっている衣装は、北部で若い娘がよく着る白のブラウス。
これに特徴的な花柄の刺繍が入った黒のワンピース型のエプロンスカートを履き、頭にはやはり黒色の、大きなリボンのついた帽子をかぶると、いっぱしの山岳地帯の娘の格好になる。
伝統的なヤギ飼い羊飼いの仕事着も兼ねていて、ポケットの多くついた長いエプロンスカートは、実用的ながら見た目はやや地味である。
頭のリボン付き帽子は華美といえなくも無いが、全体的な色合いもそうであるが、実用向きという意味ではメイド服とそう大差ない代物であり、おおよそ「可愛い」だとか「綺麗」だとかいうイメージからはかけ離れていた。

 何より黒竜姫的には『田舎娘っぽくなる』というのが一番許せない点であった。
魔界でもトップクラスのお洒落さんを自認している黒竜姫には、このなんとも芋っぽい服装が、格好悪く見えて仕方ないのだ。

「君は結構、服の好みにうるさいんだなあ。仕方ない、もう少し見て歩くか……」
いいと思ったんだがなあ、とぶつぶつ呟きながら、魔王は手に取った服をそのまま戻す。
魔王としては、自分の人形たちと同じ感覚で服を選んでやっていたつもりだが、今まで全く拒まなかった人形たちと比べ、やはり生身の娘というのは扱いにくいものなのだと思わされていた。先ほどの件も含めて。
そのやや後ろを遅れて歩く黒竜姫は、わずかばかり微笑をもらしながら歩いているのだが、後ろを歩いているが故にその表情は魔王には見えず。
しばしの間、二人きりの時間を楽しむこととしていた。

 結局、この日はあれやこれや色んな店を見て回り、最後の方に見た服屋で見つけた民族衣装をようやく黒竜姫が認めた為、着替え分も含め三着ほど購入する事となった。

「……んー。こんな感じでいかがでしょうか?」
宿の部屋を使って着替えを済ませた黒竜姫は、薄樹肌色のブラウスの上にサラァンと呼ばれるワンピースを着ていた。
頭には花柄の刺繍の付いた褐色の飾り。艶やかな黒髪は後ろで白いリボンにまとめられており、一本に編みこまれていた。
全体的におとなしめな印象を受けるものの、胸元はしっかり主張されており、それでいて足回りや腕先まで刺繍の入った布が行き届いていて、細部まで優雅に飾られている。
同じ店に置かれていた仕事着としての同系統の服が地味そのものであったのに対し、こちらは儀礼・祭事に用いられるものだとかいう話で、それらしく乙女を彩らせていた。
「いいんじゃないかな。似合ってると思うよ。その頭の飾りとか結構良い感じだ」
前髪の上を飾る半円形の装飾なんかは、メイドが付けるブリムのようにも見え、「こちらの方が使用人っぽくないか?」と気にもなったが、本人が気に入ってくれたのだからと魔王は突っ込まないでおいた。
「ふふっ、そうですか? これ位ならそんなに芋っぽくないですし、まあ、我慢できるレベルですわね」
スカートを軽くつまんでみたりしながら、姿見で背中の見栄え等も見るが、少しして黒竜姫は満足げに息をつく。
「ん、やっぱり私はこうじゃないと」
彼女なりのこだわりのラインは抜けたらしく、めでたくこの衣装での旅が決まった瞬間であった。
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