オメガ学級委員長はド変態

明帆

文字の大きさ
47 / 54
第2章

第46話 ココアと合鍵

しおりを挟む

「……だったら、番になって名津の本気を見せて欲しい」
 俺の口から『番』という言葉が出てきた瞬間、名津は息を呑んだ。

 先ほどまで熱く燃えていた俺の身体は、指先から徐々に冷えてきていて、発情の終わりを告げ始めていた。だが、まだ終わっていない。

「……さっき、アリーナ前でりょうが発情して倒れたとき、俺はチャンスだと思った。高校生のとき、番にならずに別れて後悔したから」
「だったら……」
「りょうの首筋を噛もうとしたとき、ルークの噛み跡を見つけた。俺は怒り狂って、許せないって思った」

 名津の眸子に影が差し、いつもの輝きが消失していく。
「それと同時に、俺がやろうとしてることはルークと同じだって気づいたんだよ。やっぱり俺って馬鹿だなーって自分に呆れてさ」
「名津……」
「番になってしまえば、りょうは俺のものだって思ってた。でも、ただ噛めば良いって問題じゃないよね……」
 
「今更、悩む必要なんてない!」
 驚く名津の表情を無視して、その肩を押して上に跨る。
「りょう…?」
 俺が力いっぱいに押さえつけたところで、名津にとっては意味をなさない。だが、名津は全く動こうとしない。その眸子だけが、俺の目を射抜いている。

 発情が終わりかけた自身の身体を振り回すように、乱雑に名津の高まりの上に腰を下ろした。
「っあぁっ!…んっ!」
 ゆっくりと腰を下ろしたつもりだったが、ミチミチと窄まりが拡張され、その刺激に眩暈がする。
「あっぁぁっ…はっ、あぁ…あっ…ん……」
 腰をゆっくり上下させ、俺が欲していた名津の欲望を刺激していく。

「っん…りょ、りょう…ま、待ってっ…」
「ひゃっぁっ!名津の、おっきぃ!」
 名津の屹立が苦しんでいるのか、それとも喜んでいるのか、内壁を引き裂くように肥大化して左右に揺れる。

「りょ、りょう……ねえ、待ってってば!」
 名津は両手を俺の脇に差し込み、軽々と持ち上げた。グポっという音と共に、2人の繋がりが断ち切られる。名津は起き上がり、俺を諭すように優しく抱きしめてきた。

「名津は、俺と番になるのが嫌なのか?」
「そうじゃないよ。りょうと番になりたいと思ってるよ」
「じゃあなんでっ……」
「ねえ、番がどうとか、そういうことにこだわってなかったのは、りょうの方じゃなかった?」

 俺の頬を包み込む名津の両手は、大きくて温かい。だが部屋はひんやりと冷え込み、俺の高まった情念を急速に冷やしていく。

「りょうのいつもの冷静さがないのは、ルークのことがあったから?」
「……それもあるが、それだけじゃない」

 自分自身の気持ちが、こんなにも分からないときがくるとは思わなかった。

 今日もまた発情が暴走してしまい、さらにルークの件も重なって動揺したのは事実だ。高校生のときのように、俺たちをよく知りもしない奴らにネットで騒ぎ立てられる未来が、容易に想像できてしまった。そして名津が刺されたあの瞬間が、鮮明に目の前に現れた。

 ありえないのは分かっている。だが、名津がもう一度傷つくようなことが起こって、今度は亡くなってしまうのではないかとさえ考えてしまった。

 そんなことは絶対に起きてはならない。それを防ぐためにも、名津と別れるときがとうとう来たのだと悟った。だが、実際に別れるとなると苦しくて、辛くて、耐えられそうになかった。

「名津とこれ以上一緒にいてはいけない。分かってはいるが、別れることを想像しただけで苦しくて、無理だった」
 こんなに冷静でいられないのは、自分が愚かだからか。それとも、オメガだからなのか。
「名津が言ったように、俺たちは別れる運命なのかもしれない」
「それは、りょうが俺から離れようとしていたからそう言っただけで、本当にそうとは……」
「いや、そうなんだ。俺たちはいずれ、一緒にいられなくなる」

 ただでさえ大きな名津の目が、一瞬さらに見開かれたのを俺は見逃さなかった。そしてその眸子には、薄暗い部屋でも分かるほど、一切の濁りがないことも改めて認識した。

「そうなったとしても、俺は名津の番でいたいと思ったんだ。ルークに噛まれて気づいた。名津以外の誰かと番になるなんて、そんなの絶対に嫌だ。名津が俺以外の人と一緒になったとしても、俺は…」
 名津の大きな身体が俺を包んで、温かくて苦しくて、続きを話すことができなくなった。

