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11章.重なる世界

#ED-3.趣味人な魔王は世界を変えた

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「お待たせしましたね、リーブラ。こうして会うのは幾年ぶりか――」
世界の空では、緑髪の天使と金髪の堕天使とが顔を突き合わせていた。
「ええ、久しぶりねヴァルキリー。別にうれしくもないけれど」
ヴァルキリーが侍女姿の二翼の堕天使なのに対し、こちらは緑色のローブを纏った、幼い少女然とした四翼の熾天使であった。

「――パトリオット、死んでしまったわね。別に惜しくもないけど、馬鹿らしい死に様だったわ」
雲の上、手に持った本を眺めながらに、ふわりふわりと浮きながら、視線も合わせず天使が語り始める。
「ま、暴走しちゃってたしね。いつかはそうなるんじゃと思ってたけど」
つまらなさそうに同僚の死を言葉にしていくリーブラに、ヴァルキリーはじ、と、視線を向ける。
「だったら、止めればよかっただろうに。アレの暴走がわかっていたなら、何故止めなかった?」
消極的なその様に、憤りのような、呆れのような感覚を覚えていた。
だが、華奢きゃしゃな熾天使はため息混じりに「バカ言わないでよ」と首を横に振り、眉を下げる。
「貴方じゃないんだから、パトリオットを力づくで止めるなんて、無理」
どこか見下したようなその表情に、ヴァルキリーはわずかばかりムッとしてしまう。

「貴方とパトリオットの力の差も凄まじいけど、パトリオットと私達三位以下の熾天使の力の差もかなり開いてたし。そりゃ、全員がかりでなら止められただろうけど、生憎と皆マイペースだから……」
困ってしまうわ、と、眉を下げながらにため息。ため息の多い天使であった。
「皆リーシアの願いを勝手な解釈して好き放題動いて。パンドラなんて、どこへ行ったのか行方不明だしね。勘弁して欲しいわ。パトリオットもそうだけど、あの娘の担当する分野ってすごく広範囲なのに。私一人にどれだけ面倒ごとの対処させる気よ」
やめてよね、と、本気で嫌そうに顔をしかめていた。
「それは……だけれど、その所為でパトリオットは――」
パンドラ行方不明という聞き捨てならないワードが出た気もするが、ヴァルキリーはとりあえず、目先の問題に重きを置く。
わき道にそれると際限がないのだ。仕方ないと言えた。

「あと、貴方は勘違いしてるかもしれないけど、私から見たら貴方も十分暴走してるからね。パトリオットと貴方とでどっちが迷惑かって考えたら、貴方がいない方がずっと困るんだから。パトリオットの替えなんていくらでもいるけど、貴方の替えは誰にだって作れないんだから、自覚なさい?」
すっごく迷惑です、と、すまし顔でぴしゃりと言い放つ。
この辺り、このリーブラという天使は容赦がなかった。
「うぐ……で、でも、結果的に旦那様はこうして世界を――」
「結果論で語るのはロクに自分で考えられない負け犬のする事だわ。負け犬さん。私に意見するの?」
どうやら見た目以上にイラついているらしいかつての同僚に、ヴァルキリーはたじたじになっていた。
「そんなつもりは……でも、私だって、その、旦那様と一緒に居たかったし……」
「その短気短絡。とても私達のリーダーとは思えない身勝手さ。はあ、なんでこんなのがリーダーなのか。パトリオットなんて、真面目すぎておかしくなっちゃった位なのに」
なんでこう極端なのかしら、と、容姿に見合わず年寄りじみたことをのたまいながら、熾天使は手をフリフリ、ため息をつく。

「――ま、『この世界の』貴方にこれ以上言っても仕方ないわ。私はただ、一部始終を見届けなくちゃいけなかったから見にきただけだし」
気を取り直してか、ぱたん、と、本を閉じて胸元にしまいこみ、リーブラはヴァルキリーを見つめた。
「やはり、この世界の外では、私は別に存在していたの?」
「うん、解ってるなら良いわ。だから忠告してあげる。もし、今のまま暮らして居たいなら、絶対に世界の外には出ないこと。出た瞬間、貴方達の歴史・記憶は全て書き換えられて『あちら』にあわせられるから」
指を立てながらに顔を近づけ、リーブラは口元を歪める。
「私達は、少数派だった……?」
「そうよ。多くのシャルムシャリーストークにおいて、貴方とドルアーガは、訪れた直後にすぐに引き返したの。いやな予感がしたとか、そんなので」
「……そうか」

