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11章.重なる世界

#2-4.狂乱の姉妹喧嘩勃発

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「タルト皇女だけじゃないわよ。エリーシャ女王も、死んだわ」

 ずっと空気を読んで黙っていたカルバーンは、厳しい目つきでそんなエルゼを見やりながら、ぽつり、呟いた。
それは、ただうつむき泣きじゃくっていたエルゼが、カルバーンを睨みつけるには、十分すぎる一言であった。
「カルバーン、君は何を――」
「あんたがこの城でわんわんわめいてる間に、世界は目まぐるしく変わっていくわ。エリザベーチェ、あんたは何か変われたの? 私には、あんたはわんわん泣いてた赤ん坊の頃と違いが解らないわ」
甘えるな、と、厳しい言葉を吐く。
「何言ってるんですか、貴方……あなたに、何が解るんです!?」
「なんにも解んないわよ。なに、周りの人はあんたの事全部知ってなきゃダメなの? 馬鹿言わないで頂戴。あんたのことなんて誰にだって……そこにいるあんたの師匠にだって解んないわよ! 解んないから、言わなきゃ伝わんないんでしょ!!」
金髪を振り乱しながら叱り付けるようにエルゼに詰め寄るカルバーン。
エルゼも歯を食いしばりながら睨み返し、首元を掴もうとするカルバーンを手で弾き退ける。
「誰なんですか貴方は!! 私と師匠の邪魔をして!! なにさまなんです!? エリーシャさんが死んだなんて、そんな事っ」
「死んじゃったわよ! すごく良い人だったけど、侍女に刺されて死んじゃったわ! 笑顔で。満足そうに。すごく幸せそうに、悲しい死に方しちゃったわよ!! あんたがここでいじけてる間に、あんたの大切な人は次々死んでいくわ! きっとそうなる!!」
「ふざけないでください!! そんな言葉、誰が信じ――ああっ、あなたっ!! 夢の中の人っ!!」
半ば口論に発展していたが、間近で見るうちに、やがてエルゼが何かに気づいてか、驚いたように眼を見開く。
「夢の人……?」
「私の夢で、いつも黒竜の姉様の隣で私のほっぺた引っ張ったりつねったりしてた人です!! なんなんですか貴方!? なんでまた私の前に来るんです!?」
あきれたことに、カルバーンは赤ん坊だったエルゼも虐めていたらしい。
「えぇっ!? 何よそれ……確かにほっぺたとかひっぱってたけど、そんな事位で――」
「そんな事ってなんですか!? すごく痛かったです!! 夢の中でなんどもリピートされて拷問みたいでした!!」

(……あれ、なんだこの流れ)
いつの間にか、魔王はアリスともどもおいてけぼりを喰らっていた。
陰鬱いんうつな話から、ただの姉妹喧嘩にシフトチェンジしてしまっていたのだ。
エルゼも興奮気味にまくし立てるが、先ほどまでのように暗さは無く、純粋に怒りによって言葉をぶつけているらしかった。
(旦那様、もしかして今がチャンスでは……?)
ずっと黙っていたアリスであったが、これが好機なのでは、と、魔王に耳打ちする。
(ああ、そうだな……確かにそうだ)
本当に良いのだろうか、と、思いながら二人を見ていたが、ある時カルバーンがちらちらとこちらを見ていたのに気づき、これがカルバーンの策だったのだと気づかされ、覚悟を決める。
(よし、先を急ごう――)
エルゼの気がカルバーンに向いている間がチャンスだった。
そろそろと背を向け、参謀本部へと急ごうとする。

「――どこへ行こうとしてるんです!? 私のお話はまだ終わってません!!」
だが、そうはいかない。
ぶわ、と、何処からともなく収束し、魔王らの目の前にエルゼが立ちはだかった。
「エルゼ……ううむ、参ったな」
戦わねばならないのか、と、苦渋の面持ちで拳を握り、構えをとろうとする魔王。
心底嫌だったが、きっと辛くなると解っていたが、それでもどうしても邪魔をすると言うなら、仕方ないのか。
そう思いながらも、しかし、やはり行動には移せず、魔王は構えを解いてしまう。
「……君とは、戦いたくないなあ」
悲しそうにぽつり、呟いて、そのまま歩きだす。
それをエルゼが阻もうとするなら、仕方ない。甘んじて受けよう、と。
ガードすらせず、完全に無防備なままエルゼの横を通り過ぎようとする。
「――行かせませんっ!!」
だが、エルゼはムキになっていた。自分を無視して横を抜けようとする魔王に、つい・・攻撃を加えようとしてしまう。
「ブラッド――」