「俺はりょうと別れるつもりも、離れるつもりもない」
 話続けて乾いた口元を、熱く柔らかな名津の唇が潤す。名津の身体は全てが温かい。背中をさする大きな手は、形も温度も何もかも定まらない俺の感情まで温める。ぬるま湯に浸かっているような心地良さが、頭をぼーっとさせる。湯に沈むように、目を瞑った。




 次に目を開けると、温かさにほっとした。重たかった頭と身体は、少し軽くなったように感じた。しばらく眠っていたようだ。

「名津…?」
 自室には俺しかいない。先ほどの温もりが嘘だったかのように、いつもの寝巻きを着て、いつものように布団にくるまっている。

 飛び起きてリビングへ向かうと、名津がキッチンに立っていた。部屋はいつものように明るく、温かい。日常の光景に名津がいる。それだけで心が躍った。これが毎日だったらどんなに良いだろう、と願ってしまう。

「あ、りょう。そろそろ起きてくる頃だと思った。そこに座ってちょっと待ってて」
 俺に気づいて名津が微笑んだ。その微笑だけで胸が高鳴り、やっぱり贅沢は言ってられないと考え直した。今やスターになりつつある名津を、一瞬でも独り占めできている俺は恵まれている。「日常だったら」なんて、そんな大それたこと、考えてはいけない。

「はい、どうぞ」
 キッチンカウンターの椅子に座ると、マグカップを手渡された。手の平をじんわりと温める。鼻をくすぐるのは、ココアの良い香りだ。名津が手にしているマグカップからは、コーヒーの香りが漂ってきた。同じコーヒーでも良かったのに、名津はわざわざ俺のためにココアを淹れてくれたようだ。

「……今の俺はコーヒーも飲める」
「でも好きなのは、甘いココアでしょ?」
「……」
 正解だ。別にコーヒーだって嫌いじゃない。だが、甘いものに目がない性分は、簡単に変えられそうにない。

 あれが好きで、これが嫌いで、だから僕はこうする……なんて、単純な世界にいつまでも居られない。否が応でも大人になる。その時が近づいているのは分かっている。だが、16歳のときに抱いた甘ったるいほどの恋心に、まだ浸かっていたいのだ。

「…美味しい」
「ならよかった。あっち、行こう」
 ニッと笑うと、名津は俺の手を引いて、リビング中央にあるソファへ向かった。

 先に俺をソファに座らせ、その隣に名津も腰掛ける。リビングで名津の横顔を見ていると、ふと、日本で見かけた名津のポスターを思い出した。
「日本に帰ったとき、名津が映ったポスターを見た」
「あーバスケ専門誌のポスターかな?え、惚れ直しちゃった?」
 そう言いながら、名津がからかうように笑っている。名津の言う通り、ポスターを見た瞬間、スターに憧れる少女のようにドキドキしたことを思い出した。俺の耳や頬が、火照るのを感じる。
「……」
 図星すぎて言葉に詰まる。だが、修正する器用さは持ち合わせていない。

「おいしょっ」
「なっ!や、やめろっ」
 右手からマグカップを奪われたかと思うと、いきなり抱き上げられ、気づいたら名津の腿上に座らされていた。
「りょうがかわいすぎて……」
 腹部に名津の頭が当たったかと思うと、そのまま強く抱きしめられた。

「りょうが好きすぎて……もし、りょうが俺の頭の中を見ることができたら、ドン引くかもしれない。それくらい、俺はりょうのことばっかり考えてるよ」
 見上げてくる眸子は、高校生の時に放っていた輝きを内包し続けている。
「……俺も同じだ」
「いや、同じじゃないよ。俺のりょうへの想いは、突き抜けてるもん」
「なんでそこ張り合うんだよ」
「だって、そうだから」
 腹部に巻き付いた名津の手から、温かさが身体の内側にまで染み渡る。

「俺、寮を出るよ」
「えっ……今回の、ルークの件があったからか?」
 思い出したからだろう、首筋に残るルークの噛み跡がズキンと微かに主張した。名津は、ルークが俺を噛んだのは『バスケが関係している』と言っていた。

 ベンチメンバーに入れるのは、たったの数十人。その席に座るためには、チーム内の熾烈な争いに勝つ必要がある。その過程で、仲違いも起こるだろう。ルークの、名津に対する怒りや嫉妬、妬みなどの負の感情が、この首筋の噛み跡に現れたのかもしれない。

