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未来人との邂逅

"作家 有栖川"に足りないもの

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 そんなこんなで、俺の生活に未来人が加わった訳なんだが、さてこれからどうしよう。揚羽の前で衝動的にカッコつけてしまったのはいいものの、そういえば俺最近無気力で何も手に着いていないんだった。こんなやつがすごい人になるとは、全く冗談きついな。



 「へぇ~、文化祭の時に展示してあったの以外にこんなにたくさんの短編があったんですね」



俺のことはお構いなしに、揚羽は展覧会に来た子どものようにはしゃいでいた。彼からしたら、俺の部屋は野球ファンから見たイチローの実家のようなもののようで、一つ一つに未来の俺を投影してテンションが上がっているようだ。その未来に向かう気のない俺は少し心が痛んだが、まあ楽しそうで何よりだ。すると目を輝かせた揚羽が素朴な問いをぶつけてきた。



 「これだけの作品数があるんですから、何作か賞とかに投稿してるんですか?」

 「それは―――うん、してはいるのかもしれないな」



彼の希望を壊さないようにごまかそうとしたが、それもそれで裏切っているようで申し訳なかったので、結局どっちつかずの変な返事になってしまった。しかしその態度で大体の状況は察してしまったようで「近頃の審査員は質が悪いんですね」とむっとして言った。



 「なぁ、揚羽からしたら解釈違いなお願いだとは思うんだけどさ。俺の小説を読んでダメ出ししてほしいんだよ。正直自分では何が足りないのかわかんなくって。揚羽は今までの人生で小説とか読んできてそうだから適任かなって」



唐突に思いついた小説改善化計画を、まるで前々から考えていたかのように話した。揚羽は想像通り「僕が有栖川さんに口出しするなんてそんな恐れ多いですよ」と全力拒否してしまった。しかし段々と、僕が有栖川さんの力になれるのなら、という思考に変化していったようで、片っ端から俺の小説を読み始めた。目の前で必死に自分の小説を読んでもらうというのは、なんともいえないむず痒さがあるものだ。でもやっぱり俺は人に自分の世界を見てもらうのが好きだ。この瞬間、俺は改めて作家として生きていきたいと思ってしまった。



 俺はいつの間にか寝てしまったようで、気付いたら次の日になっていた。しかし隣を見ると、そこには目を半目にさせながらも次のページをめくろうとする揚羽の姿があった。どうやら俺が寝た後もずっと俺の小説を読みあさり、全て読み終わったら二週目、三週目と熟読していたようだ。その根性と必死さには作者ながらに驚かされる。これも全て未来の俺に対する畏敬の念がそうさせるのだろうか。



 「ずっと寝ずに読んでくれてたんだろう?めちゃうれしいけど、身体も心配だしちょっと休んだらどうだ?」と声をかけると、

 「いえ、大丈夫です。それよりも今は有栖川さんに頼まれていたことを伝えなきゃなので」



“ダメ出し”というワードを俺に対して使いたくないのか、言葉を濁して分が悪そうにしている。



 「どれも本当に心躍る作品でした。でも強いて、ですよ。強いて言うなら、僕は“解像度”が更に高くなれば、もっと世界に入り込めて面白くなるかな、と思いました」

 「ほうほう」俺は前のめりになって耳を傾ける。

 「どの作品も、独特な世界観があって興味深いものばかりでした。ただその世界を説明する為の情報―――というか設定?のようなものが少ない気がしました。もしかしたら有栖川さんの頭の中には詳細があっても、実際記されていなかったりすることが多いのかもしれません」

 「確かに、そう言われてみれば作り込みが甘いのかもしれないな―――」



考え込む俺をフォローするかのように、揚羽が間髪入れずに聞いてくる。



 「有栖川さんは、普段どのように作品の世界観を作っているんですか?」

 「そうだな―――俺はまず登場人物から考えるかな。人と人との関係性を頭の中で思い描いて、世界観はその後かも。登場人物に合う世界観を作っていく感じ」



自分で話していて、解像度が高くならない理由が分かった気がする。実際、細かな時代背景や情景描写は書きながら考える、といった形を取っている作品も何作かあるほどだ。



 「話の作り方的にはすごく良いと思います、読んでるとキャラ達が面白いなって思うことも多いですし。これで、世界観を作り込んでから書き始めたら、もう、最強ですよ」



興奮が抑えきれずに言葉に段々力がこもっていく揚羽を見て、思わず笑ってしまった。



 リアリティを出しやすい、ということを考えるなら、現実世界をモデルにするのが手っ取り早そうだ。となると学生モノ、とかが無難かなあ。ただ俺も今まで学校での話を書いていてそれを揚羽も読んでいることを考えると、それもリアリティに欠けていたということになる。そうこうして悩んでいると、揚羽がそれを察してか、思い出すようにつぶやく。



 「リアル感を出すだけなら、なにかモチーフがあるものを選ぶのが手っ取り早い気がします。例えば実際にあったこととか、他の作品のオマージュとかですね」

 「うーん、でもそういうのとパクリの境界線がいまいち分からないんだよなあ。それに寄せて書くこと自体オリジナリティに欠ける気がしちゃうし」

 「それは良いところを参考にする、程度に考えれば良いと思います。そうすれば丸々パクるなんてことは起きないでしょうし」



丁寧に説明する揚羽は、なんだか得意げな感じがした。



 「実際、世にある作品な大なり小なり何かのオマージュが含まれていると思います。作品を作る人の感性も、それまで触れてきた世界で決まるモノですし。有栖川さんが自分で思いついたと思っているこれらの作品の中にも、少しずつ過去に見てきたものが影響しているはずですよ」



揚羽の言葉には妙に説得力があった。なるほど、既にこの世にあることを俺の世界の土台として利用させてもらえば良いんだ。



 そうと決まれば、なにかモチーフを探したい所だが―――いざ身の回りや過去の経験、見たことのある作品を頭の中で検索してみても、意外とヒットしないものだ。家族や学校生活、恋愛―――はしたことないからパスで。また一人で頭を悩ませていると、揚羽が悪巧みをしている子どものような表情を浮かべた。



 「例えばですけど、政治家の裏の顔なんてどうですか、リアリティもあるし、そこらのゴシップ記事を除けば、いくらでも汚い情報は転がってますよ」

 「揚羽お前―――それで政治家に目を付けられるのは俺なんだ。絶対にその未来に繋がりそうな物語は書かないからな」



そういうと「あーあ、そうですか」と残念そうに上を見上げて見せた。ただ、直接的な表現を避けて書くことができれば、良い練習にはなるかもしれない。しかもそれ関連の話なら、揚羽も乗り気になってストーリー構成などに手を貸してくれるかもしれない。そうしてここから、絶対に公の場には出さないが、作品の解像度を上げる練習のために一作品書き上げる生活が始まる。
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