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11章.重なる世界

#5-2.ご先祖様のありがたいお話

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「なんで私の好きなのがショートケーキだって解るの? アーティさんのときもそうだけど」
幸せそうにケーキを頬張りながら、ミーシャはリリアに問う。
さっきからの疑問だったのだ。この女性、色々と謎が多すぎる、と。
「何てことありませんわ、ただの魔法でしてよ」
本当になんでもないかのように、さらっと答えるリリア。
「へえ、そんな魔法があるのね……魔法って、意外と便利?」
アーティから『魔法は不便』と聞いていたので、そんな上手くは行かないかと思っていたミーシャであったが、これには納得であった。
相手の思考を読む魔法なのか好みのモノが解る魔法なのかは解らないものの、そういうのがあるなら便利よね、と。
「――そんなはずありません」
だが、隣に座るアーティは険しい表情になっていた。
「魔法が、そんなに便利なはずがありません。そんなの、古代魔法だってなかったくらいなんですから――」

 転移・転送魔法や重力、空間を操る魔法ならば確かにアーティは知っていた。
『そういった方向性』の、いわば軍事転用が可能な魔法のみが、彼女の知る『とても便利な魔法』であった。
だが、このリリアの言う『魔法』は、あまりにも規格外に便利すぎる。
生活に根ざしているというか、何もかもが魔法で解決できてしまうような、そんな万能性が感じられたのだ。
それは、彼女の知る『魔法の条件』からは大きく逸脱した、魔法に似た何かにしか映らなかった。

「――まあ、これも時代の流れと言うものでしょうか。確かに、貴方がたの知っている限りで、そんなに便利な魔法は残っていないのでしょうね。というより、魔法の概念そのものが、長い時の中で変質・変異してしまっていますから」
口元に指を当て、考えるようにしながらも、リリアはアーティの疑念にはっきりと答えてゆく。
その心に生まれた不穏を、わずかなりとも解消できればと。
「私が少女として生きた時代においては、アーティさんのような『魔族』、それに今の世界に台頭しつつある『亜人種族』というのはまだ世界には存在せず、代わりに『魔法使い』という人種が、今の人類と共存する形で日常に溶け込んでいました」
私たちのことなのですが、と、説明ながらに、また指を立てる。
「現代で言う所の『古代魔法』は、貴方がたにとってオーバースペックな魔法に感じられたかもしれませんが、あんなものは私たちから見れば『失敗作』でしかありません。あんな無意味にコストとリスクばかりが目立つものは、私たち『魔法使い』にとっては魔法ですらないのです」
価値がありません、と、アーティの反応を見ながらに口元を緩める。
「価値が――失敗作って、あれがですか? 私達が必死に使った魔法、あれが、失敗作……」
案の定というか、アーティは酷くショックを受けた様子で、リリアの言葉を悔しげに噛み締めていた。
握られた拳もテーブルの上で震えていて、ミーシャとしてもそれを見ているのが辛く感じていたが、だからと何が言えた訳でもなく、ただただリリアをじ、と見つめていた。
「魔法とは本来、術者に何のリスクもなく、何のデメリットもなく発動できなくてはいけないものですから。『コマンド』というのをご存知ですか? 世界に存在する数多の便利な機能。これを被支配者層である私たちが扱えるようにしたものが私たちの言う『魔法』なのです」
貴方がたのモノとは根底から違うのですよ、と、ばっさりと斬り捨てていた。
「そんなの――そんなの、認められませんっ」

 アーティからすれば、自分が今までの人生で学び、覚えていった事の全てを無価値・失敗したものと言われたようなもので、リリアの言葉は到底認められたものではなかった。
例えそれが遥か遠い昔、紀元前からの大先輩の言葉だったとしても。
自分を否定する言葉に笑って頷けるほど、アーティは大人ではなかったのだ。