「正直それもある。でも、ずっと前から考えてたんだ。りょうが気兼ねなくうちに来られるようにしたいって」
 スッと目の前に差し出されたのは、どこかの鍵だ。
「これって……」
「うん。俺のアパートの合鍵。りょうに渡しとくね」
 手の平に落とされたその鍵は、丸みを帯びたかわいらしい形状をしていて、愛おしく感じた。喜びで胸が高鳴りながらも、脳ではさまざまな思いが交錯する。

「……待て。ご両親は知っているのか?金はどうするんだ。というか、ごはんは?練習後にいちいち料理するのか?それに、男とはいえ1人はやはりあぶな……」
 忙しなく動く唇を止めるように、名津の口腔が覆い被さった。
「俺が映ったポスター見たでしょ?1人暮らしできる程度には稼げるようになったから大丈夫」

 にかっと破顔する名津に、無条件に安堵している自分がいる。高校生のときと変わらない、向日葵のような笑顔。だがその奥には、何層にも積み重なった土層のような、固く揺るがない強さがあった。高校生のときには感じることのなかった、不抜さだ。

「それに、ブラックコーヒーも飲める。大人でしょ?」
「え…?まあ、そうだな……」
 名津の口元から漂う、微かなコーヒーの香りが鼻をかすめた。そうだ、いちいち親に相談しなければ先に進むことができなかった、高校生ではもうないのだ。

「不安になったら、好きなだけうちに居れば良いよ。あ、あと…悩んでることがあるなら、ユイに言うんじゃなくて俺に言ってよね」
「え!……ユイから何か聞いた…?」
「『委員長が不安そうにしてる。あんた何してんのー?』って、電話で怒られた」
 名津の、ユイの真似があまりにも似すぎていて、吹き出してしまった。

 年末に日本に帰国したとき、ユイと会って悩みを打ち明けたのだった。しかしそれが全て名津に筒抜けだったと思うと、気恥ずかしくて頬が熱くなる。

「ごめんね、りょう。不安にさせて。今後もこの時期は、どうしてもりょうに会えなくなっちゃうと思うんだ」
「それは当たり前だ。名津にはバスケに集中して欲しいし、邪魔するつもりはない。俺がワガママを言っているだけで…」
「ワガママなんかじゃないよ!俺が、りょうのこと全部知りたいの。だから、遠慮しないで電話して欲しいし、いつでもうちに来て欲しい」
 鍵を握る俺の右手を、名津の左手が包み込む。そして名津の優しい声音が、鼓膜さえも温める。

「番になればそれで良いわけじゃない。いやもちろん、俺はりょうと番になりたいよ。でも俺はそれ以前に、りょうのパートナーになりたいんだ」

 ——パートナー
 別に初めて聞いた言葉なんかじゃないのに、耳にした途端に、心臓がドンドンと俺の身体を打ち立てる。

 名津は、いつの間にか俺のずっと前を歩いていた。そして、下を向いて立ち止まってしまった俺の手を引いて、その先に続く光の方へ導いてくれていた。

 俺はいつから、こんな頼りない男になったのだろう。いや、もしかしたらずっと前からこうだったのかもしれない。

「……毎日名津のアパートへ行ってしまうかもしれないが、それでも良いのか?」
「毎日来てくれるの!?やばい、最高すぎる」
 名津の左手が、頭や背中を包み込んだと思ったら、そのままソファに寝かされた。
「ずっとりょうと一緒に居られるなんて、夢みたいだ」
「ああ……そうだな」
 名津と再会するまでは、もう会えないと思っていた。それなのに今、会いたいときに会えるかもしれない未来が眼前にある。

「でもその前に、俺がちゃんとイッてないの忘れてないよね?りょう」
「ま、待て。今日は発情が長かったから、疲れている。またいつでも出来るのだから、今日はゆっくり2人で映画でも観て…」
 俺が話していることなんてお構いなしに、名津は俺の部屋着のボタンを外し始めている。

「今日、りょうはずっと誘ってきてたよね?俺はそれに応えているだけなんだけど」
「ひゃっ…ま、待てって…ぅあぁぁ!」
 上衣を脱がされ、そのまま両腕を上げられて固定される。一気に下着も下ろされて、全てが顕になった。

 疲れていると言いながら、後ろの窄まりからは早速愛液が滴っている。やはりド変態なのは、相変わらず俺の方だ。

しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

寝てる間に××されてる!?

しづ未
BL
どこでも寝てしまう男子高校生が寝てる間に色々な被害に遭う話です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...