 そこで、全てが止まった。
エルゼが繰り出そうとしていたブラッドマジックはぴたりと静止し、エルゼ自身も動かなくなっていた。
「……む?」
何が起きたのか、と、不思議そうに首を傾げる魔王。
「え、なんで動けるの……?」
驚きの声は後ろから。振り向けば、カルバーンがぽかんとしていた。
「カルバーン、君が何かしたのか?」
停止した世界。それは見れば解る。そして動けるのはカルバーンと自分だけとなれば、魔王にはいくばくか覚えもあるのだが。
「時間を止めたのよ。だけど、なんであんたは動けるのよ」
「まあ、私には全ての属性の魔法が通用しないからなあ。コマンドによる影響はまだいくばくか受けるが、魔法の類は基本的に『私が受けようとしない限り』一切効果を成さない」
極めて自分本位な特性であった。属性『完全なる無』の最強たる由縁である。
「……まともな奴だとは思わなかったけど、まさかそんなイカれた属性持ってたなんて」
最早これは驚きと言うよりは呆れというべきか。
カルバーンは小さくため息をつき、手の平をふらふらと振りだす。
「もういいわ。さっさと行って頂戴。そろそろきつくなってきたし、これからも使うから、邪魔だわ」
「ああ、解った。すまんが、アリスちゃんも進ませてやってくれ」
「……まずはあんたが前に進まなきゃでしょ?」
ずずい、と、顔を寄せながら、薄い水色の瞳が魔王の黒を覗き込む。
「私の養父さん殺して妹を泣かせた奴なのよ。ぶん殴ってやって頂戴。エルゼ黙らせたら、私も一発叩き込んでやるんだから!!」
勝ち気な顔であった。
やはりというか、この娘といると気が楽になるのを、魔王は感じていた。
安心できるのだ。全くブレないその腰の強さが、なんとも羨ましかった。
「頼んだ」
だから、魔王は一言言うだけで、その場から駆け出した。


「レイ――きゃうっ!?」
魔王めがけブラッドマジックを発動させようとしていたエルゼだったが、動き出した時の中、カルバーンが肉薄しており、眼前にはその拳が迫っていた状態だった。
真正面からこれを眉間に叩き込まれたエルゼは、何が起きたのか解らないまま玉座へと叩きつけられそうになり――直前で分散、衝撃を回避した。
「な、何が――痛い……なにするんですかあなた!?」
涙目になって額を押さえるエルゼに、カルバーンはにや、と笑って見せていた。
「おいたしようとした子におしおきしただけよ。次はお尻ぺんぺんが必要かしら?」
「なっ――こ、子ども扱いしないでください!! 怒りますよっ」
「ぷっ、まるで子供ね。ああごめんなさい。あんたまだ赤ん坊だったわね。ママのおっぱい吸ってた赤ちゃんだものねー」
激昂するエルゼに、カルバーンはによによとからかい始める。
それが気を引くための策なのだと見破れず、エルゼは顔を真っ赤にして肩を震わせていた。
「――許しません。わたし、お母様とは夢の中でしか会えないのに! お話だって、したことなんてなかったのに!!」
「そんなの私だって同じよ!! 自分だけが可哀想な子だって顔、いい加減やめなさい、恥ずかしいから!!」
姉妹喧嘩続行。言葉と魔法、それから拳の応酬が始まる。
(……私、行ってしまってもいいのかしら?)
がみがみといがみ合う二人を見やりながら、アリスは申し訳なさそうな顔のままそろそろとその場を去り……そのまま、いつの間にかいなくなった主を追いかけた。
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