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第1章 毎日同じ夢を見始めた日(つづき)
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夢を見始めて一週間もすると、
僕はその公園の景色を、現実よりも先に“夢の方”で思い出すようになっていた。
団地の横の公園。
錆びた滑り台。
色あせたベンチ。
草がまばらな、少しだけ傾いた地面。
そして右側の出入り口に、
必ず赤いワンピースの女が立っている。
最初の頃は、「たまたま同じ夢を見ただけだ」と思っていた。
子どもなら誰だって、印象の強い夢を続けて見ることくらいある。
そう自分に言い聞かせていた。
でも二週間、三週間と経つにつれ、
その言い訳はどんどん苦しくなっていく。
夢の中の空気は毎回同じ湿り気を帯び、
夕方の空の色は一度も変わらなかった。
雲の形すら、何度見ても同じに見えた。
出入り口の場所も、女の立ち位置も、
足元のひび割れたコンクリートのラインまでもが、
何度見ても“同じ配置”でそこにある。
「夢なのに、再生ボタン押してるみたいだな……」
そんなふうに思うようになったのは、
たぶん三年の二学期が始まってすぐの頃だ。
それでも、誰かに話そうとは思わなかった。
話したところで、
「怖い夢見ただけでしょ」と笑われるのは目に見えていたからだ。
母親は忙しく、
父親と話す時間はもっと少なかった。
友達に言っても、きっと肝試しのネタにされる。
それに
「夢を見ている」と思っていたのは、
その頃までだった。
ある日の放課後、
僕は現実のほうの公園に、一人で足を運んでみた。
夕方。
夢と同じくらいの時間帯。
団地の影が伸びる。
子どもたちの姿はもうなく、
ブランコの鎖だけが、かすかに軋んでいる。
夢で何度も見た光景が、そのまま現実に重なった。
右側の出入り口に目を向ける。
そこには、誰もいない。
当たり前だ。
赤いワンピースの女は夢の中にしかいない。
それでも、僕はしばらくそこをじっと見つめていた。
何も立っていない出入り口が、
逆に“何かが抜け落ちている”ように感じられた。
夢のほうが完全で、
現実のほうが“不完全”に見える。
そんな感覚は、
子ども心にとってはかなり異常なもののはずなのに、
そのときの僕は、それを言葉にできなかった。
ただ、胸の奥に小さな違和感が積もっていく。
本当は、どっちが“本物”なんだろう。
夢の中の女は、
いつも同じ姿勢で立っていた。
うつむきがちに、
肩から真っ直ぐ下に落ちる赤い生地。
ひざあたりでふわりと広がるライン。
風は吹かない。
髪も、ワンピースの裾も揺れない。
それでも、
“見ている”という感覚だけは、毎回、はっきりとあった。
顔はほとんど陰になっていて、
目や鼻や口の形を説明しようとすると、
指先から砂がこぼれ落ちるみたいに記憶が散っていく。
覚えようとしても、覚えられない。
でも、視線の重さだけは忘れられない。
「……なんで、俺なんだろう」
夢の中で、口に出してそう呟いたことがある。
声が届いたのかどうか分からない。
女は相変わらず、出入り口の枠の中で、動かずに立っていた。
ただ、ほんの一瞬だけ
俯いていたはずの顔が、
わずかにこちらの角度へ傾いたように見えた。
その瞬間、足がすくんだ。
走って逃げたいのに、
足が地面から剝がれない。
手も、声も、何一つ動かせない。
そのまま視界が暗転して、目が覚めた。
「悪夢を見てる」という自覚は、
実はその頃までほとんどなかった。
怖い、と感じるより前に、
“いつもの夢だ”という諦めのほうが強かったからだ。
毎日同じ番組を見ているようなものだった。
内容は変わらない。
オープニングも、エンディングも、登場人物も変わらない。
ただひとつ違うのは、
僕だけが年をとっていくこと。
四年生になり、五年生になり、
ランドセルが体に対して少しずつ小さく見えるようになっていく頃。
夢の中の僕も、それに合わせて背が伸びていた。
そして、右側の出入り口に立つ女もまた
僕と同じくらいの年齢に見えるようになっていった。
夢の中で“人生を共有している”ような奇妙な感覚。
それが何を意味するのかなんて、
子どもの僕には分かるはずもなかった。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
僕は女が嫌いではなかった。
怖いのに、嫌いではない。
近づきたくないのに、
そこに立っていること自体は、どこか当たり前に感じていた。
もしある日、夢の中の出入り口から女が消えていたら
そのほうがきっと、
ずっと恐ろしく感じたかもしれない。
そんなふうにして、
“毎日同じ夢を見る”生活は、
一年、二年と当たり前のものになっていった。
学校で友達と遊び、
家でゲームをし、
宿題をして、
夜になれば布団に潜り込む。
目を閉じると、
公園の入口の位置が頭の中に自然と浮かぶ。
右側。
団地側から入ってすぐの、
あの狭い門の枠。
そこに、
今日も赤いワンピースの女が立っている。
見慣れた光景。
馴染んだ恐怖。
日常の一部になった異常。
夢を見始めてから、一年半ほど経った頃。
僕は、ようやく気づくことになる。
あの女は、少しずつ“近づいてきている”。
その変化がどれだけ“わずか”で、
どれだけ“決定的”だったのかを理解するのは、
もう少し先の話だ。
そのときの僕はまだ、