 多数派のルールを考えるなら、外の世界へと引き返した自分達こそが本来の自分達と認識され、今この世界に残っている自分達は、16世界全体で見るなら『なかった事』になっている。
リーブラの説明で、ヴァルキリーは自分達の置かれた状況をそのように理解した。

「この世界が滅ぶまでどれ位掛かるか解らないけど――精々頑張って永らえさせなさい。貴方達が逃げる場所は、もうどこにもないんだから。この世界が滅びたら、そこが貴方達の墓場よ」
「解ってるわ。世界を重複させるつもりもない。私は、あの方の傍で、『私の愛したあの方』を思い出しながら、生き続ける」
厳しさも孕んだその言葉に、しかしヴァルキリーは胸の前で手を組み、まるで祈るように、謡うように応えた。
「――パトリオットが激怒するのも解るわ。滅びてしまえ淫乱天使」
とても天使らしからぬ毒を吐いていたような気がしたが、ヴァルキリーは聞かなかった事にした。
リーブラも特に返事を求めていないようだし、と、幾分都合の良い様に解釈しながら。

「貴方達の二人の娘だけど。外の貴方達のところにいるわ。偶然出会った人間の武器商人の計らいで、あちらと合流できたみたい」
ふわ、と、思い出したかのように翼を羽ばたかせ、リーブラがヴァルキリーの更に上へと上っていく。
「結果的に、外の世界の貴方達は、作った覚えのない娘二人に付きまとわれる事になるんでしょうけど……幸せ?」
「あの娘達が元気で暮らせているというなら、それに越した事はないわ。天使と魔族、その間に生まれし天魔てんま二人ならば、その旅に役立つ事もあるでしょう」
世界の外へと旅立った二人の娘達。その旅路を祈りながら、母である堕天使は笑っていた。
「――リーブラ。上から見ているだけでは、思いのほか、下の事は解らないものよ?」
そうして、かつての同僚を見上げる。
「それでも、私達は上から見てないとダメなのよ。勝手なことしたら、いつか誰かに怒られちゃうんだから」
自覚なさいよね、と、指先で小さくバツを作って、舌を出してから背を向ける。

「――じゃあね。多分、こっちの貴方達と会うことは無いと思う。幸せに暮らしてね」
その、顔を見せない言葉こそが本心であると、ヴァルキリーは見抜きながらも。
「ええ。さようなら、リーブラ」
それに触れるような無粋な真似はすまいと、去っていく小さな背を、笑ったまま見送った。


「ふぅ、今日も疲れたなあ」
シルベスタで賑わう魔王城の中。
私室へと戻り、のんびり自分の椅子でくつろぐ魔王。
小さな人形達がお茶を運んだり、身体をマッサージしたりと、あれやこれや忙しげに動き回る。
「だが、これがいい。これがいいんだ」
ようやく平和になった世界。みんなが忙しなく動きながら、善い顔をしていて。
自分みたいな変な奴がそんな世界へと進むための道を作れたのなら、十分頑張ったじゃあないか、と、そんな風に自画自賛していた。

「そろそろ、棚の本も入れ替え時かなあ」
ふと、思い立って棚の中の本を手に取る。
どれもこれも古びていたが、自分がサブカルチャーというものを語る上で決して外せない、大切な本ばかりであった。
「……うん?」
しかし、そんな中、見慣れない本が棚に納まっているのを見つけてしまう。
本には空きなどなかったはずだか、一体、誰が入れたのか。
不思議に思いながらも手に取り、それを開くと、そこには一文、こう書かれていた。

『――こうして暴走した天使はいなくなり、世界は平和へと戻ったのでした。皆幸せ、めでたしめでたし』

「……なんだ、これは?」
奇妙な事に、それ以外のページは白紙のままで。
そうしてタイトルは、こう書かれていた。
『私のMyダイアリー』
「……『私』と『My』とで重複してるじゃないか」
意味が解らない。何かの悪戯だろうか、と。

 だが、そんな事もあるのだろう、と、気を取り直し。
魔王は本を手に、歩き出すのだ。

「新しい本を入れよう。棚は、定期的に入れ替えないとな」

――新たな風を我が棚に。
そうして人がよさそうに笑った長身の魔王は、部屋を後にしたのだった。


 ある時、ある場所、ある世界。
そこでは、世界を壊してしまった魔王が、世界を救っていた。
人々を苦しめぬいた彼は、だけれどその世界では確かに、人々を救っていたのだ。

 変わり者な魔王は、やがて人間世界でもよくその顔と名を知られるようになり。
恐れと親しみ。幼きカシュー皇子が良くそう呼んでいたのと、ちょっとしたからかいもあって、こう呼ばれるようになった。

『趣味人な魔王』と。
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