「私は、今の世界に広まっている魔法が、残っている魔法こそが正しい物だと信じていました。リスクはあります。コストも高い。時として人に刃を向けることすらある危険なものです。だけれど……過去を凌駕し、今に残るなりに合理的な、そんな存在であると、私は思っているのです!!」
普段あまり感情的にならないアーティの、熱の入った反論であった。
過去の魔法使いに対しての、現代の魔族なりの抵抗であった。
ただの反発にしか見えないソレを、本人は必死になって主張していた。
「――そうですよ? 確かに今残っている、貴方がたが魔法と呼んでいるモノは、ある意味では合理的であり、役に立つモノでもあります」
だが、リリアはそれを否定する訳でもなく、にこやかに笑いながらカップに唇をつけ、一口。
「何せ、私たちの時代においては、魔法とは魔法使いにしか扱えないものでしたから。例え体内魔力を持とうと、魔法使いという種族でなければ難易度の低い魔法ですら扱えない。それが、私たちの時代の魔法ですわ」
リリアの予想外の肯定に唖然とするアーティであったが、リリアは気にする素振りもなく説明を続ける。
「ですから、貴方がたの言う魔法は、ある意味では優れているのです。人間や魔族という、本来なら魔法を扱う権利すらなかった種族でも扱えるようになっているのですから。ただ、その為に万能性や安全性はかなりカットされていますよね?」
こと安全性、という点においては、アーティだけでなく、ミーシャにも痛いほど覚えがあった。
悪魔の軍勢から身を守るため使った法典魔法『レメトゲン』。
あれも、同時詠唱で斥力フィールドを展開しなければ術者本人が即死するという訳の解らない代物だったのを思い出していたのだ。
「とはいえ、現代には魔法使いは一人も居ませんから。お二人を含めて、私の血を引いている者達も、誰一人魔法使いの魔法は扱えないでしょう。そういった意味では、現代においては貴方がたの扱う魔法の方が合理的なのです」
魔法使いにしか扱えない魔法は、廃れて当然だったのだ。
その肝心の魔法使い自体が、今の世にはいないのだから。
「……ちょっと待って、私達も含めてって……リリアさん、それって――」
だが、それ以上に聞き流せない点がある気がして、ミーシャは手を前にリリアの話を止める。

「ですから――私は貴方がたの祖ですよ? アルフレッド兄様と私の間に生まれた子供の子孫が、貴方がたアルム家の血筋を継ぐ方々なのですから。『魔王』と魔法使いのハイブリッドとも言えますわね」

 遠い未来の子孫と会うことが出来るなんて感慨深いですわ、と、小さく呟きながら、皿の上のクッキーに手を伸ばし、ぱきりと食む。
衝撃の事実に完全に固まった二人を他所に、幸せそうにクッキーの甘さを愉しんでいた。
「祖って……祖って……ていうか、自分の兄と子供を作ったんですか!?」
「そんなことより私は、ミーシャと私が同じ祖を持っていることに驚きなのですが……」
二人して理解できないとばかりに、思い思いに呟く。
そんな様子が面白いのか、リリアはクスクスと笑い出し、口元を可愛らしく押さえていた。
「まあ、驚くのも無理はありませんわ。ですが勘違いなさらずに。私とアルフレッド兄様は、血が繋がっておりませんの。あの方は魔法使いではなく、私と子を成すためだけに養子に迎えられた、普通の人間の方でしたから」
当事は悩みましたが、と、可笑しそうに話すが、ミーシャもアーティも開いた口が塞がらない。
歴史の現実を知ってしまうとこうまで酷いものなのかと、二人は困惑を隠せないでいた。
「なんか……10億年昔のご先祖様も、案外恋愛小説みたいな人生送ってたのね……」
「人って、業の深い生き物なのですね……何億年経っても」
互いに顔を見合わせ、深いため息をついていた。

「――というか、ミーシャ?」
そうして、今更のようにミーシャは、自分がアーティに呼び捨てられてることに気づく。
「――っ! き、気にしないでください。ただなんとなく……そう、呼びたくなっただけですから」
気づかれ、顔を真っ赤にしながらそっぽを向くアーティに、ミーシャはにまにまとやらしい顔になっていくのを、自分でも感じていた。
頬が自然と緩むのだ。そう「友達なら、呼び捨てくらい普通よね」と。
「そうねアーティ。さんづけなんて、ちょっとよそよそしすぎるものね」
にまにましたまま自分も呼び捨てにする。はっとしたような顔をして、また赤くなって俯くアーティ。
「……はぃ」
まるで何かの罰ゲームのように感じながら、アーティはぽそぽそと自分の新しい呼び方を受け入れていた。

「お話を続けてもよろしいかしら?」
微笑ましい友情劇に話の腰を折られた形になったリリアは、テレテレとしていた二人にどこか懐かしさを感じながらも、言葉を挟んでしまう。
「あ、はい、すみません。どうぞ」
「ごめんなさい、説明してもらっていたのに」
ご先祖様からのありがたい説明である。二人は邪魔するつもりもなく頷いた。

「今の世界で言う人間は、その多くが純然たる過去の世界からの人類の生き残りから派生した生物ですわ。数少ない魔法使いの血を引く者達も、紀元後の世界においては人間との混血が進み、ほとんど人間と変わらない程度の魔力しか維持できなくなっていきました」
どうやら人類史に関わる説明らしく、難しそうな話になりそうで眉をぴくぴくとさせるミーシャと、興味のある話の為真剣にリリアを見つめるアーティで、態度が分かれてしまった。
「そんな中でもミーシャさんのように突然変異的に先祖がえりを起こす方はいるみたいですが。そういった方の特徴として、私たち魔法使いと同じように、『殺されなければ死なない』という意味での不老不死になるケースが見受けられますわ」
「……知ってる。私達王族で、たまに発症する不老化現象でしょ? その、魔女リリアの呪いって……あ、そっか、その『リリアさん』だったのね」
ようやく合点がいったと、ミーシャは思い出しながらにぽん、と手を打つ。
「呪いだなんてひどいですわ……ただ先祖がえりを起こしただけですのに。生命の神秘も特徴も、凝り固まった宗教観の中では呪い扱いですか……はぁ」
嫌になりますわ、と、ため息ながらに俯いてしまう。
別に呪おうとしてそうした訳でもないのに自分が意図して掛けた嫌がらせとして受け取られるのは、彼女としてはショックであった。