この夢が実話であり、そして未だに続く未解決の物語だということを、
少しも自覚していなかった。
僕はその公園の景色を、現実よりも先に“夢の方”で思い出すようになっていた。
団地の横の公園。
錆びた滑り台。
色あせたベンチ。
草がまばらな、少しだけ傾いた地面。
そして右側の出入り口に、
必ず赤いワンピースの女が立っている。
最初の頃は、「たまたま同じ夢を見ただけだ」と思っていた。
子どもなら誰だって、印象の強い夢を続けて見ることくらいある。
そう自分に言い聞かせていた。
でも二週間、三週間と経つにつれ、
その言い訳はどんどん苦しくなっていく。
夢の中の空気は毎回同じ湿り気を帯び、
夕方の空の色は一度も変わらなかった。
雲の形すら、何度見ても同じに見えた。
出入り口の場所も、女の立ち位置も、
足元のひび割れたコンクリートのラインまでもが、
何度見ても“同じ配置”でそこにある。
「夢なのに、再生ボタン押してるみたいだな……」
そんなふうに思うようになったのは、
たぶん三年の二学期が始まってすぐの頃だ。
それでも、誰かに話そうとは思わなかった。
話したところで、
「怖い夢見ただけでしょ」と笑われるのは目に見えていたからだ。
母親は忙しく、
父親と話す時間はもっと少なかった。
友達に言っても、きっと肝試しのネタにされる。
それに
「夢を見ている」と思っていたのは、
その頃までだった。
ある日の放課後、
僕は現実のほうの公園に、一人で足を運んでみた。
夕方。
夢と同じくらいの時間帯。
団地の影が伸びる。
子どもたちの姿はもうなく、
ブランコの鎖だけが、かすかに軋んでいる。
夢で何度も見た光景が、そのまま現実に重なった。
右側の出入り口に目を向ける。
そこには、誰もいない。
当たり前だ。
赤いワンピースの女は夢の中にしかいない。
それでも、僕はしばらくそこをじっと見つめていた。
何も立っていない出入り口が、
逆に“何かが抜け落ちている”ように感じられた。
夢のほうが完全で、
現実のほうが“不完全”に見える。
そんな感覚は、
子ども心にとってはかなり異常なもののはずなのに、
そのときの僕は、それを言葉にできなかった。
ただ、胸の奥に小さな違和感が積もっていく。
本当は、どっちが“本物”なんだろう。
夢の中の女は、
いつも同じ姿勢で立っていた。
うつむきがちに、
肩から真っ直ぐ下に落ちる赤い生地。
ひざあたりでふわりと広がるライン。
風は吹かない。
髪も、ワンピースの裾も揺れない。
それでも、
“見ている”という感覚だけは、毎回、はっきりとあった。
顔はほとんど陰になっていて、
目や鼻や口の形を説明しようとすると、
指先から砂がこぼれ落ちるみたいに記憶が散っていく。
覚えようとしても、覚えられない。
でも、視線の重さだけは忘れられない。
「……なんで、俺なんだろう」
夢の中で、口に出してそう呟いたことがある。
声が届いたのかどうか分からない。
女は相変わらず、出入り口の枠の中で、動かずに立っていた。
ただ、ほんの一瞬だけ
俯いていたはずの顔が、
わずかにこちらの角度へ傾いたように見えた。
その瞬間、足がすくんだ。
走って逃げたいのに、
足が地面から剝がれない。
手も、声も、何一つ動かせない。
そのまま視界が暗転して、目が覚めた。
「悪夢を見てる」という自覚は、
実はその頃までほとんどなかった。
怖い、と感じるより前に、
“いつもの夢だ”という諦めのほうが強かったからだ。
毎日同じ番組を見ているようなものだった。
内容は変わらない。
オープニングも、エンディングも、登場人物も変わらない。
ただひとつ違うのは、
僕だけが年をとっていくこと。
四年生になり、五年生になり、
ランドセルが体に対して少しずつ小さく見えるようになっていく頃。
夢の中の僕も、それに合わせて背が伸びていた。
そして、右側の出入り口に立つ女もまた
僕と同じくらいの年齢に見えるようになっていった。
夢の中で“人生を共有している”ような奇妙な感覚。
それが何を意味するのかなんて、
子どもの僕には分かるはずもなかった。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
僕は女が嫌いではなかった。
怖いのに、嫌いではない。
近づきたくないのに、
そこに立っていること自体は、どこか当たり前に感じていた。
もしある日、夢の中の出入り口から女が消えていたら
そのほうがきっと、
ずっと恐ろしく感じたかもしれない。
そんなふうにして、
“毎日同じ夢を見る”生活は、
一年、二年と当たり前のものになっていった。
学校で友達と遊び、
家でゲームをし、
宿題をして、
夜になれば布団に潜り込む。
目を閉じると、
公園の入口の位置が頭の中に自然と浮かぶ。
右側。
団地側から入ってすぐの、
あの狭い門の枠。
そこに、
今日も赤いワンピースの女が立っている。
見慣れた光景。
馴染んだ恐怖。
日常の一部になった異常。
夢を見始めてから、一年半ほど経った頃。
僕は、ようやく気づくことになる。
あの女は、少しずつ“近づいてきている”。
その変化がどれだけ“わずか”で、
どれだけ“決定的”だったのかを理解するのは、
もう少し先の話だ。
そのときの僕はまだ、
この夢が実話であり、そして未だに続く未解決の物語だということを、
少しも自覚していなかった。
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