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7章 女王

#3-2.混沌を望むモノ

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「なぁんか、思ったより面白い事になってきましたわねぇ」
ガトー国王らが宿泊に使っているという宿を前に、ロザリーは腕を組み、ほくそ笑んでいた。
同志らをその日のうちに衛兵として城に『帰還』させたのも束の間、情報収集と魔族側の間者が潜んでいないかの探索で街をうろうろしていたロザリーであったが、街に馴染まない、もっと言うなら祭の中に浮いた服装の一団がいる事に気付いたのだ。
しばし遠巻きに眺めていたが、彼らは別に自らを隠そうとしている訳でもなく、身に纏う装備・装飾品から容易にその正体の推測もできたのだが、これがロザリー的に面白くて仕方が無い。
「ガトー王国のキャロブ王。もしや帝国に助力でも嘆願しにきたのかしら? だとしたら、衛兵たちの帰還は最高のタイミングになるはずですわぁ」
通りもまばらな時刻であったが、それでも目立つ独り言。
一人ニマニマと笑っている金髪の娘に、街行く人々は怪訝な様子で足早に離れていく。
「おっといけない……私とした事が」
しかしそこでハッと気付き、ロザリーは口元を袖で隠す。
かなり手遅れだが、本人的には気を遣ったつもりであった。
きょろきょろと回りを見渡した後、小さくため息。
「はあ、まあ、聞かれて困るものでもないし」
別に良いかしら、と、割り切る事にしていた。ロザリーはこの辺りさばさばしていた。
(それにしても、薄い警備ですわぁ。これ位なら潜入も可能かしら……?)
なんとなしにのほほんと宿に近づく。あくまで一般人のフリで。
一歩、二歩……三歩目でローブ姿の男達がぴくりとロザリーに視線を向ける。
それを見て、ロザリーは笑みを湛えながら、自分から男達の前に向かう。
「む……?」
そして、彼らの前に立って、その厳つい顔を見上げた。

「おじさん達、なんでローブなんて着けてるんですの? 今はお祭。収穫祭ですよ?」
さも何も知らぬ乙女のように。祭に浮かれる娘のように。ロザリーは兵士たちに笑いかける。
可愛らしくも色気を漂わせる民族衣装を手で弄ったりしながら、祭である事を強調する。
兵士らは、互いに顔を見合わせ困ったように笑っていた。
「お嬢さん。折角だが、私達は大切な仕事の最中なんだ。悪いが……」
一応怯えさせないように配慮してか、一人がやわらかい口調で追い払ってきた。
「そうなんですか。お仕事がんばってください」
ロザリーも無意味に踏み込んだりはせず、追い返されるままに追い返される事にした。
「ああ、ありがとう」
にこやかぁに微笑み、一礼。そのままロザリーは宿から離れた。

 少し離れた物陰で振り返り、再び宿を遠巻きに眺める。
(堅物の集団という訳ではなさそうですわね。身のこなしはまあ、一国の精鋭クラスかしら。当然といえば当然ですけれど)
去り際、残された兵士達は心なし頬が緩んでいたが、ロザリーはそれを見逃さなかった。
彼らの視線の鋭さそのものは王の護衛というだけあって中々のモノであったが、彼らの中の甘さが隙になるかもしれない、と、ロザリーは考える。
(年頃の娘には興味惹かれる方もいるのかもしれませんが……これは崩すのが楽そうですわねぇ)

 精鋭とて人間である。
人の心の隙を突くのが好きなロザリーにとって、相手が精鋭であろうと素人であろうと大差はない。
心に鎧を纏っていなければ、精神的な隙は守れないのだから。
そこに油断が生まれれば、そこに慢心が生まれれば、人というのは意外なほどに脆く崩れ去るものなのだ。
故に、ロザリーはその隙を見つけようとする。付け入ろうとする。
ただの日和見ではない。ただの気まぐれではない。
頭の中では既に、一つの計画が組み立てられていた。
その為の調査である。その為の『試験的接触』であった。
結果は良好。この瞬間から、ロザリーは計画を実行に移す事を確定した。
後は情報を待ち状況を作り実行するだけ。シンプルなものである。

「ふふん、ふふふん♪」
後々を考えるとにやけ顔が治まらない。
きっと楽しくなる。きっと面白いことになる。
退屈で大変そうな任務が華やぐ瞬間。
ロザリーはそれを待ち望み、自分の任務が楽しくなるように作り変える事にしたのだった。
「ああ、やっぱり私って素敵。私って最高ですわぁ♪ ふふふっ」
色の濃い金髪を揺らしながら、ロザリーは一人、アプリコットの街を駆け出していった。
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