「まあ、気を取り直しましょうか。アーティさんを含む魔族は、私や『魔王』ヴェーゼル、それから太古の魔神を基礎として作った量産品……とでも言いますか。人類の敵となるように生み出された、人為的な存在なのです」
「……なんか、嫌な響きね」
「元から敵となるように生み出されただなんて……」
人類史と異なり、リリアの語る魔族史に関しては苦々しい表情となる二人。
リリアもどこか寂しげで、語るのを躊躇ためらいながらの説明であった。
「元々それを生み出した兄様は、恋した女性を復活させる為にそのようなモノを作り出したようですが……結局『魔王』となって尚、生み出せたのは外見ばかりが似ているだけの全くの別物。期待はずれの模造品に、アルフレッド兄様は『人類の敵となれ』と命じたようですわ」
その結果が紀元の起こり。人類史における魔王誕生の瞬間であった。
「紀元発生がそんな人間臭いドラマの末とか、正直胃が痛くなるわね……」
「リリアさんのお話は、聞けば聞くほど頭が痛くなるといいますか……知りたくなかったことまで知ってしまって辛いですね」
アーティもミーシャも複雑そうであった。そんな様子に、リリアも苦笑いしかできない。

「何より、それが元で人間と魔族って戦争を始めたって事じゃない。その、リリアさんのお兄さんが全ての元凶なんじゃないの?」
「ええ、そうですわよ。『魔王』同士の戦争の中、ほとんど全てがなくなった後、数少ない人類が手と手を取り平和に暮らしその数を取り戻せるよう、魔族は活用されたのです。ですから、最初のうちは数が減った人間でも容易に蹴散らせる程度の弱小勢力でしかなかったはずですわ」
システムの根本に鍵があるのです、と、また指を立てながらに説明が始まる。
「アルフレッド兄様は、『人類の数が一定より少ない限りは絶対に魔族は人類に勝てない』というシステムの縛りを作り出しました。これにより世界は人類の数と魔族の勢力を常に監視し、そのルールに抵触した場合、何らかの救済措置が人類に行われるようになったのです」

 説明と同時に、テーブルの上の空間に説明されていった事柄が記されていく。
可愛らしい丸文字で描かれていくそれは、ミーシャ達から見てとても解り易くまとめられており、口頭だけでは解らない豆知識も載せられている程であった。
現代の情報魔法の上位互換とも言えるモノで、リアルタイムでリリアの説明が記されていく辺り、かなり高度なものであるとアーティは推測した。

「同時に、人類が絶対に魔族を滅ぼすことが出来ない、というルールも作り出しました。折角生み出した敵役、憎まれ役が、何らかの要因で絶滅してしまうことを避けるためのものですわ」
「魔族が滅びないためのルール……?」
「ええ。十年そこらの戦争は不穏な状況と言えますが、10億年も続けばそれは日常とも言える『平和な状態』なのです。その平和を維持するためには、どちらか片方が滅びてしまうのも良くはないのですよ」
貴方がたはそうは思わないのでしょうが、と、二枚目のクッキーを手に取りながら語る。
「人類と魔族の戦争の起こりも出来レースなら、その後の歴史も、全てアルフレッド一人の思惑通りだった、という事ですか……?」

 先ほどとは別の意味で、アーティは愕然がくぜんとしていた。
先人らの苦労は、戦いの中散っていった者達は、たった一人の狂った思想によってそうなっていたのだ。
尊敬するあの魔王陛下はそれを知っているのだろうか、と、もし知ってしまったら、どれだけ落胆することだろうか、と、そう思うと辛くて胸が締め付けられる思いであった。

「そういう事になりますわね。ですが、近年、事情がようやく変わったようですわ。兄様の抱いた、妄執とも取れる平和への理想と全く異なる道を進もうとした方の策略によって、全てが瓦解しましたから」
全部台無しです、と、どこか嬉しそうにリリアは手をひらひら揺らしていた。
「……どういう事ですか?」
その様子に意外さを感じながらも、アーティは不安げにリリアを見つめる。
「世界の認識が操作されました。今のこの世界は、『人類と魔族の共存』を強烈に推し進めるように、そういった新たに生まれた『魔王』の願望に適うように変わっていっています。恐らく、そう掛からず『貴方がたにとっての平和』が実現されることでしょう」
兄様の妄執もここで終わりですわ、と、晴れ晴れとした顔ではにかむリリア。
だが、アーティとミーシャの疑問はまだ、一つだけ残っていた。
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